第327話・生煮えとのこと


「あぁっと……」


「信じられないかもしれないけど、フリンクの言ってることは本当よ」


 オレが眉をしかめていると、ナツカが肩をすくめるように言った。


「あ、あの……それでしたらワタシとフレンドになってもらったほうがいいんじゃ? それでしたら簡易ステータスとか見れますし」


 フリンクは、なにを思って恥ずかしいのか、身をくねらせながら、


「それにワタシもシャミセンさんに興味がありますし」


 と上目遣いで言ってきた。


「まぁ、フレンドになるくらいだったら」


 フリンクに対してはすこしばかり興味があるのはたしかだ。それに断る理由もないな。

 それ以外思うところはないし、こちらからフレンド登録の申請を淡々と進めようとしていると、


「――えっ?」


 と、フリンクは、はてな……と小首をかしげながらオレを凝視した。


「……えっ?」


 オレも、なにか妙なことを言ったのだろうかと、首をかしげる。


「あ、あの……ナツカさん?」


「んっ、どうかした?」


 慌てた声で詰め寄るフリンクを、すがめるように見下ろすナツカ。


「そのぉ……もしかしてワタシのこと知らないんじゃ。あ、でもナツカさんもそうですけど、ほらセイエイさんとかビコウさんもそうですし、ケンレンさんとかも知られているみたいですから、もしかしたらって思ったんですけど」


「はて、フリンクって名前のプレイヤーは知らないってことなら申し訳ないと思うんだが?」


 そもそも周囲が強いプレイヤーばかりなだけで、ことほかのプレイヤーとかあまり知らないんだよなぁ。

 ビコウとかナツカやセイエイもそうだけど、ランキングとかまったく見ないし。

 眉をしかめていると、ナツカは笑いながら、


「別にシャミセンが気にすることじゃないわよ。ただこの子はちょっと形が違うわけ」


 と、ナツカは呵々と笑いながらフリンクの頭をなでた。


「んっ? 内容的に星天遊戯のトッププレイヤーとか、上位五十位内に入ってるとかそんなところか?」


「トップなんてあのチビザル以外にもごまんといるわよ。上位一桁なんてほとんどレベルカンストしてるから」


 マジかぁ、それなのになんでオレビコウ以外でカンストしているプレイヤーの名前とか知らないんだろ。


「そんなの単純にあなたが現実をゲームに費やしてないからでしょうよ」


 ナツカは長嘆するように言い返した。


「あぁ、言われてみればたしかに」


 よくよく考えたらほとんどゲームしないんだよなぁ。


「とまぁ、こんな具合に、あなたの名前を知らないってのも納得できるんじゃない?」


「あ、あのぉ……もしかしてシャミセンさんって、eスポーツの試合とか観戦されたりとかはしないんですか?」


「いや、テレビでやってるのを見たりはしてるけど」


 オレは腕を組むように、片眉をしかめながら言い返すと、フリンクはほっと安堵の表情を見せた。



 今更説明するほどではないが、エレクトリックスポーツ……通称[eスポーツ]はゲームを用いたスポーツだ。

 全世界のトッププレイヤーがしのぎを削りあい、優勝賞金一千万なんて大金も出るくらいで、サッカーや野球とは違い、運動神経が悪くても、ゲームの腕や体力、反射神経などの条件はあれど、はじめるためのハードルが低いことから年々競技人口が増え続けている。



「プロになるとスポンサー契約とかあるし、子供のなりたい職業にプロゲーマーがあるくらいだしなぁ」


「それだけ知っているならいいんだけどさ、フリンクって名前に聞き覚えはないの?」


「いや、あったらあったで反応はするでしょうよ?」


 話がふりだしに戻っている気がするんですが?


「そのぉ……[蒼狐ブルーフォックス]というチーム名に風聞ふうぶんはないでしょうか?」


 フリンクが困惑したような顔で聞いてきたが、


「あっとごめん。耳に挟んだこともないな」


「ぅうん、そうですか……」


 オレの言葉に、フリンクは落胆した。


「なんか悪いことしたかねぇ?」


「さっきも言ったけどシャミセンが気にすることじゃないわよ。そもそもサッカーに興味ない人にセリエAのチームに所属している選手の写真を見せて、名前を当てさせるようなものだしね」


 ナツカのたとえ話を聞き、


「たしかに――」


 とオレはうなずいてみせた。


「たとえばの話、グループの人数が多いアイドルグループだって、全員が全員平等に顔を知られているわけじゃないしね」


「あ、そういうことでしたら納得しました」


「またずいぶんとあっさり納得するんだね」


 オレがそうたずねると、金木犀フリンクはちいさく笑みをこぼすように、


「ほらよく言うじゃないですか、[坊主の戒名は知っていても俗称は知らぬ]って」


 と答える。――よく……言うのか?

 困窮とした視線でチラリとナツカを一瞥すると、


「たとえばシュエットさんの名前は聞いたことあっても本名は知らないわよね。そんな感じだと思えばいいわよ」


 と助言してくれた。


「ってことは、eスポーツそっちじゃ有名なわけ?」


「ワタシはそんなに有名じゃないですよ。強いて云えばクビコさんですかね」


 フリンクはそう苦笑を交えながら言う。

 とはいえ、名前を知らなければ顔も知らんので想像すらできんのだが。


「まぁ、世間話はあとあと。シュエットさんがギルドハウスに依頼を出したドロップアイテムって時間制限とか出現条件とかもあるから、狩りつくされる前に行きましょう」


 ナツカは手をたたき、オレとフリンクを自分に注目させる。

 たしかに、今はフリンクのことを掘り下げるよりは、ドロップアイテムのほうを優先しよう。



 @ @ @ @ @ @ @



 さて、目的の韻経山の麓へとやってきたのだが、その山を表すならば、



 霊気漂う山群に 冷気立ち籠る雲霞

 天を仰げど山際やまぎわを拝めず



 といった具合。


「りょ、稜線がまったく見えない」


 うしろへと下がりながら、遠近を合わせようとしても、まったく雲の隙間すらのぞかせない。


「麓でこれだとどれくらいの標高なのかわかったものじゃないですね」


 オレと同様、うしろへと下がりながら嶺を見ようとしているフリンク。


「この様子だと、クエスト内容に書いてあったとおりってところか」


 たしか雲の中って氷点下って話だから、陽光差しても凍った池の水が溶けないのは納得だな。


「あぁ、言っておくけどビコウの話だと、山頂までの道のりは濃霧のち豪雪、場合によっては雷雨があるでしょうみたいよ」


「天気予報みたいなことを言うんだな」


 そうあきれた顔で言ったのだが、


「いや実際そうだしね。それにビコウが云ってたんだけど、バトルデバッグで一番きついのってフィールドにでて実際にモンスターと戦うことみたいよ」


 ナツカは苦笑を見せた。


「どういうこと?」


 今日も今日とてフィールドに出て、MOBの行動パターンとかを確認していたみたいだけど?


「もしかしてフィールドの天候によっては倒せたり、そうでない場合もあるということですか?」


 オレが首をかしげていると、フリンクがそう口にした。


「たとえば素早くて体色が白い兎のモンスターが豪雪の中で出てきてみなさい。見失ったり最悪足元を掬われてお陀仏よ」


「もしかすると今から登る山にもそういうのがいるかもしれんってことか。そういうことなら気を付けるに……」


 ふと、オレの頭に妙案がよぎった。

 ワンシアを召喚して、探索スキルを使って道案内とかモンスターが出てきたのかとか探らせればいいんじゃない?

 うん、そうと決まれば早速……、


「云っておくけど、雨の中でにおいを探すとかムリだからね」


 ナツカがオレの動きを一言で止めた。


「…………っ」


 恨めしそうにナツカを見据えるが、さほど気にする様子もなく、


「どうせワンシアを使って探索とかしようとしたんだろうけど、犬も自慢の鼻が使えないんじじゃ役にも立たないわよ」


 両手を腰に添え、こちらの考えなど見透かしていたといった感じでため息交じりに憫笑した。


「……噂では狐狗狸の合成獣だとお聞きしましたが、そ、そんなに頼れるんですか?」


 ワンシアに興味があるのか、フリンクが目を輝かせる。


「まぁ頼りになるかといえば結構助けてもらっていたりするしなぁ」


「それより二人とも、好い加減山に登らないと」


 ナツカにそういわれ、オレとフリンクともども、山の入り口に建てられている鳥居へと歩き出した。



 鳥居を潜り抜けようと、足を踏み入れてみると、



[この先はレベル30以上のプレイヤーのみが入ることができます]



 レベル制限による入場制限の警告アナウンスが現れてから、



[あなたはレベル35ですので、条件をクリアしています。

 お気をつけてお進みください]



 条件がクリアされたというアナウンスがポップされた。

 鳥居を抜け終えると、そこには一面真っ白(画面をホワイトにした手抜きじゃね? って思うくらい)銀世……、


「わふぅっ?」


 強烈な向かい風が全身に襲い掛かり、足を踏みしめるが健闘むなしくダンジョンから外へと吐き出された。


「あぁ、やっぱりねぇ」


 仰向けになって倒れているオレを、ナツカはさぞ納得したかのような声で見下ろしている。

 というか全身雪まみれですごい不快だ。


「人を実験材料にするんじゃないよ」


 それこそしとどの子犬が周りに水しぶきを飛ばすように体を震わせ、いててて……と頭をさすりながら、オレはその場で胡坐を組んだ。


「あの、大丈夫ですか?」


「大丈夫。別にHPが減ったわけではないみたいだし」


 心配そうにオレを見るフリンクに、そう答える。


「で、ナツカさん。なにか山に登るには条件がございまして?」


 オレが皮肉たっぷりな声色で訊ねるや、


「あるわよ。[定鳳丹ていほうたん]っていうアイテムがあってね。一粒呑めばあら不思議、芭蕉扇が巽を背にして扇いだとしても、杭が打たれたようにビクともしない」


 含み笑いを浮かべながらナツカは答えた。

 そんな便利なアイテムがあるなら、なんで鳥居をくぐる前にくれなかったのだろうか。


「そんな恨めしそうに人を見ないの。そもそもうちのギルドにいるプレイヤーに悪天候付きのフィールドを裸で歩き回らせるような危険なことさせないわよ。[定鳳丹]は常備してるけど、これって結構値段がシビアでね」


 ちなみにおいくら? と尋ねてみると、


「あっと有料で百粒パックが一千円。無償だとその一万倍ってところかしら」


 あっけらかんとした顔で言うのだった。


「――――はい?」


 ナツカの言葉が信じられず、オレはけげんな表情を浮かべた。


「あっと、単純計算として百粒が有料だと一千円なんだよな?」


「そうなると一粒単価一十円ってことですから……、一粒一十万N?」


 フリンクがギョッと悲鳴を上げる。なにその馬鹿げた値段設定。


「いや、信じられないって顔してるけどさ、実際有料アイテムが無償で購入できるゲームってあんまり聞かないわよ。しかも有料アイテムは基本的にトレードできない仕様だしね」


 まぁたしかにそうなんだけど、でもよくよく考えたら一円が一万Nって計算になるから、トップの人たちはおおむね一週間くらいで一千万とかポンっとたまるんでしょうな。


「んっ? それならナツカが持ってるのは有料なんじゃ?」


 たしか無(理のない)課金って本人が言っていたはず。


「いやさっきも言ったけど、有料アイテムを無償でも買えるって言ったでしょ? 値段がおかしいだけで。それにこういうアイテムって探索に必要だからギルドの活動資産としては重宝されるのよ。それを買うための資金も貯えがあるから大丈夫」


 あっと、以前NODでセイフウが云っていたことだけど、たしかギルドに所属しているプレイヤーは、ギルドが受諾したクエストで得た金銭やアイテムとかを納金する義務があるんだっけか。


「納税ってどれくらいなの?」


「ギルドを継続するためにギルドハウスに収めるのが月収支の10%。ギルド単位で納めるのは月収支の50パーセントくらいかしらね。アイテムに関してはすぐに手に入るやつなら手に入れたプレイヤーのもの。レア装備とかは一度ギルドに収めてから、ドロップしたプレイヤーに対していくらで買い戻すかでやってる。もちろん……ワタシや白水が持っている無償クリスタルでレベルアップしたものをね」


 ナツカはニンマリとオレを見据える。


「納税額があまりよくわからんのだけど」


 話をそらすように訊ねるや、


「っとワタシの場合だと、仕事で忙しくてログインできなかった日を除けば、大体一日平均十万N収支だとして、一ヶ月換算で三百万N。その半分で百五十万と三十万がひかれた金額になるかしら」


 そう答えるナツカに、


「取られすぎなんじゃ?」


 トップならとにかくとして、双子みたいに時間がない子だっているわけだしなぁ。


「あのねぇ、シャミセン? 平日会社勤めの社会人がやれそれとMMORPGにログインなんてできないし、ログイン時間制限が課せられている星天遊戯だと、モンスターからのドロップで得たアイテムをほかのプレイヤーに売買する以外で手に入れられるお金なんて高が知れてるわよ」


 ナツカはあきれ顔で肩をすくめた。


「それとうちのギルドってワタシや双子みたいに戦闘に特化したチーム編成と、白水みたいな生産系プレイヤーで構成されたチームの二つに分かれてるのよ。ヒーラー(回復を主にした魔法ストック構成にしているプレイヤー)は戦闘に必須だからある意味引っ張りだこ。ほかのギルドに委託されるなんてこともしょっちゅうだしね」


 ちなみにレンタル料は、その時に手に入れた金銭の10%らしい。


「さっき言った納税額だけど、あくまでギルドマスターであるワタシが納める場合の話。言っておくけど一月計算で一日換算が一万に満たない人は納税額10%ってところかしら」


 そうなると一日300Nしか得られなくても、納める金額は900N(月9,000Nとして)ってことか。


「おもったより親切なんだな」


 9,000なんて戦闘したりドロップしたアイテムを売ったりすれば二、三日でたまりそうだ。


「まぁあれよ、一般的な話うちはNPO団体に近いものがあるからね」


「えっと、どういうこと?」


「NPO団体も会社といえば会社に相違ないんだけど、基本仕事で得た収支は活動のための資金になるのよ。つまり解散とかになったら、現在残っている資産を国に戻さないといけないわけ」


「つまりギルドに収めている金銭は運営に必要だから納めているってことか」


「そういうこと。それにほかのギルドから攻略に必要なスキルを持っているプレイヤーを融通してもらったり、やビコウたちやシュエットさん、ローロさんみたいな無所属のプレイヤーもいるからね。こちらから臨時として手伝ってもらう時も依頼金とか払わないとけないから。まぁみんな二つ返事でそんなに金銭を強請ったりしてこないのが救いだけど」


 なんかいろいろとギルド運営のことが聞けて勉強になったと思ったのと、


「……ビコウやセイエイ、テンポウとケンレンって個人資産どんだけあるんだ?」


 という、触れてはいけないなにかを知ったような悪寒を感じた。


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