恐竜オバチャン・・機内で

 日本からヨーロッパまでのフライトは約十二時間。行く先によってはそこから数時間プラス。そんな話をすると、よく友人からこう聞かれます。


「そんなに長いと退屈しない?」


 ご心配ありがとうございます。でも人間、大抵のことには慣れるものです。何回か往復しているうちに、酒→食事→映画→睡眠、そして起きると到着まで二、三時間というフライトサイクル? が体にダウンロード。日本時間に関係なく、食事が終わるころには自然と眠くなってきます。


 まあ、ヨーロッパまではちょっとした ”深夜特急”といったくらいの感覚。かえってアジア路線だとフライト時間が中途半端で”乗り足りない”感があるくらいです。


 ですから、たまに疲れたりすることはありますが退屈することはまずありません。

 時にはこんな出来事もありますし・・。


 あるヨーロッパ行の機内のことでした。

 何度目かのトイレ。食後ほどではないけれども何人かウエイティング。そこに奥の席の方から ひとりのオバチャンがすたすた歩いてきて僕の眼の前で止まりました。


「ちょっと!」

 え、何、僕?


「○○さん!」

 違った。


「私たちの席、どうしてあんな後ろなの!」


 どうやら僕の斜め後ろで待っている人がオバチャンのツアーの添乗員さんみたい。


「申し訳ございませんが、座席は航空会社の方で決めるので私はタッチできないんですよ」


 至極当然のハナシ。見ると、わりと若い女性の添乗員さん。


「だけど、前の席の人もいるじゃない。前の席の方がいい席なんでしょ!」

 オバチャン、ハナシ聞いてません。


「いえ、前の方がいい席 ということはありませんが・・」

 当たり前。でも・・。


「いいえ、ワタシ知っているの。前の席がいい席だってちゃんと聞いたもの!」


 聞いたって、誰に?

 横にいるコチラが思わずつっこみたくなるようなハナシ。でもオバチャンのテンパった怖い眼みると、モチロン”君子危うきに近寄らず”。


「確かに前方にはビジネスクラスはありますけれども、エコノミーは前も後ろも変わりありませんが・・」


 その通り、がんばれミス添乗員!でもオバチャンさらに大きな声で・・。


「いや、確かに私は聞いたの!前がいいって!」


 いやあ大変。聞く耳もちません。何を言ってもムダ。 添乗員さんもどう扱っていいか困ってマス。

 すると、オバチャンさらに追い打ち。


「この飛行機はもうしょうがないけど、帰りは絶対前の席 にしてよね!」


「そういわれましても・・」


「だって不公平でしょ、行きも帰りも後ろなんて。同じお金払っているんだから、行きが後ろ だったら帰りは前にしてもらうのが平等ってものでしょ!」


 オバチャン、それ平等とか不公平っていうより”屁理屈”。パックツアーは いろいろな制限や不便があるから安いの!


 それにしても、このオバチャン強烈。言動はモチロンですがそのルックスもカナリ・・。

 まず髪。肩まで伸びたチリチリの茶髪で頭頂部分はちょっと 色が抜けています。ソバージュ・・とはいいにくいナ。これをそう呼んだら美容師さん可愛そう。あ、でもソバージュは”野獣の”っていう意味もある からそちらの方だとピッタリか・・。

 それと化粧。薄暗い機内でもくっきり目立つ厚塗り。細い眉毛の間のシワは厚化粧のひび割れですか?って くらい。


 まあ、焼け出されたネアンデルタール人、といったところでしょうか。


 そして性格は、これまでの言動からして推して知るべし・・。 ひょっとしてこのオバチャン、本当は恐竜の卵から生まれたのでは?と思うくらい。



 でもこの若い添乗員さん大変だなあ。だってこれ、行きのフライトですヨ。これからこの強烈なオバチャン と帰国まで一緒に過ごさなきゃいけないかと思うと・・。

 添乗員は猛獣使いじゃないんですから。


「席は航空会社が決めますし、前の席をもらえるとはかぎりませんので・・」


 添乗員さんが何とか調教・・いや説得を試みます。


「そこを何とかするのがアンタの仕事でしょ!」

 オバチャンの一際甲高い声。

 (もう無茶苦茶・・)


 そのとき、トイレがひとつ 空きました。

 すると・・。


「とにかく何とかしてよ!」


 捨て台詞のようにそれだけ言うと、あろうことかアッという間に トイレの中に。


 おい、おい、ちょっとオバチャン。いきなり出てきて、好き放題吠えまくって順番無視してトイレかい!

 トイレ待ちの面々、しばし唖然。

 お隣でウエイティングしていた外人のオバサマも(こちらは上品)首を振りお手上げのポーズ。


 やっぱり卵生まれだわ・・絶対に。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る