第284話・訪問とのこと


 翌日の夕方六時半。

 大学から家へと帰ってきたオレが、玄関のドアノブに手をかけたところで、


「煌兄ちゃんッ!」


 と、けたたましい怒鳴り声をうしろからかけられた。


「なんだ?_」


 振り向いてみると、そこには通っている女子高の制服を着た従妹である花愛と里桜ちゃんの姿があった。

 花愛に関しては、なんかこう……怒ってる?


「どしたの?」


 事情がわからず、けげんな顔で首をかしげてみるや、


「どうしたもなにも、なんで昨日テンポウさんがログインしているの知ってていわなかったの?」


 花愛が詰め寄った形で言う。


「いや、別に言う責任はないと思うのだけどねぇ」


 チラリと里桜ちゃんに視線を向ける。

 花愛に聞こえないように、


「もしかしてそれで喧嘩とかしてる?」


 と聞いてみるや、


「あ、そこは大丈夫です。ただ花愛が怒ってるのはシャミセンさんに対してでして」


 と、心配そうに答えてくれたのだが、


「なんでオレが花愛に怒られないかんのだ?」


 肩をすくめるように言うや、ずかずかと花愛が近寄ってきて……。



 鈍い音が響いた。



「…………は?」


 あまりにも突然の出来事で、オレはおろか、それをみていた里桜ちゃんも呆然と彼女を見つめるしかなかった。

 すぐに気付いたのだが、花愛がオレの頬を引っ叩いたのだ。


「なんで……なんで漣さんが自殺したって教えてくれなかったの?」


 花愛の双眸には大粒の涙が零れ落ちている。

 その表情は憤怒を通り越して、まるで人殺しに向けられた軽蔑の眼差し。


「あっと、それはだな――」


 言い訳を弄するよりも先に、


「アタシのことを思って、嘘を言っていたとしたら大概にしてよぉっ!」


 急き立てるように花愛は口を尖らせた。

 荒々しい声からしてかなり怒っていることは火を見るよりも明らかなのだが、これをどうして花愛が知っているのか――。

 ちらりと里桜ちゃんを見ると、


「すみません。昨日シャミセンさんと白水さんと一緒に話をしていたときのことをつい口にしちゃって、てっきり花愛も漣さんが亡くなった原因を知っているとばかり」


 眉をしかめるように視線をそらす里桜ちゃんに、オレは怒るに怒れなかった。そもそも花愛に本当のことを伝えていなかったオレがわるいわけで、里桜ちゃんを咎める権利など、最初からオレにはないのだ。


「嘘をついたのは本当だ。あの時のオレだってまだ心の整理ができてなかったが、できればお前には――」


「それが余計だって言ってるの! いきなり飛び降りるなんて馬鹿なことをするわけないでしょ? だいたいアタシと遊ぶ約束してたのにさぁ」


「たしかにそう思うだろうけどな、あの時の漣はVRギアのテストプレイをしていて、それが原因かどうかはわからないけど、NODでおきている事件になんらかの関係があるってことがわかって――」


 オレは、ふとその時に漣が口にしていたことを思い出していた。



「違う――違う……それ私じゃない――それは私がやったんじゃないの……なんで? なんで私がそんな目にあわないといけないの――」


 その時に言っていた漣の台詞を小声で口走る。


「……なんですか? それって」


 聞こえていたらしく、里桜ちゃんが首をかしげながら、オレに聞いてきた。


「漣が階段の段差から踏み外すように自殺する前、オレや鉄門の前で口にしていた言葉だ。あの時は頭が可笑しくなって妙なことを言ったくらいにしか思っていなかったが」


 傍から見ればそう捉えられても可笑しくはない。

 だけど、その原因がVRギアのテスト中におきたことだと判った今だからこそ、違う角度から考えられる節もある。


「そういえば花愛、たしか漣と一緒に遊びに行くって約束をしていたんだよな?」


 そうたずねるや、花愛は膨れた顔で「そうだよ?」と返事をした。

 約束事をしていて、しかも花愛との約束をすっ飛ばすやつじゃないはずだから、自殺をしたという考えはまずありえない。


「それっていつの話だ?」


「煌兄ちゃんたちがサイレント・ノーツをやっていたときくらいだよ。アタシもそれをやりたかったけどお父さんが厳しいから。ほらネットゲームをかいして殺人事件が起きたみたいなことあったじゃない。それが理由でまだ中学生だったアタシもそうだし、香憐もMMOゲームができなかったんだよ」


 できても箱庭系ののんびりしたやつだけだったと、花愛は付け加えた。


「初耳なんだけど、なにそれ?」


 花愛の説明に、里桜ちゃんがけげんな顔を見せた。


「あっと、たしかMMORPGにログインしているプレイヤーが、犯人と思われるプレイヤーからオフ会に誘われて、現実で死体になっているって都市伝説だな」


 オレがそう説明すると、里桜ちゃんは「なるほど」と唸った。

 花愛のお父さんって、ほんと冗談とか眉唾物でも警戒心むき出しにするくらいだから、まぁ可愛い娘を護るのは同感だけど。


「でも、そういうのって結局は都市伝説ですよね?」


 里桜ちゃんが片眉をしかめる。

 たしかに話を聞けばそう捉えられてもいいし、結局はネット内での噂話でしかない。


「いやな、それで済めばいいんだけど、実際にSNSを使って犯罪に巻き込まれるなんてことは今も昔もあるわけで」


「あぁ、それで花愛のお父さんが、サイレント・ノーツみたいなMMORPGをするのを反対していたってことですか?」


 里桜ちゃんはそういうと、


「あれ? でもたしか花愛って魔獣演舞をやってませんでしたっけ? しかもかなりの高レベル」


 と、けげんな顔で視線を花愛に向けた。


「あれは、姉さんが仕事が忙しくなってきてVRゲームができないからって、アタシにVRギアをくれたのよ。もちろんその時は初期化したやつだったけど」


 別にわるいことをしていたわけでもないだろうに、花愛は声を震わせながら言った。


「もしかして、伯父さんに隠れてやってたか?」


「い、いちおう学校の勉強はしたよ。それに高校の受験もあって夏休みは受験勉強はキチンとしてたし、柔道部の部活もちゃんと言ってたし、……友達との遊ぶ約束をしないで魔獣演舞してたけど」


「いや、それに関してはオレは何も言わんけどな」


「あ、あのね。煌兄ちゃん? アタシからしたら煌兄ちゃんのほうがすごいと思うんだけどなぁ」


 オレ、なんかしたっけ?

 そんな風な顔で首をかしげたからか、


「アタシの家の蔵にゲームというゲーム全部放り込むし、VRギアも一緒に放り込んでいたじゃない? さすがにあそこまでできない」


 花愛が目を輝かせるように言った。


「あぁっと、まぁそれはいいとして……」


 んっ? ちょっと待て――。



[ボクはサイレント・ノーツで野良パーティーを組んだプレイヤーから、今度セーフティ・ロングからVRMMORPGの発表と、それを動かすためのVRギアのテストプレイヤーが募集されるらしいからって誘われたんだけど、まぁそのときはさほど興味がなかったんだよね。当選するとも思っていなかったしさ。――まさか勝手に応募されていたとは思ってなかったけど]



 前に漣が言っていた言葉を思い出すと同時に、気付けば視線を里桜ちゃんに向けていた。


「あのシャミセンさん……私ちょっと気になることを思い出したんですけど、いま花愛が言っていることって、漣さんがVRギアのテストプレイヤー募集を教えてもらっているときと似ているというかかなりちかくありません?」


 里桜ちゃんは目を大きく見開き、焦りの色を浮かべている。


「いや、たしかに誘われたっていう意味では一緒だけど、あれは漣の個人情報をそいつが知って――」


 いわれ、妙な違和感が頭をよぎった。

 そういえば昨日……、[線]を通して、里桜ちゃんから実家が経営している喫茶店に来た男性客のことを聞いたときだ。


「ちょっと待て……、なんでこのふたつが妙に噛み合うんだよ」


「煌兄ちゃん? なんかすごく怖い顔してるけど」


 怒りが退いてきたのか、若干不安げな表情を見せている花愛の頭を撫でながら「あ、いやごめん」とあやまった。


「なぁ里桜ちゃん。昨日[線]で会話したとき、妙な男性客がいたって言ってたよね?」


「あ、はい。でもそれがどうかしたんですか?」


「――そのときの客が、ふたりが本来バイト禁止の学校に通っていることを知ってるのかって話になったよね?」


 そうたずねるや、里桜ちゃんは「あっ」と声を荒げた。


「わ、私その人と会ったことなんてありませんでしたよ? というより学校に行くにしても駅かバスの通り道まで行って、学校指定のスクールバスに乗って登下校する形になりますから」


「ア、アタシもそうだよ。家の近くに神社があって、そのバス停から乗っているから」


 花愛と里桜ちゃんのふたりが、慌てふためくが、


「オレとしてはそれはどうでもいい。だが漣が断っていたはずのVRギアのテストプレイヤーに当選していたのは、誘ったプレイヤーが漣のことを現実で知っていたからだ」


 頭をかきながら思考をめぐらせる。

 考えられるとしたら、やはりそうとしか考えられない。

 それなら、花愛と里桜ちゃんが通っている女子高が、本来バイト禁止であることを部外者が知っていただろうか――。


「――まさか……」


 嫌な予感がした。

 漣の場合はリアルで知っている人が誘ったと思えば、交喙いすかはしの口違いにはならない。

 それが誰なのかはまだ予測できていないが、だが花愛たちの場合はどうだ?

 考えるまでもない。

 同じ学校に通っていなければ、それこそ人伝に聞いていないと、校則なんてものは第三者が知るなんてことはできない。

 ましてや里桜ちゃんの家に来たのは男性客だ。

 女子高である彩梁女学院のことを、制服でわかるならまだしも、里桜ちゃんの実家は喫茶店でその店の制服を着ているだけだ。

 彼女が校則でバイト禁止になっている高校に通っていることを知っていること自体が可笑しい。


「どうかしたの? さっきからすごい怖いんだけど」


「いやごめん。うーんあんまり深く考えすぎてるか?」


 花愛に指摘され、頭を振るった。

 癖なんだろうか、深く考えれば考えるほどドツボにはまっている気がする。


「でもたしかに、あらためて考えるとこわいですよね? だって女性ならもしかしたらって思いますけど、まず男性がなんてうちの学校の校則を知っているのかって話ですよ」


 里桜ちゃんが肩をすくめながら言う。


「んっ? どうかしたの?」


 事情を知らない花愛が首をかしげるように、オレと里桜ちゃんを交互に見渡している。

 そのときのことを里桜ちゃんが説明した。


「うわぁ、さすがにそれは怖い以前に気持ち悪くない? だってどう考えてもなんで知ってるのってレベルじゃない?」


 話を聞き終えた花愛が、苦虫を噛んだような顔を浮かべた。


「前々から知っていたとか?」


「それはない……とは言い切れませんね。でも逆になんで私がそこの生徒だってことを知っているのかってことですよ?」


 里桜ちゃんや花愛がスクールバスが来るのを待っている間を、その男性客が見ていた……と考えるとつじつまは合わせられるんだが。

 うーん、これだけじゃまだ確定とはいえない。


「もしかして、煌兄ちゃんが漣さんをネットゲームのなかで本名呼びしたのと一緒じゃ?」


 疑ったような目でオレを見る花愛に、


「いや、それはないよ。私って実を言うとPCでのMMORPGってやったことないんだよね。やってものんびりとした箱庭系だったし」


 里桜ちゃんが修正を加えるような形で言った。


「ってことは、本格的にやってたのって、魔獣演舞くらいからか?」


 そう聞き返すと、里桜ちゃんはコクリとうなずく。


「とはいっても、お父さんが中二のときの誕生日プレゼントでくれたんですよ。仕事が忙しくてお父さん自身はあまりやっていないみたいですけど」


 その言い草だと、剛さんもVRMMOをやってるってことになるのか。


「ってことは、口が滑って個人情報を言うなんてこと――」


「「ありません」」


 人がしゃべってる最中に、二人から同時に否定された。

 いやはや前科がある以上、ツッコめないからなにも言えない。


「でもなんかすごくそれに引っかかる部分が」


 里桜ちゃんが首をかしげる。花愛も似たようなものだ。


「そういえば、里桜がテンポウさんだって知ったのって、NODでセイエイさん……恋華ちゃんから教えてもらったときだったよね?」


 花愛がオレに視線を向ける。たしかにそうだけど……。

 そういえば、それを謝ろうと星天遊戯にログインして、テンポウと会話してから、漣が投身自殺をしたことをネットの掲示板で読んだってテンポウから教えてもらったんだよな。


「もしかして、それを聞いていた? でもそれだけならまだ誰が誰なのかって話になるんじゃ」


「いや、ネットってのはひとつヒントさえあればあとは数珠繋ぎで解き明かされていくからな」


 それに、たったそれだけで里桜ちゃんの個人情報を知りえられるだろうか。


「考えられるとしたら、リアルで知り合いがってことになるんだろうけど」


「あぁ、漣さんがネットでいじめられる原因と同じってことですか?」


「でも、もしそうだとしても、先ず里桜がバイト禁止の高校に通っていることを知っていることが前提じゃない?」


 たしかに花愛の言う通りなんだよなぁ。

 そこが妙に引っかかるというかなんと言うか、


「っと、ふたりとも家に上がる?」


 なんかここで考えてると、たぶん秋の冷たい風に当たって思考が定まらなくなってきた気がする。


「別にいいけど、里桜は?」


「あ、私はお邪魔していいのかな?」


 もはや第二の家でもあるオレの家の敷居を跨ぐことになんのためらいもない花愛に対して、里桜ちゃんは若干赤らめた表情で聞いてきた。

 はて、別に話の続きをするだけなのだが、なんでそういう顔色を浮かべるんだろうか?


「言っとくけど、さっきメールがあって、父さんの仕事が終わったらそのまま映画を見てくるからって、帰りは九時とかそんなこといってたぞ」


「ほんとラブラブだよね、叔母さんたちって」


 オレの説明に、あきれ果てた声で言う花愛。

 両親ともにまだ四十代だが、すこしは自重してほしいと息子は思うのである。



 オレの部屋に入るやいなや、


「わふぅっ!」


 花愛がベッドの上にダイブした。


「ほこりが舞うからやめろ」


「えぇ、いいじゃん。アタシの部屋ってマットがないからこういうスプリングの感触とか味わえないんだもの」


 花愛はじたばたと、それこそバタ足をするように足を動かす。

 そういえば、床に布団を敷く形で寝てるんだよなぁ。花愛や香憐って。


「あぁ、里桜ちゃんも適当に座っていいよ」


 部屋に入ってきたはいいが、どこに座ろうか目配らせていた里桜ちゃんにそう言うと、


「あ、すみません」


 里桜ちゃんはハッとした声で、ちいさく頭を下げると、机の椅子に腰を下ろした。

 オレはオレで、座れそうな場所もないので、床に座る形になった。


「それじゃぁ、話の続きだけど――」


 ――ピンポーン。

 話を始めようとした途端、玄関のチャイムが鳴った。


「あっと、ちょっと待っててね」


 オレはスッと立ち上がり、玄関のほうへと足を運んだ。



「はい、どちらさんで?」


 インターホンのモニターを見るが、特になにも映されていない。

 おそらくインターホンのレンズをなにかで塞いでいるのだろう。


「悪戯だったら警察呼びますよ」


「警察はやめて!」


 声が聞こえ、誰がしたのかがハッキリした。


「香憐か?」


「そうだけど、そっちに花愛おねえちゃん来てない?」


 モニターが徐々に明るくなり、外の景色が映し出される。

 そこには制服姿の香憐と――。

 香憐のうしろに、すこしはなれた場所でジッとモニターを見つめるようにこちらをみている、香憐と同じ制服を着た恋華の姿があった。


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