第349話・招待状とのこと
週末金曜日の夕食時。特にファミレスなどの家族向けの飲食店は人が多くなるのが決定事項なのだろうか。
「あの、席は空いてますでしょうか?」
ちょうど店の外を掃除していたオレに女性が声をかけてきた。「すみません、いま店内は満席でして」
頭を下げて断りを入れる。
「そうなんですか?」
女性はうしろを振り向く。そこには子供二人に父親らしき男性の姿があった。
「当店をご利用でしたら、入口においてある記名台に名前を書いてお待ちください」
「今だとどれくらいかかりますかね?」
父親がオレと店の入口とを交互に、視線を向けながらたずねる。
「だいたい十分か二十分ほどお待ちになってくだされれば」
コレに関しては食事をしている客にもよるし、片付けとかもあるからあまりはっきりとはいえない。店の中のエントランスでも待機している客がいるくらいだ。
男性は「うむ……」と考えてから、
「それくらいでしたら車の中で待たせてもらいます」
記名台に名前を記入すると、男性は家族といっしょに、駐車場に停めている自分たちの車へと
と言った具合に、オレが店に来てから、客の出入りがひっきりなしに起きている。
「お待ちになられました松本さま、お席が空きましたのでこちらへどうぞ」
店のエンカウントに設けたベンチに座っている客や、外にいる客などを
そんななか、どうしてオレが外で掃除をしているのかというと、飲食店である以上外見がきれいじゃないと客が寄り付かないという店長の教えと、掃除当番がたまたまオレだったからで、別にサボっているわけではない。
先程の客を案内してからしばらくすると、外へと逃げるように出てきた星藍が、
「さすがに多すぎない?」
あまりの繁盛ぶりに苦笑を浮かべる。
「人が多いのはお店としてはいいことなんだろうけどさ」
「まぁ週末だしな」
「いや、週末で片付けられても困るって」
肩を落としたように言い返す星藍。とはいえ忙しいうちが華って言葉があるくらいだし。
「むしろ、一番悲鳴をあげているのは料理長たちだろうな」
「サラダとか肉じゃがみたいな作り置きの料理とかなら大丈夫だろうけど、その場で作る料理の注文が出ると悲鳴をあげてたけどね」
基本的には下こしらえを終えてあとは火を通すだけの料理がほとんどなのだけど、パフェみたいなその場で守らないといけない料理が、それこそ繁盛期に注文されたらきついな。
「まぁそのおかげで、普段は裏方の煌乃くんがウェイターをやってるわけだけどね」
言いながら、人を品定めする星藍。
「なんかはずかしいからやめて」
規則だから裏方も店の制服を着ているけど、あんまり見られたくないのよ。
「はいはい。それじゃぁわたしは店に戻るけど、終わったら急いで片付けてね」
星藍は店の中に戻っていく。それを目で追い、
「さてと掃除も終わったし、覚悟を決めて鉄火場の中に飛び込みますかね」
オレは掃除道具を片付け、裏口から戻ろうとした時だった。
「煌にいちゃん」
うしろから自分を呼ぶ声が聞こえ、そちらを見る。「あれ?
そこにいたのは通っている女子校の制服を身にまとった
「今、大丈夫? 車が結構停まっているけど」
花愛は周りを見てたずねる。「少しだけなら」
おそらく状況からしてお店が忙しいと思ったのだろう。
「ほら、この前話してたうちの学校である文化祭の来客用チケット」
花愛は学校の指定カバンから一枚の封筒を取り出し、それをオレに差し出した。
「確認していい?」
「いちおう、煌兄ちゃんと恋華ちゃん、あと星藍さんの分も入れてる」
そう言われ、オレは首をかしげた。
「星藍は特に行くって言ってなかったけど?」
「予備だよ予備。行く行かないにしても、こっちはチケットを売ったっていう事実がほしいわけだから」
要するに売れ残りってことね。
「なんかいま失礼ないこと考えてなかった?」
睨むようにたずねる花愛。
「とりあえず言っておくけど、共通の知り合いがいるのって結構大変なんだよ?」
まぁ同級生の
まぁ女子校だからセキュリティーはしっかりしないとだろうけど。
「というわけで三人分のお代で三千円頂戴します」
手を差し出して支払いの催促する花愛。「立替は?」
「たった千円で可憐な女子高生が見れるんだから安いもんでしょ?」
そもそも行くとしても家族として行くんだけどなぁ。目移りするつもりもないし。
ポケットから財布を取り出し、言われた金額を支払う。
「
紙幣を数え終えた花愛は、カバンから細い帳簿のような物を取り出し、ペンを走らせる。
「そこはしっかりしてるのな」
その領収書を受け取り、オレは彼女を眇める。
「違うって、こうしないとチケット代を集計した時に計算が遭わなくて困るんだよ」
まぁお金が動く以上はそういうことをしないといけないってことか。
「で、食事をしにきたわけじゃないんだよな?」
よくよく見てみるといるのは花愛一人のようだし。
「今日はチケットをわたしに来ただけで、帰ったら宿題もあるしね。それじゃぁお仕事頑張ってね」
花愛はちいさく頭を下げると、その場を去っていった。
♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯
「ありがとうございました」
客足も落ち着いて、最後の客が支払ったのを確認し、防犯用に入口の自動ドアの電源を落としてから、その日駆り出された従業員皆がバックヤードに集まり、長テーブルに設けられた椅子に座る。
「おつかれさま」
誰が言ったわけではないが、それに触発されてみんなが思い思いに「おつかれさま」と返していく。さすがに従業員一同クタクタだった。
「まぁ、調理担当は明日の下こしらえもあるからまだ終わってないんだけどね。他の子たちも店内の掃除とかあるから」
副料理長である烏鶏美知花が一、二度柏手を打つ。
「でも今はすこしでもいいから休憩して。今日は休憩なしでやってもらったからね」
さすがに人が多くなってきた夕方六半から閉店の十一時まで、やく五時間以上のうちに誰も休憩を取れるような空気じゃなかったのは労働法違反ではないだろうか?
「うし、とりあえずドリンクバーから好きなやつを取ってきてくれ。
「店長、天引きなしですか?」
「当たり前だ。さすがにそこまで鬼じゃないぞ?」
オレは従業員のウェイトレスと店長である鵜飼雅也のやりとりを耳にかけながら、星藍を見据える。
「いくらなんでも仕事中に材料をつまみ食いするほど
オレの視線の意味がわかったのか、星藍は怪訝な顔で言い返した。
「あぁ煌乃、星藍さんは店が終わってからつまみ食いしてるから」
「それはそれでどうなんですかね?」
店長に言われ、オレはおもわず肩を落とした。
「まぁそれは置いといて、そういえば煌乃は花愛ちゃんからチケットもらったのか?」
そう訊かれ、オレはうなずいてから、
「なんで店長そんな事知ってるんですか?」
と聞き返す。
「お前と花愛ちゃんが外で会ってるのを見かけたからな」
いつのタイミングで? 今日の繁盛ぶりからして一番忙しかったのって調理場じゃなかったか?
休憩がなかったからほとんどの従業員がまかない料理食べられていないようだし。
「雅也さん、いったいいつ休憩を取ったのかしら?」
美知花さんが笑みを浮かべてたずねる。
「あ、トイレに行っていたときです」
萎小するようにして答える店長。家での上下関係がなんとなくわかる。
「あぁ、星藍。恋華ともう一枚チケットもらってるから帰ったらわたしといて」
オレは忘れないうちにチケット二枚を星藍にわたす。
「はいはい。――あれ、二枚?」
と、星藍は受け取ったチケットを見て首をかしげた。
「恋華とサクラさんの分だと思えばあってるけど」
「オレがもらったのは三枚だから、一枚はオレのだとしてたしかに三枚いるはずだよな?」
花愛の計算違いか?
「あぁ、それは大丈夫。その日のわたしはいつもどおりモンスターやイベントのシステム確認のデバッグ作業があるから」
一瞬ではあったが、星藍の顔に陰りが見える。
「誰か代わりになる人っていない?」
「それができればって思うだろうけど、星天遊戯はわたしの自由にさせてもらっている分、楽しんでもらうって意味でもちゃんとしないといけないから」
「自由……ね」
オレはそれ以上は訊かなかった。星藍もそれ以上のことはなにも言わない。
ただ、「自由にさせてもらっている」というその言葉が、逆に星藍――ビコウを束縛しているような気がした。
「ところでナズナ、オレにはチケットないのか?」
ドリンクバーからコーヒーを注いで戻ってきた鉄門がそうたずねる。
「ないどころか、女子校に入れると思ってたのか?」
「お前、いくら高校の頃から煌乃とつるんでいるからって、その親戚から招待制のチケットをもらえるわけあるまいよ?」
「逆になんでもらえる前提で話をふったのかがわからないのだけど?」
「さすがに自分がしでかしたことは自覚しようね? 鉄門くん」
オレや店長夫婦、星藍から総ツッコミを受け、
「なんでだよ?」
とたじろぐ鉄門は不服そうだが、お前の場合下手なことして社会的に抹殺されそうなんだよなぁ。前科があるから余計に。
とは言え、文化祭は明日開催の予定だ。
花愛や里桜ちゃんからは当日の内容を聞いていないが、とりあえず楽しみではあった。
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