第311話・幽玄とのこと


 人の部屋に入ってきて早々、すごく不機嫌な雰囲気をかもしだしているセイエイ。


「恋華、あんたわたしやサクラと一緒に夕食食べてるときは好きなおかずだったから機嫌よかったのに、わたしがNODにログインしてからなんかあったの?」


 一緒に暮らしているビコウが、セイエイの苛立ちを宥めるように穏やかな声でそう訊ねるや、


「おねえちゃんがリビングを出て行ったあと、サクラと一緒に食器の後片付けをしてから、自分の部屋で寛ぎながらスマホで動画サイトの生放送を見てたんだけど、無料会員だからいいところで追い出されて、しかたないから綾姫から教えてもらったフリーホラーゲームの実況プレイ動画を見てたら、再生中にゲームアプリの広告が画面に流れて、邪魔だから広告をスキップして動画の続きを見ようとしたら間違ってそのゲームのサイトにアクセスした。でもそのゲーム18歳以上はプレイしちゃダメだって出てきて、プレイできないなら仕方ないって戻ろうと思ったら、不正アクセスの警告がなってブラウザバッグしようとしたら、またその警告画面がなって……」


「あっと、つまり動画サイトを見ていたブラウザタグのほうにその警告ページが現われて、しかもタグを消さない以上は消えない状況になったと」


 白水さんがセイエイが不機嫌な理由を察する。

 セイエイはうなずいてみせると、


「しかもなにも有料会員にもなっていないのに、動画観覧に十万円振り込まないといけないとかわけのわからないのまで出てくるし、いきなりカメラのシャッター音が鳴って[あなたの顔写真を撮りました]とか出てくるし」


 セイエイの言葉言葉に棘が出てきた。

 こういう方法で人を騙すみたいなことをボースさんなり、誰かから聞いていたのだろう。

 まったく知らない人だと、いきなりカメラのシャッターが鳴ると本当に撮られたんじゃないかと思って、ますます信じるらしいからなぁ。


「あぁ、だから不機嫌なのか」


 セイエイから不機嫌な理由を聞くや、ビコウは苦笑を浮かべる。


「恋華って自分の中で納得のいくことは気にしないけど、その逆だとすごい不機嫌になるからね」


「それにしても典型的な振り込め詐欺ですな」


 シダさんの言うとおり、振り込め詐欺に他ならない。


「でも、これだけ情報が跋扈してる時代なのに、いまだにこういう方法で騙されている人もいるのが現状ですからねぇ」


 白水さんはそういうのだが、こういうことに遭遇しても基本無視してるからまったく考えたことがないので、振り込め詐欺にあった人の気持ちを考えろといわれるとちょっと困る。


「……なんでシダさんとムッカ叔父さんがいるの?」


 愚痴をこぼして少ながらずとも気分が晴れたのか、オレの部屋を見渡していたセイエイが、シダさんと黑客を見据えるように首をかしげた。


「あぁ、オレが呼んだというか、昨夜シダさんに相談したことがあってな。まぁ結論から言って六日のあやめ、、、ってところでなぁ」


「……綾姫がどうかしたの?」


 セイエイはオレのほうへと振り返り、そう聞き返した。


「あぁっと恋華、そっちじゃなくて植物のほうの菖蒲あやめ五月五日端午の節句に必要な菖蒲あやめを翌日の六日に飾っても意味が無いってこと」


 ビコウがそう説明すると、セイエイは言葉の意味に納得がいったのか、ポンと手を叩いた。


「しかしそうなるとどうもこうもいかなくなってきたなぁ」


 オレが困窮とした声で言うや、


「思ったんだけど、ジンリンとシャミセンって昔なじみだったんだよね? シャミセンはジンリンの家って知らないの?」


 と、ビコウから、オレが黑客に頼もうとしていた依頼内容を聞いていたセイエイが、オレにそうたずねた。


「いや、オレが知ってるのはあくまで高校の時までの話でな、兄であるローロさんに関しては今どこに住んでいるのか知らないし、母親も葬式以来ほとんどあったことが無いから」


「つまり、***がボクのお母さんに会うにも詳細がわからずしまいってことか」


 ジンリンが困苦としたため息をついた。


「しかも調べてもらおうとしたことも既に調べつくされていたわけだけど」


 オレが肩をすくめるや、


「あっと、たしかにサーバーからプレイヤーの個人情報を得ることは無理だが、ログイン情報を得られないとは言っていないぞ」


 と黑客はキッパリと言った。


「――え?」


 オレは、それこそ素っ頓狂な声をあげ、黑客を見据えた。


「それってもしかして、ログインした時のVRギアのIPデータが調べられるってこと?」


 ビコウも予想していなかったのか、驚きを禁じ得ないようだ。


「そもそもVRギアの所有者がVRMMORPGで二重アカウントを作れないのは、ひとえに裏アカや多重アカウント、リセマラができないようにするためだっただろう」


「そうだったの?」


 黑客に忠告されている心猿を見据えると、彼女は――、


「いや、リセマラは別にいいんですけどね。そもそもセーフティー・ロングが配信しているMMORPGはゲーム開始時にステータスをポイント制にして、自由にキャラメイクができるゲームなのに、リセットというかキャラデリとかするプレイヤーに対してなにが不満なのかって話でしてねぇ」


 と、オレを見ながら説明してくれた。


「言いたいことがあるならはっきり言っていいぞ」


「いや、シャミセンさんのキャラメイクを皮肉っているわけじゃないんですけど、わたしが言いたいのはレベルアップのステータス上昇が職業によって変動しませんし、自由にポイントを振り分けられるからジョブでの得手不得手って実際ないんですよ」


「あぁっと、要するにオレみたいなLUKをカンストさせてギャンブル性を持ったプレイヤーもいれば、INTを重視しないでSTRとかAGIにポイントを偏らせるソーサラーがいても、別にビコウからしたらプレイヤーの自由ってことか」


「星天遊戯って実際ステータスとか基本そんなに重視してないものねぇ。特にセイエイとビコウはプレイヤースキルでどうとてもできるだろうし」


 ナツカはカラカラと笑いながら心猿と猟犬を見据える。


「それにひとつのデバイスに対してアカウントがひとつしか作れないのは、不正トレードを防ぐためと、レッドネームならレッドネームなりにプライドを持てってことですよ。ローロさんみたいにPKKを生業なりわいとしている人もいるわけですし」


 まぁたしかにローロさんも見ようによってはプレイヤーキラーではあっても、相手もプレイヤーキラーだから、それに関して罰せられることもないから、必要悪ではある。


「それはそれとして、ちょっと気になったんですけど、魔女がVRギアを乗っ取って悪さをしていたのなら、所有者が利用しているプロバイダーを調べればよかったんじゃ?」


「それができれば、ここまで梃子摺ることはなかっただろうさ」


 ジンリンの言葉を叩き折るかのごとく、黑客はため息をついた。


「もしかして、魔女が使っているプロバイダーが調べられないってことか?」


「えっと、どういうこと?」


「わかりやすくいうと、利用しているプレイヤーのプロバイダーがA地点として、魔女がB地点とするわね。この場合、本当ならAとBで別々になるんだけど、魔女がVRギアを遠隔操作で利用していたとしたら、どうなる?」


 ビコウがそう言うや、セイエイとジンリンの二人は、


「A地点になるから、魔女が利用しているプロバイダIPを調べることができない」


 ……と、肩を落とした。

 まぁVRギアが遠隔操作されていれば、スタッフなり誰かが不審には思っていただろうけど。


「しかも魔女の正体に関しても、はっきりと特定できているわけじゃないから、彼女が利用しているプロバイダーを調べることもできない」


「本末転倒というか、それこそ暗闇で影踏み鬼をやっているようなものか」


 ジンリンが口をすぼめるように愚痴をこぼした。

 そもそも鬼が逃げている人の影を踏んで捕まえるから、常時暗闇状態だと逃げている人の影がどこにあるのかなんて……、


「あれ? なんか妙に引っかかるんだけど?」


 オレは首をかしげ、眉間にシワを寄せた。


「シャミセン、どうかした?」


「いや――、なぁセイエイ、ヤンイェンのスキルに人やモノの影に自分の身体を沈めたりできるのがあったよな?」


「モンスタースキルで使えるみたいだけど、それがどうかしたの?」


「シダさん、ヤンイェン――ヴェルシャというモンスターの設定ってモンスター図鑑に載っていることで合っているんですか?」


「えぇ、たしかにヴェルシャはテイマーのLUKに直接関係していて、大事に育てれば他のステータスが上昇し、プレイヤーも影に潜むことが可能になります」


 セイエイがそれを耳にするや、


「それってヤンイェンのレベルとか関係ある?」


 と興味津々と言った顔つきでシダさんに詰め寄った。


「セイエイ、今ちょっと大事なというか、話が煮詰まりそうだから落ち着こうねぇ」


 むんず……と、ナツカがセイエイをうしろから抱え込むようにして、シダさんとの距離を離した。

 両脇に腕を通してなのだけど、見ようによってはネコのように首の柔らかい部分をつまみあげられてって感じだな。


「まぁ、それはご自身で確かめ――というよりは、ちゃんと情報としてポップされますから」


 苦笑を浮かべながら答えるシダさんだったが、


「それで――ヴェルシャがどうかしたのですかな?」


 と視線をオレに向けなおした。


「魔女が使っていた魔法文字とオレが験した【侵食】の魔法文字。これには共通して必ず同じ魔法文字が二回使われていて、それが[ETO]――干支という文字だった」


「それがどういう――」


「ヴェルシャ……モノヴェールの知能値NQWが[FF]になっていた」


「ちょっとそれってカンストしてるじゃない?」


「それ以前に、オレやセイエイ、その時一緒にパーティー組んでいたレスファウルが戦っていたのは、猫としてのヴェルシャじゃなくて、それが変化していたモノヴェールっていう緑色の毛をした猿――」


「ちょ、ちょっと待ってください? たしかにモノヴェールというモンスターがNODに出てくるという設定はしていますが、そもそもヴェルシャに他のモンスターに変化できるスキルは持ち合わせていませんよ」


 オレの言葉をせき止めるように、シダさんが割って入った。


「それにクエストに必要となっている十二枚のカードは、クエストボスの三匹のうち、討伐した時のプレイヤー分の枚数しか手に入れられないんです」


「つまり、本来はプレイヤー一人につき、カードは一枚しか手に入れられなかった」


 ナツカの問いかけに、シダさんはうなずいてみせた。


「それで、その時に手に入れた【ウィロードッグのカード】だけど、これってよくよく見てみると可笑しいんだよ」


 オレはアイテムストレージから【ウィロードッグのカード】を取り出し、みなに見せた。


「可笑しいって、柳の絵がかかれて――」


「ビコウ、花札で柳は十一月。十二支で犬は十一番目だから、このカードの名前は合っているよな?」


「えっと、たしかにそうですけど」


「それじゃぁなんでこのカードに動物の絵が描かれていないんだ?」


 オレにそういわれ、ビコウは喉を鳴らした。


「もしかして、そのカードって」


「あぁ、名前を偽った別のカードってことになる。本当なら柳と一緒に犬の絵が描かれているはずなんだ」


 オレはそういいながらも、はてどういうものなのだろうかと首をかしげる。


「すこし思ったんですが、そのカードが花札と関係しているとしたら[柳に小野道風]ってありませんでした?」


「雨四光と五光に必要な札だっけ? あとは松に鶴、芒に月、桐に鳳凰、桜に幕の四枚」


「だけど***、それとなにが関係してるの?」


「花札の中で動物が出てくる札って何枚ある?」


 オレはみんなにそう訊ねた。


「えっと……、[梅にうぐいす]、[藤に不如帰ほととぎす]、[牡丹に蝶]、[萩に猪]、[芒にかり]、[紅葉に鹿]、[柳に燕]――」


「そして光札である[松に鶴]と[桐に鳳凰]の全部で九枚」


「それから動物っていう意味ではないけど、柳の素札カスは[柳の鬼の手]って言われていますね」


「そういえば、わたしがまだ植物人間になる前の話ですけど、旧正月での連休で日本に来た時、珠海さんから菊は千代見草ちよみぐさと言われていて、不老長寿の薬効があったと伝えられているって聞いたことがありますね」


 ビコウの言葉に、


「実際、[菊に杯]の絵札に描かれている杯には[寿]の文字が書かれていますから、その話から来ていますね」


 と、シダさんが補足を加えた。


「だけどシャミセン、よく考えたら柳ってもう一匹動物が描かれていない?」


 ナツカにそういわれ、オレははて……と首をかしげた。


「あぁ[柳に小野道風]の絵札だっけ?」


 ビコウがそうたずねるや、ナツカはうなずいてみせた。


「なにが描かれてるの?」


 あんまり花札を詳しく見た覚えが無いので、そうたずねてみる。


「柳につかまろうとしているカエル。スランプ状態だった小野道風は、何度もつかまろうとして失敗しているカエルを見て、自分はまだまだ努力が足りないと思い直し、ものすごく努力をするきっかけになった逸話から来てるみたいね」


 なるほど、まぁそう思うかどうかは個人の自由だけど。……


「シャミセンさんはもうすこし女の子の気持ちを理解する努力が必要だと思うんですよ」


 ビコウの言葉に、ジンリンとナツカ、白水さんが、それこそ同調するようにうなずいてみせた。


「でもシャミセン、思ったんだけどクエストクリアの時に手に入れたカードって、要するに花札と十二支をあわせたものだったんだよね?」


 そんなことをセイエイがたずねる。


「まぁ、そうだけど……」


「それだったら、なんで柳の絵札のほうは片方の意味しかないの?」


「それを今考え……」


 セイエイからの問いかけを、さほど気にもせずに考えていたが、言われてみれば、たしかに妙だ。


「柳って、木偏に十二支の[卯]……だよな?」


 みんなにそうたずねると、何人かが指で手の平や虚空に文字を書くような素振りを見せた。


「あぁ、たしかに――」


 ジンリンが言葉を押しとどめ、


「十二支の四番目になる[卯]を暗示していたとしたら、四月の絵札は[藤]になって――」


「どうかしたの?」


「[藤]って花言葉だと[美人]って意味になるんだけど?」


「美人って、どうしてそれと魔女がつながるんだ?」


「それならさ、見た目年齢が若くても五十代とか倍以上の年齢差がある女性のことを[美魔女]とか言うじゃない。意味的には合っている気がするけど」


 ナツカの言うことも一理ある。

 それを聞いて、もう一度会って話をしてみたい相手ができた。


「魔法盤展開……」


 右手に魔法盤を取り出し、円盤のダイヤルを回した。



 【WFXFTZVW】



 転移TELEPORTの魔法文字を展開させ、その魔女がいる行き先を指でなぞっていく。


「シャミセンさん、どちらかお出かけですかな?」


 オレの頭上に魔法文字が展開されたのを見て、シダさんが首をかしげるようにして聞いてきた。


「いや、すこし気になったので」


「もしかして……もう一人のほうの魔女に会おうとか、そんなこと考えてません?」


 ビコウが、けげんな声でオレを眇めた。

 なんでわかったの? とこっちが聞きたくなるくらい的確に言ってきたな。


「もう一人の魔女?」


 セイエイが、キョトンとした顔でビコウやオレを交互に見渡す。


「あっ……と――」


 ザンリの正体がマミマミだとそのまま教えるのは、セイエイにとってはマイナス要素しかないからか、珍しくビコウが戸惑いを見せている。


「まぁその期待を裏切るところで悪いけど、その人がいるところには行けないんだけどな」


「そうですか……」


 ビコウが肩をすくめるように、オレの顔を仰ぐようにして見据えた。

 ……なんでそんなに残念そうなのだろうか。

 よくよく考えてみれば、ビコウも会いたくないと思うんだけど。


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