第283話・臨床とのこと


「しかしまぁ、お前さんも酷なもんじゃな」


 ケツバがため息混じりに言う。


「なんで?」


 心外だといった雰囲気でそう聞き返すと、


「なんでもなにも、相手は自分じゃぞ? すこしはためらいというものがあるじゃろ?」


「「「えっ? 相手がモンスターだってわかっているのに?」」」


 オレ、ハウル、ジンリンが同じことを同じタイミングで言った。


「お、おう……」


 これにはどうやら言ったケツバ本人も予想していなかった様子。


「し、して……お前さんたち、あっちからいえることは[とりあえず第三フィールドに行って、視野を広げてほしい]」


「あれ? まだ第二フィールドで行ったことない部分もありますけど」


「そういえばそうだな。あの十二支の札もまだ理解できんし」


 ハウルの言葉に、オレは便乗するように続ける。


「あ、あれはですね、以前サイレント・ノーツでやっていたイベントを踏襲した部分があって、別に全部を全部集めなくてもよかったんですよ。あ、お茶のおかわりはよろしいですか。」


 麗華さんが、苦笑混じりに説明してくれた。そんなさなか、カートに乗せたティーセットのポットを手に持って聞いてくる。


「あ、もらいます。あれか? 前にビコウから教えてもらったけど、十二枚のカード全部が集められなかったってやつだっけ」


 手に持っているティーカップにミルクティーが注がれていく。


「ボクはそのときの会話なんて知らないけどね」


 ジンリンが片眉をしかめる。まぁ知らなくて当然。リアルでテンポウの実家である喫茶店での会話だったし。

 ちなみに、ジンリンもジンリンで妖精用の小さなティーセットで接客を受けている。


「あ、甘くて美味しい」


「ちなみに備え付けのお菓子は[源○パイ]の味覚や食感のデータを参照にしています」


 あぁ、道理で食べたことのある食感だと思った。


「あれってさぁ、食べ方が汚いのはわかってるけど、なんか層をひとつひとつかじりとりながら食べたくなるよね」


「あぁ、それはわかります。ミルフィーユをまとめではなく一枚ずつ剥がしてたべたりとか」


 ハウルの食べ方に、麗華さんが人差し指を立てるように同調しようとしたが、


「いや、それはちょっと理解できませんね。そもそもそれだったら普通にクレープを食べればいいだけの話ではないでしょうか? ミルフィーユは生地とクリームを交互に重ねて冷やし固めたものなんですよ。そもそものコンセプトを全否定するような食し方はそのケーキを侮辱している以外のなにものでもありません」


 それをハウルが一蹴した。


「ちょ、ケツバッ! あんたもなんか言い返して」


「いや、お前さんを助けたいのはやまやまというかする気はないがな。そもそもあっちはどちらかといえば洋より和のほうが好きじゃし」


 助けを求める麗華さんに対して、机に頬杖をつきながら、ケツバはツッケンドンな態度で返事をする。



「そういえば、スィーツで思い出したんだけど、タピオカってあるじゃない? ボクが生きていたころは一度も飲んだことないんだけど美味しいの?」


 オレの肩で寛いでいるジンリンが、ミルクティーを飲みながら言う。


「いや、そういわれてもオレも名前は知っているくらいで、口にしたことないしなぁ」


 というか、汁粉とかコンポタならまだしも、ミルクティーはミルクティーで嗜みたいと思うのだがねぇ。


「あぁ、[タピオカ]でしたら、NODで食べることはできますよ」


「そうなんですか? でもラディッシュさんのところでそういうメニューはありませんでしたけど」


 ハウルが首をかしげる。そういえばラディッシュの食堂でバイトクエストをやっているからか、メニューは全部頭の中に入っているってところか。


「タピオカに関してはあるモンスターを倒さんと手に入れられんのじゃよ」


「つまりドロップアイテム扱いってことか」


「とはいっても、とある国の地域ではそう見られているということを知っていれば、どんなモンスターが持っているのかはわかると思いますよ」


「見た目でわかるようなか……あのさぁ、なんかすごい嫌なことを想像したんだけど」


 ケツバと麗華さんの説明を聞いていたハウルが青褪めた表情で俺をみた。


「ちなみにな、今バージョンではできないが、アップデートの際にタピオカが必要になるクエストも考えておる。まぁあくまで考えている程度じゃがな」


 貴重なクエストの情報をありがとうございます。



「そういえば、煌兄ちゃんはこのあとなにか行きたいところとかってあるの?」


「いや、ケツバのところに言ったら昼食を取る為にログアウトして、やってない大学のレポートとかをまとめてからバイトに行くから、たぶん今日はもうログインはしないんじゃないかね」


「そうか……」


 オレの予定を耳にしたハウルの声が、どことなく寂しく聞こえたが、こればかりはどうすることもできない。


「キミって、小学生のときによく夏休みの宿題を最後の最後までやり切れてなくて、ボクに泣きついてきてなかったっけ?」


「よくそんなの覚えてるな」


 ジンリンが人の思い出したくないことを言ってきたので、もうこれ以上はいないでおこう。


「というか、テンポウはどうなの?」


「あ、いちおう昨夜のうちに訊いてはいたんだけど、なんかお家の事情でログインできないって。できても遅くなるかもって言ってた」


 苦々しい笑みを浮かべながら、ハウルは肩をすくめる。


「まぁ、アタシも今日はあまりログインできなかったんだよね。このあと綾姫と星天遊戯のほうで経験値稼ぎをしないといけないし」


「大変だねぇ……オレなんてログインしたら誰かいないかなぁくらいなのに」


 あれ? そういえばひとり忘れている気がするんだが、


「そういえば、メディウムさんはどうなの?」


 と、ジンリンが首をかしげながらハウルに訊いた。


「あっとメディウムさんは、リアルで修羅場を迎えてる」


 ハウルが頬をこするように言う。


「修羅場って、あの人が誰かと付き合っているって耳にしたことないんだけど」


 けげんな顔を浮かべながらそうたずねてみると、ハウルは慌てた表情で、それこそ「ちがうちがう」と両手で否定するように、


「そういう意味じゃなくてね、なんか勤めている会社の会議に必要な資料をまとめないといけなかったらしくて、それの提出日が明日までだったみたいなの。まだ一週間くらいあるから余裕余裕とか云っていたのに、ちっとも手をつけていなかったから、家で寛いでいたお父さんを捕まえて、怒鳴られながら資料の整理してるんだよ。そういうわけだからログインできる状態じゃないみたい」


 と、説明してくれた。

 あぁ、ハウルの父親であり、オレの伯父さんってすごい時間とか約束事には厳しいんだよなぁ。それこそ提出日は今日って言うくらいに。まぁそれはあくまでたとえ場の話なのだが。


「オレ、一度ばあちゃんの家で夏休みの宿題をハウルや綾姫と一緒にやってるときに、まだほとんど終わっていなかったから伯父さんにすごい叱られてるんだよなぁ」


 それもあってか、講師から提出日より先に出すと、

 ……もうすこし推敲してはどうかな? ちょっと提出するの早すぎるよ――と、心配されるくらいだ。いや早く終わらせて楽したいだけです。

 正直な話、大事な資料をまとめ終えていなかった……どころか、手をつけてもいなかったメディウムがわるいんだがねぇ。


「そういえば、ついさっき同じことを聞いたような気が」


 ジンリンがジッと、麗華さんに視線を向ける。オレやハウルもそれを倣った形で向けた。


「麗華、学生気分はまだ抜けんもんじゃな」


 ケツバが嘆息をつくや、「ほんと手伝ってくれない?」と麗華さんはケツバに懇願していた。



           ◇ ◇ ◇ ◇



 ログアウトして、さて昼飯にと階段を降りようとしたとき、


「そういえば、テンポウってログインしてたよな?」


 ということを思い出す。しかしハウルの話では家の喫茶店が忙しいみたいなことをいっていたような気がするのだが。


「……嘘を言ってるのか?」


 踵を返し、部屋に戻ってNODにログインしなおす。



 マイルームに入ると、


「あれ? おかえりなさい」


 ベッドの上で寛いでいたジンリンが、戻ってきたオレにおどろいた声で視線を向ける。

 それを感じながらフレンドリストを調べたが、



 ◇[フレンドプレイヤー]

  ・セイエイ  〈ログアウト〉

  ・ビコウ   〈ログアウト〉

  ・ハウル   〈ログイン〉【第二フィールド】

  ・メディウム 〈ログアウト〉

  ・テンポウ  〈ログアウト〉

  ・メイゲツ  〈ログアウト〉

  ・セイフウ  〈ログアウト〉

  ・白水    〈ログイン〉【第二フィールド】

  ・ローロ   〈ログアウト〉

  ・レスファウル〈ログアウト〉

  ・シュエット 〈ログイン〉【第一フィールド】

  ・ケツバ   〈ログアウト〉

  ・麗華    〈ログアウト〉

  ・コクラン  〈ログアウト〉



 すれ違いだったのか、テンポウの項目が〈ログアウト〉になっている。


「どうかしたの?」


「いや、オレが白水さんと一緒にいたときにテンポウと会話をしただろ? そのあとにハウルから、[テンポウは今日は忙しいから]って聞いているが」


「たしかお家の事情でだったよね? まぁ合間を縫ってじゃないかなぁ」


 そういうものかねぇ……と、妖精の言葉を鵜呑みにするわけじゃないが。


「嘘を言ったみたいな?」


「……なんの得があって?」


 ジンリンがもっとなことを言う。


「そういえば、リアルでテンポウさんのことを知っているんだよね? それだったら本人に聞いてみたらどう?」


「まぁそうしてみるか。それじゃログアウトするわ」


 そういって、ログアウトのボタンを押そうとしながら、妖精をみるや、彼女は笑顔で手を振っていた。



 戻ってきて、すぐさまスマホに登録されているテンポウごと里桜ちゃんに[線]を送ってみる。



 ◇ナズナ[里桜ちゃん、ちょっと聞きたいことあるんだけどいい?]


 ◇里桜[シャミセンさんから送ってくるって、めずらしいですね]


 ◇里桜[それで聞きたいことってなんですか?]


 ◇ナズナ[さっきまでNODにログインしていたんだけど、そこでハウルとあったんだわ。それで今日はなんか家の事情でテンポウがログインできないみたいなことを言ってたんだけど?]


 ◇里桜[もしかして、私が花愛に嘘を言ったと?]


 ◇ナズナ[いや、そんなつもりで聞いたわけじゃないけどね。ジンリンが合間を縫ってログインしたんじゃないかってフォローもしてるし、オレもそっちの意見なんだけど]


 ◇里桜[勘違いさせるつもりはなかったんですけどね。花愛に伝えたとおり、今日は本当だったら家の手伝いであまりログインできる状態じゃなかったんですよ。]


 ◇里桜[ただ、ちょっと嫌なお客が店に来て、ほかのウェイトレスがその接客をしていたんですよ]


 ◇里桜[その男性客が妙な、蛇が舐めるような視線でウェイトレスをみているので、私が注意に行ったんです。まぁそれでやめてくれただけいいんですけどね]


 ◇ナズナ[客商売なんだし、そういう客がいるもんだって諦めたら?]


 ◇里桜[それだったらまだいいんですよ。でもなんか妙なことを言ってましてね]


 ◇ナズナ[妙なこと?]


 ◇里桜[私は直に接客をしていたわけじゃないんですけど、なんか私と花愛が通っている高校にチクるとかなんとか]


 ◇ナズナ[そういえば、ふたりが通っている女子高ってバイト禁止なんだっけ?]


 ◇里桜[バレても停学どころで済めばいいんですけどね]


 ◇ナズナ[場合によっては退学もありえるってことか]


 ◇里桜[私の家の場合は家の手伝いって言えばなんとかなるんですけど。まぁそういうこともあって、腹いせにNODにログインしていたんです]


 ◇ナズナ[でもそこが君の家だとは知らない人もいるわけで]


 ◇里桜[それだったらまだいいんですけど、私としてはなんで私が彩梁女学院に通っている生徒なのを知っているかってことです]



 [線]のメッセージを読みながら、オレは「あっ」と声を挙げた。

 たしかに、里桜ちゃんが彩梁女学院に通っていることをどうしてその男性客が知っていたのかだ。

 里桜ちゃんの家は喫茶店だから、彼女が店に出ているときは店の制服を着ている。学校の制服を着ているというわけじゃないのだ。

 学校の制服というのは、どこの学校に通っているのかが判るようにデザインされている。



 ◇ナズナ[どこかで君にあったことがあったか、見かけたことがあったかじゃないかな?]


 ◇里桜[私もそうですし、花愛もそうですけど、基本スクールバスで通っているんですよ? 駅前で見かけるにしても朝の時間帯って人が多いですし、最寄のバス停で待っている人が多いから、見かけるにしても]



 突然、里桜ちゃんからのメッセージがとらえた。



 ◇里桜[すみません。お父さんから店の手伝いをしろって]


 ◇ナズナ[了解。ごめんね忙しいときに[線]しちゃって]


 ◇里桜[それは別にかまいませんよ。それから明日あたり花愛には事情を説明したほうがいいでしょうか?]


 ◇ナズナ[NODにログインしたこと? それだったら言わなくてもいいんじゃないか? 花愛は里桜ちゃんがログインしていたことに気付いてなかったみたいだし、休憩時間のちょっとした息抜きにログインしていたってことでいいじゃない]


 ◇里桜[わかりました。まぁ明日学校で会うので、聞いてきたら素直に事情を説明しますよ]



 まぁ、あとはふたりで……ってことなんだけども。

 そういえば、システム的なダメージ計算ってどうなのか星藍に聞こうと思ったんだった。

 すぐさまメールでそのことをたずねると、



 ◇送り主:孫星藍

 ◇件 名:その考えで間違っていませんよ。



 星藍からのメールは、いつもどおり件名に返事を書くスタイル。

 それならばと感謝のメールを送ってから、明日はバイトがないから、テンポウやコクラン、セイエイやハウル、ナツカや白水さんを誘って第三フィールドに行ってみないかと誘ってみる。


[それはいいけど、たぶんコクランはログインできないと思うよ]


 という返事が返ってきた。


「そういえば、今就職活動をしていたんだっけか」


 つまるところオレもそろそろ考えないといけないんだよなぁ。


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