第17話 マーケットの裏メニュー
ナオキに秘密を打ち明けられた夜から3ヶ月が経とうとしている。あれ以来、2人はお互いの部屋で酒を呑んだり、クラブへ出かけたりと一緒に過ごす時間が急激に増えたのだ。
※ ※
ある日曜の朝。俺たちは「月に一度の買い物」に行くため、アパートのロビーで待ち合わせた。
「おまたせー!」
「うぃす!カズさん、腹の調子はどうっすか?」
ソファーから立ち上がりざまに、ナオキがお馴染みの小さなボトルを投げてきた。この男は、今まで一度も待ち合わせに遅刻したことがなく、そればかりか、しょっちゅう下痢をする俺にヤクルトを買っておいてくれるのがいつものパターンだ。
「道路は大渋滞だと思うんで、BTSとMRT(地下鉄)を乗り継いで行きましょう!」
今日、俺たちが向かうのは観光客にも人気の「チャトチャック・ウィークエンド・マーケット」だ。
その広大な敷地内には、1,5000以上もの屋台が軒を連ね、洋服、日用雑貨、民芸品、仏像、食品、ペットなど実に多彩なものが売られている。
そんなミーハーな場所に俺たちが訪れるのは、2人仲良くスムージーを片手にウィンドウショッピングを楽しむためではない。
立ち並ぶ土産物屋には目もくれず、雑踏を掻き分けて進んだ先に目的の店があった。
ここは古着のジーンズをメインに取り扱う繁盛店で、白髪混じりの痩せた中年男と丸顔の娘が切り盛りしている。
「相変わらず混んでますね・・・」
俺たちは、混雑がおさまるまで離れたところから様子をうかがっていた。
そして、タイミングをはかって店に駆け寄ったナオキが、中年男の耳元でスペシャルオーダーを伝えたのだ。
「OKっす!10分くらいで取ってくるそうです」
俺たちがゴンドラで投げ売りされるジーンズを選びはじめると、店に残った娘が、ゲンコツで頭を叩くジェスチャーを作りながら文句をつけてきた。
「アッハハハ。あいつ、あなたたち、やり過ぎじゃない?って。いちおう心配してるみたいっすよ」
それに対してナオキは即座に答えた。
「ไม่เป็นไร !」(大丈夫!)
驚くなかれ。なんとこの男は、独学でタイ語を勉強し、わずか2,3ヶ月の間で日常会話が困らないレベルになったのだ。
最近は、甘いマスクとちょいワルなルックスで、やたらとタイガールにモテている。
ジーンズ屋の娘も例外ではなく、必死に相棒の気を引こうと、毎度のごとくグロスを塗った唇をプルプルさせて色目を使うのである。
タイ語が話せる20代の日本人で「色白」とくればモテないはずがない。
突然だが、この機会にタイでモテるための攻略法を伝授しよう。
名付けて「これだけ押さえろ!完全モテ男メソッド!」
先ずはタイの女子にとって「顔の造形」より「美白」がイケメン基準の上位にくる特性を頭に叩き込もう。
間違っても日焼けマシーンなどで肌を焼いてはいけない。
タイで「色黒の男性」は、イコール肉体労働者と連想されがちだからである。また、金髪やロン毛も低所得者の象徴という悲惨な扱いなので注意が必要だ。多分に差別的な感覚だが、これが嘘偽り無い事実である。
よって、外出時には日焼け止めスプレーをひと吹きし、ヘアスタイルは清潔な短髪をワックスで軽く整えるくらいの気遣いがほしい。
続いて服装だが、俺は七分袖のスリムフィットシャツに細身のノータックスラックスの「キレイ目」コーディネートをお勧めする。
要するに「奇をてらわない正統派ビジネスマン」の装いがウケるのである。
以上、王道路線を守り、うなる札束をばら撒けば、あらゆるシーンでバンコク女性に好かれること請け合いだ。
「人生初のモテ期を満喫すべし!」
※警告:ケチな男はタイで一番嫌われる。全ての努力が水の泡。
ファッションの話がでたついでに、タイの女子学生ついて触れておこう。
タイでは大学生も制服を着用する決まりだが彼女たちの着こなしは実におしゃれだ。
ブラウスは日本人の間で「パッツン」と呼ばれるほど、ボタンが弾けてしまわんばかりのキツキツサイズをチョイスする。
そして、スリットの入ったタイトスカートをおもいっきり腰で履くのが定番だ。つまり、タイの学生ファッションの主流は、身体のラインを強調し、スリットからチラリと覗く太ももにエロスを感じさせる素材を活かしたスタイルと言えよう。
キャッチコピーは「セクシー&クール!」
一方、わが国の女子高生はどうであろうか?
セーラームーンのようなスカートを、これでもかとたくし上げる姿は惨めなほどダサい。
太い足をさらけだし、見たくもないパンツとド派手なブラをチラつかせて歩く。
「はっきり言って迷惑です!頓珍漢なセックスアピールは止めなさい」
と、ついエキサイトしたが、あくまで個人的な趣味嗜好を述べただけなので悪しからず。オヤジの戯言だと思ってご容赦願いたい。
話をチャトチャックの現場に戻そう。
俺とナオキが適当なジーンズを決めた頃に店主の男が戻ってきた。
娘の顔がサッと曇ったのが気になるが、注文品と合わせた1800バーツを支払うと、薄っぺらな黒のビニール袋にジーンズと「それ」を一緒に入れてよこした。
内訳は400バーツのジーンズが2本、例のものが2ブロックで1000バーツ。合計1800バーツである。
お好きな人なら、もうお分かりのはずだ。
「もしや?」と思われた方は大正解。
なんてことはない。
俺たちはマリファナの調達に来ていたのだ。
また、ここで注目すべきは、ネタの単位を「ブロック」と言い表したことである。
チャトチャックのマリファナは5センチ四方ほどのアルミホイルに包まれた形態で流通するため、まさにブロックという呼び方がしっくりくる。
プレスされた中身は、少なく見積もっても7,8グラムはあるだろう。
無事に買い物を終えた俺たちは足早にマーケットを抜けて流しのタクシーに飛び乗った。帰りにBTSやMRTを使わないのは入り口で手荷物検査を行っているからだ。
「ミッションコンプリート!」
バッチリ冷房が効く車内で人心地がついた俺たちは、ニヤッと口角を上げた。
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