死を忘れたフラウとグラムの牙
siou
序章
満月に少し足りない月が浮かぶ夜空を、赤と緑の星が舞い踊る。赤い光は大小様々なビルの屋上を弧を繋ぐように描いて飛び跳ね、緑の光は赤に追いつかれないように速度重視で一直線に空を行く。
「まったく、しつこいわね」
弾んだ息の間から魔女は愚痴を空にこぼした。長い銀髪を後ろにたなびかせ、白いワンピースを伸びやかな体にまといながら魔女は空を駆ける。
「ロック!《閉紋:愚者の道:駆動》」
言葉とともに、魔女のつま先は空を踏みしめ体を前へと跳躍させる。それを追うように、左手の薬指にはめられたエメラルドの指輪は川面のように煌めき、迷いのない軌跡を夜空に描いた。
後ろから追いかける赤の光は曲線を描き、緑の直線と赤の円弧が交差する。そして魔女の背後を、轟音を伴った風が横殴りに通過した。
「おっと」
だが、魔女は風に逆らうことなく体を回してやり過ごす。背後を向いた視線の先を、カーバンクルを思わせる燃えるような赤の五線が流れていった。
「乙女の柔肌がそんなに恋しいの?」
からかうような笑みを残して、魔女は再び前を向く。
「いい気になるなよ! フェンリルの亡霊が!」
流れ行く銀髪を野太い声が震わせる。それは闇に浮かぶ灰色の巨躯から発せられた。全身は剛毛で覆われ、丸太のような腕の先には赤光を宿す爪が不気味に自己主張している。そして、言葉を発した顔は狼のそれだった。
「亡霊を捕まえようだなんて、それこそいい気になってるんじゃないの? 人狼さん」
舞うように軽いステップを踏みながら、魔女は空を滑るように獣の先を行く。
「減らず口をっ!」
円弧を直線へと近づけながら人狼は宙を加速する。二つのラインは交錯する頻度を増し、人狼は何度も腕を振っては魔女へと殺意の爪を振り伸ばす。しかし、そのたびに魔女はテンポを刻んで逃げていく。
「ロック、ロック、ロック、ロック」
連続で放たれる言葉とステップは流れるような疾走へと繋がり、夜空に輪舞を描いて人狼の攻撃をかわしていく。
《ナンバー13》
すると、魔女の頭に中性的な音声が響いた。
「何よ、黒兎。いいところで……」
両手を広げて突き出された殺意の切っ先をかわしながら、魔女は後ろに跳んで音声に答える。
《警告:リンク解除まで残り百八十秒です》
「げっ!? もうそんな時間!?」
抑揚のない警告に魔女の表情は歪み、動きが一瞬乱れを見せる。
「もらったッ!」
人狼の歓喜にも似た声とともに、なぎ払うように鋭い爪が魔女に襲いかかった。それは脇腹を抉るような軌道で、赤い五本の光が迷いなく伸びていく。
「遊びもここまでね」
魔女がつぶやいた直後、その体から分厚い肉を叩きつけるような音と石を砕くような音が連続して夜空に響く。
「ぐっ!」
くぐもった声を吐き出すと、魔女は流れ星のようにビルの群れへと緩やかに飛んでいく。
人狼は追撃をしかけようと体制を整え、そして魔女の声を聞いた。
「デュアル・ロック《永続閉紋:獣の本質:駆動》」
その直後、人狼の視界で魔女の姿が一瞬揺らめき、流れる銀髪は闇へと溶けて形を失う。
「どこへ行った!?」
人狼は周囲を見回し魔女の気配を探る。すると、いつの間に移動したのか遙か遠くに魔女の気配を微かに感じた。そちらへ目をやれば、星の光に紛れて微かに緑の輝きが見てとれる。
「おのれ、無駄なあがきを。逃がさぬぞ!」
人狼は獲物を睨みつけ、獣の咆哮とともに再び跳躍を繰り返す。
赤の色が夜空をかきむしり、追走劇はまだ続く。
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