第34話 身請け
宿のベッドでふて寝していた俺たちは、暗くなるのを待ってからフアイサーイのローカル酒場に飛び込んだ。
ラオスの国内シェア90%を誇るというビアラオは、しっかとコクがあり、料理との相性も良さそうだ。
相棒のタイ語はラオス側でも通じたので、店員ともかなりの意思疎通が可能である。俺たちは、店先で焼かれる肉や魚の中から何品かをチョイスした。
バカ安のビアラオでフアイサーイの夜を楽しんでいると、ナオキの携帯に着信が入った。AIS(タイ最大手の通信キャリア)のSIMカードは国境を越えてからも電波を拾っているようだ。
「ちょっとすみません!」
ノキアの液晶画面に目をやったナオキが申し訳なさげに席を立った。
旅に出てからというもの、日に幾度となくこんな場面があったのだ。
※ ※
10分ほど経ち、小走りで戻って来たナオキが事情を語りはじめた。
「頻繁にかかってくる電話は、チャトチャックの彼女からなんです・・・」
「え?チャトチャックって・・・、売人の娘?」
「はい。なんか言い出すタイミングがなくて。報告が遅れちゃいました」
「いつのまに?全然知らなかったよー」
「まだ付き合ったばっかりなんすけどね。まぁ、なんつうか・・・」
「・・・・・」
「将来は嫁にするつもりっす」
ここ最近、急にナオキのタイ語が上達した理由もこれで納得だ。
「さすがだなー。もう腹をくくちゃってるんだ」
俺は、この男の真っ直ぐな想いに心からエールを送りたい気分だった。
「ところが・・・。なかなかすんなりいかなくて」
ナオキの表情がみるみると曇っていく。
「あの子、店主の本当の娘じゃないんすよ。人身売買でラオスから連れてこられた身の上なんです」
のちにナオキが語ったところによると、店主の男はジーンズ屋を隠れ蓑にするマフィアの一味なのだという。つまり、男の所有物である彼女には、自由な恋愛など許されていなかったのだ。
二人がハッピーエンドをむかえるには、「身請け」をして、娘自体を買い取るしかないそうだ。
「おいおい・・・。江戸時代の遊女じゃねーんだからさ」
平和ボケの日本人には信じ難い話だが、これが現在進行形で蔓延《はびこ》る人身売買の実態だ。
東南アジアの深い闇。俺は、上辺だけを見て「タイは天国だ!」と、連呼する自分が恥ずかしくなった。
「ナオキはどうすんの?」
「この旅が終わったら、俺はいったん日本に帰ります。まとまった金を作って彼女を自由にしてやりますよ」
「・・・・・・」
「心配いりません。もちろんカタギの仕事っすから。アッハハハハ」
ナオキは、こんなにもシリアスな問題を抱えるさなか、俺との旅に快く同行してくれたのだ。いや、だからこそ、「この旅を最後の思い出に」と、心に決めていたのかも知れない。
俺は、まぶたの奥からこみ上げる涙をグッとこらえた。
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