第3話 始まりの始まり2
今気付きました。このお姉さんはとても美人さんです。突然声をかけられ緊張していた私はまともに相手の顔など見る余裕もなく、うつむいて話していたのです。
笑い声につられて顔を上げると、そこに花の女子大生がいました。
眉目秀麗。そんな四文字熟語が頭に浮かびます。ファッションもいい感じの白いプリントTシャツに(英文がなんかいっぱいプリントされています。さぞかしシャレた文句が並んでいるのでしょう)、適度に破けたダメージジーンズ。ショートカットの髪型と合わさって、ボーイッシュかつ明るく活発な印象を受けます。
なんて美しい人でしょうか。私の地元の美女たちが目くそ鼻くそに思えます。
すいません、言いすぎでした。
しかし、それくらいきれいなお姉さんなのです。
蝶が甘い蜜に誘われるように、私はそのリアルビーナスについていきます。
「あなた名前は?」
「し、四条麻衣と申します。以後、おみ知りおきを」
「あはは。あたしは沢田ゆり。三回生だよ。よろしくね」
私は今女神と話しているのでしょうか。心が洗われていくのを感じるようです。
これは自分でもわかる過剰表現です。スルーしましょう。
「さ、沢田先輩は演劇部の方ですか」
「うん、そうだよ。まあ裏方専門だから劇には出ないんだけどね」
「そ、そうなんですか。とてもお綺麗なので看板女優さんかと……」
この美貌の持ち主を裏方に甘んじさせるとは、なかなかの眼鏡の曇りようです。目が腐っているのでしょうか。それともこの大学の演劇部は、沢田先輩をも凌駕する美男美女の巣窟で控えに回らざるをえなかったというのでしょうか。昨今のテレビドラマでもなければ、そんな奇跡はないと思うのですが。
話は逸れますが、あまりイケメンやらモデル上がりの女優ばかり使うドラマはいくらストーリーが良くてもリアリティがありません。始まる前の番宣か第一話で見る気が無くなります。
本気のリアリティを追い求めるならイケメン&美女が2、ブサイク&ブスが8の割合でキャストすると良いと考えます。世間を見渡すと大体その比です(私調べ)。視聴率が取れるかどうかは保証できませんが、少なくとも私は見ます。しかしこうなったら、逆にブスとブサイクだけのドラマでもいいかもしれません。どこか勇気のあるテレビ局はないのでしょうか。今後のドラマ業界に期待したいところです。
閑話休題。
「ふふ。ありがと。演劇部のみんなも出てみないかって誘ってくれるの。でも、あたしは色んな部活とかサークルを兼部してるから、なかなか稽古する時間が取れないんだ。十分に練習できないのに役もらっちゃったら、迷惑が掛かるからね」
演劇部の方々に、いますぐ土下座したくなりました。
沢田先輩は自ら身を引いて演者を辞退していたのです。それを、私は眼鏡が曇ってるだの目が腐ってるだの、あげくの果てにテレビドラマ制作陣にまでケチをつける始末。とんだピエロもいいところでした。自身の浅はかさに恥じ入るばかりです。
本来であれば殴る蹴るの暴行に、罵詈雑言の限りを尽くしても足りないくらいの私に隣人愛を持って話しかけてくださったのです。世の中捨てたものではありません。
私が世の中から捨てられている可能性もありますが。
「兼部……それは大変そうですね。おいくつぐらい所属されているのですか」
「そうだね……。数えたことないけど、この大学にある部活サークルにはほとんど顔出してるかな。自分でもどこがメインで活動してるかわかんなくなっちゃてるからね」
「めっちゃ凄いやん」
関東出身の私もつい関西弁が出てしまいました。あまりの驚きで使ったことのない方言が出てしまったようです。
「あっ、もしかして関西出身なの?」
そのせいであらぬ誤解を受けてしまいました。
「い、いえ。さ、最近のマイブームです」
いいわけが下手くそ過ぎます、私。
「そうなんだ。ふふ、面白いね」
「ええ、まあ」
ドヤ顔で嘘をつきます。これからの会話ではちょこちょこ関西弁を織り交ぜるようにしないと……。
「えっと、麻衣ちゃんは入りたい部活とかもうある? もしよかったら、あたし紹介するよ?」
いきなり麻衣ちゃんというアメリカナイズな名前呼びにドキッとした私は動揺しながらも、ありがとうございますと返しておきます。
歩きながら世間話に花を咲かせていると、演劇が行われるという講堂に着きました。古びた建物で歴史を感じさせる雰囲気を持っています。前日訪れた大きなホールよりかは小さいものの、そこそこの大きさです。
「あっ、もう開演時刻だね。席まで案内するから急ごうか」
かわいらしいピンク色の腕時計で時間を確認した沢田先輩は、そう言って私を講堂内へと案内してくれました。
扉前には受付の方が座っていて沢田先輩と私を見ると、小さく笑ってくれます。
「ギリギリセーフ。もうすぐ開演ですよ」
「良かった。麻衣ちゃん、中入ろっか」
「よ、よろこんで。チケット代はおいくらですか」
「そんなのいらないよ。新入生のための記念公演なんだから」
「そ、そうですか」
私はお財布を出そうとしていた手を引っ込めます。沢田先輩が講堂の扉を開けると目の前には数十メートル先に幕を下ろした舞台があり、その舞台前にパイプ席が並べてあります。
お客さんはちらほら。十数人といったところでしょうか。閑散としています。
「前の方に行こうか。来て」
沢田先輩は私の手を取り(とてもすべすべして、ひんやりとした手です。これがクールビューティーというものでしょうか)前方の席へと向かいます。
「じゃあ、この席で座って待ってて。すぐ始まると思うから」
一番前のどセンターに案内されました。
梨本勝なみに恐縮です。
こんなに舞台と近い席に私が座っていいものでしょうか。普通、関係者とかファンクラブの抽選とかで当たった人が座るものでは?
しかしながら、これだけ人数が少なく良い席が空いているのだからそこまで恐縮する必要はないのかもしれません。両隣にもお客さんは座っていないので楽に観劇できそうです。
『ブ―』
別にクイズに間違えたわけでも、ブタさんが鳴いたわけでもなく劇の開演ブザーの音です。
紛らわしくてすいません。
だんだん照明が暗くなっていきます。
そして完全な暗闇が訪れました。私はごくりと息をのみます。
果たしてそこで私が見たものは。
暗闇が明けた舞台上。そこには衣装を着飾って倒れる男の人が一人と金だらいが一つありました。
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