第28話 チェンラーイ
12月上旬のよく晴れた午後。チェンラーイの街にある自家製パンが人気のゲストハウスにチェクインした俺たちは、早速マリファナでもキメたい気分になった。
だが、旅行中にアパートのストックを持ち歩くのはさすがに躊躇われた。バスターミナルや空港では警官に所持品検査をされる確率が高まるので、長距離移動の際にネタを身につけるのは自殺行為だ。
各所で目を光らせるチンピラ警官たちは、外国人がマリファナを持っているところを発見すると、見逃すかわりに賄賂を要求してくるのである。
よって、運悪く捕まった場合は、警察署に行く前にATMへと連行されて値段交渉に進むことになるだろう。
日本人が無罪放免される金額は10,000~30,000バーツが相場だと言われており、その賄賂をケチって警官がへそ曲げてしまった日には、旅行どころではなくなるので十分注意されたい。
ちなみに、タイではマリファナの所持だけでなく飲酒運転などの各種交通違反にも賄賂が効く。ここぞという時は柔軟に対応しよう。
※注意: 以上ような悪習は年々消えつつある。最近は賄賂を全く受け付けない真面目な警官がチラホラと現れ始めた。
こんな事情もあり、旅先でマリファナを現地調達するのはたやすいが、バンコクに帰れば嫌というほど吸える二人は、見知らぬ土地では深追いしない方針だった。
つまり、これこそが「マリファナに禁断症状はない」という何よりの証ではなかろうか?他のドラッグ中毒者なら、たとえ旅行期間中だけでも我慢などできないはずだ。
自己制御が可能で誰にも迷惑をかけない嗜好品を禁ずる大麻取締法は、日本国憲法第13条に規定される「幸福追求権」の重大な違反である。また、マリファナには食欲減退や吐き気、筋肉の緊張緩和にも効果が認められるため、医療目的の使用すら許さないのであれば、それは「生存権」の侵害だ。
憲法の下では犯罪者にさえ人権があると謳っているのに、なぜ、我々まっとうな一般市民のささやかな楽しみが刑罰の対象にされなければならないのか?
マリファナをタブー視するせいで、法の目をかいくぐった危険ドラッグの蔓延を招いた責任は政府にもある。
「誰を守るための法律」なのか理解に苦しむ日本の大麻取締法は、一刻も早く法改正の議論があって然るべきだろう。
※ ※
散策に出たチェンラーイの街には中華系の住人が多く、同じタイとは思えぬ情緒があった。すれ違う子供たちも皆純心で、ソンテウ(乗合バス)の荷台から、日本人の俺たちに物珍しげな視線が注がれた。
「擦れたバンコクっ子とは大違いだなぁ」
「ホントっすね。やっぱ、田舎はいいっす!」
めぼしいスポットを一通り歩き終えた俺たちは、夜の繁華街に繰り出した。
チェンラーイのナイトマーケットには、近隣で暮らす山岳民族の店が多く見られ、規模こそ小さいもののタイ北部ならではの落ち着いた風情がある。
片隅のテーブルに陣取った俺たちは、ソムタム(青パパイヤのサラダ)やホイケン(赤貝の湯通し)をつまみにチャーンビールを傾けた。タイ人スタイルが板につく俺たちに、隣のおじさんが感心の眼差しを向けている。
初めての街で酌み交わす酒は格別だ。
マリファナを吸うためのセッティング(環境)と同様に、酒もロケーション次第で酔い方が変わる。
杯を重ねると、田舎の縁日に迷い込んだかのような、心地よいノスタルジーがこみ上げてきた。
日本にいた頃の俺は、「安定という幻想」を追いかけ、それを願えば願うほど精神は暗い淵へと沈んだのだ。
しかし、不思議なことに明日をも知れぬ現地採用の今は何も怖くなかった。
「カズさん、締めはセンレックでいいっすよね?」
「OK!パクチー大盛りね」
今夜も俺たち二人の呼吸はピッタリと合っている。旅のスタートは好調だ。
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