第109話・慰撫とのこと
セイエイたちと別れたオレが、魔宮庵の間借り部屋に戻った時はすでに夜の九時になろうとしていた。
フレンドリストを確認すると、ちょうど以前誘われたオフ会メンバー全員がログインしていたので、グループチャットを立て、ビコウを含めて当日の予定をそれとなく聞いた。
「あぁ、やっぱり気にしてたかぁ~っ」
と、いの一番に言ったのはケンレンだった。それこそ失敗したという後悔を思わせる口調。
「昨日ログインした時、本人にその日は友達と出かける用事があるって言ったんだけどね、その時『わかった』って笑顔でうなずいていたけど、目や声が寂しそうだったから心配だったのよ。あの子の学校って共学とはいえ、私立だからなんだろうけど、その分普通の学校より格差社会とかいじめ、色々と悪い環境が蔓延ってるだろうから、それでなくてもあの子ハーフだし」
それを理由にいじめられるってのはよくある話だ。
昔起きた地震の被害で放射線被害にあった地域でも、遠くならその被害に免れた家族もいるのだが、そこに住んでいたというだけでいじめの対象になる。
いじめなんて言うのは理由のない暴力だ。
不良の殴り合いだって、大きな理由なんてものはそれこそ基本的にはないのだけど、どちらも相手を倒したいという気持ちで殴り合いを続ける。だから勝者は終わるまで決まらない。
だけどいじめによる勝者というのは一方的に決まっており、いじめられた子が耐え切ったというのならば、それはいじめられた子の勝利だと思う。でもその確率は極端に少ないし、たいていは不登校になる。
オレはまぁ、小中高の十二年間は男女問わず友達にも恵まれていたし、そもそもいじめられるくらいだったら、そいつをぶん殴るくらいの覚悟があった。
銃を持って人を撃とうとしているやつが撃たれる覚悟を持っていないとダメだからだ。
自分の意志で投身するくらいなら、いじめてたやつを一発ぶん殴った後からのほうが心残りがなくていい。
もちろん人間の運命なんてものは神様ですら知らないのだから、どうすることもできないかもしれないが……。
「私やセイフウもその日は大事な用事だったので、セイエイさんのお誘いを断ったんです」
双子が申し訳ないと言った声色で言う。
「双子やナツカの場合は部活や仕事が理由だからな」
「そうねぇ、私だって仕事が入ってなかったらセイエイの誕生日会に参加したかったわよ。余程の理由がない限り抜けることなんてできないし」
ナツカが「ぐぬぬ」と悔しそうな声で言った。
「テンポウも友達と約束があったんだっけ?」
「あ、はい。でもセイエイちゃんに申し訳ないことしてしまいましたね」
チャットなので表情は見えないが、口調だけでも全員が申し訳ないといった雰囲気だった。
「まぁみんながそれだけ恋華に対して申し訳ないって思ってくれてるのはありがたいかな」
ビコウのたった一言でみんな黙り込んだ。
「叔母としてはあの子にも自分の都合よく行くほうが可笑しいって思うことも覚えてもらわないといけないしね」
ビコウは皆を責めるようなことはしなかった。というかする理由もないのだけど。
「それで、ようするにセイエイちゃんの誕生日会を中心としたオフ会に参加するのは、お手伝いであるサクラさんを除けば、シャミセンさん一人だけってことですか?」
「いや、セイエイの同級生の一人と、もしかしたらその姉も一緒に行くと思う」
さっきメールで確認したら花愛も学校の部活が休みらしいし、ちょうど友達との約束もなかった。
ということでセイエイの誕生日会に参加できるかと聞いたら、二人とも了解らしいので、後でセイエイに連絡しておこう。
「……あれ? それってどういうことですか?」
ビコウがキョトンとした声で聞く。
「昨日わたしに話した時は、恋華のクラスメイトがシャミセンさんの
「えっ、妹? シャミセンさんって妹がいたんですか?」
ビコウの暴露を皮切りに、トークのテーマがセイエイの誕生日会から香憐と花愛へと切り替わった。
「正確に言うと
「あぁそっちの意味ですか。でもたしかに同級生ならわかりますけど、そのお姉さんが一緒にって」
セイフウがそう言った時、ポンッと音がなると、チャットルームに誰かが入ってきた。
[セイエイさまがチャットルームにログインしました]
というアナウンス。
「なんかお姉ちゃんやシャミセンたちが同じチャットに入ってるけど、わたしが入っても大丈夫?」
とセイエイがみんなにたずねた。
「大丈夫大丈夫、それより面白いことあったわよ。シャミセンさんの従妹がセイエイの同級生って話」
「うん、それにハウルもシャミセンの
セイエイは、それこそ何気なく言ったんでしょうな。
まぁその当人たちは然程バレたところで他言さえしなければいいって言ってたし。
セイエイもセイエイで、フレンド以外にそのことをバラすような事はしないと思う。
「えっと……」
オレとセイエイ以外のみんなが黙りこむ。
そしてしばらく経ってから、
「「「「「「はぁああっ?」」」」」」
と驚懼の声で叫んだ。
「えっ、どういうこと? ハウルさんがシャミセンさんの従妹ってことですよね?」
「っていうかシャミセンさんはそのことは知っていたんですか?」
双子が責め立てるような声でオレに聞いてきた。
「いや全然、今日はじめて知った」
うん、やっぱりおどろくよね。オレだっておどろいたし。
「家が近くだけどここ最近はあんまり会わなくなっていたし、ハウル本人もオレがそうだって半信半疑だったみたいだからな」
「このゲームって国ごとにサーバーが分けられているのに、世間って狭いって思ってしまいますね」
テンポウの言うとおり、いやはやほんとそう思うよ。
「さっき斑鳩にも聞いたけど、ハウルがオレの従妹だってことには気付かなかったみたいだったな」
「そうだったんですか?」
「斑鳩とは高校の頃から知り合いでよくつるんでいたから、オレの家に遊びに来た綾姫たち
ハウルに至ってはオレよりVRMMORPGやってるしねぇ。
「しかしまぁ、なんというか、
「どういうこと?」
ナツカの言葉に、オレは疑問をぶつけた。
「だって、すくなくともこのチャットルームにいるメンバー全員とオフ会しているし、更には二人もプレイヤーをオフで知ってるんだからね、このゲームそんなに有名なものでもないわよ」
「たしかにねぇ、わたしもオフ会ではないけど二回くらい現実で会っているようなものだし」
「そう考えると、やっぱりシャミセンさんってめずらしいんでしょうね」
なんかみんなしてオレのこと言ってますけど。
「綾姫たち
と苦笑した。
∀ ∀ ∀ ∀ ∀ ∀ ∀ ∀ ∀ ∀ ∀
それから
「っと、ここらへんでやめておくか」
大学のレポートも一段落終わらせると、オレはメールを確認した。
[東京駅に午前十一時ごろお迎えに参ります]
という咲夢からのタイトルだけのメールだ。
オレが一緒にいるので、花愛と香憐はとくに目印をしなくてもいいことになった。
「っと、そろそろ行かないとな」
ふと壁時計を見ると、針は午前十時を刺そうとしていた。
東京駅の途中までならばあちゃんの家があるから、その近くで下りて花愛たちを迎え行くことになっていた。
支度は十分、ついでにセイエイになにかプレゼントでもと思ったのだけど、セイエイ本人が喜びそうなものはないだろうかと思い、昨日香憐と一緒に買物に行ったのだけど、
「いいのかねぇ、こんなので?」
と机の上に置いている小さな包みを見て思った。
まぁ給料日前だったからあんまり高いものは買えなかったし、買えたとしても本人が喜んでくれるとは思えない。
あの子の場合、最新のゲームとかプレゼントしたら喜びそうだけど、家がゲーム会社だから親が研究用にって買ってそうだしなぁ。
ばあちゃんの家へと赴き、チャイムを鳴らす。
「はーい」
インターホンごしに高校生くらいの懐かしい声が聞こえてきた。
「水妖の吟遊は」
と問いかけてみると、
「偽りなし」
と少女は応えた。
「葉は宵酔」「馬が舞う」
「
「入っていいよ」
「んっ、そんじゃぁまぁ中に入るよ」
少女……花愛の許可が下りたので、中に入りましょうかね。
「あぁやっぱり煌兄ちゃんだった」
玄関の上がり框に腰を下ろしたオレのうしろでそう声をかけたのは香憐だった。
「っていうか、さっきの花愛お姉ちゃんとのやりとりってなに?」
と怪訝な表情で聞いてきた。
「あれか? 一種の暗号だな」
オレはさっき花愛との掛け合いについて説明した。
一つ目の『水妖の吟遊は偽りなし』というのは、同音異義だ。
水妖……つまりはカッパのことなのだけど、同じ読みで『喝破』というものがある。
これは人の考えの誤りを指摘し、真実を明らかにすることという意味がある。だから偽りなしって意味だ。
二つ目の『葉は宵酔馬が舞う』というのは、『
その葉は有毒で、鹿や家畜は食べないと言われている。
漢字の語源は『馬が間違って馬酔木の葉を食べて酔った』ことから。
最後の『朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり』というのは、『朝に人間の真におこなうことを聞いて、十分に理解し自分のものとすることができたなら、その日の夕方に死んでも心残りがない』という意味。
まぁ要諦を示すとすれば、後悔して死ぬくらいだったら、後悔するような人生を送るなって意味ですな。
襖の開く音が聞こえ、そちらに目をやった。
そこにはニュッとばあちゃんが顔を出してオレと香憐を見据えていた。
「ほうほうこうぼうは難しいことを言うもんじゃな」
香憐が立っているすぐ近くの部屋はばあちゃんの部屋で、オレたちの声が聞こえていたようだ。
「おまえたち、死ぬ時は後悔のないように生きんとな」
「わかってるって、ばあちゃん見てたら人生を謳歌してるって思うしな」
「若いもんには遅れを取ってしまうが、だからといって気持ちまで負ける気はない」
ほんとこういう気持ちだから、若いオレはまだまだその足元にも及ばないって思ってしまうんだよな。
「ところでこんな早くに出掛けるのかえ?」
「あぁちょっと用事でな」
「ほぅデートというやつか」
「デートじゃないんだけど、香憐の友達の誕生日にオレと花愛も呼ばれてるんだよ。オレはその迎えに来たってわけ」
そう説明するが、ばあちゃんは、
「そうかい。あちらさんに迷惑をかけんようにな」
と言い残し、リビングの方へと去っていった。
「っと、煌兄ちゃんごめん」
ばあちゃんと入れ違いで現れた高校生の少女は、玄関の壁にかけられた鏡とにらめっこを始めた。
胸まである長い髪を三つ編みにしており、前髪を花のピンポイントが入ったヘアピンで留めているのだが、その形に納得がいっていない様子だった。
「しかしまぁ女の子……いやこの場合女性って言ったほうがいいんだろうけど、そんな前髪だけで見た目の印象って変わるもんなのかね?」
あんまりおしゃれに興味がないのでそうとしか聞けないんだけど。
「変わるよ。前髪のわけかたで小顔になることだってあるんだから」
と反論するように花愛は頬をふくらませた。
「よし、これでいいかな」
五分くらいしてようやく決まったようだ。
「東京駅に行けば咲夢さんが迎えに来てくれるってメールがあったから、二人とも準備ができ次第出掛けるぞ」
「「はーい、いつでも行けるよ」」
二人の元気な声が玄関に響き渡った。
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