02 目が覚めた先


 「……ん、っ」


 暑い。寝苦しい。

 おまけに、日差しが眩しい。

 けど、酷く、体が怠くて、起きたくない。まだ、眠い。


 ごろり、その場で寝返りを打つと、身体に当たるゴツゴツとした堅い感触が、とても痛かった。


 何、床?

 私、遂にベットじゃなく床で寝落ちして……?


 微睡む意識が覚醒に向かう。


 「……?」


 閉じていた瞳を開き、ゆっくりとその場で上体を起こす。

 青い空が見える。

 建物の隙間からは雑踏と日本では見ない造りの建物がうっすらと窺える。


 赤い屋根で統一されたその建物群は、中世ヨーロッパに近い感じだろうか。

 正直、中世ヨーロッパを詳しく知らないので、はっきりとは言えないけれど。


 これは、どう言う事だろう?


 覚醒したばかりのあまり回らない頭で考える。

 自分の周りに視線を向けると、ここはとても狭い、路地裏である事に気が付く。


 「何で、路地裏で寝てるの? 私」


 思わず一人で呟く。


 これは決して痛い独り言ではない。

 いや、本当に。

 思わずだ、思わず。

 だって、目が覚めたら路地裏に居ました、とか、酔っ払いかホームレスじゃないんだから。


 「……あ。ちょ、起きて!」


 直ぐ側に三人が倒れているのに気が付き、私は慌てて駆け寄ると、身体を揺さぶる。

 この状況、一人でどうにかなんて無理。知恵も、情報も足りない。


 早く起きて、助けて、切実に。


 「んぁ? 羽奏ちゃん? はよっす……」

 「うん、おはよう。……じゃなくてっ!」

 「んー、うるさいー」


 寝ぼけ眼を擦りながら、眠そうに星羅が挨拶するのに、釣られつつ、私は首を横に振る。

 隣でのそりと、姉さんが顔をしかめながら起き上がると、抗議の声を上げた。


 いや、五月蠅いじゃなくてっ!

 それ所じゃないの、ちゃんと周りを見てっ。


 「……え、何よここ? 路地裏?」

 「何であたし達こんな所に?」


 遅れて、志乃が起き上がり、首を傾げて呟く。

 続いて、姉さんも不思議そうに辺りを見渡した。


 やっと、三人が目覚め、現状の異常に気が付いてくれて、私は少し安堵する。

 自分一人で対処する訳じゃなくて良かった。


 「……てか、あっつ?!!」

 「あれ? 今、冬だよねぇ? 何で雪溶けてるの?」

 「いや、姉さん。これどう考えても夏の気候だから。後、ツッコむ所はそこじゃない。先ず、街並みについてツッコんでよ」


 星羅の驚愕の声に反応し、姉さんが冬にしては有り得ない夏の気温に首を傾げる。

 今、私達は厚手のコートとマフラーを着用中だ。


 そりゃ、暑いよね。

 けど、まずは街並みに付いて……いや、やっぱいいよ、うん。

 先に上着脱ごうか。


 私達は、暑さに負けてコートやマフラー、脱いでも差し支えないものを、その場でいそいそと脱いだ。


 「うわ、まだ暑いわね! けど、これ以上はどうにも……路上でストリップする趣味はないし」

 「うん、あったら困る。主に私が」


 グレーの袖から肩に掛けてと、背中がレースアップされたリボンのニットトップスに、白に青の花柄の膝丈スカート、黒タイツに、踵の高いキャメルのショートブーツを履いた志乃が、暑そうに手を団扇うちわ代わりに扇ぐ。

 私も、志乃同様に扇ぎつつ、真顔で言った。


 今の私の格好は、白いレースのブラウスに、ノースリーブの紺と赤のチェック柄のワンピース、黒タイツに、端にリボンの付いたブラウンのショートブーツなので、志乃よりは涼しい格好してるかも。


 「いや、俺らも困るから!」

 「んー、じゃあ脱ぐ?」

 「何でっ?!!」

 「星羅を困らせようかと、えへっ?」


 ツッコむ星羅を志乃がおちょくる。


 いやいや、志乃。頭に手を当てて、舌出さない。

 既に脱十代した私達がやっていい事じゃないからね?


 因みに星羅の格好は、黒のシフォンヘムラインの長袖フレアカットソーに、ダメージジーンズ、黒のヒールロングブーツで、私同様にまあまあ薄着だ。


 「それあたし等も巻き添えじゃない? 知らん振りしていい?」

 「わ、姉さん冷たい」


 姉さんが真顔で冷たく言い放つ。


 確かに、路上でストリップするような変な知り合いなんて欲しくないけどさ。

 知らん顔はちょっと難しいんじゃないかな。


 紺色のレースの襟付きブラウスと、折り返し裾のアイボリーのショートパンツ、ストッキングに黒のニーハイソックス、ブラウンのムートンブーツと言う格好の姉さんにツッコむ。


 「こほん。え~、取り敢えず……どうすんよ?」

 「うーん、ここに居ても仕方ないよね」

 「ここが何処か調べましょ」


 星羅が咳払いし、話を進める。

 私が困ったように笑うと、志乃が少し考える素振りを見せた後、そう言った。

 確かに、ここが何処だかわからない内は、何もしようがない。


 「どっかのテーマパークとかじゃねぇの?」

 「まあ、それ希望だけど、何であたし等こんな所に居んの、て話だよねぇ」


 星羅、テーマパークではないと思うよ。


 始めは私も時代劇村とかそんな類かと思ったけど、何か可笑しい。

 その点、姉さんの疑問は正しい。

 そもそもだ、ここがテーマパークであろうが外国であろうが、何で私達がそんな所に居るの?


 「……誘拐とか?」


 志乃が首を傾げる。


 いやいやいや、目的が分からない。

 私達には金も権力もないでしょ。

 誘拐した所でさしてメリットがあるとは思えないし、第一に誘拐しといて、こんな路地裏に放置する訳がない。


 「誰かに道聞こうか」


 私が苦笑気味に告げると、三人はそれに頷いた。

 私達は脱いだコート等を片手に、路地裏から出る。


 街並みは最初に述べた通り、凡そ日本には似ておらず、街行く人々の格好はどう見てもファンタジー世界の村人的な……完璧なコスプレ。

 おまけに、東洋系の人が見当たらない。


 本当、ここ何処ですか。

 外国ですか、テーマパークですか、それとも、全く知らない何処か遠くですか。

 ここが日本国内で、テーマパークの中だったらいいのに。


 自ら否定した事柄が、事実である事を希望した。


 「あ……すいませーん、ちょっと迷子になってしまって、ここってどの辺でしょうか?」

 「あら、それは大変だねぇ。ここは市街地の北側だよ。で、あっちが中央広場。広場には街の案内板もあるから参考にしな」

 「そうですか、ありがとうございます」


 志乃が人の良さそうなおばさんに、軽く道を尋ねて戻ってくる。

 その顔は心なしかどや顔で、右腕でグーサインを出していた。

 どや顔は気にしないとして、言葉は通じるようで良かった。


 これで、英語やらイタリア語やらフランス語やら、話されても困るから。

 このメンバーの中で、まともに外国語を話せる者など居ない。

 唯一希望のある英語だって、学校で習った程度、かじった程度だ。

 そこは一安心だが、言葉が通じるって事は、日本国内である可能性が高くなる訳で……。


 うーん、でも、違和感が拭えない。


 「ここは市街地の北側。であっちが中央広場で案内板もあるって!」

 「案内板かぁ、中央広場に行ってみる?」

 「そうだね、あからさまにここ何処、だなんて詳しく聞き回ってたら不審だしね」


 嬉々として告げる志乃に、姉さんが考える素振りを見せてから言う。

 それに、私は頷いた。

 そして、私達四人は志乃を先頭に中央広場とやらへ向かった。


 道中は無言。

 まあ、それも仕方がない。

 何せ私達は、格好か顔立ちか知らないが、変に浮いて悪目立ちしているようだったから。

 十中八九格好のせいだけど。


 こんな暑い中で完全防寒なんて可笑しい事この上ない。

 その為、好奇の視線や、ひそひそ話が耳に付き、私達は口元を引きつらせた。

 勿論、先程志乃が道を聞いたおばさんの様に、特に気にしていない人も居る。が、物凄い視線が痛くて、居たたまれない。


 四人で黙々と歩く中、程なくして、案内板のある中央広場に辿り着く。


 「あれ、英語? いや、ローマ字……?」


 直ぐ目に付いた案内板まで近付くと、志乃が首を傾げた。

 志乃の視線の先に佇むのは、アルファベットの並ぶ案内板。


 英語? ローマ字? それとも、また別の……。


 私も志乃同様に首を傾げると、案内板を凝視した。


 ARUGANDAOUKOKU?


 案内板の真上、恐らくは今居るこの場所の名称を読み上げる。


 おーゆーけーおーけーゆー……え、王国?


 「──アルガンダ、王国……?」


 私が困惑して頭を捻る中、隣で星羅が信じられない、と言った風な表情で呟いた。

 心なしか、その声は震えていた気がした。



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