第326話・金木犀とのこと
翌日、午前中は起床した後、たまっていた大学でのレポートを片付け、昼食をとってから星天遊戯にログイン。
届いているメッセージを確認してみると、
◇シュエットさまから[クエストの依頼]がギルドハウスに届いています。
と、運営を通してメッセージが届いていた。
「クエストの依頼?」
はてな……と首をかしげる。
たしか欲しいアイテムやフレンド以外での
オレの場合、シュエットさんとはフレンド設定にしていたから、それと似たようなものが届いたってことか。
◇アイテム採取の依頼
[
また一定量を持参された方には、こちらからお礼としてそのアイテムを施した
クエストの報酬が、そのアイテムを使ってのマントとは、いかにもシュエットさんらしい。
「えっと、たしか東のほうにあるんだっけ?」
はじまりの町を中心として、魔宮庵からだと結構離れている。
しかも送られてきたのはどうも今日の朝六時くらいだから、あらがた食い尽くされていそうな気がして、あまり行く気にならない。
「あれ? シャミセンさん、ログインしてたんですね」
声が聞こえそちらに視線を向けると、
見た目はまさに、プール授業が終わり、教室で女子児童が男子から見えないよう、ポンチョのようにバスタオルを羽織って中で着替えているような雰囲気。
……と、想像しておいてなんだけど、あれって結構技術いるよなぁと思い笑いを浮かべた。
「どうかしました?」
そんなオレの失礼な想像なんぞ知る由もなく、ビコウはキョトンとした顔で首をかしげた。
「あぁ……いや、ところでなんでこっちに?」
「今仕方この周辺に出てくるMOB(雑魚モンスター)を、上昇値の低い初期装備でテストしていたんですよ。ついでに言うと徒手空拳です」
それを聞いて、オレはローブの中に隠された彼女の服装を想像した。
まぁビコウの場合、ここらへんのモンスターはもはやそれくらいしないと一撃で倒してしまうわけか。
たしかビコウの初期職業は武道家だったから、
「デバッグかなにか?」
「それもありますけど、きちんとドロップアイテムが出るかどうかの確認が主ですね。あとはプレイヤーが不正をしていないかどうかの監視も兼ねて」
ビコウはオレのところへと歩み寄るや、ちいさく会釈し、スッと座についた。
「ところでビコウに聞きたいんだけど、[
そうたずねるや、ビコウはけげんそうに、
「もしかしてシュエットさんがギルドハウスに依頼を出したクエストのことですか?」
と聞き返した。
「そうだけど、もしかして
オレがいやそうな顔を見せるや、ビコウはカラカラと笑いながら、
「そんなたいそうなものじゃないですよ。ただ単純に山の麓にレベル制限の鳥居が建てられているだけですよ」
と言い、つなげるように、
「たしかレベル30以上じゃないと入れないように設定されてますね」
と言った。
「なんだ。心配して損した」
オレはそれを聞くと、安堵の念を払うみたいに肩をすくめた。
「まぁ……中腹までがそうであって、奥のほうはそうじゃないんですけどね」
ビコウが意味ありげな雰囲気で言う。
「あ、でもクエストに必要なアイテムをドロップするモンスターが出るのが中腹だってかいてあったから大丈夫なんじゃ?」
「シャミセンさん、山の中腹って云うのは山のふもとから山頂の間のことを言いますよね」
それがどうかし……と聞き返そうとしたが、
「その湖がある場所がレベル制限されている場合もあるってことか?」
オレがそう言うや、心猿はコクリと
「そういうことです。ダンジョンって奥に行くほど難しくなるじゃないですか。それと一緒ですよ」
ビコウはそう説明しながら、オレの顔を覗き込んだ。
「だけどシャミセンさんの場合、状態異常はあまり危惧してないじゃないですか」
クエストで手に入る装備品を予想しながら、ビコウはオレが装備している法着に視線を移す。
「そうなんだけどねぇ。ところで[氷蚕の絹糸]で編んだローブってどんな感じなの?」
「わたしは持ってませんけど、スタッフの話では冷水を被っても濡れることなく、熱射に当てられても汗ひとつかかないらしいです」
「ビコウが持っている[
「それと似たようなものですけど、さすがに呼吸を確保できていないと死にますよ」
ビコウは苦笑を浮かべる。
先に述べたビコウのユニークスキルは、水や火だけを避けるから酸素はそのままの状態で残る。水中で行動ができる[アクアラング]という魔法を体現スキルにしたのがそれだ。
「話によると炎とか豪雪を避ける魔法もあるみたいだしな」
「あぁ、それなら[フレイムラング]とか[スノゥラング]がそれにあたりますね」
[フレイムラング]は炎を避け、[スノゥラング]は暴風雪の中でも凍えることなく先が見えるようになるらしい。
「まぁ素材アイテムって今は必要としなくても、後々持っていて損はないと思いますよ」
「宝の持ち腐れっていう言葉もあるけど?」
聞くや、ビコウはカラカラと、
「『材あれど作れる人
口元に手をそえながら笑った。まぁそんなところだな。
オレはとにかくとして、ビコウは運営側のプレイヤーだとしても、実際は素でレベル50カンストのトッププレイヤーだから、かなりの量の素材アイテムを持っているはずだし、財力もオレが登録しているフレンドの中では一番ある。
「今回のドロップアイテムは素材だけ持っておくってのもありかね」
「わたしとしてはほかの装備品を持っておいたほうがいい気がしますけどね」|
チラリとオレを見るビコウに、
「オレ、あんまり装備品って持ってないよな?」
と言い返した。
「持っていない……というよりは持たなすぎなんですよ。いやシャミセンさんが装備しているアイテムの質がいいに越したことはないですけど、最悪耐久性とかが付与されていたらほとんど
心猿は、はぁ……と愛想笑いを浮かべた。
「いわれてみればたしかに」
オレが装備しているやつなんて、ほとんどマミマミから[紫雲の法衣]を取り戻すために、シュエットさんやローロさん、白水さんからこしらえてもらった装備品だしなぁ。
「よし、[氷蚕の絹糸]を手に入れて、装備品をこしらえてもらおう」
そうと決まれば……まずは――、
「あ、わたしはMOBの確認で、夕方からのバイトまで束縛されてますから」
視線を向けるや、誘う前に断られた。
「うーん、ビコウが一緒だったら結構楽だと思ったんだけどなぁ」
「そうはいっても、わたしだってお誘いを断るのは心苦しいですからね。そうじゃなくてもいろいろと調整しないといけない部分が……んっ?」
ビコウはオレから視線をそらすように横を向くや、はて……といったようなけげんな顔をうかべた。
「どうかしたのか?」
「……いや、今日は日曜日だからログインしていてもおかしくはないんですけど」
片眉をしかめながら、虚空にウィンドゥを展開させるや、キーボードデバイスを表示させ文字を打ち込んでいく。
「誰かからメッセージが来たとか?」
「今し方ナツカからメッセージが来て『パーティー組めない?』ってやつですね」
ふと、何を思ったのか心猿はオレのほうを一瞥すると、タンッとキーボードをたたき終えてからしばらくすると、
「……あ、OKだそうです」
としたり顔。
「……はぁ?」
あぜんとした顔でビコウを見る。
「いやだから、シャミセンさんは一人だとあれだからわたしを誘ったんですよね?」
「……そうだけど?」
「でもわたしはデバッグで忙しいので、惜しむらくは誘いを
「まぁそれは仕方な――」
オレは、ビコウの言葉の意義に気付くや、叩頭するように、
「もしかして、ナツカにそれを伝えたら、OKがでたってわけか?」
困惑した声色でそう訊ねると、金仙はされど悪気など微塵もなさそうに、
「そうですけど、まぁナツカのほうも快諾してるんですからいいじゃないですか」
と
¶ ¶ ¶ ¶ ¶
さて、ビコウ本人が気付いていたかどうかはわからないが、どうして彼女を誘おうと思ったのか、
ドロップアイテムが出るかどうかは、結局は時の運だからしようがないのだけど、やはり運が良ければそれだけドロップする確率も上昇するはず。
「とはいっても、結構距離があるんだよなぁ」
魔宮庵を出て、東へと進んでいく。
周りには日曜日ということもあってか、プレイヤーの数が多いこと多いこと。
何合も打ち合いながら、モンスターはプレイヤーと戯れておられる。
とはいえ、オレはというと[月姫の法衣]のおかげで周りからは見えておりません。
ここら辺で出てくるモンスターに犬種がいないから、
ゴォッとなにかが燃えたような音が聞こえ、さらには
ザシュッ――。
「…………っ」
ピン……と、オレの足先に――それこそあと一歩踏み出していたら足の甲に突き刺さっていたかもしれないピンポイントに矢が地面を射抜いた。
「…………ッ」
ダラダラダラダラと、オレの全身が警告するように脂汗が噴きだしていた。
しかもこれがVRではなく、現実でオレの身体に起きているのだ。
「あら?」
大人びた女性の声が聞こえ、そちらへと視線を向けると、
見たもの
聖騎士の
ふくよかな胸元まである
右手に
この美闘士なんと申されるとたずねれば
みな口先そろえて、
すこしばかり、そのナツカを見据えるや、彼女はすがめるように、
「あっと、当たらなくてよかったわね」
と、オレの足元に刺さっている矢を見すえながら苦笑した。
「はて? ナツカがやったわけじゃないよな?」
ナツカが今持っている得物に弓矢はないようだし。
「あぁっと、たぶんアタシじゃなくて……」
ナツカは申し訳なさそうな顔色で、うしろのほうへと振り向いた。
そこには一人の女の子がいて、
天使のような可憐な風貌
頭上の帽子のベルトは深紅に染まり
ハイウエストの
身に纏う
凛呼とした出で立ち
といったところ。
「あ、あの……もしかしてワタシの矢がそちらに?」
おどおどとした声色で、ナツカが視線を向けた先にいる少女が申し訳なさそうに聞いてきた。
「いや、当たらなかったからいいんだけど」
そう答えると、金髪の少女はほっと胸を撫で下ろした。
「あのねぇフリンク。当たらなかったからよかったけど、もし当たってでもしたら、あんたの息の根止まってたかもしれないわよ」
ナツカがおどろおどろしくそう脅す。
「ひぃっ?」
それを素直に、フリンクと呼ばれた金髪の少女は、息を詰まらせた。
変な想像をしたのか、フリンクはぶるぶると震えながら、オレを見据える。
「おい、さすがにそこまでしないから」
オレは弁明するようにナツカに言い返した。
というか見たところ双子とか猟犬と同い年くらいか。
ジッとフリンクを見ていたせいか、彼女はオレを見上げるようにのぞき込むや、
「あの……先ほどは本当にすみませんでした」
深々と頭を下げた。
「いや気にしてないから」
オレは、チラリとナツカのほうを見据えながら、
「ところでオレとパーティーを組んでくれるらしいけど?」
とたずねた。
「あぁ、そんな話だったわね。シャミセンが来るまでこの子のスキルアップに付き合ってたのよ」
ナツカは、なにを思ったかポンと手を鳴らすや、
「そうだわ、この子も連れていきましょう」
と口にした。
「つかぬことをお聞きしますがねナツカさんや、今から行く場所はレベル30以上じゃないと入れないところなのですが?」
どう見てもレベル一桁か、よくて20台くらいなんだけど。
「あぁ、大丈夫よ。……彼女あんたよりレベル高いから」
ナツカはそれこそ嘆息するように言い放った。
「はいっ?」
それが信じられず、フリンクを凝視すると、
「あ、あの……烏滸がましいことかと思いますが、先日レベル38になりました」
はにかむように告げるのだった。
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