第20話 ドライオーガズム
宴もたけなわとなり、酒豪のアヤカさんもマリファナはガッツリとキマったようだ。
俺はベッドにより掛かる彼女に興味の赴くまま質問を投げかけてみた。
「アヤカさんって、いつの時点で自分の心が女だって自覚したんですか?」
「それ、よく聞かれるんだけどはっきりわからないの。ただね、あそこについてるモノがずっと嫌だったのと、思春期を迎えても女子には全く関心がなかったのは確かね」
「なるほど。それじゃ、やっぱり小中学生の頃から違和感はあったんだ?」
「まぁね。お父さんが厳格な人だったから・・・。本当の自分は隠してたなぁ」
「女に関心が無いってのは変な話っすね~。俺なんて中坊時代はオナニー三昧っすよ~」
それまで静だったナオキがくちばしを入れてきた。
「最高記録は一日8回っす。若かったなぁ~。友達と飛距離競争をやったりデカさ比べたり、それから・・・」
俺は更に話を続けようとするナオキをやんわりと叱った。
「シモネタは男同士で!」
「え~、いいじゃないっすか~。カッコつけないでくださいよ~。今だって男同士じゃないっすかぁ~」
(バカ!それは禁句だろ!)
「カズさんだって絶対に経験者っすよ。ガキなんて全身が亀頭みたいなもんすからね。がはははは」
酩酊状態のナオキは、まだまだ話し足りない様子である。
だが、今夜は憧れのレディボーイと語り合える千載一遇のチャンスなのだ。
男のセンズリトークなどに時間を割く暇はない。
「デリカシーのない男はほっといて続きをどうぞ!」
「え、あ、うん・・・」
アヤカさんは、やれやれといった表情だ。
「そうね~高校に入ってからかな~。女性として生きたいって切実に願い始めたのは。本格的なメイクに挑戦したのもこの頃だった」
「どこか遠い国のおとぎ話かと思ってましたが・・・。本当にあるんですね。生まれ持つ性別と心の性別が逆だなんて・・・。で、それからの生活はどうだったんですか?」
「昔は今ほどトランスジェンダーに理解がない時代だったから。やっぱりおかしな目で見られるのが怖くて・・・。高校ではカミングアウトできなかった。それに、周りがすごく幼く見えて、とても本音なんて言える環境じゃなかったし・・・」
「辛かったですね~・・・。相談できる相手とかは?」
「友達にも家族にも打ち明けられない私はネットの世界に逃げちゃった。コミュニティサイトの中には同じ悩みを抱える人が沢山いて、独りじゃないんだってすごく勇気付けられたの」
「ネットで繋がった人とオフ会なんてあったんですか?」
「うん。一人だけ気が合う友達ができてね。あれは高校3年の夏だったかなあ」
と、そこまでアヤカさんが話し終えた時、ナオキがヤケに大人しいのが気になった。チラッと横目で見てみると、相棒はあぐらをかいたままコクリコクリと船を漕いでいる。
「ったくもう、ついさっきまでシモネタマシーンだったのに・・・」
俺はナオキが手に持ったままのビールを取り上げた。
「ハッパも沢山いってたからね・・・。それに、ナオキくんはカズさんといる時が一番楽しそう。ここだけの話、彼って会社では怖がられてる存在なんだよ」
「そうなんだ?まぁ、若干短気なところがあるもんなぁ。この前もアソークのバーでデカい白人2人組と本気で揉めそうになってたし。躊躇なく向かってくからマジ焦ったわ」
「あははは。気持ちよさそうに寝てるからそっとしておいてあげようね。そのかわりカズさんには最後まで付き合ってもらうよ。このままじゃ不完全燃焼おこしちゃう」
思い出話に火がついたアヤカさんが、2つのコップにウィスキーを注いだ。
「俺で良かったら喜んで付き合いますよ~」
「じゃ、さっそく。あ、あれ、でもどこまで話した?」
「えとー、高校3年の夏のくだりからです」
「そうそう。でね、例の気が合う子は武蔵小杉に住んでたから、お互いの家から近い自由が丘で会おうって決まったの。当日、早く着いちゃった私は、どんな子がくるかな~なんて想像しながら待ってたっけ・・・」
「え、じゃあ、それまで顔も知らなかったの?」
「うん。分かってたのは19歳の大学生で性同一性障害の診断を受けてるってだけ」
「ふーん。何れにせよやっと本音で話せる相手が見つかったんだ」
「そうなの。ただね・・・。待ち合わせに現れたのは50過ぎのおじさんだった。聞かされてたプロフィールは全部嘘だったの」
「は!?なにそれ」
「SNSって顔の見えない世界じゃない。だから、自分もLGBT当事者だと偽って出会い系のノリで利用する人も多いの。まさか毎日のように連絡とってる子がホントはおじさんだなんて思ってもみなかった・・・」
「きついな~。なんだよそのオヤジ。目的はなによ?」
「それがね、もちろん私はすぐに帰るって断ったけど、ちょっとだけでも話そうってしつこくて」
「気持ち悪っ!」
「結局、少しだけならって一緒に近くのカフェに入ってね。最初は怖かったけどチヤホヤされてるうちに、だんだん悪い気がしなくなってきて・・・。その人、私みたいな子の扱いに慣れてるって感じだった」
「まじか~。普通に口説かれちゃってるじゃないですか~」
「まあ、そうね。口説かれちゃったのかも。たとえおじさんでも自分の女装を褒めてもらえて嬉しかった」
「で、その後は?まっすぐ帰ったんですよねー?」
胸の奥底から正体不明の嫉妬心が押し寄せている。
「あれ?なんか怒ってる?」
そう言いながら、アヤカさんがなだめるような仕草でハーフパンツから突き出た俺の膝に手を置いた。
「!!!!!」
電気のようなドライオーガズムが脊髄を駆け昇る。
彼女の手の感触は、かつて出会ったどんな女性よりも柔らかかった。
快感と罪悪感が絶妙のバランスで重なり合う。
深呼吸の一つでもしなければ喘いでしまいそうだ。
そして、そんな俺にアヤカさんが最悪のエンディングを告げる。
「ここまで喋っちゃったんだからラストまできいてね・・・」
「・・・・・」
「私はそのおじさんと結ばれたの・・・」
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