第18話 惹かれ合う宇宙の法則

 そもそもなぜ相棒は、チャトチャックのマリファナルートを知っていたのか。


 話は、「面白い物を用意しときます」と、意味深なセリフを告げられた3日後まで遡る。


 と聞いて、それが何のことだかさっぱり見当がつかない人は、「こちら側」の人間とは住む世界が違うのだろう。


惹かれ合う宇宙の法則。


たちは目に見えないテレパシーで繋がってしまうのだ。


     ※     ※


 夕方、近所のコンビニで酒とツマミを買い込んだ俺は、足取りも軽やかにナオキの部屋へ向った。


「キレイに片付いてるねえ」


「大切なゲストがくるんで慌てて掃除機かけたんすよ。とりあえず適当に座ってください」


そう言いながら、すこし照れた様子のナオキがキャビネットの奥から取り出した物はである。


「好きっすよね?パイプはカオサンでぼったくられましたけど、肝心の中身が激安なんで遠慮は無用っす。ほい、お先にどうぞ!」


俺はギュッとマリファナが詰まった水パイプから久々の煙を吸い込んだ。


ナオキは手の平の上でアルミホイルの塊をポンポンともてあそんでいる。


「それにしでもスゲー量だな。ネタもカオサンで買ったの?」


「いやいや。カオサンは外人価格なんでダメっすね」


よくよく聞けば、その「外人価格」でさえ俺は随分お得だと感じたが、ローカルの間では更に安い値段でマリファナが出回っているそうだ。

しかし、一介の旅行者が底値で譲ってくれるプッシャーを探すのは至難の技である。

そんな理由から、バンコクでマリファナをキメたい外国人は、多少高くてもカオサンやクラブで調達するのポピュラーだ。 


「ナオキはローカルルートをどこで知ったの?」


にいる時っす。同じ部屋だった先輩が東南アジアの裏情報を色々と教えてくれたんすよ」


「なるほどー。やっぱ刑務所って情報交換の場なんだねぇ・・・」


「ですね。塀の中の人脈を頼りに、出所後はヤクザになっちゃうヤツもいるくらいっすから」


「有力な情報も得られて、人脈もできて、おまけに就職先まで?至れり尽くせりじゃん」


「確かに。アハハハハ。でも、ヤクザになったところでペーペーは使い捨てっすよ」


そんな会話をしながらも、パイプは二人の間を2度3度と行き来する。


心の中で「喉が乾いたぁ~」と呟くと同時に、ナオキがキンキンに冷えたSPYを持ってきた。このナイスなタイミングは、惹かれ合った者たちの超感覚だ。

※SPY=タイで人気のスパークリングワイン


 スマホとペアリングされたポータブルスピーカーから、ダークでBPMが遅めのHIPHOPが流れはじめる。


「おお、チーフ・キーフじゃん!」


「うわ。カズさんHIPHOP好きだったんすね。服装とかだから、こういう曲は聞かないと思ってました」


「まぁ、でも、今の曲とか分かんないけどね。昔ハマってただけだから」


「どの辺が好きっすか?」


「俺は、なんつってもプレミア先生が絡んだ曲かな。ラッパーならビギーとかジェイジー、ナスに、ラキムに・・・」


「プレミアってギャングスターのDJっすよね?あの人の曲はヤバイっす!」


「ほんと渋いよね。神様でしょ。最近の曲ってさー、打ち込みばっかじゃん。本来のHIPHOPはもっと荒削りなもんでしょ?俺はサンプリングがメインのビートが好きだなぁ」


「いいっすね〜。なんだか急に熱くなってきました」


リズムをとりながらTシャツを脱いだナオキの肩にトライバルタトゥが刻まれている。


鏡に映った自分の目が普段の2倍は垂れ下がっていた。


そして、ハイな気分にプッシュされた俺は思わず口走った。


「そういえばさ~。アヤカさんってナオキと同じ階じゃなかった?」


「そうっすよ。突き当りの部屋っす。まだ起きてんじゃないっすか?俺、呼んできますね!」


そう言うなり、ナオキはヒラリとエイプのパーカーを羽織って裸足のまま部屋を飛び出していった。

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