幕間

「どうして彼女を『外』に連れ出すんです?」


 白衣を来たまだ若い女性がとなりに並んで『実験』を記録している男に問う。同じように彼も白衣を来ていた。


 二人はマジックミラー越しに、ベットの上で激しい運動をしている男女を眺めていた。二人にはその行為を見てもどんな感情も浮かばない。

 それがただの実験だからだ。


「2−1の様子はどうです?」


 なかなか返事が返さないから、これはふれちゃいけない話題だったか、と目の前の実験について問う。


「クスリはちゃんと効果を発揮しているようだよ」


 男は手元の紙とマジックミラーの向こう側を比較しながら答えた。

 ぽつりと男が言った。


「興味深いからだよ」


 どうやら返事に時間がかかったのは、答えを考えていたかららしい。

 被験体ならだれでも同じではないか、そう女は思ったものの、口をつぐんだ。ただの世間話で荒波を立てる必要はないと判断したからだった。


 男は優しげな微笑みをうかべると、記録をとりながらつづけた。


「此処の子たちは集団で生きているという特性上、この集団なりのルールに則って生きている。でもね、モラルや道徳と言うものをとくに習った訳じゃないからその概念が希薄なんだ。バランスを崩さない範囲なら、いくら他者を攻撃しても許容されるんだよ」


 そうだろうな、と女は思う。

 そうなるように仕向けたのは他ならぬ彼女たちなのだから。


「それでも、彼女は弱いものを邪険に思う気持ちがありながら、どうしても見捨てられないんだ。その感情はどこから来ているんだろうね。僕は、それを興味深いと思った」


 優しさに惹かれた、そう言う事だろうか。

 女は思う。

 なんだかんだ理屈をつけてはいるものの、要するに、


「マザコンか」


「ん。なに?」


 どうやら小さなつぶやきは聞き取られなかったらしい。

 女は首を横にふる事でなんでもないですよ、と示してみせた。


「そうですね…私だったら、目の前の二人をとても美しく思います」


 男は小さく首を傾げた。


「自分の意志じゃない行為を強制されているのに?」


「彼らは、自分たちの行動がコントロールされている事をしりません。彼らにとって、彼らは自分の意志で行動しているんです」


 女は右手をマジックミラーにそっと手を這わせた。


「だから、ここにあるのは、他の誰の意志も介在しない、人類がいままで幾度も繰り広げて来た最も根源的な行為です。それを美しいとおもわないでいられますか」


 自分でもロマンチストだと思う。

 たとえ、それがコントロールだろうが、クスリに依るものだろうが、女は目の前のいっそ暴力的で、理性も、知性もない、ただの野生のままの行為をいとおしく思わずにはいられなかった。


 今度呆れたのは、男の方だった。


「どうやら2−1には好きな人がいたようだけどね」


「そうですか」


 女はあっさり聞き捨てた。


「それでもこの結果を選んだのは彼でしょう? 私たちはコントロールをしたけれど、最終的な決定権は、今回の場合、彼にあったのだから」


 手厳しい女の言葉に、今度こそ同僚の男はため息をついた。

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