第333話・氷華とのこと


 溺れている人が気を失ったりして、身動きがとれない場合どうなるかといえば、水の流れに逆らえず水流に飲まれるのが世の理屈ことわりだ。

 なので、こちらも動かず、水の流れに身を任せながら、周りを見渡すことにする。

 そして落ちていくように下へ、下へとといった感じで斜めに移動していく。

 平泳ぎをしながら身体を沈めていくと、闇がゆっくりとひろがりはじめた。


「なんか、いやぁな予感がするとですが?」


 ビコウやナツカみたいに、火眼金睛が使えれば先が見えていたかもしれないけど。

 そんなことを考えているうちに、深海の闇がオレを包み込んだ。

 ――んっ?

 手に何かがぶつかり、それを触ってみると、ゴワゴワとした岩のような感触がする。

 ということは、池の底まで辿り着いたってことか?

 手探りで凹みとか、掴めそうな部分がないから探っていくと、ちょうどいい具合の凹みがあり、それを足に引っ掛けて動かないように固定する。


「しかし真っ暗だとまったくなにも見えないな」


 こういう時のために照明を灯す魔法があればよかったのだが、覚えていないんだよなぁ。


「しかし、探すと言ってもどこにいるのやら」


 早々に見つけないとアスィミの身も危険だからな。


「かすかに光が灯ればいいが」


 弓箭を構える形でライトニングを唱える。

 鏃がほのかに光を放つが、それでも全体が見えるというわけじゃない。

 炎系は消えるだろうし、どうしたものか――。


「ワンシアもこの冷たさだと――んっ?」


 たしか氷というのは水の表面温度が0になるにしたがって、外側からゆっくりと凍り始めていくはず。まぁ理科とか苦手だからあんまり覚えてないけど。


「イチバチで……来いッ! ワンシアッ!」


 本日二度目の召喚。


「お呼びですか? 君主ジュンチュ


 オレの呼びかけに答えながら、ワンシアが足元に召喚される。

 ワンシアが召喚されたからなのか、オレを包んでいたアクアラングの泡がワンシアが入った分膨れていく。


「おぉっ! 呼べると思っていなかったからなんかびっくり」


「ちょっとなに言ってるかわかりませんけど。まぁこの水温……というよりはアクアラングの泡の中ですとそんなに寒くはありませんからね」


 ワンシアがオレを見上げながら、ため息混じりに言う。


「あれ? そういえばなんでワンシアの顔がうっすらと見えるんだ?」


君主ジュンチュは[土毒蛾ナハトファルターの指環]の効果で白黒であっても暗闇を見ることはできるかもしれませんが、視界にも限度というものがあります」


 その言葉通り、視界がゆっくりとフェードアウトしていく。


「ワンシアッ! 【狐火】ッ!」


「御意ッ!」


 狐火の光が池の中を照らし始めていく。



 池の中で生えている大木のアチラコチラに、氷天虫が捕まえていたのか、プレイヤーが氷の糸に捕まっていた。


「ご丁寧に死なないよう氷で心臓を止めているみたいですね。心音が感じられません」


 ワンシアは警戒するように言う。さすが獣特有の耳の良さ。


「まぁ実際は暗闇状態で動けないようになっているってことだろうけど」


 状況はまさに百舌鳥モズの早贄といったところ――と思った刹那、ある妙案が浮かび上がった。


「なぁワンシア、餌を蓄えるってことは捕まえたばかりの餌食えさは食べないってことだよな?」


「まぁそうなりますが……わふぅ?」


 ワンシアを抱えると、驚いたのかワンシアは悲鳴を上げた。


「ちょっと黙ってろ。近くにモンスターがいないとは限らんからな」


 ワンシアは前足で自分の口元を押さえる。

 ゆっくりと大木の周りを浮游およいでいると、予想通り気を失っているアスィミが氷の糸で雁字搦がんじがらめにされていた。



「さて、氷を融かすなら炎系の魔法で――」


「目の前の少女にダメージが入らないという保証はあるんですか?」


 フレアを使って、氷を融かそうとした瞬間、ワンシアに訊ねられた。


「――ぅえっ?」


「なんで鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるんですか? 君主ジュンチュがこのプレイヤーとフレンド登録しているのなら、決闘以外のダメージは入らないかもしれませんけど、していないなら普通にダメージありますからね?」


「ならダメージが入らなきゃいいんだろ?」


 オレは左手の人差し指と中指を立てて、アスィミが捕まっている大木の枝の付け根を指しながら、


「ワンシア、指が示す先に[魔弾]ッ!」


「――ッ! 御意ッ!」


 オレの考えを察したのか、ワンシアは躊躇することなく、口から炎を吐き出す。

 命中した枝の付け根にヒビが入ると同時に、


「風水スキル[龍の鉤爪ロンズアオ]ッ!」


 錫杖を掲げスキルを唱えると、池の水は渦を作り、龍の爪先の形となってアスィミの周りの余分なところを、文字通り抉り取っていく。

 アスィミが結ばれていた木の比率が軽くなり、アスィミの身体がゆっくりと浮かび上がる。

 後は彼女を抱えて、水面に出ればいい――。

 そう考えながら、彼女の元へと泳ごうとした時だった。


「……ッ! 君主ジュンチュッ! なにかいます」


 ワンシアがそう警告する。

 まぁそうは問屋がおろさないってことか。

 下を見据えると、大木に隠れていた水魔が、暗闇の中できらめく紅玉の双眸を露わにした。

 その姿は――、



 大小四枚のはねは凍てつく氷華ひょうかの花片を見繕い

 水流靡かす体毛は勿忘草わすれなぐさ色の絹をまとうがごとし

 団栗眼の双眸は紅玉に染まりて闇を掻き消し

 顎は幼虫の時よりも金剛をも砕く強靭さ



 ◇冰毒蛾ヒンドゥオ/LV40 属性・【水】【陰】



「……はい?」


 オレは目をしばたかせながら、ワンシアに視線を向ける。

 そのワンシアも、なんでこんなところに高レベルのモンスターがいるのかって顔でオレを見ていた。


「あのさぁ、至極当然って言うんですか? 太陽は東から昇って西に沈むって言うんですか? 水の色は青って言うんですか? 水中のヤゴが成長してトンボになるっていうんですか? ってくらい普通のことを聞くんだけどさぁ――」


「……はい、妾も君主ジュンチュが言いたいことというか言いたくなる気持ちは痛いほど解っているつもりでございまする」


 ワンシアはもはや思考を投げ捨てるかのように、亡羊の嘆を吐き捨てた。


「蚕から成虫した蛾がなんでこんな水中の奥底にいるんだぁぁああああああああああっ?」


 オレとワンシアは、一目散に――それこそ水を掻き乱しながら、もちろんアスィミを左腕で抱えるように回収して……。



 ザンッ,,,



 ――あれ? なんか気のせいか水の流れが一瞬歪んだ気が――。

 一瞬目がチカッとしたと思った瞬間、目の前に滲んだ血のような色が見えた。


「ジュッ、君主ジュンチュ――ッ」


 右側のうしろをついてきていたワンシアが、それこそ呆然とした覇気のない声でオレを呼びかける。

 それを彼女の方へ――右腕の方へと顔を向けると、本来そこにあるべきものが――なかった。


「なっぁ!」


 オレの右肘より先の腕が切り落とされ、池の中を悠々と流れ去っていく。


「まさか――、ワンシアッ! [咆哮ハウリング]ッ!」


 耳を麻痺させて、冰毒蛾の動きを一時的に止めようと命じたが――、


君主ジュンチュ、妾やチルルが使える[咆哮ハウリング]や[超音波]は大気の中で音を震わせることによって相手に影響を与えることができます。しかしッ! このような水の流れによってそもそも大気自体が歪んでいる状態ではその効果も言葉通りかき乱されてしまいます」


 ワンシアが困窮の声で言い返した。


「――だったら……[絶影]ッ!」


「深海魚の目が退化している理由はご存知で?」


 そう聞かれ、


「えっと、光が届いていないからそもそも必要ない――ってまさか?」


 オレはそう言い返すと、ハッと嫌な予感を覚えてしまう。


「先ほどチラリと見ましたが、あの毒蛾――ッ! 目がほとんど退化していて気配で攻撃してきていますッ!」


「対処は――?」


君主ジュンチュのレベルが高ければよろしいのですが?」


 ワンシアはちらりとオレを一瞥する。


「レベル36で勝てる見込みなんてこれっぽっちもない」


 テイマーのステータスを50%反映させる【王妃の魂魄ワンフェイ・リンファ】も、実を言えばそんなに期待できない。

 というよりオレのステータスでは、もともと知能値INTが高いワンシアだとマイナスになってしまうからだ。

 そうなると、できることはただひとつ……。


「逃げるしかない?」


「逃げるしかないですね。今のところ妾たちをスルーしてくれているようですし……」


 んっ? スルーしてくれている?


「どうやら水の微妙な変化を感知して攻撃を仕掛けて来ているみたいです。それなら動かずこのままジッとして死を待ったほうが得策ですよ」


 まぁ、たしかにそのほうが得策というか、そもそも糸に絡まった虫が蜘蛛に食われるもんだからなぁ――。

 それでも足掻きたくなるのがオレの悪癖とも言えるか?

 しばらく長考黙視していると――、


「さすがの君主ジュンチュも、今回ばかりは諦めましたか?」


 と、ワンシアは妙にカラカラとした笑みを浮かべる。


「お前、なんか策を思い浮かんでいるんじゃないか?」


「あら? 何故そのようなことを?」


 ワンシアは前足を口元に添え、それこそ太夫が微笑むように言う。


「水の流れでオレたちの居場所が分かるってことは――」


「それを利用する――ということです君主ジュンチュッ!」


 アスィミを抱えた状態の左手に錫杖を構えた時だった。



「んっ?」


「おっ? どうやら気付いたみたいだな」


 今までの騒音で気付いたのか、アスィミは眠気眼でオレを見るや、


「ふぁぁぁあああああっ? なんでシャミセンの顔がこんな近くにぃいい?」


 目を大きく見開き、驚懼の声を上げた。


「っと、できればあまり大声を挙げないでくれる? いまちょっとした音でもピンチだから」


 アスィミは自分の口を両手で押さえる。


「あれ? でもアタシ……たしか毒を食らって湖に落ちたはずですけど?」


「うん。いまその湖の中にいて、その下にいた隠しボスに遭遇しているところ」


 それを聞くや、アスィミはキョトンとした顔で水の下を覗きこむや、冰毒蛾の赫々とした眼光が暗闇に光った。


「――もしかして、あのモンスターから逃げられないってことですか?」


「しかも水の流れで居場所がわかるみたいでな。だから竜巻を起こしてその乱気流に乗って上まで上がろうかと……」


「つまり……あの巨大な蛾のモンスターをどうにかすればいい――ということですよね?」


 えっと? まぁ理解が早くてこっちは助かるんだけど……。


「なんでそんな自信満々なのよ?」


 そうたずねるや、銀木犀アスィミはちいさく勝ち誇ったような笑みを浮かべると、オレの手から離れ、三叉戟を冰毒蛾に向けた。



「[三神山サンシェンシャン]ッ!」


 ズゥン……と、なにかが沈んだ音が聞こえ、冰毒蛾の方へと視線を向けると、大きな左はねが、まるで山を叩きつけられたかのようにピクピクと動きはしても浮揚できないでいる。


「えっ? なにこれ?」


「まさか、対象に重力を与えて動けないようにするスキル?」


「はい。しかも、ただの観音縛かなしばりじゃないですよ。この[三神山サンシェンシャン]は――須弥山・峨眉山・泰山を三枚かさねにされたほどの重力をあたえますからね」


 アスィミが三叉戟をふるうや、冰毒蛾の右翅が金縛りを帯びる。


「キィシャシャアシャア……」


 ドスンっと聞こえそうなほどに、砂煙が水中に舞い上がった。


「それでも一時的に動きを封じるだけですから」


「わかってるッ! この隙に水面に戻るぞ――! ワンシア」


「はいッ! ご健闘をお祈りしております。君主ジュンチュッ!」


 言うや、ワンシアはスッと陽炎のように消える。

 まぁこのまま地上うえに戻ると、極寒なのはわかってるからだろうな。


「よっと」


 オレはアスィミを自分のところへと引き寄せる。


「ちょ? ちょっとシャミセンさん?」


 突然抱きしめられたからなのか、アスィミはあたふたと声を荒げる。


「っと、オレが結ばれている縄を引っ張ってくれる?」


「えっ? あ、はい……」


 アスィミはオレの腰に巻かれ、水面へと伸びている羂索なわを躊躇なく自分の方へと引っ張った。

 その瞬間、まるで釣り竿に付いている全自動巻取り機のように、オレの身体はグンと水面へと引き寄せられた。


「おあああああああああっっ?」


「キャアアアアアアアアッ?」


 あまりにも、覚悟を決めると言った声など聞く耳持たないと言わんばかりの勢い。

 あの、ちょっと待って? ゆっくり引っ張って? あのナツカさんんんんんんっ?

 オレの心の叫びは海の藻屑となり、オレとアスィミの身体は、それこそ鰹の一本釣りのように水面を飛び出し、暴風雪の中へと放り投げられた。



「――ッ! アスィミィッ?」


「えっ? フリソスッ?」


 金木犀の声が聞こえ、銀木犀は一瞬我が目を疑うような声を上げた。


「どわぎゃぁあああぁ?」


 そんな中、オレはといえば、受け身が取れず再び氷の地面に叩きつけられた。


「どうやら、一部を除けば無事に回収してきたみたいね」


 オレを見下ろしながら、肩をすくめるようにナツカは言った。


「色々文句は言いたいけど、どうやらまだ戦闘中だったみたいだな」


 それはそれは好都合。――とは言いがたい。


「まぁね。あなたが持ってるスキルを使ってなら、今回の目的を手に入れられるんじゃないかなって思って待っていたんだけど……」


 そこまで待ってくれていたんですかね?


「そうだな。とりあえず今の状態として、まず[チャージ]以上のため魔法は使えない」


「っていうか、シャミセンさん右腕右腕ッ!」


 オレとナツカのところへと歩み寄ってきたフリソスとアスィミが、オレの状態を見るや悲鳴を上げた。


「どうせ冰毒蛾の水刃にやられ……んっ?」


 肩をすくめ、オレを罵倒しようとしたナツカの表情が次第に翳りだし――、


「あんた――、もしかしなくても今ワタシが言ったモンスターにちょっかい出してないでしょうね?」


「えっ? 逃げる時にアスィミが[三神山サンシェンシャン]だっけ? それを使って動きを封じたけど……なぁ?」


 アスィミの方へと視線を向け、同意を求めると、アスィミは隠す素振りもなく素直にうなずいてみせた。

 その隣にいるフリソスは、妹が助かってホッとしたのか、安堵の表情を浮かべている。

 やっぱり喧嘩していたとはいえ、お互い心配はしてるんだよな。素直になれないだけで。



 それにしても、並べてみると本当に似ているな。

 同じ双子でも、メイゲツとセイフウは髪型とか、そもそも職業や装備している服の種類が違うから比較的にわかりやすいけど、フリソスとアスィミはまったく似通った服を着ていて、違うといえば髪の色くらい。


「しかし、比較してみると本当に似てるのなぁ」


 フリソスとアスィミを、マジマジと凝視していると、


「えっと? そうですか?」


「ま、まぁ……チームの中でもマスコット的存在ですからね。アタシとフリソスは」


 二人は頬を赤らめながら、もじもじと身をくねらせる。

 そんなことを話してると、


「こんのぉばかちんがァァあああああああっ!」


 龍殺姫ナツカがオレに向かって、怒号を放った。


「び、びっくりしたぁっ?」


 目をパチクリとさせながら、オレはナツカに視線を向ける。

 ナツカはあきれたのやら、怒りやら、あきらめやら、どう判断しかねないほど複雑な顔を浮かべながら、


「あのねぇっ! モンスターのなかには条件次第ではストーカーレベルにしつこくつきまとってくるのもいるのよッ! もちろん知らなかったからなら仕方ないけど、ワタシ言ったわよね? アスィミを回収したらすぐに戻って来なさいってッ!」


 オレにむかって糾弾するように文句をたれた。


「なんでそんな興奮して――」


 オレが真意を訊ねようとした時だった。



 オレとアスィミが出て来た、もとい氷天虫がかち割って現れた穴から大きな水柱が立ち上り、オレたちはその水をまともにかぶってしまう。


「おぼれれれおぼれぇ?」


 流されると思ったが、水をかぶっただけで流されなかった。


「ちょっ? いきなりなんですかコレ?」


「うへぇ、水飲んだぁっ?」


 オレと同様に、水をかぶったフリソスとアスィミも驚いた声を上げている。


「大丈夫か……二人とも――ッ!」


 彼女たちの方へと振り返り、現状を見るや、オレは頭を抱えるように手で覆いながら顔をうつむかせた。


「「んっ? どうかしたんですか?」」


 二人は、オレの行動の意味が解らなかったのか、けげんそうな声を上げる。


「いや、まぁ……アレだけ強い水圧をぶつけられたんなら、そうなってもおかしくはないけどさ、とりあえず服を上げなさいな」


「「服って――」」


 ナツカにそう注意されたフリソスとアスィミは、お互いを見据えると、自分たちの格好に対して違和感を覚えるや、


「「きゃあああああああああっ?」」


 と、その場で跪き、身体を縮こませた。

 先ほどの波で、二人のトップスが水の重力でずれ落ちてしまい、着用している下着が露わになっていたのである。二人ともチューブトップのような服を着ているのだから当然そうなるわけだけど。

 しかし、一瞥しかしなかったが、アスィミと会話していた時に思っていたとおり、ふたりとも歳相応以上にふくよかというか、実っていた。


「ちょ、タンマァッ! シャミセンさんっ? アタシたちがいいって言うまでこっち見ないでくださいよぉっ?」


 そそくさと服を整えているのだろう、布が擦れた音が聞こえいる気がする。


「あんたさぁ、ホント運がいいのは戦闘とかそういう時にしなさいよ」


 そんな中、ナツカはあきれたと言わんばかりにため息混じりで忠告する。


「運が良かったら、こんな大怪我しないだろうよ?」


 オレは言い返すように、切り落とされた右腕をピクピクと動かす。

 切り口が凍っているからなのか、もう右腕の感覚なんてありませんけどね。


「まぁ、あとはあの二匹をどうするかって話だけどね」


 ナツカは嘆息をつきながらも、ふたふりの刀剣を構え、目の前の氷天虫と冰毒蛾を見据える。


「思ったんだけどさぁ、今回のクエストってただ単純に戦闘に勝利したところでドロップアイテムの中に目的のものがなかったら意味がないのよね」


「まぁ、そりゃぁそうだろうね」


 そう返すと、ナツカはちいさく妖艶な笑みを浮かべ、


「それってさぁ、要するに『戦闘以外でアイテムが手に入れる方法を知っているか否か』ってことじゃない?」


 その真意は、オレが少し前に思っていたことと相重なる。


「――わかってる。今度は失敗しねぇよ」


 オレは左手に錫杖を構え、ゆっくりと氷天虫を見すえた。

 正直成功するとは思っていない。

 だが、失敗するとも思っていない。

 オレは、周りからすれば弱いのは自覚しているつもりだ。

 だけど、こと星天遊戯このゲームの中だけは、運だけは他のプレイヤーに負ける気など微塵もない。

 鼓舞するように、己の自惚れを貶すように――、オレは目の前の二匹を、引き攣った笑みで見上げた。


「絶対[氷蚕ひょうちゅう絹糸きぬいと]を『盗み』とってやる」

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