第4話
わたしが。
異世界に?
職員が『異世界』の話をすると、がぜん話がほんものじみてくる。ただのホラだと思っていたのに。心の中でワンに謝る。
異世界。
どんな所なんだろう。
気がついたら首をたてに振っていた。
「そんなに目をシロクロさせて」
男の人が苦笑いする。そうすると、意地悪い笑い方をしたときと比べてとても優しそうに見える。
「いいよ。僕がきみを連れて行ってあげる」
自分の目がまんまるになったのを感じた。
「あなたが?」
「そう、行こうと思えば行けない訳じゃない。特定の手順を踏む必要があるけどね」
どうやら異世界はほんとうに存在するらしい。
少なくとも、肩をすくめてそう断言するこの職員はそう信じているようだった。
「二三日後に出発しよう。僕のことはアタラと呼んでくれ」
脳内を混乱させるわたしとは裏腹に、職員は飄々とそういうと、わたしを残して部屋をでていった。
扉を閉めるその音がまるで、わたしを閉じ込める音のように聞こえた。
*
もし、異世界に行くとしたらわたしが五人の中では初になるんじゃないだろうか。だれかに相談しようとは思わなかった。
ワンなら信じてくれたかもしれないのに。
言うなら、アタラが本気で言っているとも思ってなかったのだ。
「さあ、行こうか」
二日後。
早朝、男の人、アタラはわたしを個室まで迎えにきた。
まさかほんとうに来るとは思ってなかった。
ノックがしたと思って、扉をあけたらこの有様だ。
アタラは相変わらずの白衣だ。
「え…、え…、……え?!」
わたしは魚のように口をぱくぱくさせた。
「ホラ、行くよ」
アタラは強引にわたしの手をつかむと、そのまま三階から一階まで降り、玄関をぬけ、外に出た。そして、普段は防砂用に閉められている扉の前に着く。
アタラは胸ポケットから小さな鍵をとりだすと、鍵穴に回す。
今までは固く閉じられていた扉があっさり開いた。
「この先に、異世界があるの?」
わたしの疑問に答える。
「この先は、機械で移動するんだ。『異世界』はここから遠い場所にあるからね」
アタラの言う通り、車輪のついたハコのようなものが置いてあった。
中は覗けないけど、ガラスが張ってある。
「さあ、乗って」
アタラがどういう仕組みか、ドアらしきものを開けてくれた。
おそるおそる乗り込む。中は小さな、部屋のようになっていた。壁に密着した小さなソファが置いてある。
前の突起部分に職人の一人が向かった。
わたしはアタラと隣同士に座る。
アタラが扉を閉めてくれた。
やがて起動音がして、機械自体が移動しているのか振動する。
そわそわする。
緊張感を紛らわせる為に、わたしはアタラに聞いた。
「他の職員は異世界がある事を知っているんですか?」
「さあね。君たちはどう聞いているの?」
「おとぎ話のようなものだと聞いています」
「じゃあ、そんなものだと認識しているのもしれないね。ところで、きみは敬語を喋る事にしたの?」
どうやら、わたしの変化に気がついたらしい。
「まあ、はい。職員さんなので」
なんか照れる。
そういうのはいちいち聞かないでほしい。
「そんなの、どうでもいいのに」
心底、どうでもよさそうにアタラは言った。
笑顔だった。
アタラが目的とするらしき場所についたのは一時間もたったころの事だった。
ついたよ、との声にうとうとしていたわたしは目を覚ます。
「案外、しぶといんだね。はじめて車に乗ったら、もっと卒倒するかと思ってたよ」
「これ、クルマっていうんですか」
わたしはアタラのからかいをスルーする事にした。彼は首肯でそれに答える。
「…ねえ、異世界にはわたしが知らない事がいっぱいあるの?」
アタラは首を傾げる。
「世の中の事をすべて知っている人間なんてそうそういないよ。ソクラテスは言ったんだ。自分はなにも知っていない事を知っていると」
「ソクラテス?」
誰の事だろう。
職員?
アタラはああ、と何かに気がついたようで、ちいさくため息をついた。
「きみたちは、歴史を知らないんだっけ」
小声でなにかを呟く。
「なんですか?」
アタラはほほ笑むと、わたしに手を差し伸べた。
「さあ、行こうか。異世界だ」
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