第297話・呪詛とのこと


 宿屋に戻ると、セイエイはオレたちと一言二言会話を交わすと、そのまま二階へと上がっていった。

 ……しばらくして、

 ◇セイエイがログアウトしました。

 と、アナウンスが表示され、フレンドリストを確認するとその表記どおりセイエイがログアウトしていた。


「あの様子だと、たぶんベッドに倒れこむように寝落ちしたんじゃないですかね」


 テンポウが肩をすくめるように言った。

 ちなみにビコウは闘技場内は歩けるみたいだが、施設の外には出ることができなかった。

 システム上、ビコウがいけるのはまだ第二フィールドまでだからだろう。


「ビコウもログアウトしたみたいね」


 ナツカがそう声をかけてきたので、フレンドリストを確認すると、その言葉通り、ビコウもログアウトしていた。


「それとシャミセン。こっちでもやっぱり幸運値に全振りなわけ?」


「あぁ、シャミセンさんは運営から規制を受けているみたいで、レベルの五倍くらいの効力しかないみたいですよ」


 テンポウの説明に、ナツカは――、


「ご愁傷様」


 と手を合わせるのだった。


「なぁジンリン、たまに思うんだけどさぁ、苛立ちの念だけで人を黙らせることってできないんだろうか?」


「やって勝てるならいくらでもしていいけど、ナツカさんって星天遊戯におけるトッププレイヤーでしょ? しかもコンバーターだからかなり強いレベルよ」


 オレの愚痴に対して、ジンリンがあわれむように言う。


「あの……シャミセンさん? NODでもそうですけど、あまりナツカを挑発しないほうがいいですよ」


「どういうことですか?」


 白水さんにそう止められたので、けげんな顔で聞き返す。


「ほらコンバーターって星天遊戯の時の基礎ステータスを算出するでしょ? 私のステータスって基礎の時点で100近くだったから、足りない部分――レベル11までにもらえる50ポイントがもらえなかったのよ」


 ナツカ本人がそう言う。オレは唖然とした顔で彼女を一瞥する。

 つまり、それまでのあいだ、レベルアップによるポイントを振り分けられないわけで、逆に言えば、それまでのレベルをXb1の時点であったというわけか。


「喧嘩うらないでよかったね」


 ジンリンの言葉に、ただただうなずくしかないのである。



「それはそうとして、さっきの約束ですけど」


 テンポウが、ズイッとオレに顔を近づけてきた。


「やくそく?」


 首をかしげるように応じてみるや、木母はそれこそ河豚がおなかを膨らませるように、


「あれぇ? もしかして忘れたんですか? ビコウさんとの決闘を終えたら屋台で食べ歩きするかって行っていたじゃないですか?」


 と苦言をろうした。

 あぁ、そんなこと約束してたっけ――。


「キミさぁ、約束はちゃんと守ろうね」


 妖精は妖精で、オレの反応にあきれながら、スッと消えた。

 ――逃げたな。

 チラリと、助けを求めるようにナツカや白水さんを見るが、


「あ、私は仕事が滞っていて、片付けないといけないから早くログアウトしないとなぁ」


「私も即売会に出展するシルバーを作り終えないといけませんから」


 二人は、申し訳ないといった表情を浮かべていた。


「ナツカってたしかクレームを聞く電話番だったよな?」


 その職種が、なんで仕事を滞るんだ?


「まぁ、いいじゃないですか? というかリベンジですよ。この前誘ったのに色々とあって二人っきりになれませんでしたから」


 意気揚々とするテンポウに、


「なんかすごくいやな予感がするんだけど」


 と、(気付かれない程度に)ためいきをつくのだった。



 宿屋からおもてに出てみると、深夜帯になってきたせいか、プレイヤーの数がNPCをまさり始めた。


「結構な人が第三フィールドまで来ているんですね」


 歩きながらも首を右往左往しているテンポウが、ぼんやりとした声で言う。


「ここまできているプレイヤーは、もはや初心者って云わないほうがいいかもしれないな」


 ワンドを手にしながら、いつでも魔法盤が取り出せるようにしておく。若しくは体術でどうにかしないといけないか。


「あんまり離れるなよ」


 周りの、食べ物や骨董品、アイテムなどが売られている屋台に目を奪われているテンポウにそう注意をうながしながら、オレは彼女の手を掴んだ。


「…………」


 おどろいたような顔でジッとオレを見据えるテンポウに、


「どうかした?」


 と首をかしげる。


「いや……、今ナチュラルに手を握られたので」


「はて、人波に流されて離れ離れになるのもあれだし、探すのが面倒になりそうだからな」


 それこそ、祭の日に花愛たちの引率をしていたときに、香憐どころか、それを探していた花愛まで迷ってしまったからな。まぁ、二人がまだ小学校低学年とかそこらへんのときの話だけど。


「そんな野暮なことは――きゃぁ?」


 言葉の途中で、テンポウは甲高い声をあげた。


「どげんした?」


「今、お尻を触られた」


 それって痴漢? と思ったのも束の間――周りにいた女性プレイヤーから、テンポウのお尻が触った犯人に対する怒りの念が感じられた。


「気をつけ――」


 眇めるようにテンポウを見ていると、彼女のうしろに見覚えのある女性プレイヤーの姿があった。

 前髪で左目を隠した、肩まで伸びた雀色のボブカット。

 キトンの縁にギリシア文字が刺繍されているヒマティオンをまとっている魔女。

 それを目で追っていくと、そのプレイヤーは人混みの中に紛れていった。


「どうかしたんですか?」


 オレがその人混みの中を見ていると、テンポウが声をかけてきた。


ニネミア****がいた」


「はて、なにかあったんですか?」


 ニネミアの言葉を言ったのだが、NGワードになってしまってテンポウには聞こえていなかった。


「ジンリン……!」


「どうかした? 女の子の気持ちがわからなくなってボクに助けを求めたのかな?」


 人をからかうような笑顔で現われた妖精に対して、


「今、魔女が人混みにいるのが見えた」


 その言葉で黙らせるには十分なほどに、ジンリンの目がカッと見開き、表情が険しくなった。


「見間違い――じゃないよね?」


「さすがにそれはねぇよ。それでどうする? 追いかけてみるか?」


 そううながすのだが、妖精はしばらく考え込むわけでもなく……、


「いや……今日はやめておいたほうがいいよ。それにそもそもキミはデスペナ状態でしょ? そんな状態で魔女と対峙するのは炎の中を素っ裸で全力疾走するようなものだから」


 たとえが判りにくい気がするが、ようするに危険だってことか。


「でも、逆にボクを呼んで相談したことはほめるよ」


「追いかける以前のことだったからな」


 オレは手を握っていたテンポウを見たのだが、


「…………!」


 青褪めた顔と、大量の脂汗を浮かばせながら、ジッとオレを見据えていた。


「ちょ、どうしたんですか?」


 目を剥くようにおどろいた表情のジンリンが、テンポウに駆け寄るかのように顔を近づける。

 もしかして、さっきお尻を触られたかなにかのときに、なにかされたのか?


「いや、さっきから妙に寒いなって思ったんですけど、なんか毒を食らっているみたいで――それに魔法盤も出せない状態なんですよ」


 ステータスは? と確認を取ってみると……、


「な? なんでNQWの数値が0になっているんですか?」


 テンポウはジンリンを震えた顔で見据えていた。


「ステータス異常の毒とかありか?」


「と、とにかく***ッ! 魔法盤でテンポウさんの毒を浄化してあげて」


 云われ、オレは魔法盤を取り出し、魔法文字を展開していく。


【TZNCZQIXFYV】


 パッと思い浮かんだ文字は毒消し(POISONCLEAR)。スペル的にあっているのだろうかという不安要素が払拭しきれないが、光がテンポウに降り注ぐと、スーと憑き物が落ちていくかのように、テンポウの顔色が血色よくなっていく。


「おぉ、認識した」


 ほんと、魔法というか言葉の意味が通れば認識されるのはいいね。


「あぁっとテンポウさん、魔法盤を展開できますか?」


 ジンリンにうながされたテンポウは、魔法盤を展開させてみせた。

 どうやらNQWももとの数値に戻ったようだ。


「でも、なんで町の中なのに襲われるなんてことが?」


「いや、説明していなかったボクが悪いといえばそうなるんだけど、この町ってNPCがプレイヤーを逆に殺せるから」


「ふぇぇ……」


 第三フィールドの拠点である[カラヴィンカ]の設定に、テンポウが唖然とした声をあげた。


「それじゃぁ、さっき私のお尻を触ったのも……」


「プレイヤーじゃない可能性もあるんじゃないかなぁ」


 それはそれで気をつけるべきなのだが――。


「それにしても――ニネミア****がこの町にいたのは偶然か?」


「逆にボクたちの様子を見にきた……だけだったらいいんだけどね」


 それで済めば苦労はしないだろうよ……。

 そうツッコミを入れようとしたときだった。



 ――パン……と、何かが弾けたような音が鼓膜を破るように、脳内で響き渡った。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 



 薄闇の中――、多くの人がなにかを口にしていた。

 それに耳を傾けると、悪寒を感じるほどの雑音と呪詛を謳っているようだった。



 人殺し。

 お前がわたしの大切な人を殺した。

 人殺し。

 お前のせいでわたしの大切な人がいなくなった。

 人殺し。

 お前が余計なことをしなければあの人は死なずに済んだ。

 人殺し。

 お前がどうして、わたしの大切な人と一緒にいられる?

 人殺し。

 お前があの人に愛されるそんな権利なんてない。

 人殺し。

 お前は、あの人に迷惑をかけるだけの疫病神だ。

 人殺し。

 お前はトッププレイヤーによりたかる寄生虫だ。

 人殺し。

 どうしてお前は平気な顔でゲームをしているんだ?

 人殺し。

 どうしてお前は人を殺しておいて、平然としているのだ?

 人殺し。

 どうしてお前はあの人に愛される?

 人殺し。

 どうしてお前は、愛を見せていた私を振り向いてくれなかったあの人に笑顔を向けられるんだ?

 人殺し。

 どうしてお前はわたしのあこがれた人とまた一緒にいられるんだ?



 人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し――。



 宝生漣を自殺に追いやった殺人者薺煌乃を魔女の磔に処す。

 宝生漣を自殺に追いやった殺人者薺煌乃を魔女の磔に処す。

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 宝生漣を自殺に追いやった殺人者薺煌乃を魔女の磔に処す。



 まるでモニターに文字が浮かび上がるように、オレをののしった言葉が羅列していく。

 これが魔女……ニネミアの怨念と本音なのだろう。

 だが、こんなことを云われたところで、


「んなの知るかよ……」


 鼻で嗤うようにそう言葉を発すると、声はフェードアウトしていく。

 ゲームの演出であれば、プレイヤーの本名がでてくるわけがない。

 これを仕出かしたのが、ニネミアだということはすぐにわかった。


「マミマミが云っていた通りだな。お前みたいなやつにあいつが笑顔をふりまくかよ」


 憧れは視野を狭めてしまうだけでなく、こうでなければいけないという固執ができあがってしまう。

 だからお前は、オレと一緒にいる漣に違和感を持っているんだろ?

 そして今もなお、オレと一緒にいることに憤りを感じていたんだろ?



「いいかニネミア****、あいつが――がオレと一緒にいるのは、至極単純な理由だ」


 オレは、暗闇に塗れながらオレの首を縊ろうとしている魔女に言い放つ。

 あいつがオレと一緒にいる理由なんて、そんなの考えるまでもない。


「オレもあいつも、一緒にゲームがしたいッ! それだけの理由だ!」


 オレの意識は――なにも見えない深海に叩き落されるように絶えた。


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