第14話 ゴーゴーバーに行こう!
ナオキが追加のウィスキーとソーダを注文すると、飲めない酒に酔ったトムさんの愚痴が始まった。
「僕ってこういう仕事むいてないよなぁ。人としゃべるのが苦手なのに、もっと積極的にセールスしろなんて言われても無理だよぉ。また電話口で怒鳴られるかと思うと会社に行きたくなくなっちゃうよ・・・」
トムさんは、人と接する機会が少なかった前職とのギャップと己の要領の悪さに、すっかり自信を失っている。
苦手意識が強い人ほどクレームを引くのがコールセンターの法則だ。タチの悪い客は100%勝てる相手のみを狙う野生の獣。自信がないオペレーターの気配を察知すると水を得た魚のごとく絡んでくるのである。
つまり、クレーマーとは初心者マークの車を煽ったり、コンビニやファミレスでやたらと横柄な態度をとるヤカラと同系統の人種なのだ。
ではなぜ?トムさんは苦手とわかっているコールセンターに応募したのか?
その理由は、バンコクで敷居の低い(無きに等しい)お気軽な求人といったらコールセンター一択だからである。
よって、選択の余地がなかったから、「不得手を承知で応募した」というのが現実なのだ。
怠惰に生きてきた人間は、こんな時になってはじめて思い知るのであろう。
「もっと勉強しておけば良かった」と。
「通販業務はキツイって、正直にSVに相談してみたらどうですか?」
俺がそうアドバイスしたのは、数ヶ月経っても電話業務に馴染めない人は、メール対応がメインの部署に移動させてもらえると噂に聞いたからだ。
「へぇ・・。でもなぁ。あの重い空気がもうダメなんだよね~。最近は、めっきり食欲もないし・・・」
どう見ても食欲が無い人間の腹には見えないが心はポッキリ折れている。
ここが日本なら「そんなに嫌ならやめちゃえば?」の一言で終わる話だが、タイで転職するには就労ビザの取り直しから再スタートしなければならないので非常に面倒だ。
意気消沈するトムさんは、ひとしきり煮え切らない様子で弱音を吐いた。
すると、その時である。
「とち狂った客なんて適当にあしらっときゃいいんだよ!男のくせにいつまでもグダグダ言ってんじゃねーぞ!!」
周囲の空気がピーンと張り詰める。
「・・・・・・・・」
大声を上げたのは、それまで黙っていたアヤカさんだ。
こんな状況を正に「青天の霹靂」と呼ぶのであろう。
さすがのナオキがピクッと動きを止めて固まっている。
隣のテーブルのタイ人カップルも唖然として言葉を失った。
皆が驚くのも無理はない。
普段はあんなに上品に振る舞う彼女が、野太い声で怒鳴ったのだ。
「あ~ごめんごめん。またやっちゃったー。私ね、酔うとB面のシンイチが降りてきちゃうの。はずかしー」
すぐに我に返ったアヤカさんが照れくさそうに舌を出した。
「姐さんの本性はヤンキーだったんすか?」
「ホント、びっくりしたわー」
ナオキとマツジュンはA面に戻ったアヤカさんをからかった。
「ナオキくん、姐さんってのは勘弁して。極妻じゃないんだからさー。トムさんもびっくりしちゃったでしょー。悪気はなかったの。ホントにごめんね」
※ ※
こんな一幕もあり、トムさんのお悩み相談が一段落すると「場所を変えて飲み直そう!」という話になった。
「それじゃあ、この後みんなでさー、ゴーゴーバーってところに遊びに行こうよー。バンコクでは有名なんでしょ?」
マツジュンが遊ぶ気満々ではしゃいでいる。
それを聞いて「プッ」とコーラを噴いたトムさんが、あわてて紙おしぼりで口元を拭った。
「ゴーゴーバーってマツジュン・・・。このメンバーでお酒飲むような場所じゃないんだけど・・・」
トムさんがたしなめるように言った。
「なんとなく分かるけどー。でも、トムさんそういうところ詳しいでしょ?」
この男の風俗好きは、既に女子たちの間で語り草になっていたのだ。
「まぁ、知らないわけじゃないけどー。さすがの僕も女の子連れは気が引けるなぁ」
「いいじゃん!いいじゃん!せっかくだし案内してよー。もう決まりだからねー」
マツジュンが半ば強引にまとめにかかった。
「まぁ、普通にお酒飲むだけならペイバー代(連出し料)もかからないし。今の時間ならちょうど盛り上がってるかもなぁ・・・」
トムさんも頼りにされたのが嬉しいのか満更ではなさそうだ。
「なーに?ペイバーって?まさか、うちらがエッチな事とかされないよねー?」
「それは大丈夫。どうしても興味あるなら・・・。行きつけの店を案内するけど」
すっかり彼女のペースに乗せられたトムさんは、汚名返上とばかりに張り切っている。
「たまにはこんなメンバーでゴーゴーバーってのも面白いじゃないっすか!」
「私も飲み足りないから付き合うよ」
「トムさん、よろしくおねがいしま~す!」
こうして、皆の意見が一致したことでトムさんプレゼンツによる「ゴーゴーバーツアー」が開催されたのだ。
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