第298話・侵食とのこと
「さてと、どうしたものか」
気付けば、フィールドに出ていた。それこそ町からすこしばかり離れた荒野をポツンと佇むかたちで。
「テンポウがログアウトしてないのが救いか」
フレンドリストを見てみると、何人かはログアウトしていたが、テンポウはログアウトしていなかった。現在日付が変わって二四時二一分。
メッセージを送ってみると、「私も覚えてないので、なんとも」と返された。
「まさか魔女の魔法にまたかかってしまうとは」
「やっぱり、覚えてない?」
ジンリンが困窮したような声でたずねる。オレはちいさくうなずいた。
「いちおうビコウと決闘したところまでは覚えているけど」
「それより後のことは覚えていない……と」
やっぱりなにかしらの条件があるんだろうか。
「あれかねぇ、町の中じゃないと使えないとか?」
「それはないんじゃないかな。これといって条件がわからないのがネックだけど」
ジンリンはいぶかしげに言うが、やっぱりその条件が重要な気がする。
魔法盤を取り出し、
【WNJFFYW】
――――…………とくになにもおきなかった。
「普通に使える魔法でもないか」
オレは肩をすくめ、どうしたものかと途方にくれた。
「でもさぁ、魔女の使っているその魔法って、なんか何かをしようとしているのを気付かれないように、わざと時間を引き伸ばしているって感じがするよね?」
「いや、そういうことなら時間を稼ぐっていうだろ? 英語だとなんていうのかね?」
「ボクもあまり英語が得意なほうじゃないからなぁ。Profitは利益だし」
「他に別の意味があるか……」
「ほかにねぇ……Timeだと時間以外に何回とか何度とかそういうのにも使うってママがいっていた気がするけど」
「何度も? それって回数とかって意味か?」
そう聞き返すと、妖精はこくりとうなずいた。
「もしかして時間って意味じゃないのかも」
「何度も食べる……って意味?」
それもなんとなくだが、違う気がしてきた。
「VRギアって翻訳機能とかってないの?」
「一度ログアウトして、普通に英単語の辞書サイトで調べたほうがいいんじゃないかな」
そうしたほうがいいんだろうけど、EATの部分はそのままでいいかもしれない。
「あぁもう、なんか取っ掛かりがあればわかるんだけども」
「そういうときに相談できる人がいればいいんだけど――」
ジンリンが言葉をとめた。
「
「
ジンリンの言葉に、相打ちするかたちでつぶやいてみると、
「いや、浸食でしょ?」
「あっと、なんか言い争いになりそうだから止めるけど、どっちも意味は一緒だろ?」
「ぜんぜん違うって! ボクの言っている浸食は、風とか雨で陸地とか岩が崩れるって意味の浸食で、キミが言っている侵食は領地を
たしかに言われてみればそうなるのだけど。
「それに、実際【侵食】って意味だったら[erosion]って単語があるんだから、そっちを使って――」
ジンリンは言葉をとめる。
「あのさぁ、***? あの時魔女が魔法を失敗した一番の原因は、とり憑いていたプレイヤーが使える魔法文字が使えなかった……もっていなかったことが原因だって話をしたことがあったでしょ?」
「それがどうかしたのか?」
「もしかしたら、魔法文字のエラーが起きたから、あの時は記憶の削除がなかったんじゃないかな」
「っても、「O」の魔法文字なんて、今くらいだったらほとんどのプレイヤーが持っているんじゃないのか?」
「だったら試してみる?」
魔法盤を取り出し、ジンリンから教えてもらった【
【FVZCNZQ】
魔法文字を展開させていくと、景色がゆっくりと灰色に変わっていく。
「**********」
ジンリンがオレに声をかけているようだが、はて、動きが遅くてなにをいっているのかがわからない。
しばらくして、景色がもとに戻っていく。
「なにかあったか?」
「いや、それはこっちの台詞なんだけど? なにか気になることでもあった?」
「周りの動きが遅くなっていた」
「キミの意識だけが早くなっているとかそんな感じ?」
「いや、そういうのじゃなくて、なんていうのかね? 同じ一時間でも楽しんでいる時は早く感じるけど、辛いときは長く感じる……そんなふうだった」
「要するに、時間を感じる長さが違うってこと?」
そういったことだろう。ジンリンはいぶかしげに唇を尖らせながら、
「でも、なんで侵食なのにそんな感じになってるのかな? もしかして侵食ってボクたちが思っている意味じゃなくて、術者の意識だけが早くなっているとかそんな感じ?」
と眇めた。
「時間を
だが、これには違和感を拭いきれないでいた。
「それだったら最初から【
魔女――ニネミアが魔法文字をどれくらい持っているのかはわからない。
そしてザンリ――マミマミは今回の事件において手を出してはいないと口にしている。
また取り憑いたプレイヤーが魔法文字を持っていないと、その魔法が発動され――。
「ちょっと待て?」
今、自分で考えていて妙だとは思った。
魔女が使っていた[TIMEEAT]の魔法文字も、【
そして【
「もしかして、記憶が消されていたんじゃなくて、その時に起きていたことが、記憶できないほどの一瞬だったんじゃ」
「えっと、それって――」
「つまりは、今日のことだけど、オレがビコウと決闘をした後のことは覚えているけど、その後になにがあったのかを覚えていないのと同じように、時間が止まっているんだよ。いや、実際は動いているけど、一秒がそれこそ一時間に思えてしまうほどの一瞬が全体的にあったんだ」
つまり、時間を食うという言葉の意味は――時間を蝕むという意味だったのかもしれない。
だが、そんなわけがないだろうと、妖精はためいきをついてみせた。
「それだったら、他のプレイヤーどころか、まったく関係のないNPCにまで影響を与えているのはどういうこと? それに――」
言葉を止め、ジンリンはすこし考える素振りを見せるや、
「いや、でも……どう考えてもそれは違うだろうし、でも否定もできないし」
「気になることがあったら言ってもいいぞ?」
「それじゃぁ言うけどね。感覚って頭で理解するものなのかなぁって」
「いや、感覚なんだから脳が判断して――」
ジンリンの聞きたいことはそういうことじゃない。
彼女が聞きたいのは、時間の感覚というものが、五感に影響を与えているのかどうかだ。
心と身体は感じ方が違うといわれているように、時間を感じる感覚というのは、脳ではなく精神をもって感じ方が変わる。
さきほど自分が言ったことだが、時間の流れの感じ方は、その物事が楽しいかどうかだ。
楽しいことはすぐに終わってしまうと感じ、辛いことはその時間以上に永く感じてしまう。
これって、脳が判断しているんじゃなくて、気持ち的な感覚になるんじゃないだろうか。
ただ、これで記憶が消えるみたいなことはないと思う。
「まだ不安定要素というか、これが答えだって言う確信があるわけじゃないけど……、今***がやった【
けげんな声でジンリンが言う。
「そういうものかねぇ」
「キミが
離れていたということは、効果の対象外になっていたと考えるべきか。
「でも、その時の****が使用しているVRギアが感知しているプレイヤーの脳波は、異常に危険な状態だった。これもなにか理由があるんじゃないかな」
妖精の話に耳をかたむけながら、オレは魔女にかけられた魔法について考えていた。
一度目は第一フィールドでのゲリライベントを攻略した後、[ルア・ノーバ]でクリーズと対峙していた時。
二度目はセイエイとハウルと一緒に[ヴリトラの湖]を攻略する前。
三回目は双子に呼ばれた先で、魔女に遭遇して、その時に魔法をかけられそうになったが、失敗に終わっている。
そして四回目は[カラヴィンカ]の町中――。
「――もしかして」
「んっ? どうかした?」
ジンリンが首をかしげるように聞いてきた。
「いや、ちょっと確認をと思ってな――」
とはいえ、今の時間帯だと聞こうとしているプレイヤーがログインしているとは思えないし、そもそもさきほど確認してログインしていないことはわかっている。
「確認って、魔女のことで誰かに聞きたいの?」
「ほら、ビコウがドゥルールさんに
もしかしたら、遭遇したところにも関係しているのかもしれないが――。
「ひとりに対してその魔法の効果があるのが、フィールドにつき一回こっきり……なんてことはないよね?」
ジンリンが苦笑を浮かべるが、
「なぁ、ジンリン……双子とパーティーを組んでいたときに、魔女は自殺したプレイヤーのアカウントを使って、オレたちに襲い掛かってきたんだったよな?」
オレは困惑した声で聞き返した。
「メイゲツさんから送られたメッセージを考えるとそうなるけど……アッ!」
ギョッとした声で、ジンリンは唖然とし、オレを見据えた。
「いや***ッ! もしかしたらありえるかもしれない。だって現に魔女に襲われたのはまだ四回くらいしかないけど、そのうち一回が失敗している」
「とどのつまり、魔女は人の記憶を消す魔法が使えるが、一度きりしか使えないってことだ」
「でも、それだったらビコウさんの場合はどうなるの? あの時はまだキミもセイエイさんたちもほとんどが第二フィールドまでしかっていなかったじゃない?」
「いやこう考えられないか? 【
それならば、双子の記憶が消されていないことにも納得がいく。
なにせ、そのとき第二フィールドで一度魔法を食らっているオレが覚えていることの説明ができない。
「一度オレが記憶を消されているから、魔女の効果が通じなかった」
「そして一度魔法を食らっているキミとパーティーを組んでいた双子もその対象になっていなかった」
しかし、それなら使った本人が気付かないとは思えないけど――。
まさか、オレに使ったってことを憶えていなかった……わけないよな?
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