03 最悪な過程


 「ARUGANDA、あるがんだ、アルガンダ……」

 「……DFW?」


 ブツブツと名称を復唱する姉さんを尻目に、志乃がはたと気が付いたように呟く。


 アルガンダ王国。

 何処かで聞いた名前だと思った。

 そっか、DFWに出てきた国名か。


 じゃあ、ここはDFWのテーマパークとか?

 でも、それじゃあ突然の季節変化に説明が付かないし、テーマパークは最初に私が否定した事だ。


 そもそも、そもそもだ。

 私は今の現状にどう説明を付けようとしていたんだ。

 はっきり言って、この現状は有り得ない。可笑しい。


 夢、としか言いようがないような、現実味のない幻想の中のようで、まるで、不思議の国に迷い込んだ少女アリスのようだ。


 「……嘘、だろ? ここが、異世界っ……?」

 「ちょっ?!! 星羅っっ?!!」


 突然、星羅が弾かれたように走り出す。

 それに姉さんが目を見開いて声を上げると、星羅の後を慌てて追いかける。

 私と志乃も二人の後を追った。

 人の間を縫って、全速力で駆け抜ける。


 異世界、か。


 浮上した推測は何でか、頭から否定したいのに、何故か否定しきれなくて、きゅっと唇を噛み締めた。


 段々と道から人気が薄れてゆく。

 それでも、駆ける足は止まらない。


 異世界トリップだなんて、まるで今流行のライトノベルのようだ。

 有り得ない。

 空想上の産物で、物語の中だけの事象。

 現実に起こり得る確率なんて、限りなく零に近い。


 今のこの現状がもし、そうであるなら……私達はこれから、どうしたら……?

 いや、けど、だって、待って、そんな筈、ないよね。

 まだ、まだそんなの、分からない。

 だから、大丈夫。


 様々な憶測や疑問符で埋め尽くされ、混乱し始める頭を落ち着かせるよう、言い聞かせるように心内で呟いた。


 「星羅、ストップ!」

 「っはぁ……はっ……」


 前を走っていた姉さんを追い越し、志乃が星羅の腕を掴み、制止させる。

 全力疾走した為、皆一様に荒い息を整えるように、浅い呼吸を繰り返す。 

 厚着のせいもあってか、火照った身体から汗が流れた。

 久々の全力疾走は大分応えたらしい。


 「……悪ぃ」

 「いや、それは大丈夫だけど。星羅、何で急に走り出したりなんかしたのさ」

 「何か、頭ん中ごちゃごちゃで、訳分かんなくなって、気付いたら走ってた」

 「そっか」


 ばつが悪そうに俯く星羅に、姉さんが困ったように笑う。

 確かに、頭ん中ごちゃごちゃで気持ち悪い。

 可笑しな今の現状を理解しきれない。


 志乃が掴んでいた手を離し、膝に両手を当て、身体を屈めると、疲れたように息を吐くのを横目に、私は辺りを見渡す。 


 私達は早々に現状を把握する必要がある。

 けれど、それには先ず、この街を知らなければ。

 帰り方も、この場所がセットなのかテーマパークなのか、はたまた異世界の街なのか、何なのかもまだ分からない。

 そして、第一に目下の問題は、ここは何処だろうか。


 多分、中央広場からは大分離れてしまったから、早く戻らなきゃ。

 また、道が分からなくなる。


 「ねぇ、中央広場に戻らない? また、迷子になるよ」

 「……だな、ほんと、悪い」

 「あ、違う違う。別に責めてるんじゃないよ。そもそも、星羅が走り出さなかったら私が走り出してた可能性だってあったんだからね?」

 「ん、あんがと」


 私の提案にしょぼーんとと項垂れる星羅に、慌てて訂正の言葉を告げると、静かに頷く。


 責めてない、責めてない。


 アルガンダ王国。そのワードを頭に入れた時点で、少なからず私達は全員頭を混乱させていた。

 故に、星羅が走り出さなくても、誰かが何かしらのアクションを起こしてた筈。

 だから別に、誰も星羅を責めるつもりなどない。


 「! ……ね、ぇ」

 「うん、わかってるよ」


 来た道を引き返そうと振り返る。

 そして、目に映った何とも言えない光景に、志乃が視線だけを私達に向けた。

 姉さんは、目を細めてそう志乃に告げる。


 「お嬢さん達、見慣れない格好してるなぁ?」

 「さっきの見てたよ。迷子なんだろ? おじさん達が街を案内してあげよう」


 複数人の割とがたいの大きい男が、ゆっくりとにじり寄ってくる光景。見ててとても、気持ち悪い。

 下卑た笑みを浮かべ、告げられた言葉に鳥肌が立つ。


 何それ、体の良い事言って、何処に連れてく気だよ。


 私達は迫る男達六人に警戒しながら、少しずつ後退する。

 白昼堂々と人攫いとか、いよいよ可笑しな話になってきた。


 「っんだよ、今度は何だ?」

 「知らない。けど、隙見て逃げるよ」


 星羅が不安げに呟く。


 男勝りな繊細ちゃんめ。


 姉さんが男達を睨むように見据えて言った。

 流石は年長と言うべきか、冷静に見える。

 内心は分からないけれど。


 「そんな警戒しなくても、大人しくしてれば手荒にはしないよ」


 言う事を聞かない子供に言い聞かせるように告げられる言葉。

 にやけた顔がやはり気持ち悪い。

 徐々に徐々に縮まる距離に、嫌な汗が頬を伝う。

 けれど、身体の発する危険信号とは裏腹に脳内は至って平常運転。冷静そのものであった。


 私はパニックを通り越して冷静になるタイプだったらしい。

 この危機的状況にも、酷く落ち着いていた。

 もしかしたら、夢を見ているような、映画でも見ているような気分なのかもしれない。

 身体と頭の矛盾を感じながら思考する。


 心の何処かで、もう一人の私が大丈夫だって囁くんだ。

 迫る男達は前方のみで、後方にはおらず、退路はあった。


 「っ逃げるよ!」


 姉さんの声に反応し、皆一様に男達とは逆方向に走り出す。

 まだ、私達をただの小娘四人だと、相手は油断していた。


 確かに私達はただの小娘だが、多少の抵抗くらい出来る。

 けれど、相手は六人もいるし、私達は全力疾走したばっかりで、まだ息が荒い。

 逃げきれるかは、分からない。


 ……大丈夫、大丈夫。


 おまじないのように、呟いた。


 「おい! 晶霊術しょうれいじゅつ使え! 出し惜しみして逃げられたらたまったもんじゃねぇ!!」


 早く、逃げなきゃいけない。

 捕まっちゃいけない。


 本能が静かに告げる。

 私はただ、三人と共に走った。


 「鈍き枷イラライ!!」


 後ろで男達の中の一人が叫ぶ。

 聞いた事あるような、言葉。


 イラ、ライ……ッ。


 瞬間──バチィッ、何かが弾けるような音と共に、私の身体に黒く光る縄が巻き付いた。

 胴体と足を縛られた私は、走っていた勢いのまま、その場で地面に転倒する。

 反射的に自由な両手を最初に付き、顔面強打は免れたが、左手首を捻ってしまった。


 利き腕でないだけ、まだマシか。

 私は呆然と石畳の地面を見つめ、次に自らの身体を見遣る。

 今まで必死で否定したかった現実をまざまざと見せつけられる気分だ。


 光の縄、これは、魔法?

 いや、ここがDFWの世界なら、これは魔法ではなく、晶霊術と呼ばれている筈で、先程そんな言葉が聞こえた気がする。


 「何、これ。魔法ッ?」


 志乃の困惑した声が聞こえる。

 私は右手を使い、上体を起こすと、痛む左手を押さえ、辺りを見渡した。

 姉さんも、志乃も、星羅も私同様に光の縄に捕まり、その場に座り込んでいた。

 その表情はやはり、皆困惑としたものであった。


 「娼館と奴隷商、どちらの方が高く売れるだろうなぁ?」

 「お嬢ちゃん四人なら、奴隷商より娼館じゃないか? 今奴隷は、女より男の方が高く売れてるらしいしな」

 「そうか、じゃあこのお嬢ちゃん達はビゾリオさん所に連れてくか」


 男達は呆然とする私達を置いて話を進めた。

 所々、聞き慣れない言葉が混じる。

 私はここに居る筈なのに、世界を何処か遠くに感じた。


 DFWの世界。ここが、本当に?


 「暴れられても面倒だ。眠りの術掛けとけ」

 「はいよ……夢魔の誘いファティグエ


 男の一人が私達に手を翳し、呪文を詠唱した。

 その瞬間、薄く青く男の手の平が発光し、光が視界を覆う。


 頭が、視界が、ゆらゆらと揺れて、感覚が麻痺していく。

 瞼が落ちる。身体に力が入らない。

 酷く怠くて、眠くて、ぐにゃりと歪む。


 ぶつん──そして、一気に意識が、途切れた。


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