第330話・銀木犀とのこと
「それで、目的の場所ってのはまだ見えないのか?」
登山を始めてからすでに半刻(一時間)を費やしているのだが、未だに目的の湖の影すら拝むことは叶わず。
痺れを切らしたオレは、ナツカに声をかけた。
「あせらないあせらない」
と、ナツカは小さく笑みを浮かべる。
「ぬぅあぁ……」
ハクキがくたびれた声を上げ、その場に倒れこんだ。
「そろそろ戻しておいたほうがいいですね」
ハクキの近くに駆け寄ったフリソスがそう言う。
「ぬぁ、ゴメンなのね、フリソスちゃん」
「ううん、今日はすごく頑張ったものね」
言うや、フリソスは七星剣を取り出し、ハクキの体に突き刺した。
危宿は光の粒子となり、七星剣に吸い込まれていく。
「――あれ?」
その光景に、オレは首をかしげた。
たしかテンポウから聞いた話だと、一度召喚したモンスターは二度と戻せなかっったはず。
「……っと、戦闘中に使うとモンスターが逃げてしまうんだったか?」
ハッと声を上げるや、
「ハクキは戦闘以外の時に出していましたから、それには該当しませんね」
フリソスは七星剣を懐にしまいながら話を進める。
「それとシャミセンさんが言っているのは、あくまで信頼度が低い場合です。モンスターがプレイヤーを気に入っていれば、戦闘中に使っても消えないみたいなんですよ」
笑顔で眇めるように、人差し指を立てながら付け加えた。
「なるほどね。それじゃぁ結構気に入られているんだな」
そうカラカラと笑いながら言うと、
「まぁ、これでもすごい頑張りましたからね。所有している七匹のモンスター全員、親愛度カンストさせるのって」
フリソスはそれこそ気恥ずかしそうに言った。
「――……えっ?」
オレは、笑みを止め、ジッとフリソスを見すえた。
「えっと、シャミセンさん? あの、そんなに見つめられると恥ずかしいんですけど」
そう言いながら、フリソスは顔を赤らめていく。
「いや、あの……ちょっと待って。うん、オレすごい勘違いしてたんだけど――」
眉間にしわを寄せながら、オレは叩頭しながら、
「なぁ、ナツカ。彼女って星天遊戯を始めてどれくらいなの?」
と、ナツカのほうを見た。
「そこまでは知らないけどね。久しぶりに会ったから一緒にプレイしていただけだし」
ナツカは腕を組みながら、会話をしていたオレとフリソスを見据える。
「――久しぶりに?」
「ええ。だって彼女――魔獣演舞で有名だった[
それを聞いて、オレは思わず、
「それって、知らないほうがおかしいレベル?」
と聞き返した。
「まぁね。モグリレベルには、じゃないかしら」
ナツカはちいさく嘆息をついた。
「あ、あの……もしかしてシャミセンさんって、魔獣演舞をやっていなかった――?」
オレとナツカの会話に察したのか、フリソスが不安気な声色で聞いてきた。
とはいえ、どうして自分のことを知らなかったのだろうかという理由を得心できたといった表情とも言える。
「あっとごめん。魔獣演舞が流行っていた頃って、受験に集中するためにゲームというゲーム全部封印、それに関するサイトとかブラウザゲームにいかないようにフィルターで除去してたし、バイトとかで忙しかったから、ほとんどVRMMOにログインとかしてなかったんだよ」
申し訳ないといった表情で答えると、
「あぁ……」
フリソスは落胆したような声を上げた。
「まぁ、フレンドに魔獣演舞から星天遊戯にコンバートしているプレイヤーがいたけど」
ハウルと斑鳩だったら、もしかするとすぐにフリソスのことを気付いていたかもしれんけど。
「でも久しぶりにログインしようとしたら、ゲームが終了していたのは困りモノでしたね」
「まぁ、星天遊戯でコンバートできたんだからいいじゃない」
ナツカがそう言うや、フリソスはうなずいてみせた。
「あれ? でもたしかコンバートできるようになったのって四月くらいからだったよな?」
ちょうどその時にハウルと遭遇したわけだし。
怪訝な顔でフリソスを一瞥すると、
「えっと、一年ほど海外遠征で国と国を転々としてまして、戻ってきたのがひと月前だったんです」
苦笑を見せながら、フリソスはそう返した。
「海外遠征ねぇ……たしかeスポーツのチームに所属していたんだっけ?」
「はい。まぁほとんどスタッフとしてお手伝いをしていたくらいでしたけど」
それを聞いて、
「日本での大会とかにはでなかったの?」
と思ったことを口にした。
「日本はあまり、頻繁に行われているわけではなかったですからね。賞金が出たりはしましたけど、海外のほうが開催回数が多いですから」
「ってことは、日本でやるよりは海外に出ていたほうがいいってことか」
そうたずねると、フリソスはちいさくうなずいた。
「ゲームを発展させたのは日本だけど、それをスポーツとして大きくさせたのは海外だからね。まぁ日本の場合は未だに遊びの延長としか見られていないのが現状みたいよ」
なるほどねぇ。まぁオレも遊びといえば遊びでしかないけど……。
「でもそれで本気になっている人もいるわけだからなぁ」
あまりバカにしたような発言は控えておこう。
「でも、ワタシが所属しているチームがこの前の大会で予選敗退してしまって、スポンサー契約をしている大手家電メーカーから契約を打ち切るって話もでているみたいで」
しょんぼりとした声でフリソスは嘆息を吐く。
「野球やサッカーみたいなメジャースポーツじゃないからね。そこはまぁ頑張れとしか言い様がないわよ」
「まぁ、そうなるな。それにほらあれだ、まだ話の段階ってだけで決定事項ってわけではないんだろ?」
慰めるようにそう言ったのだが、
「すみません、こんな関係のない話で困らせてしまって」
フリソスは深々と頭を下げる。
「――あぁっと、いや――」
オレは困り果ててしまい、曖昧な返答しかできなかった。
こういうのって結構苦手なんだよなぁ。
「ナツカ、そろそろ湖に着いてもいい頃じゃないですかね」
話題を変えようとナツカに話をふるや、
「いや、着いてもいい頃って――好い加減気づかないものかしらね」
あきれたといった表情でナツカはオレを眇めた。
「そもそも、ワタシ言ったよね? あの
「たしかにそう言っていたけど、でもまだ見えて……」
オレは、アッと声を上げ、周りを見渡した。
轟々と
鈴の音 凛々 風花 恋し
うたう川姫 魅入りし痴れ者 彼岸へと導く
霞む
拝む
その光景に、おもわずゾッと背筋を伸ばした。
目の前にある高さ七十メートル、幅二十メートルの大瀧は、まるで最初からそこにいたかのように、優美とした佇まいでオレを見下ろしていた。
「…………」
あまりの
ハッと我に返り、よくよく見てみると、瀧は凍り付き、水の音ひとつ立てていない。
「これじゃ、気付くわけないか」
豪雪で周りが見えなかったというのもあるが、そもそも瀧自体が凍りついているのでは気付かないのは道理というものだ。
「ほらね。ワタシの言ったとおりだったでしょ?」
瀧に気を取られていたオレを、ナツカがあきれたと言った声色で言う。
「へいへい。貴女さまの仰ったとおりでした」
オレはそれこそ下っ端よろしく、揉み手で頭を下げる。
「さて、問題はシュエットさんが言っていたモンスターだけど」
目的の場所に到着したからなのか、うっすらと雪のカーテンが薄くなっている気がする。
「今のところ、モンスターがポップされたっていう気配もないわね」
「そうなると、件のモンスターが出てくるまではジッと我慢ってことか」
「そうなりますね。あまり他のモンスターに気を取られていると、取り逃がす可能性もありますし」
フリソスはスカートを
「そういえば、[
「まぁね。一応情報を言えば、氷魔法――というか水系の魔法はすべて無効。それどころか
「なんでアクアショット使っちゃいけないのかがわかった」
ナツカの言っていたことに納得のいったオレだったが、
「あれ? でも氷系だったらナツカは楽勝なんじゃ?」
と小首をかしげた。攻撃手法を見る限り、猟犬と同様火属性が多いし。
「まぁ……普通に倒すとかだったらね。ビコウからの情報だと[
ナツカが口籠ったような態度を見せた。
「手に入れられるドロップアイテムの確率が極端に低いのよ。なんかフラグみたいなものがあるらしいけど、そこらへんは教えてくれなかったからね」
「倒した後、周囲にアイテムが落ちてるとか?」
「ワタシはなんどもこの山でアイテムの採取とかしているから冰虫に多少の知恵はあるけど、どうやらそうじゃないみたいね。そもそもこのゲームって自然の摂理を利用しているっていうのが売りでしょ? それと関係してるんじゃないかしら」
そうなると、倒す以外で敵からアイテムを得なければいけないわけか……。
そんなことを考えながら、オレはふと左手を見ると、あるスキルのことが頭をよぎった。
たしかにこの方法なら、モンスターを倒さずにアイテムを手に入れることはできる。
「まさか……ねぇ?」
いくらなんでも、それはないだろうさすがに――。
そんなことを黙考していると、
「――んっ?」
ふいに、天女が羽衣が靡くように、白霧が棚引いた。
その冷風がオレの頬を撫でる。
「はてな……」
小首をかしげながら、オレはその眼前の湖の水面を見据える。
なにかわからないが、一瞬人が立っているのが見えた。
まぁ、凍結した湖の上で人一人立つことくらいは可能だろう。
もしくは、オレたちと同様に、[
「なぁ、ナツカ……」
ナツカがいるほうに視線を流したが、
天女は哄笑 艶やかに
現界に帰依すれば
夢幻に落ち行けば
と言った具合に、利休鼠が「チューチュー」と頻りに鳴いているかのように、灰色の雪景色が視界を覆っていた。
「おい? ナツカ?」
声を張り上げるが、豪雪の呻き声にかき消されていく。
「フリソス? どこにもいないのか?」
返事を期待するが、自分の声すら頼りない。
「うーん、さてもどうしたものか」
腰に巻いた、ナツカが結んだロープを手繰り寄せてはみるが、
「うん、やっぱりビンシオンと何合が打ち合っていたうちに切り落とされていたか」
ロープの切れ端が、オレの手の上で落ちた。
「完全に逸れたってことか」
さて、どうしたものか。ここでジッとしていて、機を待つか――。
――ビシャ――。
豪雪の呻き声とは明らかに違う奇妙な音が耳をかすめた。
音がした方に視線を向けると、オレの方向感覚ではたしか湖があったはず。
「罅割れ?」
けげんな顔で湖を一瞥するが、まったく視界に景色が定まらない。
誰かが水面の上を歩いて、
たしかめようにも――。
「――っ?」
なにかに左足を掴まれ、ガクンと体が傾いていく。
「――ま、まさか……」
嫌な予感がよぎり、足元を見下ろすと、
愚僧
識った時には 黒龍 せせら笑う
聖母 金色の華厳を散らし
「……ぅ……ぉ……」
薄氷は完全にオレを飲み込むほどの大きさにヒビ割れていく。
慌てて手を伸ばしてみたが、気付いた時にはすでに半身が沈み、手は無情にも氷をかすっただけだった。
ズブズブと、全身は絶対零度への世界へと沈んでいった。
§ § § § § §
しばらくして、視界は暗く、何も見えない。
体を動かすにも、ちっともその反応がない。
さすがにあの状態ではデスペナも仕方がないな。
どうせこの暗転の先には、ホーム設定にしている魔宮庵の見慣れた木造住宅の――、
「冷たぁぁ?」
思わず悲鳴を上げ、上半身を起こした。
聞こえてきたのは、いまだ収まらぬ豪雪の呻き声。
――ということは……、
「もしかして、死んでない?」
頭を抱えながら、周りを一瞥してみると、
「きゃぁっ?」
どこかで見たような、というよりも先ほどまで一緒にいた少女と目が合った。
「フリソス?」
……なんでこんなところに? と首をかしげたが、
天魔交わる魔性の眉目
銀の姫髪は艶めく月のごとく
純白の凰の羽根をあしらった兜を頂いて
身にはキリリと鋼の
羊皮の靴には梅花の
見た目は一緒なのだけど、どうも別人っぽい?
「えっと、もしかしてフリソスが助けてくれたの?」
そう確かめてみるが、
「――っ」
目の前の、フリソスと思わしき少女は、わなわなと肩を震わせ、ジッとオレを睨み上げるや、
「こぅのぉ、不埒者ぉおおおおおおおおおおおっ!」
思いっきりオレの頬を引っ叩いた。
「おぶぅろぉ?」
その勢いでオレのからだは翻筋斗打って――、
ドボン――。
と、冷泉の中へと戻された。
「……ってっ! す、すみませんッ!」
「おぉっ! おぼ……! おぼぇ! ぁすぅ! おすぅけぇ! ぼぉすぇ!」
助けを求めるたびに冷水が口の中に入り、喉頭を冷たくしていく。
溺れた時は落ち着くことが第一条件とはよく言うが、
「ぉぅんぁよぉぅうぁぅぅぁあぁぁぁぁ」
口は水を飲み込み、意識が再び遠のいていく。
「[ブレイク・トルネード]ッ!」
一陣の
もしかして、オレを助けた時も、同じことをしたんだろうか……。
そんなことを脳裏に過ぎらせながら、オレは
〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓
「す、すみませんっ! ほんとうにすみませんっ!」
フリソスと思わしき少女は、氷上の上で土下座し、平謝りに謝って、オレに許しを請う。
「いや、助けてもらったのは感謝してるけど、なんでこんなめに遭わないといけないんだろうか?」
別にダメージは危惧するほどじゃないからよかったけど。
「そ、それはですね……あのぉ……、ちょうどあなたが湖に落ちるところを見かけて、慌ててさっきの魔法で助けたんですよ。そうしたらちょうどあたしの前に落ちる形になったんですけど」
ジッと、少女は頭を上げてオレを見上げるが、口をモゴモゴと動かすだけで何も言おうとしない。
「もしかして、オレ、何かした……?」
うん、こういうのってすごく嫌な予感しかしない。
というオレの考えは溝に捨てられたのか、
「まぁ、まぁ不慮の事故でしたから……、避けられなかったあたしも悪いといえば悪いといいますか――」
少女は頬を染め、外方を向いた。
「オレ、きみにいったいなにを
あわてふためくかたちでそうたずねてはみたものの、
「あ、あまりあたしの口でいうものじゃありませんから、気にしなくてもいいですよ」
少女はあはははと苦笑を浮かべた。いや、めちゃくちゃ気になるんですけど?
「うーん、まぁらちがあかないか……。ところで――」
オレは不貞腐れた声を上げながら、少女を一瞥する。
「きみの名前は?」
そうたずねると、
「アスィミ……といいます」
少女――アスィミはちいさく笑みを浮かべるように答えた。
そんな彼女を見ながら、オレはとりあえず確認したいことを聞く。
「――もしかしなくても、フリソスっていう似たようなプレイヤーとなんか関係あったりする?」
「あ、フリソスでしたら、あたしの
と答えてくれた。
即答だったのは、星天遊戯は基本的に同じ名前のプレイヤーがシステムの都合上存在しないからだ。
「双子ねぇ……。道理で似ているわけだ――」
それを聞きながら、オレはふぅと嘆息をついた。
ちょっと思ったけど、
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