第9話 マジカルコック ソルベちゃん

 全日本統一ラーメン王決定戦。会場となった五万人収容のドームは、本戦第一試合の審査を迎えて熱狂の渦中にある、はずであった。だがしかし、今ドームを支配しているのは、緊張を孕んだ沈黙であった。


「お待たせやで」


 審査員の前に純白のスープが満たされた丼が並べられている。スープには奇妙なとろみがあり、杏仁豆腐のようにすら見えた。湯気が立っていなければ、そして細切りのネギとチャーシューが添えられていなければ、それがラーメンだとは誰も判らなかっただろう。


「魔女っ娘ラーメン六十三號、『純白の塩トロチャーシューメン』や。おあがりよ」


 少女の言葉を聞いても、十名の審査員は誰一人として箸すら握ろうとしない。全員が、装填された拳銃をいきなり目の前に置かれたような、引きつった緊張の表情を浮かべている。


「なに、黙っとんねん。はよう、審査しとくれや」


 対する少女は料理帽をあみだに被り、腕組みをして薄い胸を目いっぱい反らしている。傲然と顎を上げ、口元にはチェシャ猫の笑み。背格好はせいぜい中学生なのだが、そのふてぶてしい態度はとても十代のものとは思えない。


 一番年嵩の審査員が、二重あごを揺らしながらようやく口を開いた。


「よく、儂らの前に顔を出せたもんじゃな。そもそもお前の名前は、予選突破チームの名簿になかったはずじゃが」


「『チーム唐風荘』のリザーバー枠をもろたんや」


「じゃあ、『唐風荘』の残りのメンバーはどこに行ったんじゃ。まさか、」


「人聞きの悪いこたぁ、言わんでほしいで。ちょいと良い夢観てもらっとるだけや。ウチの魔女っ娘ラーメン三十六号での」


 ざわつく観客席。やっぱりか、魔女め、三年間もどこに潜んでたんだ。小声で罵る者はいても、声を張り上げてブーイングする者はいない。なにしろ、この少女こそ、かつて『魔女っ娘ラーメン』で日本のラーメン業界を恐怖のどん底にたたき落とした張本人。末期がん患者に「モルヒネラーメン」を食べさせたり、花粉症の審査員に『催涙ラーメン』を食べさせたような外道料理人だ。下手に刺激すれば、なにをしでかすか判らない。


「三年前の大会決勝、もちろん忘れてはおらんぞ。お前のラーメンを食った審査員は、丸二日昏睡に陥った上に、前後数日間の記憶を失っておった。それを知ってて、お前のラーメンに手を出す馬鹿がいるものか」


「ああ、魔女っ娘ラーメン二十二號のことやな。決勝ちゅう事で、あん時はウチも少々キバりすぎたわ。せやけど、この六十三號は大丈夫やで。決勝まで行かなあかんから、『まだ』昏睡するような事はあらへん。こんな『表』の試合に顔を出す気は、なかったんやけどな。ちょいと事情があって決勝までは勝ち上がらなあかんねん」


 少女はくつくつと笑う。


「さて、そろそろやな。ちょうど良い頃合いや。ええ香りがしてきたやろ」


 審査員たちの鼻がひくつく。見ると、白いスープの表面が分離し、新た透明な層が生まれていた。そこから、先ほどとは比べ物にならないほど食欲を刺激する香りが漂ってくる。


「どーせ、ぐちゃぐちゃ抜かして肝心のラーメンには手ぇ着けんの遅れる思うとったからな。ちょいと工夫して、あとから香りが来るようにしたんや。どや、たまらんやろ」


 何人かの審査員が、ふらふらと箸を手に取った。仕切っていた年嵩の審査員が、あわてて彼らの頭をはたく。


「なにしとる!死にたいんか!」


 その様子をにやにや笑いながら眺める少女。地獄の釜の蓋を開いて回る魔法少女が、新たなレシピと共に帰ってきたのだ。


「料理は、勝負や!」

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魔法少女の帰還 さいとし @Cythocy

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