第334話・蛟龍とのこと
「まずは対象方法……というか冰毒蛾の対処法は
「それって無理ゲーなんじゃ?」
オレは、眇めるように冰毒蛾を見据えているナツカの、
「そりゃぁ、赤い帽子をかぶったヒゲの配管工が出てくるゲームで、踏みつけると激昂してずっと追いかけてくる芋虫の敵キャラと似たようなもんだしねぇ。穴に落とすか無敵状態にならないと対処方法なんてないもの」
ふぅと嘆息を
「ちょっとなにを言ってるかわからないんですけど」
「というかなんでそんなのがモンスターとして採用されているんですか?」
「いや、だってねぇ……。モンスターのバトルデバッグをしている
それを聞くや、
「もしかして、オレが助けに行った事自体自殺行為だったわけ?」
肩を落とすようにオレは落胆した。
「ま、その結果あんたはアスィミを助けた。その事実だけは変わらないでしょ」
ナツカはちいさく笑みを浮かべる。オレ……ではなく、おそらくだがビコウのことを思い浮かべてのことだろうな。
ビコウなら期待をいい意味で裏切ってくれる。といっても利害がなければしないだろうけど。
「まぁそうなんだけど、もう少し話を――」
「人が止めているのに池に飛び込もうとしていた
その表情は『ヤルと言ったらヤル』という凄味があった。
やばい、なんでこうトップにいる人って見た目は普通なのに、実際危ないのが多いんだろうか。
「なんか、いますごい失礼なこと考えなかった?」
ナツカがけげんそうにオレを見据える。
「そんなわけないでしょ? それより作戦頼む」
オレは逃げるように、あたふたとした声で言い返した。
「冰天虫は出て来た穴から出てくることはないけど、水中に潜って突撃してくるからね」
「つまり姿を消したら注意しろって――」
冰天虫がいた氷の孔を一瞥すると、そこにはなにもなく――。
「あのさぁ、冰天虫の姿が見当たらないんですけど」
「下から抉られないことを祈るしかないわね。普通だったら危険を知らせるけど、どういうわけかそれが適用されていないみたいだし」
普段ならこういった地中から攻撃してくるモンスターに対して、ゲームのシステム上はスコープの標準を合わせた形で、タイミングを合わせれば避けられるようになっているようなのだが、
「まったくそんな気配すらないんですが?」
「まぁ当たらければどうってことないでしょ」
それって完全に運任せってことか?
「おおおおおおおおおおおおっ!」
雄叫びを上げた毒蛾が、四枚の翅を羽撃かせ、空気上の微弱な氷の粒を鋭い氷柱へと変化させていく。
そして、一通りそれらが展開されるや、ターゲットマークがオレの足元に出現した。
「くそぉっ!」
オレはその場に跪き、右足を軸として、左手に持った錫杖の石突を氷にあてる。
「な、なにをやってるんですか? 早く逃げてくださいっ!」
アスィミがそう叫ぶが、
「まぁ、あんたたちはまだ識らないだろうけど、これだけは覚えておいたほうがいいわよ」
ナツカは慌てず騒がず、
「シャミセンさんと
フリソスがナツカを糾弾するが、言われているナツカは口角を上げながら、
「二人とも――星天遊戯ってね……ステータス以外は表示されているものなんてなんの役にも立たないってことを識っておきなさい」
ナツカの言葉が終えると同時に、赤光の錫杖から放出していた熱で氷が溶け、水が円を描く。
その刹那、毒蛾が放った氷柱の群れがオレに向かって放たれた。
「風水スキル【安身窟】ッ!」
左手を地面に叩きつけると、眼前に氷を隆起していき、それが防壁となって氷柱が弾かれていく。
それと同時に――、
「ナツカッ! 蛾のお腹を狙ってくれッ!」
と指示を出す。氷を隆起させるなか、【極め】の効果で毒蛾の弱点を注視していた。
攻撃が止むと一定のタイムラグがあることは、どのMMORPGでも同じことだ。
そんな好機を見逃すほど、オレの知っている上位プレイヤーは甘くない。
「――了解ッ!」
毒蛾の攻撃が止み、オレの指示があることを感づいていたのか、パッと一蹴で飛び上がった
「ぐおぉおおおおおおおお!」
やはり
しかも【炎々羅】という、ナツカの自動発動スキルが合い重なって期待値以上のダメージが入っている。
「すごい……」
呆然としているフリソスだったが、
「あれ? たしかあの蛾って属性が水と陰だからダメージはあまり期待できないんじゃ?」
と、アスィミはけげんな顔色で首をかしげた。
「あぁ、それは普通に魔法とかで攻撃した場合。もちろん火属性だから木属性には効果覿面だけど、他の属性に対してはプレイヤーの
「それじゃぁ、他の属性に対してのダメージ補正がない?」
「なんですか? そのチートレベルなスキル」
金木犀と銀木犀が驚きを隠せないでいる中、
「まぁ、一桁のトップなんて多かれ少なかれ、みぃんなひとつはチートレベルのスキル持ってるわよ――」
「あの蛾はナツカに任せる。オレは当初の目的通り、絹糸を手に入れる」
オレがそう言うや、
「了解。まぁあんたのスキルじゃないと意味ないだろうしね」
ナツカは、特に文句をたれることなく、いつもどおりと言った感じでふたふりの刀剣を毒蛾にむけた。
「フリソスとアスィミも、シャミセンのフォローをお願いね」
「えっ? でも――」
「大丈夫なんですか? ナツカさんひとりで」
と、置いてきぼりをくらっているフリソスとアスィミがナツカに心配りを見せたが、
「こっちは大丈夫。モンスターの攻撃対象が一番危険視しているプレイヤーに向けられていただけだから」
ナツカはちいさく嘆息を吐くように答えた。
「えっと?」
どういうことだろうかと、首をかしげるアスィミは姉を一瞥するや、
「なんで、レベルがアタシたちと同じくらいのシャミセンさんが危険視されてるの?」
頭に疑問符を浮かべたような声で言った。
「きぃしゃぁあああああっ!」
そんな中、水中に潜っていた冰天虫が姿を見せ、オレやフリソスたちに向かって口から毒糸を吐き出した。
「そう易々と同じ手は喰らわねぇんだよッ!」
錫杖を掲げ、視線を一点に――冰天虫の
「アスィミッ! フリソスッ! ダメージを喰らいたくなかったらその場で伏せとけ」
「「えっ?」」
二人のおどろいた声が重なる。そこは双子なんだなと再確認。
そんな中、俺の周りに落ちている、防御に使った氷の一枚岩の砕けた礫がゆっくりと浮かび上がっていく。
「グゥオオオオッ!」
危険を察したのか、冰天虫がオレに向かって突進してきた。
「クッ! [
オレを護ろうとしたのか、アスィミが毒蛾にしたように観音縛りのスキルを使おうと構えを取ったが、
「バカァッ! そんな状態でスキルなんて使ったらッ!」
ナツカの忠告を掻き消すように、冰天虫がその体躯を
「もしかしなくても攻撃対象切替ありかよ?」
こっちもこっちでスキルを確実に決めるために[チャージ]を併用して詠唱している使っているが、[
「―っ!
フリソスが短剣を取り出し虚空を切り裂くと、そこに亀裂が入り、中から半人半牛の魔物がのそっと出てきた。
「チーナイッ! アスィミを守ってッ!」
「心得たッ!」
半人半牛の魔物は手に持った全長五尺、刃渡りはその半分二尺五寸はあるだろう大物の
突然の壁の出現に冰天虫は止まることができず、ゴンと大きな衝撃をを轟かせる。
しかもなんかフラフラっとしている。
「……もしかしてスタンはいった?」
アスィミは目をパチクリと
オレは錫杖を掲げ、周りの氷の礫を少しずつ浮かばせていく。
「そこの牛ッ!」
「ギュッ?」
そう声をかけると、半人半牛の魔物はおどろいた表情でこちらをみやった。
「今はパーティーを組んでるからダメージはないだろうけど、しっかり主を守ってろよっ!」
オレはゆっくりと錫杖を冰天虫に向ける。
足元の魔法陣は白から青に。青から緑に。そして緑から赤に――ッ!
「[チャージ]ッ! [龍星群]ッ!」
天空へと浮かんだ氷の礫が冰天虫めがけて流れ落ちていく。
「ほぉらぁっ! 追加ァっ!」
上空からナツカの声が聞こえそちらを一瞥すると、羂索に捉えられた毒蛾がその体躯を地面に叩きつけられた。
「えっ、そういうのありなの?」
あきれ――といっても相手はトッププレイヤーの一人だ。常識は通用しない。
「なら、チャージ無しで[龍星群]ッ!」
ダメージは少ないが、今回の目的は冰天虫を倒すことじゃない。あくまでそいつが持っているアイテムに用事がある。
「えっ? スキルの詠唱なし?」
「[流星群]は魔法じゃなくて体現スキルだからね。基本的に体現スキルは詠唱じゃないから」
驚嘆を吐くアスィミを横目に、毒蛾と攻撃を交えているナツカが説明する。
「でもシャミセンさん、さっき魔法の詠唱をしていませんでした?」
「あぁ魔法の詠唱はしてたわよ。チャージは貯めれば貯めるほど効果が発揮されるからね」
「アスィミッ! 確実に決めろッ!」
「わかってます。さすがに同じ
アスィミが構えた両手を振り下ろすと、ズンッ――と地面が揺らぐ。
「ぐぅおおおおおおおおおっ!」
激しく揺れる|冰天虫はその場で完全に動きを止め――、
「んぐぅっ?」
突然悲鳴とも取れる喘声を上げるアスィミがその場にひざまずく。
「アスィミッ?」
「大丈夫ッ! ちょっと相手の抵抗力が予想してたより強かっただけだから」
心配してそちらへと駆け寄ろうとしたフリソスを静止させる。「それよりチーナイ、しっかりお姉ちゃんを守ってよ」
「ギュイ」
半人半牛の魔物はどこから攻撃が来ても主を守れるように構えを取る。
「シャミセンッ! 観音縛りの効果はプレイヤーの攻撃力にもよるからあんまり時間がないわよ」
「わかってるっ! 確実にアイテムをゲットしてやる」
オレはパッと駆け出し、意識を目に集中させた。
周りのことは気にしない。ただ一点――冰天虫の口元に向かって左腕を突っ込んだ。
[[
盗みスキルが成功したのか、そうアナウンスが流れる。
「よっしゃぁっ! 目的のアイテムゲットっ!」
予想通り、糸を吐くなら口の中からってね。
「シャミセンッ! さっさと逃げないと巻き添え食らうわよッ!」
ナツカの声を聞き、咄嗟にバックステップを取るが――、
「あらララァっ?」
足を取られ、その場で流れるようにブレイクダンス。
身体は独楽のように回転し、みんなの方から離れていく。
「「なんでそうなるんですかぁっ?」」
双子からツッコミを受けるが、なっちゃったもんは仕方ない。
「まぁ、離れてくれたことに越したことはないからね。2人も吹き飛ばされないように注意しなさいよ」
言うや、ナツカは
龍殺姫ふるうは
さしも幼龍の供物
「オーバースキル――ッ! [
バリバリと、それこそ雲の中の氷の粒がぶつかって摩擦で静電気が発生するかのように、雷の龍は大きく口をあげ、冰毒虫と毒蛾を二匹もろとも口に運んで咀嚼を続ける。
次第にモンスターの声が途切れ途切れとなり、雷龍が消えた頃には、そこにはなにも残っていなかった。
「すげぇ……」
ペタンとその場に座り込むオレを一瞥すると、
「さすがにこっちも予定があるからね。目的のものを手に入れた以上は用済みでしょ?」
とナツカは悪びれた様子もないといった感じに笑みを浮かべた。
「もしかして、一撃で倒せたりする?」
「さすがにそこまでは無理でしょレベル的にも。三人がダメージを与えていたからまとめて処理できたまでで、
そこは苦戦していた――とはおくびにも出さないところが彼女らしい。
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