第276話・効験とのこと


「――っ」


 空中で南瓜頭を爆発させたJ・O・L1を見上げていた白水さんが、なにか違和感ともとれるものを覚えたのか、パッとうしろへと跳び退すさんだ。

 その一瞬、空中で倒したはずのJ・O・L1が、それこそなにこともなかったかのように大きな鎌を振り上げ、大気を切り落とすかのごとく突風を地上へと放った。

 それこそ一歩、いやワンテンポ遅かったら巻き込まれていたといえるほど、白水さんがいた,,場所を鋭利な刃物が一閃し、地面を抉り取っていく。


「くっ!」


 その衝撃からか、地面からは砂のエフェクトが粉塵ふんじんのように舞いあがり、オレや白水さんを飲み込もうとする。それをとっさに腕で目をおおうように防いだが、それがあだ,,となったのか、


「しまった!」


 ふたたび空中を――J・O・L1がいた場所を見据えたが、やつのすがたがない。


「っ――しくったか」


 白水さんが苦渋の声音を吐き出した。

 白水さんの、星天遊戯における職業は狙撃手スナイパー。その戦闘スタイルは、どうやら慣れもあってか、NODでも変わらないようだ。

 狙撃手スナイパーにとって獲物を仕留め損ねるのは、相手に場所を教えるようなもの。獲物の弱点となる属性を付加した魔法武器を介して、なおかつクリティカルダメージを与えることができれば、一撃――もしくは瀕死状態に貶めることはできる。

 また遠距離攻撃に優れた職業でもあるため、余程のことがなければ逃げおおせることも視野に入れられる。

 しかし――いまのは……。


「た、倒したはずでしたよね?」


 その一部始終を見ていたオレのほうが狼狽するほどだった。

 攻撃を仕掛けた白水さんがさらに顔をゆがめる。

 透き通った白い肌が見る見るうちに紅潮していくのを見て、苛立ちを隠し切れないのは目に見えた。


「倒したはずです。現にJ・O・Lは空中で爆ぜていますし、簡易HTも全壊していました」


 隔靴掻痒かっかそうようといえるその声からして、かなり悔しかったらしい。

 空中で爆ぜたはずのJ・O・L1が、なにごともなかったかのように姿をあらわし、大鎌を振り下ろして攻撃を仕掛けてきている。

 サンロードみたいに何回も倒さないといけないのだろうが、それだったらすごいめんどくさいな。

 めんどくさいなぁ……めんどくさいなぁ――。

 うむ、愚痴をこぼすのはこれくらいにしておこう。


「倒す方法が他にもあるって事か」


 しかし、白水さんの言葉通り、たしかにJ・O・L1のHTは全壊したのだ。つまりは復活したということになる。


「もしくは――***、ちょっと試してほしいことがあるんだけど」


 ジンリンがオレのところへと飛びよっては、耳元で助言する。

 ちらりとみた妖精の顔は、それこそなにか理科の実験をするようなこどもの顔だった。

 うん、あれだな。勉強は嫌いだけど、理科の実験ってなんかそれだけで楽しいって気がするんだよ。


「それって大丈夫なのか?」


 ただ不安が(前に歌姫スキル【ミサ】の魔法文字を失敗したこと)があるため、いぶかしげな目で聞き返す。


「試してみる価値はあると思うよ。現に白水さんはそれで失敗してしまった可能性があるから」


 魔法盤を取り出し、


【XNKHWQNQK】


 と、魔法文字を展開させると、スタッフをJ・O・Lに狙いを定める。スタッフの先から雷光が走り、J・O・Lを射抜いた。


ライトニングLIGHTNING?」


 白水さんが、意外な魔法だったのか、ギョッとした顔でオレを見据えてきた。


「くぅぐぐぐ」


 ダメージを食らったのか、J・O・Lの南瓜の頭に描かれている顔のようなものが苦悶の念を見せる。


【YUF】


 続けて魔法文字を展開し、スタッフを変化させたのは、なんの変哲もない、ただのちいさなAXEである。

 それをJ・O・Lに投擲したが、J・O・Lのからだを水にものを投げ入れるかのように手応えもなにもなかった。

 光属性と闇属性のモンスターには、スキルなどと関係なしに、無属性の攻撃はダメージが通じないのである。



 この一部始終を見て、|


「うっしゃぁっ!」


 ――と、雀躍じゃくやくしているのはうちの妖精だ。

 それこそ小さくどころかおおきくガッツポーズを取るほど。


「――思ったとおり。こいつ――『魔法属性を付加させていた武器』は食らっているようにみえて、まったく通じていなかったんだ!」


「どういうことですか?」


 ジンリンが、しめた、と口角を上げたのに対して、白水さんとオレはその理由がわからず、片眉をしかめていた。


「簡単なこと。相手の属性は【闇】。NODでは闇属性のモンスターに物理攻撃は通用しない」


 たしか闇属性と光属性のモンスターには物理攻撃は通じないが、属性をつけた魔法武器にはダメージがあるんだっけか。


「で、でもそれならどうして私の攻撃は失敗に終わったのでしょうか? ただの武器としてではなく、光属性を付加させているのに」


 白水さんはけげんな顔で妖精に詰め寄ると、


「だからそれがまずひっかけになっているんです。白水さんがつかった魔法武器は、光属性を付加させた弓矢。弓矢自体は物理……実際に触ることができるやつですよね?」


 言われ、オレはもちろんのこと、白水さんも喉を鳴らした。


「なるほど、それなら合点がいく」


「つまり、J・O・L……もしくはJ・O・Wには物理――『魔法武器が通じない』――ということですね」


「そういうことです。それに最初白水さんが放った広範囲の魔法攻撃に対してはたしかにダメージを食らっていましたから」


 ジンリンはふんぞり返るように胸を張った。

 たかだかフィールド上に出てくるくらいのMOBが、攻撃魔法で倒せないことはないのだ。

 結局、白水さんの魔法武器が弱くて倒しきれなかったのではなく、もとから武器,,では倒せなかったということだ。


「アンデット系の弱点みたいなことはどうなのかね?」


「回復魔法で倒すとか? さすがに運営も考えているって」


「それなら、こういうのはどうでしょうかね」


 白水さんは、パッと前へと躍り出るや、左手に魔法盤を取り出す。


「きぃしゃぁ」


 J・O・Wがパッと泥の塊をオレたちのほうへと投げつけた。


「おっと」


 それをスタッフではじくように壊したのだが、


「んっ!」


 その中からムカデのような、得体の知れないうねうねとした虫のようなものがパッとはじけるように飛び出してきた。


「にゃろぉ!」


 それをもう一度振るい落とそうとしたが、虫の足が衣服の繊維に絡み付いて墜ちようとはしない。

 それどころか――腕から肩へと駆け上がってきた。


「くそっ!」


 激しく法衣ローブの袖を振るが、虫はいっこうに落ちる気配がない。


「――っ! 落として! ***っ! それ絶対落として体に寄せ付けないでっ!」


 ジンリンがそれこそ虫嫌いではなく、その虫の怖さを知っているかのような反応で叫んだ。


「動かないでください」


【CTXYCH】


 白水さんの声に、それこそ誘われたかのように彼女のほうを見やるや、手にしたワイトをこちらへと向けると同時に、水を吹きかけられた。


「わっぷ?」


 その水のいきおいははげしく、法衣ローブについていた虫が吹き飛ばされていく。


「た、たすかった」


 そのかわり、水でびしょびしょの濡鼠ぬれねずみですけどね。


「さ、さすがに今のはヒヤッとした」


 ジンリンが、また不吉なことを言いなさる。


「あの虫ってなにかあったの?」


「あぁあれ? あれはたぶんだけどシデムシだったんじゃないかなぁ」


 はてな、聞いたことあるような、ないような――。


「あっと、漢字だと『死出蟲』って書いてね、それに肌が触れると虫の体をおおっている毒針に刺さって、一定時間で死ぬんだよ」


「それを先に言え!」


 なんならいっそのこと法衣ローブごと脱ぎ捨てておったわ!

 そういおうとしたが、どうやらその効果は戦闘が終わるまでらしい。


「***って、ゲーム以外のことのほうが運がいいんじゃないかな? これだって近くに白水さんがいたから対処できたわけだし」


「あっ、でも――落ちたシデムシはどうなるんだ?」


「それなら大丈夫。シデムシ自体のHTは1くらいしかなくて、落ちた瞬間に叩き潰されるから」


 なるほど――ではなく、それを泥球のなかに紛れ込ませて投げてくるJ・O・Wをどうにかせんといかんじゃろうに。


「「魔法盤展開ッ!」」


【CHNQRVYNQ】


【CHNQRCWZVJ】


 前者、白水さんがはなった『光の雨shinyrain(広範囲攻撃魔法)』が、J・O・L1とJ・O・W1に降り注ぎ、ダメージを与えていく。溢れたJ・O・L2とJ・O・W2を、オレが展開した『光の嵐shinystorm』で飲み込もうとしたのだが、


「攻撃範囲外だったみたいだね」


 妖精の言うとおり、J・O・L2が、攻撃範囲外の空中にいたせいもあって、ダメージを与えることができなかった。


「きぃしゃぁっ!」


 そのJ・O・L2が大鎌を振り上げ、地面へと振り下ろす。

 その衝撃波が地面を抉り、その余波がオレや白水さんへと向かってきた。

 その余波を飛び上がって避けようとしたのだが、


「おわっとぉ?」


 足に引っかかるや、前のめりになって地面に叩きつけられた。


「……なにやってるの?」


 これには妖精も苦笑を強いられる始末。


「キミさぁ、あれだよね? ゴム跳びとかすごい苦手そうだよね?」


 またすごい懐かしい遊びをたとえに出してきたな。

 しかしゲームなのだから軽く自分の身長くらいは跳べると思っていたんだけど、うぅむ当てが外れたか?


「そういえばビコウさんが言ってましたけど、『魚が陸で歩くようなもの』ということらしいですよ」


 白水さんの言葉に、おもわず、はてなとくびをかしげた。


「どういう意味でしょうか?」


 ジンリンも、片眉をしかめるように聞き返している。


「おそらくですが、脳がこれ以上のことはしない、もしくは怪我をすると躊躇してしまうこと以上のことはできない……とかそんな意味かと」


 白水さん自身も、けげんな顔を浮かべていらっしゃる。


「あぁっと、たぶんだけど***がさっきの衝撃波を跳んで避けようとしたけども、その後受身が取れるかどうかわからないし恐怖心があったからあまり高く跳べなかったみたいなことじゃないかなぁ」


 妖精が的確な説明をする。それなら合点がいくのだけど、

 ふとこの話を聞きながら、頭の中ではセイエイやビコウのことを思い浮かんでいた。

 うん、あの二人だったら、そもそもゲームだから実際死ぬわけじゃないからかなり危険な行動も平然とした顔でやり遂げているのだ。なんかこっちの斜め上を行っている気がする。


「どうやって避ける?」


「避ける以前に倒せばいいでしょ?」


 回避方法を考えているオレに対して、ジンリンが哀れんだ声で言い返した。うん、キミもそうだけどなんでオレの周りには戦闘狂がおおいんだろうか?


「きゃきゃきゃきゃ」


 J・O・W2が嬉々とした声を発し、泥団子をなげつけてきたのだが、


「さすがに二度も同じ目にはあうまいて」


 パッと回転するようにそれを避け、


「魔法盤展開」


 右手に魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。


【XNKHWQNQK】


 展開させた魔法文字は『光の矢LIGHTNING』。それをスタッフから放ち、J・O・W2の南瓜頭を射抜く。


「くぅしゃぁっ!」


 奇怪な断末魔とともに、J・O・W2は天に召された。アーメン。



 ◇ドロップアイテム【南瓜鋏パンプキン・シザー】を手に入れました。



 アナウンスが表示されると同時に、J・O・W2がいた場所にはハサミがポツンと落ちていた。

 それを拾い上げると、ポンッというSEとともに、オレのアイテムストレージへと保存される。



 ◇戦闘が終了しました。

 ◇経験値……3【35/170】



 それと同時に、戦闘のリザルトが表示される。白水さんとは別にパーティーを組んでいたわけではないので、自分で直接たおしたJ・O・W2からの経験値しかもらえなかった。

 まぁそれはいいとして、ドロップしたアイテムの詳細でも見ますかね。



 ◇【南瓜鋏パンプキン・シザー】/アイテム/ランクUC

  ・持ち手が南瓜の形をした鋏。

  ・プレイヤーのCWVによって切れる素材が変化する。

  *1~25=ダンボール 26~50=アルミ

  *51~75=石 76~100=宝石



 今現在の、オレの攻撃力CWVは30だから、このハサミで切断できるのはアルミ程度ということになる。

 はて、アルミくらいだったら別にそんなに高くなくてもいい気がするが、


「あのねぇ、ハサミにもいろいろと種類があってね。普通のハサミだと薄い紙は切れてもダンボールになるときれいに切れない場合があるでしょ? ハサミの刃部分の強度が違うんだから、文房具くらいの安いハサミで樫の枝を切れないのって言っているようなもんだよ? 今のキミの顔って」


 と、妖精はためいきまじりに肩をすくめた。


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