第350話・猿猴月を取るとのこと


 忙しいバイトを終え、帰宅して着替えもそこそこに星天遊戯へとログインする。


「と言っても、今日は疲れたからログボとメッセージの確認だけにしておこう」


 うん、この前みたいに素材を持ってきてほしいとかの依頼はすこし考えてからやればよかったと猛省。


「もらったのはお金だけ……っと」


 お金自体は素材アイテムなどを売れば自然と貯まるので、実はそんなに困っていない。

 もうひとつ付け加えれば、現状今の装備に困っていないので、ほとんど使わないでいる。


「さてと、あとはメッセージの確認……」


 簡易ステータスの中にあるメールアイコンに何通か入っていた。


「送り主は……ハウルか」


 メールを展開すると、



[明日の準備があるし、私とテンポウはログインできないから]



 という件名で送られていた。投稿時間を見ると午後八時を過ぎたあたり。

 まぁ店の前で会った時も急いでいた様子だったから、メッセージも時間を見つけてってところだろう。



[ハウルから招待状受け取ったと思いますけど、あんまり目移りしないでくださいよ]



 こちらはテンポウから。内容は明日の文化祭についてだろう。


「逆に、なんでそういうことを聞いてくるのかが疑問なんだけど?」


 首をかしげるようにしてオレは思った。

 まぁ、二人が通っている高校が女子校だってのもあるんだろうけど、さすがに連れがいるわけだし、むしろ二人のクラスがどんなことをするのか。


「まぁ、キョウと会えるかどうかだけど」


 さて今日はもうさっさとログアウトして、明日に備えよう。


「あ、いちおう香憐にメールを送って……」


 明日のことを伝えようと思った時だった。




「あぁ、やっぱりログインしてた」


「んっ、ビコウか?」


 客間の襖が開き、そちらに目をやると初心者の法衣を身に纏った心猿がいた。


「今ログインしたのか?」


 そうたずねると、ちいさくうなずいてみせる。


「ちょっとそこらへんを小一時間ほどぶらついて、不正しているプレイヤーがいないか警邏するくらいですよ」


 言って、ビコウはあくびを浮かべる。

 さすがに今日のバイトはかなりお疲れのご様子。


「そうそうもらったチケットですけど、恋華とサクラにわたしておきました」


「なんか腑に落ちないって顔だな」


「いや、ログインしたらテンポウからメッセージが来ていて[チケット買ってくださいよ]って泣き付かれましてね」


「あぁノルマがってところか」


 なんかその時のテンポウの顔が容易に想像ができる。


「まぁこっちは仕事の予定があるからやむにやまれずなんですけど」


「なかったら行っていた……と?」


 そうたずねると、ビコウはズイッと顔を近づけてきた。


「そりゃぁそうですよ? 知り合いが高校生とかじゃなかったらぜったい文化祭なんて日本の学生の一大イベントに行けるわけないじゃないですか」


 そう言われ、ふと疑問が浮かび上がった。


「中国っていうか、台湾でそういう経験なかったの?」


「あぁ……学生時代のことは本当に忘れたいので」


 ビコウは逃げるように言葉を濁らせる。


「あぁ、いやスマンね。嫌なこと思い出させるようなことして」


 オレが頭を下げるが、「いや、そういうことじゃないんですよ」


 と逆にあやまりを入れてきた。


「いちおう断っておきますけど、別にいじめられていたから忘れたいってのは別の話で、そもそも学校行事がすくないんですよ中国の学校って」


「――たとえば?」


「まず運動会はあるんですけど親が来ませんね」


「日本だと家族総出で行くイメージがあるけどな」


 それこそ撮影のベストポジションを取り合うなんてこともあり得るし。


「まぁ、わたしの場合は玉帝フチンが普段から忙しかったのでそこは気にしてませんよ」


「他には――?」


「学園モノのアニメやゲームだとかならず出てくる修学旅行がありません」


 運動会以上に落胆しているビコウ。「そんな気にすることか?」


「気にしますよ! っていうか高校に入ってからなんで修学旅行がないのかって思いましたもの! まぁそもそも中国の学校は勉強を専攻する場所っていう扱いですから、学業以外はほとんどないですね」


 ちなみに授業参観もないらしい。


「あぁ、それだと文化祭なんて――」


「あるわけないじゃないですか」


 ニッコリと笑うビコウなのだが、目が笑っていない。


「日本のゲームやアニメを嗜好しているビコウからしたらってところか」


「まぁそれはそれで文化の違いですから気にしたら負けですけどね」


 ビコウは、スッとうしろへと体を移動させ、


「とにかく、わたしは次があればって感じですよ」


 次はって、テンポウやハウルはまだ一年だからってことなんだろうけど、


「たとえばセイエイが高校に行ったとして、ビコウが想像しているような文化祭をしていなかったらどうする?」


 そうたずねると、ビコウはけげんな顔を浮かべた。


「えっ? 高校の文化祭って普通学生が出店や催し物をして客からお金をもらって、それで順位やクラスの優遇が決まるとかじゃないんですか?」


「よーし、オレとジンリンが高校生の時にどういう文化祭を経験したかつぶさに教えてやろうか?」


 うん、なんでか文化祭ってそういうイメージされやすいよね。

 でもな、学年クラスごとの合唱コンクールと音楽鑑賞会、あとは文化部の催し物だけで終わった三年間のうらみつらみもあるんだよ。




「そうそうボーズさんからの言伝ですけど、今度チーム戦のバトルロワイヤルイベントをやるみたいですよ」


「あぁ、なんかそういうのやるって、相談しに行った時に言っていたな」


「知ってたんですか?」


 キョトンとした顔を浮かべるビコウ。「ってことは優勝商品も――」


「うん、知ってる」


 別に隠したところでなにもないから素直にうなずく。


「あはは、まぁギルドを作っていなくても領地自体は前々からテスト的に考えてはいたんですよ。以前のアップデートの時にログハウスができるようになったんですけど、その拠点を得るには、そもそもきこりが持つ材木や建設スキルがないとつくれませんので」


「つまり、最初から人がいた場所を拠点にするから改築だけですむと?」


「なんでもそうですけど、0を1にするのって簡単そうに見えて一番難しいんですよ。なによりログハウスを作ろうって思ったら木材の素材アイテムがないとダメですし、素材を手に入れたところでそれを設計する知識がないと」


「そこはゲームのシステム的にできないの?」


「屋根のない東屋あずまやくらいなら壁と座る場所をつくる知識があれば誰でもできると思いますよ。それこそ[三匹のコブタ]の次男が作ったやつはちょっと知識いると思いますけど」


 結局はプレイヤースキルにもよるってことか。


「なら斑鳩は大丈夫そうだな」


 あいつ、大柄でリアルでもゴツゴツとした体育会系なのに、専攻は建築科で結構繊細な作業が得意だし。

 うん、ギルドハウスを手に入れたら、内装の家具とか作ってもらおう。


「あぁ、それからローロさんのことですけど、わたしもシャミセンさんの判断は正しいと思いますよ。シャミセンさんのギルドに所属させておけば他に欲しかっていたギルドからの誘いも断れますし、なによりローロさん自身に箔が付きます」


「うちにじゃないの?」


「鍛冶スキルを所有しているプレイヤーは、他のプレイヤーにアイテムを品卸しすることでそのアイテムになにかしらの付加がつくんです。プレイして手に入れられるアイテムより、プレイヤーが研磨したアイテムのほうが若干ではありますけどステータスの変化や効果が入ったりで」


 ビコウはジッとオレを……というよりは装備している[女王蟲の耳飾りインセクトクイーン・イヤリング]を見据える。


「それだって、白水さんの高いDEX器用値あっての代物なんですからね」


 まぁ、コレ以上にいい装備品を手に入れてはいないけど。


「っても、白水さんの場合はプレイヤースキルもあるんじゃないか?」


「趣味でシルバーアクセサリーを作るくらいですからね」


 そういえば、この前手に入れた[燐灰石アパタイト]を白水さんに加工してもらおうかとセイエイが考えていたな。


「あっとビコウ……」


「ギルドに入るのは断ってますよね?」


 笑顔でさえぎられ、オレは言葉を飲み込む。


「前にも話してますけど、攻略方法を持つってことはその時点で批難されることだってあるんですよ」


 ビコウの言葉どおり、彼女がオレの作るギルドにいるだけで、他のギルドよりも数倍は先を進んでいるのだろう。


「それにわたしはたしかにクエストに参加しなければいいと思っているんでしょうけど、全部のスキルを把握していて、なおかつ攻略法を知っていたら――他のプレイヤーからそれこそ[一将いっしょうこうりて万骨ばんこつる]と同じように批難がきますよ」


 ことわざの意味は、[その成功の裏には多くの犠牲がある]という意味だっけか。

 たしかに本来のMMORPGは攻略サイトはあれどエンディングまでの攻略なんてないようなものだ。

 そこに行き着いたプレイヤーがはじめてその攻略法を記さない限り、誰も攻略ができない。

 逆に言えば、星天遊戯の攻略方法を知っているビコウという存在がいるだけでこちらは百人どころか万人力だ。

 そして攻略法を持っていることは、プレイヤーには純粋にゲームを楽しんでほしいと思い、星天遊戯を運営している彼女からすれば――、


「なんだよそれ……」


 ふと自分でも呆れてしまったように言葉が刺々しかった。


「どうかしたんですか?」


「お前が一番、星天遊戯ゲームを楽しめてないんじゃないか?」


「いきなりなにを言って――」


「うし、決めた」


「決めたって……なにを?」


「そのイベントに参加する」


「イベントって、拠点がもらえるイベント……ですか?」


 首をかしげるように確認を取る心猿。「でもすでにギルドハウスの設置場所は決まってるんじゃ?」


「いや、そうじゃねぇよ」


 オレはジッとビコウを見据える。


「オレはお前が欲しい」


「だからわたしはギルドには入らないって何回も言っているじゃないですか」


 呆れ顔で返すビコウ。


「いや、入ってもらう」


「いくらシャミセンさんでも怒りますよ」


「むしろお前が入ってくれないと成り立たないんだよ」


「なにを言ってるんですか、ケンレンやマコウも入るんですし、戦力的にも恋華やそもそもシャミセンさんだって――」


「どんなに立派な設計図を作ったって、大黒柱がなかったら家は建たないぞ?」


 オレがそう言うや、ビコウはギョッと目を大きくひろげた。


「――えっ?」


「つまり、オレがギルドマスターになるとして、ビコウにはギルドのサブマスをやってほしいのよ」


「いや、話が見えませんよ? そもそもサブマスってわたしが? いくらなんでも――」


「他のみんなは納得すると思うぞ」


 おそらく他のみんなが反対すると思ったのだろうが、みんないの一番にサブマスはビコウがいいと言うと思う。


「なんでそんなことを簡単に言えるんですか?」


「信頼してるからじゃないか? だからこそビコウがサブマスになったほうがいい」


 オレはそれこそ土下座するように、


「たのむビコウ。オレのギルドに入ってくれ」


 頭を下げて嘆願する。


「なんですか、それ……」


 呆れた声を浮かべる心猿は、


「それじゃぁまるで劉備のもとに戻ろうと逃げればいいのに、わざわざ曹操にことわりを入れる関羽みたいじゃないですか」


「それなら――入ってくれるのか?」


 すこしだけ顔を上げ、ビコウを窺い見る。


「あのですね、関羽はなにも持たされずに曹操の元を去っているんですよ」


「そうだっけ?」


「そうですよ。手形や通行証なんてなにもないのに、途中の関所とかどうやって通るんですか?」


 ビコウはオレの睨むように視線を落としながら、


「だから考えなしでの行動はしないでほしいんですよ」


 憐れむように言った。


「でもなぁ、やっぱりビコウには入ってほしいんだよ。たのむ本当にオレのギルドに入ってくれ」


「それじゃぁあきらめの悪い人には無理難題を押し付けて、本当にあきらめさせたほうがいいかもしれませんね」


 ビコウはスッと立ち上がると、


「運営スタッフとしてお伝えします。プレイヤー名シャミセン。あなたは後日行われるチーム戦を優勝しなければ、今後プレイヤー名ビコウを自身のギルドに誘うことやそれに準ずる行いをした場合、一切の接触を禁止ます」


 まるで冷たく機械じみた声で言った。


「それがわたしをギルドに誘う最終手段だと思ってください」


「よし、わかった」


 オレは虚空にメッセージウインドゥを展開させる。


「だから、考えなしにあっけらかんと言わないでくれません。もし優勝できなかったらもう二度と……って、なにやってるんですか?」


 ビコウはけげんそうにオレを見る。


「なにを――って、ビコウがオレのギルドに入る最終クエストの内容をギルドメンバー全員にメッセージで伝えてるんだけど?」


「――は?」


 呆気にとられたようなビコウの、ぽかんとした表情。

 途端、メッセージの通知音が鳴り響く。

 それこそオレだけではなく、ビコウのほうにもだ。



[優勝したらビコウさん入ってくれるんですか? なら全力でいかせてもらいます]


[おいバカサル、いつまで駄々こねてるか知らないけどね、こっちはどんなことしてでも優勝するから覚悟しときなさい]


[おねえちゃん、そういうこと言ったらみんなおねえちゃんをギルドに入れる気で優勝するから。わたしも本気で優勝しておねえちゃんに入ってもらうから]


[いくらビコウさんでもお嬢やみなさんの力を見誤らないほうがいいですよ]


[よっしゃ、これから少しでもレベルを上げて名誉挽回汚名返上してやるから覚悟しとけ]


[本気で優勝取りにいきますからね。テイマーの底力なめないでくださいよ]


[ビコウさんはいるだけでも心強いから絶対入ってもらいます。私もみんなに負けないよう優勝に貢献しますから]


[本気で優勝するから、首根っこ洗って待ってなさい]



 テンポウ、ケンレン、セイエイ、サクラさん、斑鳩、ハウル、綾姫、マコウのメッセージが、オレとビコウのメッセージウインドウに展開されていく。


「――考えなしなのはどっちだ?」


 オレは小さく笑みを浮かべる。


「あ、ははは……」


 その意味がわからないビコウでもあるまい。


「ほんと口は災いの元と言うかなんというか……」


 肩をすくめたように苦笑を浮かべるビコウ。


「わかりました。それではその大会で優勝することが、わたしをギルドに入れる本当の最終クエストですからね」


「あぁ、後で吠え面をかくなよ」


 オレのギルドに入ってくれるプレイヤー全員に火を点けたんだ。火が完全に鎮火するまで管理するのが焚き火の作法だぞ。「しませんよ。そんなことしたら――」


 ビコウは――それこそカカカと嘲笑わらう。


「わたしが一緒にいたいって思う人たちが、弱く見えるじゃないですか」


 ビコウはオレたちの実力を知っている。

 だからこそ無理難題のクエストを出すこともできる。

 クリアできないから出したんじゃない。

 クリアできると思っているから出したんだ。


「だったら、それに応えてやらないとな」


「期待だけはしといてあげますよ」


 とかく目標はできたが、今は明日の、ハウルとテンポウ――そしてキョウが通っている高校の文化祭を堪能しよう。

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