第16話 ナオキの過去
アパートのロビーに到着すると、皆の表情には若干の疲れが滲んでいた。
それもそのはず、ムーガタ屋からゴーゴーバーまで5時間ぶっ通しで飲み続けたのだ。
「ギャー最悪、汗でベタベタだわ~。そっこうシャワー浴びたーい」
「おやすみ~。また誘ってね。ほら、トムさん、ちゃんと歩いて!」
マツジュンとアヤカさんは、飲み過ぎでダウン寸前のトムさんを引き連れ、早々に各部屋へと退散した。
※ ※
「カズさん、ちょっくらコンビニ寄りませんか?」
そう誘ってきたナオキと一緒にコンビニに入ると、カウンターでスマホをいじくる店員が面倒くさそうに顔を上げた。
20代のナオキはさすがに元気が良い。
外に出たところで「まだ飲めますよね?」と、買ったばかりの缶ビールを渡してよこした。
ひとけのないベンチに座って二人だけの三次会が始まった。
繁華街から離れたクローンサーンは、車通りも少なく先程までの喧騒が嘘のようだ。
しばし放心状態に身を任せていると、通りを見つめるナオキが語り始めた。
「実は俺、日本で懲役くらってたんです。振り込め詐欺で2年半・・・。判決を言い渡された時には思わず弁護士の顔みちゃいました。えぇ~っ!マジか~!って感じで。初犯だと執行猶予が付くって聞いてたもんで、頭が真っ白っすよ」
ナオキの視線はまっすぐと前に向けられたままだ。
「20代で2年半か・・・。長かったでしょ?」
特に気を使うこともなく、俺は自然と思いついたままを口にした。
この時、それを聞いても不思議とナオキへの嫌悪感や軽蔑の気持ちは生まれなかったからだ。
「いや~ホントきつかったっす。それに、中で友人なんかできちゃった日には、出所後も悪い道に誘われちゃって。なかなか縁が切れないんすよ」
「ナオキはそんな繋がりを断つためにバンコクへ?」
「まぁ、そうっすね。それに、やっぱり前科があると日本じゃ生き辛くて。完全に自業自得なんすけどね。若気の至りで入れたタトゥのせいでマトモなバイトは落ちまくるし。いっそ、誰も知らないところでゼロからやり直せたらって・・・」
残りのビールを一息に飲んだナオキがグシャとカンを握りつぶした。
「すみません急に・・・。ドン引きっすよね?」
俺は、なんと返せば良いかと一瞬戸惑ったものの、今、目の前にいる男の「信頼できるヤツ」という評価は微塵も揺らぐことはなかった。
それどころか、過去の辛い経験を始めて他人に打ち明けたと語るナオキが愛おしく感じられたのだ。
「俺は気にしないよ。刑務所の話とか興味あるし。面白そうだから色々聞かせてよ」
そのセリフを聞いたナオキが、まるで子供のようにパッと表情を緩ませた。
「ほんとっすか?絶対っすよ!!」
「アッハハハハ。全然OK!」
「よっしゃ!それじゃ近いうちに俺の部屋でゆっくり呑みましょう。カズさんの気に入りそうな面白い物を用意しときますんで」
ナオキからの意外な告白を受けた俺は、なぜだか言いようのない充実感に満たされていた。
この日、無理やり凍らせた人間くさい魂が、ゆっくりと融けていくような気がしたのは、バンコクの熱帯夜のせいだけではなかったはずだ。
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