第15話 ドンファン登場!

 ゴーゴーバー密集地帯の「ソイ・カウボーイ」はアソーク駅近く、日系企業も多く入るオフィスビル街の裏手に存在する。※ソイとはタイ語で小道の意味。

全長約150Mほどの賑やかなストリートに4.50軒のバーが林立し、バンコク3大歓楽街(残りの2つはパッポンとナナプラザ)の一つとして名を馳せている。


 酔っぱらい御一行がソイ・カウボーイの前でタクシーを降りると、勇んで先頭を歩くトムさんは通りの奥へと進んでいった。


「トムさんってホント、スケベだよね~。つい最近もアパートのエレベーターで風俗嬢っぽいお姉さんと一緒にいるところにばったり遭遇しちゃってさー。気まずいったらありゃしない」

トムさんの背中を睨みながらマツジュンが言った。


「よくやるなぁ〜。あそこって社員寮みたいなもんじゃないすか?ガンガン目撃されてますからね」

それを聞いたナオキも苦りきった顔だ。


女子目線から見る「買春、中年、デブ」の三連コンボは強烈である。こういうオヤジを心底軽蔑し、生理的に受け付けないのも良く分かる。

しかし、当のトムさんに女遊びを隠す気はさらさらなく、同僚の目などノーダメージだ。


もはや一般女性との恋愛を諦めた彼にとって、異性とはのみを指す。

滑稽だが、今の日本にはこんな「開き直り系」の男が掃いて捨てるほどいるのである。無理やり擁護すれば、アニメのキャラクターに恋するオタクよりは、リアルな女性が好きなだけいくらかマシといったところか。


 そんなトムさんが、とある店の正面で足を止めた。


「ここが日本人に大人気のバ●ラってお店。ちょっと待ってて。席あるか聞いてみる」


ムーガタ屋で見せた醜態とは別人のごとく、客引きのギャルたちと冗談を交わす姿はそれこそ水を得た魚だ。クレームに怯え、萎縮するダメオヤジはもうそこには居なかった。チップの100バーツをビキニの谷間へねじ込んだ後の面構えが自身に満ち満ちている。そのあまりに滑らかな一連の所作は、行きつけの丸亀製麺でかき揚げをトッピングするかのように自然体だ。


「まるでっすねぇ・・・。不覚にも俺、一瞬カッケーって思っちゃいました」


 トムさんの豹変ぶりに呆気にとられたメンバーは「ミスター風俗」に全てを委ね、ゴーゴーバーに乗り込んだ。


     ※     ※


 カーテンをくぐると、大音量でEDMがながれる店内でトップレスの女の子たちが身体をくねらせていた。


「うわ~。すっご~い!」


マツジュンが初めてのゴーゴーバーに圧倒されている。

彼女のリアクションを見たトムさんは、とご満悦だ。


「ねぇねぇ、トムさん。ここってお酒飲みながら、踊ってる女の子を眺めてるだけなの?」


「うんとね~。ほら、女の子たちのショーツにバッジがついてるでしょ?あの番号を店員に伝えれば、気に入った子を席に呼んで店外デートの交渉ができるんよ」


「へぇ~そうなんだ~。あ、でもさー、さっきドリンクを運んできたにもバッジついてなかった?」


「ああ、それはね、実はそのおばちゃんも指名できるんよー。つまり、バッジがついたスタッフはOKってこと!」


「ギャハハ。おもしろーい!」


エンジンがかかったトムさんはますます饒舌になり、興味津々の彼女にゴーゴーバーの遊び方をレクチャーしている。


「アヤカさんってこういうの見てどうなんですか?」

レディーボーイの心理が気になった俺は聞いてみた。


「どうって?欲情するかって?」


「そうですね。セクシーな女の子を前にどんな気分なのかなって・・」


「たしかに綺麗だなぁ~って思う子はいるけど、恋愛や性欲の対象じゃないわね。それに私、工事が済んじゃってるから、も反応しないのよ」


意外と露骨な表現をするアヤカさんに質問したこちらがたじろいでしまう。


「へぇー。アヤカさん、オチンチン取っちゃったんだ?」

目をキラキラさせながら、さらなる直球ワードをぶつけたのはマツジュンだ。


「そう。私は数年前にプーケットで性転換のオペを受けたの。ほら、こういう分野って需要が多い分、タイの技術は進んでるの。日本の芸能人だってほとんどが海外で手術するっていうし」


「痛くなかったのぉー?」


食い入るようにステージを見ていたトムさんが口を挟んできたが、「まあ、その話はまた今度ね」と、アヤカさんに軽くあしらわれてしまった。


 後になって聞いたところ、彼女が受けた性転換手術(性別適合手術)は単に竿を切るだけに留まらず、女性の膣の部分にあたる穴を造型し、なんと性感帯まで移植してしまったのだという。たしかに飲み会の場で説明するには若干躊躇われる内容だろう。


「あ、そうそう。トムさんなら知ってるわよね?ゴーゴーバーにはのお店があるって」


「ゴーゴーボーイのこと?」

トムさんも、その存在自体に覚えはあるようだが、「僕はストレートだからノーサンキュー」と慌ててバッテンを作った。


「えーっ!じゃもしや、気に入った男の子がいたら連れ出しちゃうわけー?」

好奇心旺盛なマツジュンがアヤカさんとトムさんの会話に食いついている。


「もちろん交渉次第でOK。でも私はまだお持ち帰りまでは経験ないんだけどね。あっ!ひょっとするとマツジュン興味あるんじゃない?今度一緒に行ってみる?」


「いや~ないですないです。絶対無理です。だって怖いじゃないですか~。ちょっとハードル高すぎ!って感じ」


「そんなに気負わなくて大丈夫よ。まぁ、無理強いはしないけど・・・」

そう言って、狼狽するマツジュンの反応を楽しむように、アヤカさんが悪戯な笑顔を見せた。

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