第331話・千入とのこと
はてな……と、フリソスは首をかしげるや、豪雪の視界を見回した。
「どうかした?」
「あの……、シャミセンさんがいなくなってますけど」
目の前の、ナツカを見据えながら、フリソスは片眉をしかめる。
「あっと、もしかして
と、ナツカは肩をすくめながら、それこそ亡羊の嘆を吐く。
もちろん、心配してのことではあったが、あらかたシャミセンの度重なる
――やっぱり、何も起きないほうが可笑しいわよねぇ。
と、いった意味の
「あぁっと……、たしかこの近くにプレイヤーをおとしめるトラップとかありましたっけ?」
それにハマったのかと――、フリソスはけげんな表情を浮かべた。
「助けたほうがいいですかね?」
「まぁそっちは彼一人でもどうにかできるでしょ? そんなことより、目的のドロップアイテムが優先よ」
「けっこう冷たいんですね」
フリソスは口ではシャミセンを憐憫しながらも、内心ではナツカに同意していた。
「あら、心配もなにも、彼に心配のひとつでもしたほうがよかったかしら? そもそも離れ離れになってしまった人間が悪いわけで、こっちにはなんの責任もないわよ」
ナツカは、フリソスを見下ろすように眇める。
「いや、いちおうパーティーを組んでいるわけですし」
「とりあえず、パーティーが解除されたっていうアナウンスも出てないし、彼は彼で大丈夫ってことよ」
これ以上話をしても堂々巡りの押し問答。
「それじゃぁ、この周囲に出てくる[
フリソスがそう言うと、話を切り上げた。
「まぁ、彼は彼で運だけじゃないからね」
ナツカはそう口にしながら、
「このゲームって、目に見えてるステータスなんて最低限の数値でしかないからね」
――だからこそ、今でも本気のチビザルには勝てないんだよなぁ……。
と憫笑するのだった。
√ √ √ √ √ √ √ √ √
見た目はフリソスと瓜二つの少女――アスィミは、頻りにオレを見ては、オレと視線が合うやいなやあたふたと逸らしていた。だから、オレなんかしたのかね?
「どうかしたの?」
「えっと、その……、あたしのことをご存知ということは、姉のこともご存知ということですよね?」
なんか話をはぐらかされている気がするが、まぁ聞かれたくないのならそのままにしておこう。
「今日初めて会ったくらいだけど」
そう答えるや、
「それじゃぁ、姉はログインしているんですか?」
と、
「あれ? フレンド登録してるんだったらログインしているかどうかはわかるはずじゃ?」
「実は……つい先日喧嘩してしまって、姉からフレンドの登録抹消をされてしまっているんです」
アスィミは当惑した声で項垂れる。
「仲直りすればいいんじゃない?」
「それができればいいんですけど、そういうのって結局キッカケがないと」
言動からして、アスィミは仲直りしたい雰囲気のようだ。
だけどフレンド抹消をするくらいだものなぁ、オレが思っている以上ほどの大喧嘩をしたのだろうが、姉妹喧嘩は犬も喰わない――とはいかないようだ。
「そういえば、さっきオレを巻き上げた……もとい助けた時に使っていた風系の魔法だけども――それを使ってこの吹雪を飛ばすなんてことは――」
「できれば皆さん思い思いの風魔法を使っていますよ。ただでさえ定鳳丹を呑んでいないと強風で門前払いを食らいますし」
オレの提案を一蹴するように、アスィミは肩をすくめた。
「ところで……、どうしてシャミセンさんはこんなところにいたんですか?」
アスィミは、うんと背筋を伸ばしながらたずねてきた。
気のせいか、幼い容姿のわりに、胸元が思った以上に隆起している気がするんだが?
「ちょっと知り合いのプレイヤーからの依頼でね。この周辺に出るっていう[
「偶然ですね、あたしたちも、そのモンスターからドロップできる絹糸を探しに来ていたんですよ」
アスィミは、目をぱちくりさせながら喫驚する。
逆にオレの方はその言葉にすこしばかりの違和感があった。
「あたし
見たところ、一人しかいないようだけど?
「一緒にパーティーを組んでいるギルドのメンバーですよ。あたしはサイキさんとノットさんと一緒に山を登っていたんです」
「で、気付けば離れ離れになっていたと?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
アスィミは小さく笑みを浮かべた。
やはり双子というべきか、日輪のような金色の髪をしたフリソスとは対照的に、月夜に輝く銀色の髪をしたアスィミ、髪の色は違えど見た目は本当に気をつけなければ勘違いしてしまうほどの鏡合わせ。
それにしても、ジッと立っているだけでも凍えそうで辛い。
自動回復の法衣を着ているから、状態異常になることはないだろう。
ということは、冷気を感じさせる痛感が働いているということか。
「毎度のことながら、VR末恐ろしや」
思わず、
「どうかしたんですか?」
オレを見上げながら、アスィミは首をかしげる。
漆を塗ったような濡烏色の生地に可愛らしい
どう見ても、オレなんかよりも寒かろうに。
「アスィミは寒くないの?」
そうたずねて見るや、
「あぁ……と、もしかしたら痛感設定をオフにしているからじゃないですかね」
アスィミは、人差し指を口元に添えながら、片眉をしかめた。
「うん、それなら納得」
「っていうか、自己責任ですけど十五歳未満のプレイヤーは痛感50%までしか設定できないようになっているんですよ」
「え? ってことは――アスィミとフリソスってそれより下ってこと?」
オレは銀木犀の一部大人びたところを一瞥してから、目を見開くように聞き返した。
「あ、はい。まだ十一歳ですから」
アスィミは、キョトンと首をかしげてみせた。
十一歳ってことは、小五か、小六ってことか?
風月と似たような背格好なのに、なんか胸元が明らかに高校生くらいは成長してるから、心猿と一緒で背丈が低い高校生くらいだと勘違いしてた。
「……リアルでの話になるけど、変な大人に声かけられたりとかしない?」
「生活の拠点がワシントンですし、移動とか買い物に出ている時はクビコさんやチームの人と一緒ですから。――どうしてそんなことを?」
けげんそうに聞き返すアスィミに、
「いや、なんでもない」
と、オレは頭を抱えながらも、
「えっ? もしかして今も海外に住んでるの?」
違う意味で驚きを隠せなかった。
「あ、はい」
と、アスィミは素直に答える。
「っていうか、そっちって今の時間だと夜中なんじゃ?」
たしか、ワシントンあたりは日本より十一時間くらい遅れていたはず。
「あ、ちょっと違いますよ。生活の拠点はeスポーツが盛んなアメリカのワシントンですけど、今は日本で催される大会に出る予定があって、そのために日本のマンスリーマンションに先月から部屋を借りているんです。ほら、日本と海外じゃ時差があって、直前に行くと時差ボケが起きて思った以上の結果出せないってことで、こっちの日照時間に慣れるようにしているんです」
アスィミはあたふたと慌てた様子で言う。
まぁたしかに、今の時間だと完全に夜中だものなぁ。
「大会が終わったら、また海外ってことか」
「そうなりますね。まぁどちらかと言えば、日本のほうが海外ってかんじですけど」
ということは、ワシントンに住んでいる時期が長いってことか。
「はて、その割には日本語上手くない?」
「い、いちおう生活に必要な日常英会話は覚えているんですけど」
苦笑を浮かべながら、アスィミははにかんだように、
「生活の中心が日本語ですからね。自然と日本語のほうが話しやすくなるんですよ」
そんな彼女を見て、オレは心猿と猟犬を脳裏に思い浮かべていた。
生まれたのが日本であるセイエイは、中国人である父親のボースさん以外は、
「まぁ、周りが英語を使っていないなら、そうなるよな」
「そうですよ。普段はむこうの学校に通ってるんですけど、生粋の日本人だからって、白人主義とか時代遅れにも程がありますしね」
アスィミは笑顔を見せるが、言葉からして憤怒は隠しきれていないようだった。
「聞かれたくないだろうし、オレの独白ってことで聞き流してもいいんだけどさ」
オレは、どうしたものかと困惑していた。
「あたしもシャミセンさんがどんなことを考えているのか、なんとなく察してますから」
アスィミは、ふぅ……と、長嘆する。
「学校で差別とか――」
「それで済めばいいんですけどね。あたしが英会話が苦手なのをいいことに、英語で悪口とか言うんですよ。でもそういうのって雰囲気でわかりません? 意味はわかっていなくても、あぁ今あたしに対して
「差別はいいんだ」
どっちかといえば、それが理由って気がしなくもないんだが。
「ただシャミセンさんが思っているほどのことじゃないですし、日本人だからイジメられるとかそういうのはないですよ。アニメ好きや忍者に憧れている親日のクラスメイトとかいますから」
「それじゃぁいじめなんてことは?」
「まぁ、女子なんてどこでも大半はいっしょですよ。妬み嫉みが当たり前みたいなものですし、直接的ないじめなんて可愛いものです」
なんともあっけらかんとした銀木犀を見据えながら、
「男にゃぁ理解できん世界じゃね」
とオレは苦笑を浮かべるしかなかった。
男なんて、殴り合えば済む話だしなぁ。やられたらやり返す。まぁ状況にもよるけど。
「そもそもアジア諸国の人の髪が黒いのだって、結局は血筋みたいなものじゃないですか。ほら日米混血の人だって、どちらかの血が強いかにもよりけりですし」
「金髪か漆黒かの違いか」
「まぁ綺麗な人は綺麗ですよ。クビコさんはちょっと違いますけど」
そうは言っても、クビコという人がどんな人なのかわからないので、想像もできないのだけど。
「えっと、クビコって人も日本人ってことだよね?」
「はい。……と言っても、ちょっと髪質が違いますけど。むしろそれがあの人の美貌って感じもしますね。透き通った白髪で、触れるとふんわりとしているんですよ」
話を聞く限り、かなりの佳人ということは想像しやすいと思ったなか、オレは、
「キョウも……、幼稚園に君みたいな友達がいたらよかったんだろうね」
と口にした。
「――キョウ? って、誰ですか?」
アスィミはけげんそうな顔で首をかしげた。
「あ、いや……、ただの独り言」
オレはちいさくため息を吐きながら、
「雪みたいに綺麗だったんだよなぁ」
まだキョウが五歳くらいの時だったか、彼女が爺ちゃんが経営している道場に、父親と一緒に来た時、はじめて彼女の雪白色の髪を見て、おもわずそう口にしたことを覚えている。
もちろん、露人の血が流れていたから、髪の色にそれが出ていたんだろうけど、彼女のもうひとつの特徴のほうが、今も思い出せるくらいに印象強かった。
「ところで、まったく関係ない話をするんだけどさ、オッドアイってリアルだとどうなの?」
「えっと、カラコンとか使わないで……ですか?」
そう聞き返され、オレはうなずいてみせる。
「そうですね。リアルだとそういう病気なんじゃないかって心配にはなりますけど」
「まぁ、普通はそうだろうね」
もちろん、アスィミの言葉も一理ある。
「まぁ、あいつがいつも帽子を目深までかぶっていたのは、アレが一番の原因だったんだろうなぁ」
今だから理解はできるのだけど、子供心に、彼女の気持ちなど知る由もなく、
「いや――でも、オッド・アイとかカッコイイしなぁ」
そんなことを考えながら、オレって(今もそうだけど)乙女心に関して鈍感すぎないだろうか?
いくら子供だったからって、そんなことを言って傷つかなかったとも思えんし。
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