第2話 マジカル指揮官 コマンダー・ユイ

 ある晩、ドロシーがふと目をさますと、彼女の大切な友達が荷造りをしていた。


「トト、どうしたの?」


 ビーグル犬のトトは、黒いビーズの目をドロシーに向けた。その手には、彼がドロシーの家に来たときに被っていた、迷彩柄のヘルメットが握られていた。


「ドロシー、すまない。ぼくは行かなくちゃならない」


 トトは、フェルトで出来た爪で器用に首輪を外した。その首輪は、インディアンのお守りの真似をして、ドロシーが毛糸で編んだものだった。


「これは、持っておいてくれ。なくしてしまうのが嫌だから。きっとまた、ここに取りにくるよ」


 ドロシーの目に、涙があふれた。彼女はトトを抱き上げて、ふわふわの身体をぎゅっと抱きしめた。毛糸と、柔軟剤と、ひなたぼっこの香りがした。


「これまでありがとう、トト。わたしの友達。とっても心強かった」


「かくまってくれてありがとう、ドロシー。君と暮らした思い出は、何物にも代え難い宝物だ」


 長い抱擁が終わると、トトは入念に手入れされたカービン銃をベッドの下から取り出し、背中に担いだ。ドロシーはヘルメットのあごひもを留めてあげた。


「行ってくるよ、ドロシー」


 トトが陸軍式の敬礼をしたので、ドロシーも真似をした。そして、ぬいぐるみのトトは、素早く子供部屋の窓から飛び降り、熟練した兵士の足取りであっという間に草むらへと消えていった。


 その晩、ドロシーとトトが体験したような別離が、世界中の国々で起きた。子供たちは皆涙をこぼし、中には駄々をこねておもちゃたちを引き止めようとする子も居た。そんなご主人たちを、おもちゃたちは辛抱強くなだめ、説得した。彼らの真摯な態度が通じ、最後は全ての子供たちが、秘密の友達が去っていくのを見送ることになった。おもちゃたちは、この数年間の礼を述べ、保護者たちと敬礼を交わし、短かった安息の日々に別れを告げた。


 潜伏場所を出たおもちゃたちは、彼らにしか判らない方法で連絡を取り合い、各地で小隊を結成した。階級に応じて現地指揮官が定められ、一糸乱れぬ統率のもと、移動が開始された。船、飛行機、車。あらゆる交通網を巧みに利用し、あるいは自らの足で山河を踏破し、彼らはひたすらに集合地点を目指した。


 そして、7日7晩の後、全ての兵は一ヶ所に集まった。白い花の咲き乱れる丘。その丘の上には、1人の少女が立っていた。最後の小隊が到着し、数万の兵たちが整列を終えると、少女は口を開いた。


「諸君」


 おもちゃの兵隊たちの創造主、かつて世界の敵と呼ばれた魔法少女は、狂気と情熱を宿した隻眼で部下たちを睥睨し、宣言した。


「わたしは帰ってきた」


 明け方の空に轟きわたる歓声。ぬいぐるみの、塩ビの、プラスチックの腕が、天に向けて突き上げられる。


「コマンダー・ユイ!」


「コマンダー・ユイ!!」


「コマンダー・ユイ!!!」


 軍団は蘇った。再び戦争が始まるのだ。

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