なんちゃってセレブ・ツアコン 世界の街でアンナ事こんな事
イガラシ・ケンヤ
トイレとカルチョと神様と・・ローマ
ヨーロッパの都市の旧市街はわりとこぢんまりとしていて、その気になれば主な見どころは歩いて回れるくらいの広さのところが多いもの。
ローマも地図を片手に歩くのにちょうどいい広さなので、観光名所をぶらぶらハシゴしながら時折ビール(ビール時折観光?)といったペースで冬でも暖かなローマの街 を散歩していました。
陽も落ちてきたのでそろそろホテルに戻ろうとヴィットリオ・エマヌエーレ二世通りを歩いている途中、ネイチャー・コール・ミー。
ビールやワインを飲む度、わりとマメに排出していたつもりだったのだけれどもやはり少し冷えてきたせい?
まあ結局は排出量より摂取量の方が多かった ということでしょうけど・・。
でもまだ緊急を要するほどではなかったので、いずれどこか途中にしかるべき所があるだろうと高をくくっておりました。
事実、そのときは 連れのH君と喋りながら歩いてるうちにいつのまにか忘れてしまっていたくらいでしたから。
「イガラシさん、どこかトイレないですかね?」
思わぬH君の一言に忘れていた予感が再来。しかもさらに力強く・・。
せっかく忘れていたのに余計な事を・・と思いつつ H君も僕に負けず劣らずの摂取量だった事を思い出しました。
「H君、ひょっとして我慢してた?」
「ええ、もうけっこうヤバイです」
そう聞くとコチラにも危険が迫っているような。確かにタンクは満タン寸前の感じ。あまり猶予はなさそうです。
「どこかバールがあったら入ろう」
でも、こういうときに限ってバールがない。今までさんざん眼にしていたのに横道を 覗いてもバールの灯りが見当たらない・・。そうしているうちにだんだん危険水域が近づいてきます。
「イガラシさん、ほんとにヤバイです。立ち○○○はまずいですかね?」
バカモノ、まずいに決まっているだろう!
ローマで添乗員が立ち○○○で捕まったらいい笑いものだし新聞にだって載りかねない。
でも、立ち○○○で 捕まるのとお漏らししてしまうのとどっちが恥ずかしいだろう、立ち○○○しても見つかるとは限らないし・・。そんなことが頭に浮かぶくらい こちらもヤバイ、ウルトラマンの胸のランプがピコピコいっている状態。
「イガラシさん、ここはだめですか?昼トイレ行ったじゃないですか」
僕らはいつのまにかエマヌエレ二世記念館の前。
「もう閉まっているよ!」
つい、ウルサイと言わんばかりの口調に。こちらだって、すでにタンクは満タン。ちょっと揺らしただけでこぼれてしまいそう。眉間にシワ、 額に脂汗という状態。
そのとき通りの向かいに赤いネオンサイン。
「こっち!」
「イガラシさん、何処行くんですか?」
何処って決まっているだろう、今目指しているのはトイレ以外にあると思うのか?
「イガラシさん、渡るの危ないですよ。車来てますよ」
「いいからついて来い!」
もう一刻の猶予もアリマセン。轢けるものなら轢いてみろ、デス。
道路を渡ったところにあったのはローマには珍しいイングリッシュパブ。カウンターの他に丸テーブルがたくさんある広いスペース。
そのままトイレに ダッシュしたいところだけれど、いくら非常時とはいえ人間やはり見栄はあります。ひきつる笑顔で注文してから交代でトイレへ。
待ちに待った至極の時間。 ダムからの放水のような勢いでタンクが空になってゆきます。うーん、何ともいえません。人生の中でこれほどホッとできる瞬間があるでしょうか。
出すモノを出してスッキリしたところで性懲りもなくまたビール。まあこのちいさな平和に乾杯といったところ。一杯飲み終わるころには広い店内もけっこう一杯に。さてトイレも済んだしホテルに戻ろうか、と思ったときにいきなり歓声が。
何?落ち着いて店内を見てみると大きなスクリーンが二つ。そこには大観衆と緑のフィールド、どうやらサッカーの試合。さすがカルチョの国イタリアです。
ところが入場してきたのは何とマンチェスターUとリバプール。イングランド・プレミアリーグ の黄金カード(そういえば、ここイングリッシュパブだった)日本でいうと野球の巨人対阪神といったところ。
実はH君も僕もサッカーフリーク、 見逃すわけにはいきません。当然ビールの追加デス。トイレの心配もありませんし・・。
これがまた面白いコト。試合もさることながら店内の 両サポーターの反応、ローマ中のイギリス人が集結したような熱さデス。あっという間の前半が終わってまたトイレ。席に戻って回りを見ると店内は 立ち見で溢れるほどの賑わい。そして僕らのテーブルは店のど真ん中、スクリーンの正面のベストポジション。
いや、お漏らしもせず立ち○○○で 捕まることもなく無事ここにたどり着けた上にこんなご褒美まで。神様アリガトウ!
試合が終わって店を出ると、日はとっぷりと暮れて すっかり夜空。
「すごいラッキーでしたね、僕たち」
H君はまだ興奮さめません。
「でも不思議な感じですね、ここローマですよ。 まさかここでプレミアリーグの名勝負を観られるなんて」
確かに。でも考えてみると、あの店にいた人たちの方が僕らを見て不思議に思った だろうなあ。だってローマ中のイギリス人が盛り上がるイベントのど真ん中のテーブルに二人の日本人ですよ。あきらかに場違いデス。観光客が 来るようなところじゃないし。
まさかトイレのついでとは、ハハハ。
ヴィトリオ・エマヌエーレ二世通りもそろそろテベレ川にさしかかります。 昼も悪くないけど夜のローマはさらにキレイ。
川の向こう側に浮かび上がるサンタンジェロ城。エマニュエレ二世橋の彫刻もいきいきとして見えます。ライトアップで化粧されたローマの街はなかなかの艶っぽさ。ちょっと冷たい風までいい気分。
ところが・・。
「イガラシさん、またトイレ行きたくなってきたんですけど・・」
うるさい、勝手にしろ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます