第275話・謹厳とのこと


 時間を確認すると十二時手前になっていた。

 容疑者X(双子はその名前をわかってはいるみたいだが、メッセージでのNGワードの件もあり、いまだに名前をしらない)から襲われ、双子にもNODでおきていることが知られることになったのだが、双子は双子で、自分たちができることを優先し、無理なことはしないということで話はまとまった。

 それを約束してからのこと、一度ケツバへメッセージを送る。

 内容は簡略的に、

【少し話があるので午後から館をうかがってもよろしいでしょうか?】

 といった内容だ。

 メッセージタイトルの規制文字数ギリギリ三十文字。

 送ってから気づいたが、【うかがって】のところを【たずねて】とすればよかったか? 相手は目上の人なのだから謙譲語にするべきなのだろうけど。あと読点を入れるの忘れてた。

 などと送ってから悩んでいると、すぐに【坤刻までは待っておる】とケツバから返信が来たのだが、


「はて、何時まで待ってくれていらっしゃるのやら?」


 記入されている漢字が読めないし、そもそも何時とか書けばいいのにと思った。


ひつじさる。たぶん十五時までは待ってくれているってことかな?」


 妖精が唇に人差し指を添えるように説明してくれた。いや、それならそれでわかりやすくいってくれんものだろうか?


「ならそれまでは自由行動で――」

「ならそれまでレベル上げしておこうか?」


 ジンリンとの声が重なった。

 オレは双子と分かれて、そのままケツバのところに行こうと思ったのだが、ジンリンは午後三時になるまではケツバがログインしているのを知ってか、レベル上げを提案する。

 ――すこしはパートナーを休ませるという選択肢はないんでしょうか?



              ☆



 メイゲツとセイフウが、シャミセンとわかれてからしばらく経ってのことだった。時間は午後十二時をすこしすぎたころ。

 昼食時ということもあってか、ある程度のプレイヤー(それでも一万人ログインしたとしてその5%くらい)がリアルでの昼食を済ませようとログアウトしている。

 双子のほうも、時間的には昼食を取る時間ではあったのだが、この日はめずらしく両親は仕事の関係で休日出勤。祖父母も近所の自治体で行われているグラウンドゴルフ(わかりやすく言えばゲートボール)の大会に、夫婦そろって出場しているため、家には双子以外誰もいないのである。ふたりともまだログアウトして昼食をとりたいとはあまり考えていなかった。


「それはまためんどうなことになっているみたいね」


 双子は、エメラルド・シティの食事処で、あるプレイヤーと会食をしていた。そのプレイヤーは、双子からの話を聞くや、頬杖をつくようにため息をついていた。


ナツカ,,,さんもご存知だったんですか?」


 メイゲツが、目の前の、朱に染めたボディパーマの女性プレイヤーにそうたずねた。

 その女性――ナツカは波のような髪を手櫛でかきあげるように、


「ビコウからいろいろと相談には乗っていてね」


 と口にしてから、


「しかし、まさかあなたたちの知り合いも被害に遭っていたとはゆめにも思っていなかったわ」


 もういちど嘆息をついた。


「白水から聞いてはいたし、ケンレンが考えている人間の脳を操縦することも可能といえば可能なんだろうけどね」


「そんなことって、できるんですか?」


 セイフウがギョッとした目で言う。それをナツカは片目を瞑るように、


「理論的には可能でしょうね。直接電磁波を動かしたい部位をつかさどる脳の運動野を刺激すればその部分が動くわけだし、痛みのほうも刺激を感じる感覚野を刺激すればいい」


 と説明した。

 その説明を聞いてから、メイゲツは疑問に満ちた目で、


「それじゃぁ元からVRギアにはそういう設定ができていたってことでしょうか?」


 と、聞き返す。痛感設定がされているVRMMORPGをプレイしている双子も、その理屈はすぐに理解できた。つまりはもとから人のからだを操ることも可能だったということだ。


「どうかしらね。そもそもビコウの話ではリアルをもじっていてもあくまで模範であって、ショック死するほどの衝撃を与えることは制御していたはずって言っていたから」


「それがどういうわけか人が死ぬようなことがおきてしまっている」


 ナツカは一度、テーブルの上にある自分のコーヒーカップに口を添え、口の中をうるおしてから、


「実際は投身自殺か心不全となっているし、被害者が所有しているVRギアのHDDはオシャカになっていて調べようがない」


 そう口にしながらも、ナツカ本人はマミマミのVRギアから検出された不正アカウントのことが脳裏によみがえっていた。

 そして今回、シャミセンと双子が遭遇することとなってしまった魔女の失態。

 いや、失態というべきだろうか。ナツカはふとそう思った。

 ビコウたちから聞いた話では、突然なにかを切欠として記憶の欠如が起きてしまっていたと聞く。

 それが魔女の仕業だったとして、それならばなぜ今回はそれが起きていないのか――。


『もしかして、人の記憶を消すにはなにかしらの条件がある?』


「どうかしたんですか?」


 メイゲツに声をかけられ、ナツカは「あっ」と声を挙げるように、双子のほうへと視線を向けなおした。


「いいえ、なんでもないわ。それにしてもあなたたちも貧乏くじを引いたというか、まぁ巻き込まれてしまったというべきか」


「それならもうふたりとも納得しているので」


「困っている人がいたら助けてあげたいですしね」


 双子の言葉に、ナツカは片眉をしかめる。


「まぁふたりがそうしたいならいいけど、あんまり火遊びをするとあぶないわよ」


「「わかってます」」


 双子は危険なことに首をつっこんでいるということを重々理解している。……のだが、


「そういう意味じゃないんだけどなぁ」


 双子を見据えながら、ナツカはどうしたものかと苦笑を浮かべる。

 ナツカは双子が思っていることとはまったく間逆の意味で『火遊び』を控えるようにといったのだ。

 女の子が、それこそ自分の危険をかえりみずに、異性のために何かをするということは、それに対して好意を持ってるということは世の常である。

 目の前の双子もそうだが、セイエイにいたってもおそらくだが共通して無意識に相手のためになにかをしたいと思ってしまうのは、幼心からくるむこうみずだろうとナツカは苦笑する。

 ただ、双子の行動としてほめるべきところは、自分たちで決めず、第三者に相談して、ワンクッションをおいているということ。

 ナツカはあまりそのことを口にはせず、傍観することにした。


「つまり、二人はその被害者のことをサンドバギーさんに聞いて、それをシャミセンや私たちに教える。それ以上は首をつっこまないってことでいいのかしら?」


「そういう約束ですから」


 メイゲツは納得した声で言うのだが、


「オレは一発ぶん殴りたいくらいですけどね」


 逆にセイフウのほうは憮然とした声色で愚痴をこぼした。


「あのねぇ、実際人が死んでいるのに、私だって二人をそんな危険な目にあわせようなんて思わないわよ」


 ナツカは、そう決意表明した双子に対して、それこそそう聞かされたシャミセンとジンリンの態度と同様に、苦笑を浮かべるように肩をすくめた。



              ☆



 ケツバと麗華がいる屋敷のほうへと訪れる手前、エメラルド・シティに行く途中のことだ。転移魔法で行かないのかという意見が出てきそうだが、サポートフェアリーいわく…………。


「歩け。今回の件でもそうだったけど、きみの経験値だと直接魔女と闘うこととなったら普通に負けそうだから」


 らしい。……要するにいまオレとジンリンが魔女として疑念を抱いているプレイヤーのステータスからして、オレのステータスでは倒すどころかとめることすらできないということらしいのだ。


「あのさぁ、あれだよ? 半世紀前に出た国内初の本格RPGのフィールド画面みたいに、最初の町から竜王の城が見えても、大河に阻まれていけないのは、それまでにレベルを上げろって言う暗示でもあるわけだしさぁ」


 そのシリーズ、今も続いていて、ここ最近ナンバリングが30までいってなかったか?


「町まで歩いて、モンスターに遭遇したら問答無用で戦闘しないとね。ボクもいいかげん第三フィールドには行ってほしいところだったし」


 回復は? JTは自動回復するからいいとして、HTの回復するいとまくらいくれても……。

 そんなことを懇願したような顔でジンリンを見据えたが、


「そんなことしてたらレベルあげの時間がなくなるでしょ?」


 妖精の、天使のような悪魔の笑顔で一蹴された。



「あら?」


 さてどうしたものかと、頭をかきながらも足をエメラルド・シティへと向けたときだった。

 聞き覚えのある淑女の声が聞こえ、そちらへと視線を向けるや、

 目の前の、千草色の法衣ローブをまとっている女性プレイヤーが首をかしげるようにオレを見据えていた。


「こんなところでレベル上げですか?」


「白水さん?」


 白水さんは、顔を法衣ローブのフード部分で隠してはいないのですぐにわかったのだが、NODでは顔をフードで隠せるので、素顔を見られないようにするにはそれ以外にないそうだ。

 テンポウから聞いた話では、【陰行shadow】が使えるにもまず魔法文字の『O』が使えないといけないそうだが、実を言うと簡易ステータスも隠すことができるらしい。といっても、基本的には偶然の産物らしいが。


「白水さんはこんなところでなにを?」


「あぁ、さきほどまでナツカやビコウさんと一緒にPTを組んでレベルを上げていたんですよ」


 白水さんの簡易ステータスを見てみると、


 ◇白水/Xb18/【風属性魔法使い】


 と表示された。


「風属性ってことは、第二フィールドのフィールドクエストをクリアしたってことですか?」


 オレの肩に腰を下ろしていたジンリンが白水さんのところへと浮揚し、そうたずねる。


「まぁ攻略法はビコウさんたちから聞いてましたからね。ちなみにそのときはわたしとナツカ、それからケンレンさんも一緒に攻略しましたよ」


 白水さんが、そのメンバーでヴリトラの湖におけるクエストに挑戦したのはわかったのだが、PTメンバーにすこしばかり違和感を覚え、おもわず首をかしげてしまった。

 ナツカと白水さんと一緒にケンレン――NODこのゲームではコクランという名前でログインしている彼女がいっしょだというのは、ビコウとテンポウが先にクエストをクリアしているため、コクランはその二人と一緒にフィールドクエストは挑戦できない。

 ナツカと白水さんもそれを承知の上で、コクランと一緒に挑戦してクリアしたと思っていいだろう。


「星天遊戯だといつもビコウたちと一緒にPTを組んでいるようなもんだったからちょっと勘違いしてた」


「あはは、まぁ付き合いで言えばリアルでは私のほうが長いですけど、ゲームではナツカはそちらのメンバーとのほうが長いですからね」


「そちらって?」


 その時のことを思い出したかのような、憐憫とした白水さんに、オレはいぶかしげな視線で問い返す。


「前にナツカがほしいと言っていた『水神の首飾り』をシャミセンさんが手に入れたときに、あなたと一緒にいたメンバーですよ」


 となれば、ビコウとケンレン、そしてテンポウということか。

 はて、それならなんでビコウたちはオレなんかとPTを組んだのだろうか?


「ボクはそのときになにがあったのかは知らないけど、なにか理由があったんじゃない?」


 ジンリンが、今度は白水さんの肩に腰を下ろしていた。迷惑だから速やかに離れろよ。


「――理由?」


「そんな複雑なことじゃないんですよ。要するにイベント参加をするためにはギルドに所属しているプレイヤーはその中からPTを組むことしかできないんです。ビコウさんやセイエイちゃんたちはそもそもどこのギルドにも所属していませんから」


 それを聞いて、ナツカは本来ならビコウたちとPTを編成したいと思っていたことはすぐにわかった。

 とはいえ、そもそもビコウは星天遊戯でのイベントは参加ができず、できてもポイントはほとんどもらえないらしい。そのときのイベントも、あまりプレイヤーがいないところで身を潜めていたみたいだし。


「それでやはりレベル上げですか?」


「見てのとおり、そこの妖精いわくまだ弱いらしいです」


 オレが指でジンリンを示すや、


「ゲームが下手なキミだとね、正直レベルを上げてステータスをあげない以上手厳しいところがあるとは思うよ」


 妖精はあきれ顔で言い返してきた。


「それはいいけど、モンスターがポップされてるよ」


 「んっ」……と、そちらに意識を向けろと妖精は片眉をしかめた顔で、あごをしゃくった。

 オレのうしろにモンスターがポップされたらしい。



 ◇J・O・L1/Xb10/属性【闇】

 ◇J・O・W1/Xb10/属性【闇】

 ◇J・O・L2/Xb10/属性【闇】

 ◇J・O・W2/Xb10/属性【闇】



 頭文字で表記された二種四匹のモンスターが姿をあらわしていた。

 J・O・Lは蝙蝠傘のように破れたマントをはおって鎌をかまえており、J・O・Wは煌びやかな首飾りをつけ、同様にマントを羽織っている。

 それぞれ共通して南瓜を被っているので、おそらくだが元はジャック・オ・ランタンか、それともそれに属したものとかんがえるべきだろう。


「あれ? それだとJ・O・Rになるんじゃ」


 たしかそんな感じだったと思う。

 ランタンはそのままの意味で吊り下げ式のランプのことだったはず。だが、J・O・LやJ・O・Wはどういういみなんだろうか。


「そういう戦闘中なのに熟考してしまう癖をどうにかしたほうが――***っ!」


「魔法盤展開ッ!」


 ジンリンの、オレを戒めたような叫び声と同時に、白水さんが左手に魔法盤を展開させ、


【CHNQR CTFYV】


 と、光属性の魔法文字が展開されるや、光の槍がシャワーのようにモンスターたちへと降り注いだ。


「「ぐぅおぉおおおおおっ!」」


 ふたつの悲鳴が聞こえた。ということは食らったのは二匹のみでしかも弱点属性を食らわせても一撃で倒せるわけではなかった。


「全体攻撃みたいなやつでも食らわない場合があるってことか」


 そこがNODというかフィールド全体を使ったアクションRPGのメリットであり、デメリットだろうなと思う。

 ようするに攻撃範囲内に対象がいないとどんなに強い攻撃でも暖簾に腕押し、糠に釘といったところだ。


「だからといって逃さんよ」


 左手に魔法盤を取り出し、


【AYWFVCWZVJ】


 魔法文字を展開させ、スタッフを間合いを取ろうと後ろへと下がっているJ・O・L1へと向けるや、その先から水の渦が噴出し、J・O・L1を飲み込むようにして空へと押し上げた。


「魔法盤展開ッ!」


 即座に白水さんが魔法盤のダイアルを回し、


【CHNQR GZA】


 魔法文字を展開させると、光をまとった弓矢を構え、空中に放たれ身動きが取れないでいる(そもそも浮かんでいるのにそういう状態なのはどうもスタン状態だかららしい)J・O・L1へと狙いを定め、一撃必殺。鏃は南瓜のマスクを射抜くと、中の液体(もしくは血?)が空中で飛び散り、J・O・L1は光の塵となって空中でぜた。


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