第5話 中野渡歩のターン
「やはり事件が僕を呼んでいる。宿命とは困ったもんだ」
暗闇が明けた舞台上に一人の倒れた男。そのすぐそばに金だらいが落ちている。
難事件発生だ。
今日僕は演劇部の舞台があるというので大学の講堂に来ていた。演劇部副部長で友人の城之内が主演で、新入生向けの特別公演をやるという。
城之内からはお前は絶対来るなとかなり念を押されていたが、あまりにも念を押されるので逆に来いということだろうと推理し僕はこの講堂に来ていた。言葉のウラを読むのはお手の物だ。
入場する際、顔見知りの演劇部員が受付に座っていた。新入生限定なので止められるかと思ったが問題は無かった。彼は「中野渡先輩は出入り禁止だと聞いています」と言って私を会場内に入れまいとする迫真の演技を見せてくれたのだ。僕は彼のエチュードに付き合い、まあまあいいじゃないかと諌め、講堂の扉を開けた。
そして僕はこの難事件に遭遇したのだ。
「あ、ちょっと!」とこの後に及んでも演技をつづける彼を置き去りにして舞台前まで走る。
僕の脚力を舐めてもらっては困る。高校の頃、クラス代表リレーの補欠選手に選ばれた腕が鳴る。この場合は手ではなく、足が鳴ると言った方が的確かもしれない。
自慢の足で最前列席までたどり着いた僕には誰も注目していないようで、その場にいた全員が舞台上に目が釘付けになっているようだった。おそらく速過ぎて見えなかったのだろう。
「やはり事件が僕を呼んでいる。宿命とは困ったもんだ」
犯行現場には多くの演劇部員が集まり、倒れた男を介抱している。
素早く壇上に上がった僕は被害者の顔を確認する。城之内だ。
「被害者は君か。大丈夫かい」
「……中野渡。あれほど来るなといっただろうが。俺の話を聞いてなかったのか」
「安心しろ。一言一句聞き取ったうえで来場している。事件が僕を呼んでいるということだ。でもその様子だと怪我は軽そうだね。良かった、良かった」
「その通り、たいしたことはない。お前の出る幕じゃないよ、迷探偵」
「いやいや、怪我の大小は関係ないよ。事件は事件だ。捜査は僕に任せて、君は医務室で治療を受けるといい。餅は餅屋と言うだろう」
「……勝手にしろ。ただの事故だよ、これは」
「どうかな。決めつけるのは早いと思うけどね。まあ、僕の推理ショーを楽しみに待っていてくれ」
そう、これはただの事故ではない。
何故かって?
ほかならぬ僕がはち合わせた事件だからだ。名探偵が関わる事件が凡庸なものであるはずがない。
ふと下の方から視線を感じて目を向けると、僕を見上げる女の子が座っていた。ショートカットで丸い眼をした可愛らしい子である。
僕は瞬時に悟った。彼女はこの難事件を間近で目撃した重要人物だということを。
「ちょっと話を聞かせてもらえるかな」
彼女はぽかんとした様子で僕を見つめるが、少しして「あ、は、はい。こんな私でよければ」と返事を返してくれた。
暴走探偵と妄想助手 十三田 @tom10
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