第348話・春蚓秋蛇とのこと


 何度も叩きつけられれば冷静にはなる。

 何度も同じことをされれば飽きが来る。

 とはいえ身動きがとれないということに変わりはない。

 ――さて、どうしたものか。

 オレは乗っかっているホンニャンができる限り浮かび上がってくれないかと思っていた。

 手で触れた直径約10センチくらいの石ころ。

 これをどうにかして相手の弱点に叩きつけられないだろうか。

 だがそれをするにも方法が見つからない。

 外にいるケンレンたちがどうにかしてくれるのを期待するしかない。


「それにしても倒せるはずなのにまったく倒そうとしないっていうのはどうなんだろうか」


 こういうのなんて言うんだっけ? 百舌鳥モズの早贄?

 などと無駄なことを考える。まぁ身動き取れないからすることもない。「あふぅあ」


 やばい、眠気が勝ってあくびが出てきた。

 集中しろよ、さっきケンレンから怒られたばかりだろ。


「……っ!」


 微かに声が聞こえた。おどろいたような声。

 なにか作戦が思い浮かんだのだろうか――


「ガホロォッ?」


 ズンとなんか落ちてきた。もちろんをそれが上に乗っかっている天道虫なのだけど、なんで急に落ちてきた? 誰かが攻撃したか?

 ――うわぁ、HPが一気に一桁まで下がったよ。

 とはいえHPが0にならない限りは常時回復状態だ。

 冷静に状況を確認する。誰かがホンニャンに攻撃して、その反動でオレにのしかかってきた。


「よいしょぅっと!」


 気合の入った掛け声とともに、視界が明るくなる。


「…………」


 一瞬思考が停止した。


「ふぅ、まぁスタン状態だしさっさと抜け出して――」


 目の前でオレを見下ろしていたのは名も知れない少女だったが、オレの身体は次の行動へと、自然と向いていた。

 さっき見つけた手頃な大きさの石ころに意識を集中させる。そして錫杖を空へと向けた。


「えっと杖を構えて一体何を?」


 そんな少女の問いかけを無視しながら、オレは狙いを、弱点である背中に照準を合わせた。


「[龍突星りゅうついしょう]ッ!」


 ひとつの石ころが浮かび上がるや、ホンニャンの弱点である背中を腹部から貫いた。

 がやはり硬い装甲では一撃で倒すことはままならない。


「なら瀕死状態までダメージを与えるまで――[龍突星りゅうついしょう]ッ!」


 体現スキルは疲れが出るまでは間髪なしでも使えるが、逆に言えば集中力が途切れたら使えなくなる。

 手頃な石ころをコレでもかと選んで飛ばしていく。


「ちょっと、そんな事してないで早く抜け出さないと」


 少女にそう言われたが、こっちはなれない深夜ログインで頭がハイになっている。


「まぁ、あとはあそこに触れて目的のやつが出なかったらどうするかなぁ」


 地面でジタバタと暴れるホンニャンに近寄る。あれだけ甚振られたのなら、コレくらいいたぶってもバチは当たらない。

 さいごの、弱点となる背中に重なった形で光っている盗取ポイントに触れた。



 [女神の薄羽]を盗み取りました。




「ヨッシャァァアアアアアアアアアアッ!」


 歓喜の叫び。もう大の字で倒れ込みたい。


「[女神の薄羽]ゲットぉおおおおっ!」


君主ジュンヂュッ!」


 ワンシアの声が聞こえ、そちらに目をやる。


「目的のアイテムが手に入った? 煌にいちゃんッ!」


「あぁ、バッチリとな」


 オレはハウルに向かってサムズアップする。「ってことはもう目的は達したってことでいいのよね?」


 ケンレンが確認を取るに聞く。


「あぁ、今日のクエストは完了。流石に疲れたから――あとは頼んだ」


 オレはその場に倒れ込む。


「ちょ、ちょっと? なんで戦闘中に倒れているんですか?」


 そんなオレを慌てた声で少女は問い質した。


「了解。あとは私たちに任せときなさい」


「あれですかね? 人質が助かればあとはこっちの勝ちってやつ」


「あぁ、そういうのって結構多いよね」


 ケンレン、テンポウ、ハウルがそれぞれの得物を構えた。




「[チャージ]・[フォンレイヂェンユー]ッ!」


 刀圭が雷雨司る雨雲を召喚するや、その雷鳴は天道虫を穿ち、


「[チャージ]・[シュェンロンヂャオレイ]ッ!」


 木龍がその雷を食らう玄龍を召喚し、天道虫を食らう。


「[チャージ]・[ウォーターブレット]ッ!」


 遍吉が豪水を落とし、天道虫にダメージを与えていく。

 それはまさにたがが外れた桶のように、溢れこぼれるは焦燥の憤り。

 天道虫は連続でぶつけられたスキルに耐えきれず、また愚僧が放った弱点への連続攻撃による致命傷も相重なって――、

 バンっと、破裂し消滅した。




「よおし、おつかれぇ」


 ケンレンがハウルやテンポウたちに声をかける。「シャミセンもお疲れ」


 オレはケンレンから腕を引っ張られ、その場に座る形で立ち上がる。


「あっと助けてくれてありがとう」


 少女は呆然とした表情でオレとハウルを見ていた。


「えっと、どうかしたんですか?」


 ハウルが首をかしげ、少女を見やる。


「あなた……そこの男性を煌兄ちゃんって――それにシャミセン――?」


「あっと、そのですね」


 ハウルはしまったと困惑の表情を浮かべた。

 少女はジッとハウルを見据え、「もしかして、花愛けいと?」


「へっ?」


 自分の本名を言われ、呆気にとられるハウル。逆に自分の言葉が正解なのだと悟った少女は、「そんな、こんなところで?」


 驚きと戸惑いの表情を浮かべ、たじろいだ。


「あの、いったい――あなたは」


 困惑しているハウルだが、オレのことも知っているわけだから、共通した知り合いだということになる。


「すまないけど、君の名前を教えてくれないかな?」


 そうたずねると、少女はハッとした表情で、「キョウセンと言います」


「キョウセン……」


 オレは思い出しながら、その名前でオレとハウルに共通する知り合いの名前を思い出していく。


「もしかして、キョウか?」


 そう聞き返すと、少女――キョウセンはハッとおどろいた表情で、ちいさくうなずいてみせた。


「え? キョウちゃん?」


 ハウルも驚きを禁じ得なかった。

 それもそうだ。幼稚園から小学校の高学年までずっと遊んでいたからな。


「えっと、なんか知り合いっぽいですけど」


 テンポウがオレとハウルを見ながら言う。


「あぁ、リアルでの知り合い」


 オレがキョウセンのことを紹介しようとしたが、


「あ、あのすみません。わたしそろそろログアウトしたくて」


 まるで会話をめるように、キョウセンは言葉を発した。


「あぁ、たしか脱出用のアイテムのストックがないんだったわね」


 ケンレンはオレを見据える。「っと、あった[蜘蛛の糸]」


 オレはアイテムストレージからそれを取り出し、キョウセンに渡した。


「今日はもう遅いし、また日を改めてな」


「あ、ありがとうございます」


 キョウセンはオレからアイテムを受け取ると、ちいさく頭を下げる。


「なんかゴタゴタしててごめんねキョウちゃん」


 ハウルが苦笑を浮かべながら言うが、キョウセンは首を横に振るだけ。

 スッと[蜘蛛の糸]を使い、キョウセンは光の粒子となってその場から消えた。




「それじゃぁ、私たちもそろそろここから出ましょうか」


「どうかしたんですか? 二人して」


 テンポウが怪訝な表情でオレとハウルを見る。


「なぁ花愛、オレが知ってるキョウってあんなに人見知りだったか?」


 オレがそうたずねると、ハウルは眇めるような目で、


「やっぱり煌にいちゃんもそう思う? 人見知りだったのはしかたないけど、わたしたちってあの子が引っ越すまでいつも遊んでたよね?」


 ハウルもハウルで思うところはあるだろう。


「あいつ、あんなに遠慮するような子だったかな?」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 荊棘嶺の入口で少女――キョウセンは逃げるようにその場を走っていた。

 息を弾ませ、気持ちを落ち着かせる。


「はぁ、はぁ……」


 とにかくその場から離れたい。

 離れないと愚僧たちが出てくるところに遭遇してしまうから。

 しばらくして近くの村に入ると、その日はそこでログアウトした。



 頭からヘッドギアを外すと、キョウセンは壁掛けの時計をみやった。

 短針は二時を刺している。


「うわぁ、もうこんな時間なんだ」


 気持ちを落ち着かせるために下に降りて水を飲む。

 それでも心は弾んでいる。


「あの人達って花愛のフレンドプレイヤーなのかな? それとも――」


 愚僧の知り合いかもしれない。


「ま、まぁあの煌にいちゃんだからね。恋人がいてもおかしくないや」


 自分の部屋へと戻り、カレンダーを見る。

 次の日曜日に二重丸と[文化祭]の文字が踊る。


「そういえば、うちの高校って招待制だっけ?」


 その日までに知り合いが来てくれるかどうか、そもそも招待する相手がいないため、そっちのほうがクエストをこなすより難しいと、キョウセンは頭を抱えた。



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