第2話 始まりの始まり

 さて、話を数時間前に巻き戻して説明することにしましょう。

清徳学院大学。

 それが私こと四条麻衣が通うこととなった大学の名前です。

学生総数は優に三万人を超えるマンモス大学で日本各地にキャンパスを所有。学部学科も多種多様、部活やサークル活動も盛んで、文化系および体育系問わず各種大会で上位成績を収めている学校です。最近は多数の海外大学と提携し、外国人留学生も積極的に受け入れていると聞いています。

前日には大学内にある大規模なホール施設で入学式が執り行われました。そして今日の午前中はそのホール内で大学のオリエンテーションが実施されるという消化日程なのです。

 肝心の講義は明日からいよいよ開始という手筈になっています。といっても最初の二週間ほどは授業のお試し期間のようなものらしいのです。

時間割として午前は一限目から四限目、昼休みを挟んで午後は五限目から七限目まであり、それぞれの時間帯に複数講義が開講されています。その中で自分が興味のある講義の授業を実際受けてみて、どの講義を履修するのか学生個々がそれぞれ決定するという仕組みのようでした。

そんな講義の履修方法や大学生の心構え、学校の歴史などを配られた冊子を開きながら説明されたのがオリエンテーションの概ねの内容です。

オリエンテーションは丁度正午頃に終了し、大学の食堂へ向かった私でしたが、案の定というか新入生の大群でごった返していました。

食堂内はなかなかの広さで机、座席共々十分に配置されている様子。席に座ろうと思えば座れるのですが、おそらく両隣や向かい合った席に知らない人達包囲網が形成されるのは確定的なのです。

そして私は人見知り。大和撫子よろしくパーソナルエリアに踏み込まれるのが苦手な女子なのです。

ここは一時撤退するのが賢明だと判断し、食堂を後にしました。そのまま家に帰っても良いのですが、大学の食堂での初ランチは一日でも早く経験しておくべし、とのお達しが私の中で通達済み。

お昼を食べるのは人が掃けた時間帯にするとして、それまでの時間潰しに大学の敷地内を散策することにしました。

折しも天気は晴れに晴れ渡った日本晴れ。ハイキングにジョギングにショッピングに絶好のコンディションであることには間違いありません。まあ、今日は平日なのでそれを楽しめる人は少ないでしょうが。

はてどこぞを見学しようかと先ほどのオリオンテーションで頂いた学内地図が載っている冊子(『新入生の手引き』と表紙に印字してあります。わかりやすいですね)を開けながら食堂を出た私を遮る人影が一つ。

「新入生の子だよね? ちょっといいかな」

 これがナンパというやつでしょうか。

新女子大生にこの声のかけ方。間違いなく手練れと見受けました。

大学生は遊んでばかりいるという少なくない批判を助長するような手の速さです。

「もうすぐそこの講堂で演劇始まるんだけど見に来ない? ちょっと集まり悪くてさ。あたしも困ってんだよねー」

 思いっきり違いました。

 というか女の人です。まあ声の高さで分かれって話ですが。

最近の男性は女性化が進んでいるという風評を真に受けた私の思い込みでした。

ごめんなさい。

「ごめんなさい」

「え? だめ? そんなに長くないしさ、見に来ない? 今なら一番前の席で見れるよ」

私の十八番、うっかり八兵衛です。

心の中で謝ったつもりが、つい口をついてしまいました。

というか誰にあやまりたかったのでしょう、私は。

そんな疑問はさておき、私は急いで誤解を与えたことについて弁解しなければいけません。

「す、すいません。そういう意味じゃなくって、わ、私が悪いんです」

「ん? どゆこと?」

 怪訝な顔でお姉さんが私を見ます。

 南無三。

 相手の女性に私の心の中の事情なんて知る由もありません。方針転換です。演劇を見に来ないかという誘いについて返答しなければ。

「え、演劇ですか。その、私、そういうのあんまり見たことなくて……」

「そんなかしこまるようなもんじゃないって。面白いし、見にかない?」

「そ、そうですか」

 まあ、どうせ予定などないのです。こんな情けない私へのせっかくのお誘いを無下にできるでしょうか。否。

「そ、それではお言葉に甘えて、い、行かせてもらう所存です」

「所存って。あはは。面白いね、あなた。ありがと。じゃ、行こっか」

「は、はい」

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