第6話
今、わたしは産まれて初めて『迷子』というものになっていた。
今回、アタラが連れて来てくれたのは、『シュト』という所だった。大きな『マチ』らしい。アタラによれば、厳密にいうと街ではなくて、この場合『マチ』というのは『アキバ』というのを指しているらしかった。
アキバはとても広かった。
今まで行ったどこよりも人が多くて、迷わないようにアタラと手をつないでいたんだけど、いつのまにやらはぐれたらしい。
といってもわたしが悪い。
色んなものに目を惹かれてふらふらしてしまった。
「…どうしよう」
あえて声に出してみる。
おおくの人とすれ違うけど、みんな歩くスピードが早くて、話しかけられない。
電光掲示板や、他のなんだかよく分からないモノがピカピカした街は、一人でいると急に広すぎるように思えた。
「どこいっちゃったんですか…アタラ」
お腹が切ない音をたてた。
一人どうしたらいいかわからないでとぼとぼ歩いていると『コンビニ』が目に入った。カラフルで7のマークがある、小さな建物だから分かりやすくて助かった。
アタラがくれた紙幣を胸ポケットの上からそっと抑える。
1000円紙幣。
これでなにか食べ物を買おう。
ドアに向けて歩きを進める。
きっと、お腹が好きすぎていたんだろう。
入り口部分で何かにつまづいた。
「いてえ」
声がした。
「ごめんなさいっ」
反射的にあやまる。
声のした方を見ると、今までに見た事のないタイプの男の人がしゃがんでいた。不自然な金髪、耳には『ピアス』がついている。
その人が鬼をも射殺さんばかりにわたしをにらんでいる。
こ、こわい…。
どうやら、わたしが蹴り倒してしまったというよりは、もともと入り口脇でしゃがんでいたんだろう。
そこまでわたしがわるいワケじゃないと思うんだけど…。
「なにしてくれんだよ」
よっぽど、機嫌を損ねてしまったらしい。
男の人は立ち上がってわたしの方に詰めよって来た。
どうしよう。
涙が目尻に浮かぶのを感じる。
「…ご、ごめ」
あまりに緊張していたせいかもしれない。
わたしのお腹がなった。
それはもう盛大に。
ぐううううううううう。と。
一旦止まったと思ったら、最後にもう一度、小さくきゅう、と音を立てた。
こわいし、恥ずかしいしで顔が暑くなる。
どうしよう、俯いていたらぷっ、と吹き出す音が聞こえた。
「アンタ、腹へってんのか」
「…」
一人でお腹を抱えて大笑いしている。
笑うと案外幼く見えた。
「…いつまで笑うんですか」
つい、ツッコンでしまった。
「いや、だって女子があんな大きな音立てるかよ」
「…」
「来いよ」
金髪の少年がコンビニの入り口でわたしを手招きした。
「…え?」
「おごってやるよ」
「…はあ」
へんな事になった。
どうやら、この少年はお腹を好かせたわたしに食べ物を手に入れようとしてくれているらしい。
少年はお金を払うと、受け取ったビニールの袋をぶら下げ、わたしを連れてあるきだした。
しばらく歩いて、『駅』の植え込み部分に腰を降ろす。
少年はわたしに鶏肉を揚げたものと、ちいさな丸っこいパンをわたすと、自分はアイスクリームを舐め始めた。
「やっぱ、夏はアイスに限るな」
「…そうなんですか」
わたしの世界ではアイスクリームは一年中食べるものだったけど、彼にとってアイスは夏に食べるものらしい。新しくまた学んだ。
「アンタ変わってんな」
少年が言う。
つんつんと逆立てた髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜるから、少し髪型が崩れてしまっている。
「そうなんでしょうか」
自分ではなにがヘンなのか分からない。
わたしとしては、いたく普通に行動しているつもりだったんだけど。
少年はわたしに向けて、ぶっきらぼうにいった。
「だって、そうだ。ふつう、初対面の男についてこい、って言われて着いてくるか? しかも、オレ、見るからに不良だろ」
「『不良』?」
この少年は不良というクラスに分類されるようだった。
着いてこい、って言われたら普通、着いていくんじゃないだろうか。それに、わたしだって怖かったからついていきたくなかった。
「アンタ…不良のイミ、知らねーの?」
わたしは頷く。
少年は驚いたようだった。
「まじかよ…なんで? 不良っつーのは、その」
説明しようとしてくれたが、言葉に迷ったようでわしわしと髪の毛をかき混ぜると、言葉をにごした。
「いや、やっぱ、いいや」
そして、ふと、言葉を止めると、
「もしかして、アンタ、これの人?」
と、自分の頭を指差して見せた。
「それがなにをイミするのか知らないけど、わたしはわたしです」
よく分からないママにわたしは答える。
少年は納得したのか、そうじゃないのか。
「ふーん。ま、いいや。アンタなんていう名前なの?」
「サンです。二棟のサン」
「ニトウノ? 仁藤サン? 変わった名前だな」
感心したように言う少年。
なんとなくニュアンスが違ったような気がしたけど、大筋では外れていないので、とりあえず頷いた。
「で、アンタは学校行かなくていいの?」
年下だろ、とまるで学校に行くのが当然、という風に聞いてくる。
わたしはそんなに幼く見えるんだろうか。
成人しているのに。
「わたし、こう見えても大人ですよ」
遠慮がちにそういうと、ますます驚いたようだった。
「うそっ! マジ? え、もう成人してんの?」
そして、顔をよせてまじまじと見つめる。
「うそだろ。高校生くらいにしか見えねえよ。じゃあさ、仕事はしなくていいの? オネエさん」
「仕事ならしてます。今日はお休みなんです」
「へえ、お休みの日にアキバねえ。やっぱ変わってんな」
なんだか、とことんバカにされているようだった。
「…あなたは?」
「あ、オレか。ショウだよ」
別に名前を聞きたかったワケじゃない。
どうやら少年の名前はショウというらしかった。
「あなたは学校行かないの?」
「オレ? オレは自主休校ってヤツ」
「へえ」
「そうなの」
どうやら、行かなくていいらしい。
まあ、そうだろう。
どうみても一つか二つ、年上に見える。
「アンタ、これからなにすんの?」
「実は…」
わたしはアタラとはぐれてしまった事を伝えた。
話し終わった時、ショウはまたぶっきらぼうに言う。
「え、何それ。働くほど大人なのに、保護者と一緒に来たわけ? で、はぐれたの? じゃあ、とっとと、家に帰ればいいじゃん」
言葉だけじゃなく、ありえない、とその瞳がまじまじと語っている。
わたしは、なんとなく気まずくなった。
やっぱりわたしはヘンなんだろうか。
「その、帰り方も分からないんです」
「え、なにそれ…アンタ、大丈夫か?」
それは、わたしも知りたかった。
なにも答えないわたしに、いらいらしたのか、髪の毛をわしゃわしゃとかきまぜた。そして、大きなため息をつく。
わたしは思わず体をふるわせた。
「しょーがねえなあ。さがしてやるよ」
「え?」
「その、なんだっけ、アラタっていうやつ」
わたしが瞬きをしていると、ショウはじれたように言った。
「ホラ、早くどんなヤツか言えよ。見つけにいくぞ」
「は、はいっ」
わたしは慌てて返事をして、立ち上がった。
「あ、あの」
わたしはさっさと前に行こうとするショウに声をかける。
「ん?」
なんだよ、とショウは眉間にシワを寄せながら、振り返る。
「あ、ありがとうございます」
ちゃんと笑えたと思う。
ところが、ショウは「お、おう」とぎこちなくうなずくと、先に立って歩き始めてしまった。
やっぱり、わたしはへんだったんだろうか。
さすがに少し落ち込んだ。
*
「やぁ、どこに行ってたんだい」
ようやくアラタに再会する事が出来た時には、既に黄昏時になっていた。結局、アタラはわたしの事をずっと駅の改札前で待っていたらしい。
「心配したんだよ」
普段と同じように飄々と言うアタラだけど、わたしはもうしわけなくてショウの後ろに隠れるようにした。
実は、アタラを探しつつも、なんだかんだでお店巡りとかをして楽しんだ後だったからなおさらいたたまれなかった。ショウはずっと、まじかよ、なんでしらねえの、とげらげら笑っていた。
「オマエがサンの保護者か」
シュンがアタラに確認した。
アタラは首を傾げる。
「保護者…まあ、そんなもんだね。今日はこの子の相手をしてくれたようでありがとう。さあ、かえろうか。おいで」
アタラがわたしを手招きする。
わたしはしずしずとそれに従った。
「シュン…きょうはありがとうございました」
また会えたらいいな、そんな思いを込めて小さく手を振る。どうしてか顔をこわばらせていたシュンだけど、それに答えてくれた。
「ああ、またな」
仲良くなれたと思っていたけど、向こうもそう思ってくれていたようだ。
アタラはもう一度お礼を言うと、なにか小さな紙切れのようなものをシュンに渡した。後から聞くと、それは『名刺』というものらしかった。
クルマまで向かう道中、わたしは隣にいるアタラにおずおずと聞いた。
「ねえ、アタラ…怒ってます?」
アタラはそれににこやかに答える。
「怒ってないよ。心配したけどね。友達ができたようでよかったね」
ほんとうに怒ってはいないようで、なぐさめるようにわたしの頭を撫でた。
だれかに頭を撫でられるなんてひさしぶりで、きもちがいい。
「また、会えるかな」
今日出来た友人を思い出す。
初めてできた異世界人の友人だ。
「また会えるさ」
そういえばアタラも異世界出身だったなとおもいだした。
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