第310話・褜とのこと


「――無理って?」


 まだ具体的な依頼内容もなにも言っていないのに、いきなり却下されるのはいかがなものだろうか。


「なにか理由でも?」


「ビコウ、お前が星天遊戯でやろうとしていたイベントのデータをオレがハッキングしてNODでやったことは覚えているだろう?」


 オレが聞いてるのに、黑客は義妹であるビコウのほうを見据える。

 おい、人の話を聞くときは、相手を見ろって教えてもらってないのか?


「覚えてるもなにも、そのことでNODどころか星天遊戯でも勘付いたプレイヤーからバッシングが山ほどあったんだけど?」


 ビコウはムッとした顔で、黑客を睨み上げる。


「それならおれが、どうしてシャミセンさんからの依頼を断っているのかもわかるだろう」


「いや、だから――」


 黑客に詰め寄ろうとしていたビコウだったが、次第に表情を曇らせていった。


「そういうこと?」


「どういうこと――ですか?」


 黑客の言い分に納得のいっているビコウとは対照的に、腑に落ちないといった顔で、ジンリンはビコウと黒客を交互に見渡している。


「あのね、いちおう言い訳をすると、川の水を飲むと妊娠とはいかなくても毒なり全身麻痺みたいなバッドステータスがかかるイベントは、もともとランダムイベントで発生しようがしまいがきちんと攻略フラグなり情報は提示できるように設定はしていたの。だけど社長フチンや星天遊戯のスタッフリーダーであるボース義兄さんから話の内容が非人道的だってことで訂正を食らっていたのよ」


「それならその訂正だけにすればよかったんじゃ?」


 ナツカが片眉をしかめるように、肩をすくめる。


「いや、それだとなんか雑誌掲載時には卑猥な言葉や表現をしているのに、単行本になると修正して逃げてるってことがなんともむずかゆくてね、それならいっそのことそのイベントを削除したほうがいいんじゃないかってしたんですけど」


「それがなぜか削除されず星天遊戯のゲームサーバーにあった。それを黑客が釣り上げて、NODでゲリライベントにしたってわけか」


 オレはそこまで話をしてから――、


「もしかして、NODのほうもハッキング済だった――とか?」


 そう問いかけるや、シダさんと黑客は、互いに違うほうへと外方を向いた。

 えっと……、なにこの反応?


「それじゃなくても、もしかしてボクのことや――魔女のことも既に把握済というか、把握した上でどうしようもないってこと?」


 ジンリンが唖然としたおそるおそる言葉を発する。


「まぁわかりやすくいうと、いまの状況下においては、シャミセンさんがムッカ義兄さんにお願いしようとしていることは【狡兎こうく死して走狗そうく煮らる】に他ならないんですよ」


 ビコウの困惑した表情を横目に、言葉の意味がわからなかったオレは、ナツカや白水さんに視線を向けるように助け舟を要求した。


「獲物であるウサギが死ぬと猟犬が不要になって煮え食べられてしまうことから、敵が滅びてしまうと有能な家臣も見捨てられて殺されてしまうことのたとえ――ですね」


 白水さんが説明してくれたのだが、なるほどなぁ、なるほどなぁ……。


「つまり、この作戦に重要となっている黒客は役に立ちそうにないってことか」


 そう眇めるように黑客を見据えると、黑客はコクリとうなずいてみせた。


「今回のことは兄者や妹者から詳細を聞いてはいたからな、協力をしたいとは思ってはいるのだが、いかんせんそのデータを見つけたとしてもプロテクトが張られていれば、時間がかかってしまう」


「プレイヤーのアカウントデータっていうのは顧客情報みたいなものだから、厳重に保護されているのが常だろうしね」


「それにプロテクトを解除しようにも、NODのゲームサーバーに組み込まれているマスターコードが解読不可能ですからな」


 それってゲーム全体に必要なものだと思うんだけど、


「ところで星天遊戯でのデータってどうやってハッキングしたんですかね?」


 黑客にそう訊ねると、黑客は眉をしかめるように、


「おれがハッキングできたのはあくまでゲーム内で使われるマップやイベントデータでしかなくてな、ジンリンや此度の魔女はプレイヤーデータに該当するから、それが保存されているマスターデータは、さっきシダさんが言ったとおり、ゲームのマスターコードが解析できないとまず観覧すら不可能だ」


 ――と、答えた。


「だけど魔女はそのマスターコードを解読している可能性がある」


 ジンリンの言葉通りなら、そうなるのだけど……。

 なんだろうか、妙に引っかかりを感じる。


「殺したプレイヤーのアバターに取り憑き、悪さをしているという話だからな。所有しているVRギアをハッキングして外部からやっているのか、それともNODのマスターコードを解析して、内部から犯行を行っているのか」


 黑客は「うむ……」と腕を組むようにして喉を唸らせる。


「そのふたつのどちらか……いや、もうひとつジンリンと魔女をVRギアのテスターに抽選した時、手を加えた人物がいて、その人が今回の事件に一枚噛んでいるかもしれないってことだ」


「たしかに、ボクがVRギアのテスターに選ばれたのは、本来ならランダムで選ばれていたはずだからね。それから魔女と一緒に選ばれるのなんて、それこそ応募数分の二の確立になるから」


「遭遇する確立も低いってことか――」


 ビコウがオレに視線を向けているのを感じ、そちらへと向けるや、


「そういえばナツカからメールで聞きましたけど、魔女がつかった魔法についてなにか取っ掛かりが見つかったとか」


 そう聞かれ、オレはナツカを見据えた。


「いや、取っ掛かりというか魔女が使った文字を解読してみたんだが、どうも違っているみたいでな」


 オレは魔法盤を取り出し、ダイアルを回し始めた。



 【WNJFFYW】



 魔法盤が展開されたのだが、特になにかが起きたという変化はなし。


「やっぱり魔女じゃないと使えないってことかなぁ」


 ジンリンが困り果てた顔で言う。


「***、もうひとつのほうは?」


 そういわれ、再び魔法盤のダイアルを回していく。



 【FVZCNZQ】



 もうひとつの、【侵食erosion】を意味する魔法文字を展開させるが、


「見たところなにか変化はあるか?」


 ためしにビコウに問いかけてみると、


「いや、特にないですね。いちおう魔法文字に関しては全部を持っていないとはいえほとんど見終わったようなものなので言えますけど、これって領地を侵すって意味に使われるほうですよね?」


 なんでこんなすぐに翻訳できるのかと思ったが、おそらくNODを起動させている裏で、翻訳ソフトも起動させていたのだろう。


「それなら【浸食】のほうもためしてみたらどうですか?」


 そういわれ、オレは三度魔法盤のダイアルを回してみるのだが――、


「スペル教えて」


 とビコウに懇願する。


「あっと……*******――」


 ビコウが言葉を発するのだが、


「なんでNGになるんですかねぇぇええええっ?」


 と苛立ちを露見させるように地団太を踏んだ。

 もしかして情報NGとかそんなところか?


「でも***、昨夜ナツカさんにしたときは発動していたよね?」


「たしかに実際は周りが動かなくなってはいたけど」


「今は部屋の中にいるから、魔法効果が無効になっているってところだろうね」


 ナツカの言うとおりなら、部屋の中ではあまり使える魔法文字が移動関係のやつくらいなんだろうな。


「ところで、さきほどからなにをお考えなんですか?」


 白水さんが、黑客のほうへと声をかける。


「いや、魔女が使った魔法文字になにか関連性があるのかと思い考えていたのですが、元となっているスペルには重なった文字がいくつかありますね」


「えっと【TIMEEAT】だと、[T]と[E]の二文字。【erosion】だと[O]の文字が重なりますけど?」


 ジンリンがそう口にする。


「これって、なにか引っかかりませんかね?」


 黑客の言葉に、オレはビコウたちを見据えた。


「[ETO]……干支?」


「ちょ、ちょっと待って***ッ? 干支ってたしか」


 ジンリンがハッと声を張り上げると、その意味に気付いたオレが――、


「第二フィールドのクエストに必要だった十二枚のカード」


「サイレント・ノーツでわたしがクリアできなかった十二宮のカード」


 とビコウと言葉は違えど、意味的には同じことを同時に叫んだ。


「たしかに引っかかりはありますが」


「でもそのイベントだって、もともとはサイレント・ノーツでのイベントをリメイクしたようなものなんでしょ?」


 たしかにナツカの言うとおり、これはあくまでサイレント・ノーツでのイベントを再利用したに過ぎない。


「でも結局はフィールドクエストに必要なアイテムって割には全部集めなくてもよかったってことになるけどね」


「まぁそのカードはもともと、ケツバのところで魔法の箒を手に入れるための条件アイテムとしての扱いでしたからね。全部を集める必要はなかったと言ったところでしょう」


 うーん、なんか全部集めないといけないって勝手に思っていたが、まぁ今となっては宝の――、


「そういえば、オレが持ってるカードでなんか情報が提示されてたな」


 ためしにアイテムストレージから、所有している【ウィロードッグのカード】の情報をあらためて見てみる。



 ◇【ウィロードッグのカード】/アイテム/ランクR

  ・柳の絵が描かれたカード。

  ・カードには文字が刻まれている。

  ・QZCFANQM YQM CDQ



 前に見た時と同じ情報。


「たしか、書かれている文字は[nosewind and sun]――【北風と太陽】だっけか」


「たしか、ヴルトラの湖でティーガ・マハトたちと戦闘した時に手に入れたカードもあったはずだから、そっちのほうはどうなの?」


 ジンリンにそういわれ、確認してみたが――、



 ◇【ジュファモンキーのカード】/アイテム/ランクR

  ・菊とサルの絵が描かれたカード。



 アイテムの情報だけで、特に目立った部分はない。


「それじゃぁ、セイエイさんがヤンイェンをテイム化した時の戦闘で手に入れたのは偶然だったのかな?」


 それすら魔女の手の平の上って気がしなくもないが、


「というか、いまだにどうして手に入れたのかすらわからんし」


 あの時の戦闘を思い出しても、まったくフラグというフラグはなかったし。


「というか、恋華から聞きましたけど、その時のヤンイェンって[モノヴェール]という緑毛翠眼のサルとして出てきたって」


 ビコウがけげんなかおつきで言った。


「たしかにそうだけど……」


「それがレアアイテムを持っているキーモンスターなら、そもそも手に入れるのって[サル]の絵が描かれたカードだったんじゃないですか?」


 言われてみればたしかに、でも手に入れたのは[サル]ではなく[イヌ]のカード。


「それに他のカードには【ウィロードッグのカード】みたいな追加の情報はないってことは、それとは違うなにかがあるってことじゃないかな?」


 違うなにかか……。


「そういえば【北風と太陽】ってそもそもどんな話でしたっけ?」


「あっと、ある旅人を見つけた北風と太陽が、どちらが旅人の服を脱がすか競争をしたって話だったよね?」


「ありゃ? そういえば、その時にセイエイが第二フィールドのことをジンリンに聞いたら、妙な反応を見せてたけど」


 チラリとジンリンに視線を向けると、


「あぁ、今だから話すけどね、北の沼地に行くにしてもレベル的には難しいかなって思ったんだよ」


 と言葉を弄した。


「それじゃなくても、セイエイさんの性格上、たぶんレベルとか関係なしに突っ込みそうな雰囲気だったから、言葉を濁らせて抑止したってところかな」


 あぁ、それなら納得。


「恋華のやつ、もしかしてNODでも百尺竿頭ひゃくしゃくかんとう一歩を進めて失敗してたりするのか?」


 黑客が姪っ子であるセイエイのことをけげんなかおつきでビコウに訊ねる。


「いやNODのほうはわたしも一緒にプレイしていることがあるからそれはないけど、魔法武器を練成してそれで攻撃している時のほうが多い気がする」


 と、ビコウはため息混じりに答えた。

 うーん、こういう話をしていると、猟犬がログインしてきそうな雰囲気なんだけど。

 ちらりとフレンドリストをチェックしようとしたときだった。



 ◇セイエイさまがプレイヤーの部屋に訪問されました。

 ◇部屋の主が在室ですので、フレンドプレイヤーを部屋に入れることが可能です。入室を許可しますか?

  ・【はい】/【いいえ】



 セイエイがログインと同時に、オレの部屋に遊びに来たという情報がポップされる。

 まぁ別に拒否する理由もないし、そのまま【はい】を選択。



「…………っ」


 入ってきた猟犬……もといセイエイの表情がどことなく怒っているように見えるのは気のせいでしょうか?


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