第109.5話・訛伝とのこと
東京駅到着。さすが土曜日ともなれば平日よりも人の流れが多い。
といっても、結構家から離れているし、そんなに行く機会もないから普段と祝日の違いなんて比べられないんだけどね。
「アタシたちの家から東京駅までの道のりが省略されている件について」
香憐の言葉に対して、
「
とオレは述べた。
「煌兄ちゃん、なにそれ?」
言葉の意味がわからなかったらしく、花愛が首をかしげて聞いてきた。
「死んだ子供が今いくつだろうかと数えるのと同じように、過ぎ去ってどうにもならないことの愚痴をいうことだな」
「死んだ子供の年齢って数えちゃいけないの?」
「いけないってわけではないけど、結局死んだ人の年齢は変わらないからな」
オレがそう説明していると、ポケットの中に入れていたスマホが鳴り出した。
「誰からだ?」
それを取り出し受信メールを確認すると、
[駐車場の二階エレベーター付近で待っていてください]
[今東京駅に着きました]
というタイトルだけのメールが二件連続で届いていた。
「なんかあったのか?」
まぁこれから駐車場に向かおうとは思っていたからいいけど。
「煌兄ちゃん、どうかしたの?」
「いや、咲夢さんが迎えに来てるんだけど」
時計を確認すると十時四十分になっている。
「さっき駅についたって連絡したから、ちょうど迎えに来ていたってことだろうか?」
疑問に思いながら、オレと香憐、花愛の三人は駐車場へと向かった。
駐車場もやはりというべきか結構車の入れ替えが激しかった。
「二階エレベーターの近くにたって、ほとんど駐車するところないぞ」
あたりを見渡していると、車のクラクションが聞こえ、そちらに目をやると、見覚えのあるホワイトパールのミニバンだった。
運転席には咲夢の姿、助手席には……
「あれ? 恋華ちゃん?」
とクラスメイトである香憐が、助手席に坐っている恋華を見つけるや一驚を喫した。
「あれがセイエイさん?」
花愛が怪訝な表情でオレを見る。
「あぁ……って、なんで恋華も一緒に?」
普通主役は家でドンと構えてるものなんだけど。
そう思っていると、ホワイトパールのミニバンはオレたちの目の前で停まった。
「すみませんシャミセンさん、それと綾姫さんとハウルさんも、急いで乗ってください」
後部座席のドアの鍵を開けると、咲夢がそう急かした。
「あっと、なんかあったんですか?」
車に乗り込みながらそうたずねると、
「星藍さまのお姿が病室から消えてしまったそうなんです」
咲夢が慌てた様子で恋華を一瞥した。
「消えたってどういうことですか?」
事情を知らない花愛と香憐が目を丸くする。
車は現在、星藍が入院している病院へと向かっていた。
「それがさきほど病院のほうから連絡がありまして、星藍さま……恋華お嬢様の叔母君は脳の障害で目を覚ましておられなかったのですが、その姿がなかったのです。病院をくまなく探したそうですがまったく姿が見えないそうで」
咲夢は焦っているのか車の運転が少々荒い。
「咲夢さん、急いだところでどうにもならないし、まずは安全運転だ。誤って事故なんて起こしたら、オレたちが病院送りになるんじゃないか」
そう忠告する。
「……なんでシャミセン、そんなに冷静なの?」
オレの方に振り向いた恋華の表情が険しい。
「恋華、焦ったところで星藍が姿を消した事実は変わらない。オレたちが急いだところでどうにもならないしな」
そう説明しながら、ちらりと車の流れと耳を澄ませた。
外の音がよく聞こえるように後部座席の窓もすこし開ける。
「たしかにそうだけど……って、なんで窓開けたの?」
「いや、咲夢さん、ここらへんでしたよね、星藍が入院している病院って」
そうたずねると、咲夢は、
「えぇもうあと一分とかかり……」
ふと、何かに気付いたのか、言葉を止めた。
「咲夢、どうかしたの?」
「病院のある方向からパトカーの音が聞こえない?」
車が目的地へと向かえば、自然と病院の影が見える。
逆に言えばその周辺にパトカーの音が盛大になっていたとしたら、なにかあったのではないかと、興味を持った人たちがそれに釣られて歩道の雲霞の流れも、釣られてそちらに意識が行く。
だけどほとんどの人にそんな様子はなかった。
「……どういうこと?」
「まぁ、病院に行けば、全部わかるだろうさ」
車はそのまま病院の駐車場へと入っていった。
車が停まるやいなや、恋華がパッと車から降り、病院へと駆け込んだ。
咲夢も慌てて車から降り、恋華を追って病院へと入っていく。
「え、っと……アタシたちは待っていたほうがいいのかな?」
花愛と香憐が、自分たちはどうしようかとあたふたと迷っていた時、オレのスマホが震えた。
着信には[公衆電話]という文字。
「……もしもし」
電話に出て応対すると、
「もしもし――」
聞き覚えのある、少女の姿をした女性の声が聞こえた。
「あ、あのすみませんっ! 孫星藍が行方不明になったって」
病院の、二階にあるナースセンターにやってきた恋華は、蒼白した表情は近くにいた看護師にたずねた。
「孫さん? あぁそういえば一、二週間くらい前に目を覚ました」
「……えっ? 目を覚ました?」
目の前の女性は、なにを言っているのだろうかと恋華は思った。
植物人間が、そんな簡単に目を覚ますだろうか、いくらなんでもそんな夢物語はありえない。
だからこそ病院の人間がそんなことを言うだろうか。
「えっと、どういう……」
呆然とした表情でその場に立ちすくんでいた恋華のうしろに、一人の少女の姿があった。
「ありゃ? 意外に早く来ちゃったわね」
その声に、恋華は唖然とする。
「恋華、ここ病院だからね。静かにしなさいってお母さんに言われなかった?」
ゆっくりと振り向きながら、その少女に目をやった。
そこには自分よりも身長は低いが、包容力のある雰囲気を醸し出した女性の姿があった。
「えっと? おねえちゃん?」
「そうだけど?」
「生きてるの?」
「当たり前でしょ? 勝手に殺さないでよ」
「幽霊とかじゃないよね? もしかしてキョンシー?」
「そうそうこうやって手を前に伸ばして、ピョンピョンッと」
恋華の疑心暗鬼に応えるように、女性はキョンシーの真似事をする。
「ってだからここ病院、静かにしないとダメでしょう」
「ご、ごめん」
「まったく、目の前のことが信じられないってことはわかるけど、目の前で起きたことは事実であり真実! 真実は人を決して裏切らない」
目の前の女性にそう言われ、恋華は俯いた。
「あっと……あのぉ恋華ちゃん? もしかして怒ってる?」
「…………」
女性の言葉に、恋華の肩はぶるぶると震えだした。
「ご、ごめんって、ほら今日って恋華の誕生日だし? いい誕生日プレゼントってないかなぁって悩んで――」
「よかった……」
恋華の震えた声が聞こえ、女性――星藍はちいさく笑みを浮かべた。
「よかった、おねえちゃん目を覚ました」
顔を上げた恋華の顔は、涙と鼻水でグチャグチャになっていたが、その表情は喜々としていた。
星藍はゆっくりと恋華へと歩み寄り、恋華の頭を自分の肩に当てた。
ちいさく聞こえる恋華の啜り声が、オレにはこれ以上にない嬉々とした小鳥の囀りのように聞こえた。
「ごめんね、本当はすぐに言おうと思ったんだけど、夢都さんのことがあったし、わたしを殺そうとしていたってことは病院の誰かに手を加えていたんじゃないかって疑心があったの。だからあれが終わってしばらくしてから教えようと思った。それに今度の月曜日で退院になるからそれを教えようと思ってたんだ。不安にさせちゃってごめん」
姪の頭をやさしく撫でながら、星藍はそう説明した。
「なるほどねぇ、道理でこの前魔宮庵での言葉に違和感があったわけだ」
オレの声が聞こえるや、恋華と星藍がこちらへと振り向いた。
「シャミセン、知ってたの?」
「知っていたって言うより、うすうすと気付いていたって感じだな。この前……たしか今週の火曜日の時、『入院患者の見舞いに来ていた人が風邪を抉らせていた』って本人が言った時、妙だなと思ったんだよ」
「えっ? なんでそれが妙だって思うの?」
近くに来ていた花愛と香憐が怪訝な表情でオレを見る。
「いいか、セイエイが泣きじゃくって抱きついてる女性っていうのがビコウで、この前まで事故で植物人間になっていたんだけど、病室がちょっと特殊で、家族以外は、それこそ担当医師とナースしか入れないように鍵がかけられているんだよ」
「あっ、そうかっ! 星藍さんの病室は厳重になっていたから、他の入院患者の見舞い客が部屋に入るなんてことはありえない」
花愛がおどろいた表情を浮かべる。
「そう。病室は無菌なのに風邪をひくっていうのはおかしいだろ?」
「あははは、まぁ別にバレても困るわけじゃないですけどね」
星藍がどうしたものかと頭を抱えて苦笑を浮かべた。
「まぁでも……良かったじゃないか恋華」
「……う、うん」
どことなくぎこちない恋華の返事。
「どうかし……」
星藍がたずねようとした時、
「ぎゅるるるる……っ」
という人の声とも、機会音とも違う妙竹林な音が聞こえた。
「――お腹すいた」
「えっ? お腹すいたって、感動の再会なのに空気読まないわね」
「ごめん」
「あぁっと、わたしは精密検査で異常がなかったら予定通り退院できるけど、別に食事制限されてるわけでもないし」
さてどうしたものかと星藍は右往左往と周りを見渡した。
「それでしたら一階にあるお食事処で軽食を食べるのはどうでしょうか?」
咲夢がそう提案する。軽食くらいだったら星藍も一緒に食べられるだろうけど、
「お茶くらいだったら」
とオレを見て応えた。多分、オレが軽食を食べられると思ったのだと勘付いたのだろう。
「家に帰れば豪華な食事だしな」
「…………」
恋華は申し訳ないといった目で星藍を見据える。
「気にしないの。今日は恋華の誕生日だからね、主役がそんな顔したら、祝ってくれる人も嬉しくないわよ」
星藍は恋華の頭を優しく撫でる。
「誕生日おめでとう……恋華……」
「うん、ありがとうおねえちゃん」
ちいさく応える恋華は満面の笑みを浮かべていた。
御伽話の眠り姫のように、王子様のくちづけで
いつか目を覚ますと信じていても、心のどこかでずっと目を覚まさずに死んでしまうのではないかという不安が、恋華の中には常にあったんだと思う。
そんな不安なんてものは、目の前にいる本人の元気な、暖かい太陽のような笑みを見れば、おそらく氷のようにすぐに溶けきってしまうだろう。
そんな二人に声をかけるような野暮なことはできるわけがないのだけど、
「そうだ、煌兄ちゃん、ここでプレゼントあげたら?」
と香憐が申し立てた。
「あの、この状況でプレゼントって可笑しくない?」
「逆に考えて、一番の誕生日プレゼントはあの人が目を覚ましたことだろうけど、そのプレゼント選んだの誰だっけ?」
香憐が不敵な笑みを浮かべる。
「ってもなぁ、月にすっぽんって感じだぞ」
「いいからいいから」
あんまり乗り気がしない。
「おーい恋華、ちょっといいか?」
「……なに? シャミセン」
星藍からすこし離れて、恋華がオレを見据える。
「っと、ホイ誕生日プレゼント」
そう言って、オレが渡したのはひょろ長い包み。
「開けてみたら」
星藍にそう言われ、恋華は包みを開いた。
包みから顔を覗かせたのは白い花の束だった。
「お花だ」
「へぇ~、カモミールですか」
恋華が手に持ったカモミールの花束に鼻を近付け、
「うん、リンゴみたいな甘い匂いがする。さすが大地のりんごって言われるだけのことはありますね」
うっとりとした笑みを浮かべた。
「でもシャミセン、なんでわたしにこれを?」
疑問に満ちた表情で恋華はオレにたずねる。
「えっとたしかカモミールって……セイエイの誕生日花」
星藍はオレを見るや、ちいさく笑みを浮かべた。
「誕生日花?」
「えっと、ごめんなぁ……誘われると思ってなかったし、給料前で携帯とかネット料金の支払いがあるからあんまりお金がなくてな。年の近い香憐と買い物に行ってはみたもののプレゼントするにも背に腹は代えられないって見得を切れなくてな」
ぐぬぬと、どう言い繕うかと喋りながら考えていると、
「ようするに、お金をかけずに女の子が喜びそうなものをって考えていたら、立ち寄った本屋に誕生日花の本があって、それを読んで選んだってわけ」
助け舟のように香憐が説明してくれた。
「えっと、たしかカモミールの花言葉は……『癒やし』」
星藍はちいさく笑みを浮かべる。
「あぁそっか――ほんとうシャミセンさんのLUKっておかしいですよ。わたしなんて、この子に『癒やし』を感じていて、それこそ生きる気力をもらっていたから」
星藍はゆっくりと、オレに向かって頭を下げた。
「あらためて……はじめましてこんにちわシャミセンさん。孫星藍と申します」
星藍の礼儀正しい一挙一動に、微塵の乱れもなかった。
「あぁあらためてよろしくな。星藍」
「えぇよろしくお願いします」
星藍はゆっくりとオレの方へと近付き、
「大学でもよろしくお願いします」
と囁いた。はて、どういうことでしょ?
「それじゃぁ募る話もあるだろうけど、そろそろ帰らないと珠海さんが家で料理を用意して待ってるんじゃないの?」
星藍は恋華と咲夢を見て言った。
「う、うん……」
恋華が不服な表情で星藍を見る。
念願の再会に、もうすこし酔いしれたいと思っていたのだろう。
「退院したらいくらでも話を聞いてあげるから。それに中国の実家には帰れないしねぇ」
「どういうこと?」
「あぁ、言ってなかった? わたし事故で植物人間になる前に、日本の大学に再受験していたのよ」
「あぁ要するに編入したってことか」
「そうですね、まぁわたしが通おうとしていたのはKK大学ってところでしたから」
あれ? すごく聞き覚えのある大学名だなぁと思った。
「……って、それオレが通ってる大学じゃねぇか?」
ここ病院だけど、大声をあげてしまうほどの衝撃。
「っていうか、星藍ってもしかしておれより年上?」
「はい。今年で大学二年生になりますね。ですのでよろしくね後輩くん」
あっけらかんとした表情を見て、オレはツッコむ気にもならなかった。
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