第266話・図譜とのこと


 さても、コクランにNODでおきている事をつぶさに教えるや、


「えっと、つまり……その、シャミセンの恋人だった人、、、、、、が、VRギアのテストプレイに参加していて、ある出来事がきっかけでNODのデータサーバーにその人の記憶がデータとして残っていた」


 と、それこそ眉唾物だといわんばかりに訝しい顔を浮かべた。


「で、それがジンリンさんだったってこと?」


 ハウルが、オレの肩に座り、顔を俯かせている妖精を見据えた。


「でも、なんでそんなことがわかるの?」


 セイエイが首をかしげるように云う。


「まぁそれとなくお互いにしかわからない部分もあったんじゃないかしらね」


 ビコウがすがめるようにジンリンを見据える。


「それこそ、本当にゲームだけのNPCだとしたら、こんなに親身になってシャミセンさんのことをサポートするとは思えないし」


「まぁ、辛辣……とはいかないにしても、普通のNPCだったらまず高々いち個人でしかないプレイヤーに対して親身になるなんてことはないだろうし」


 コクランは、納得のいかない表情を浮かべながらも、ジンリンの正体が漣だということに関しては、これ以上の穿鑿せんさくはしないらしい。

 いや、というよりは……、


「シャミセンの元カノがVRギアのテストプレイに参加していて、その時に人為的な事故に遭ってしまった。しかもそれが星天遊戯でおきたマミマミのこととかすかながらもかかずらっているわけか」


 と、嘆息をついていた。


「それにしても、ジンリンさんって、本当に*さん――」


 ハウルが言葉を発するや、一部分がNGワードに引っかかった。

 それが不服というか、腑に落ちないといった表情で、


「…………っ、なんで*さんの名前が言えないの?」


 と、ハウルはオレやジンリンを見据えた。


「ビコウ、たしかこのゲームってクエストに関係している部分の情報交換以外だと、プレイヤーの本名も言えない仕様じゃなかったかしら?」


 コクランの言葉に、ビコウはうなずいてみせた。


「ちょ、ちょっと待ってください! それじゃ*さんがプレイヤーとして登録されているってことですか?」


「それもあるんだろうけど、ゲームに重要な部分もあったんだと思う。NODでおきている事件を引き起こしている魔女の名前もNGワードとして規制されている」


「もちろんこのゲームのクエストと関係しているという考えも拭い切れないけど……ボクとしては、どうしてケツバさんの屋敷で今回の事件について話をしていたときに、シャミセンさまの本名を口にできなかったのかが気になるわけでね」


 ハウルが度を失った問いかけをするや、オレとジンリンは憂いを孕んだ声で応じた。


「あれ? ケツバさんのところでNPC状態ではない彼女と一緒に話す機会があってそういう状態になったってことは、それって要するに魔法版における【暗号CIPHER】と同じ状態ってことよね?」


 同じセーフティー・ロング社の社員であるビコウが、ジンリンの言葉に口を尖らせる。


「たしかその状態だと、本名は規制されていないはずじゃ」


「でもどうも魔女はボクにシャミセンさまの本名を言わせる気はないみたいで」


 ジンリンは、ザンリが自分に科した呪術がどういう経緯でそういうことをしているのかが判然としておらず、たしょうなりとも苛立った声を挙げる。


「えっと、シャミセンさんはなんかジンリンさんがシャミセンさんを呼んでいるときは分別ができているみたいなんですけど」


 そんなジンリンに、テンポウが肩をすくめるように訊いた。


「あぁそれは――」


「あれ? ジンリンがシャミセンと話をしているときの声ってすごく柔らかいけど?」


 と、それこそまるでインターセプトのごとく、オレが説明しようとしたのをセイエイが横取りするかのように首をかしげた。

 それこそ、なんでみんな気付いてないの?……といった顔だ。


「……な、なんでそんなことがわかるというかなんと云うか」


 それを云われて、妖精はどういう顔を浮かべればいいかわからず悶々としている。


「セイエイ、なんでそんなことがわかるの?」


 コクランの苦笑に対して、


「……っ? 話を聞いているとジンリンはシャミセンの大切な人だったんでしょ? ジンリンにとってもシャミセンは大切な人だったみたいだし、嫌いな人だったら一緒にいたいなんて思わない」


 と、セイエイはそれこそ自分がなにか間違ったことを云っているだろうかと云ったけげんな表情。


「なるほど、シャミセンさんがジンリンさんにしたことを考えたら嫌われてもおかしくないのに、今でも親身になってシャミセンさんをサポートしている。セイエイちゃんがそういう風に思うのも無理はないか」


 テンポウが合点がいったように苦笑を浮かべた。

 そんなテンポウの言葉に、


「えっと、***? なんでテンポウさんは前々からボクがキミのせいでネットの中でもいじめられていたことを知ってるのかな?」


 と、ジンリンがオレの目の前を浮揚しながら、顔を近づけてきた。


「あっ……とですね? うん、これは別にオレが悪いわけじゃないからな?」


「そ、そうですよ。私が***さんのことを知ったのは、まったく関係のない掲示板の三文ホラーの書き込みでしたし」


「うん、まぁそれに関してはもういまさらだからいいけどね」


 ジンリンは咳払いしわぶきをはさむと、


「ボクが【暗号CIPHER】状態同然であるケツバさんのところでシャミセンさまの本名なまえを口に出せなかったことは魔女が関与していると思って間違いはないよ」


 彼女本人は納得がいっていないが、そういわざるを得ない状態だからか、奥歯に物が挟まったような不快な表情を浮かべた。


「もうひとつ、さっきコクランがいっていた痛感設定を使えば人を動かすことも可能だという点。VRギアの設計をかんがみれば、わたしがその実験に携わっていたからそれが正解だと思ってもいいと思う。あくまで仮説でしかないけど」


 ビコウが簡易的な丸テーブルに頬杖をつきながらため息をついた。


「つまり、酷な話をすればそれ以上にその魔女に関してわからないことが多すぎるってことね?」


 コクランが、オレやビコウ、ジンリンを見渡すように肩をすくめた。

 それに対して二人はなにも言い返さない。おそらく黄婆コクランの言ったとおりだからだろう。


「あれ? そういえば煌兄ちゃん,,,,,……あれ?」


 俺に呼びかけようとしたハウルが、腑に落ちないといった顔で首をかしげた。


「どうかした? ハウル」


「いや、私って今煌兄ちゃんのことを口にしているけどNGワードになってないよね? ジンリンさんも、煌兄ちゃんのことを煌くんとかそんな感じで口にしているんですよね?」


 ハウルが狐につままれたような顔色で、妖精に疑問をぶつける。


「そうだけど……どうもボクにかんしてはそれすらも口にしてはいけないみたいでね」


 ジンリンは眉をしかめるが、「まぁ本人に伝わっているから別にいいけど」と苦笑いを浮かべた。


「おねえちゃん、わたしの名前を言っている時って本名だよね? それでなんでNGにならないの?」


 そんな二人のやり取りを見ながら、セイエイはビコウに思ったことを訊いていた。


「わたしもそうだけど周りからは本名だとは思われないでしょ? 知っていてもリアルで会ったことのある人くらいで、結構限られてくるだろうしね」


 そんな姪子セイエイの疑問に、叔母ビコウは答える。


「まぁわたしと恋華は例外として考えるとしても、やっぱり今のハウルみたいにシャミセンさんをあざなで言えているということは、それに関してのNG規制は受けていないってことですね」


 ビコウの言葉に、納得はいかずとも、今は無理にでもそう思わないといけないか。


「まぁそこは納得するしかないか……といっても、やっぱり根本的に考えて、ジンリンさんを実験に使ったマミマミは一発ぶん殴りたいけどね」


「まぁそれに関しては死人に口なし。本当にマミマミが関わっているのかってのもわからないし」


 ビコウは、打倒ザンリ……といきこんでいるコクランを、それこそ思案投げ首らしく肩をすくめた。


「押収したマミマミのVRギアからは? なにかわかったことはなかったのか?」


「それに関してですけどね、一応本社である中国のほうで調べたんですけど、前に話したとおり不正アカウントを作って星天遊戯の中国サーバーで息を潜めていた以外に判明したことはないんです」


 マミマミがまだ生きていたと思われる時期は、四月頃のことだから、それからすでに半年は経っている。

 本体は死んでいても、データとしてはまだ生きているかもしれない。

 オレとビコウ、セイエイが倒したロクジビコウ――マミマミだって、もとがデータでしかなく、そのバックアップがセーフティー・ロングが管理しているデータサーバーの中に潜んでいても、よもや可笑しくないと思ってもいいだろう。


「【四龍討伐】の時にはすでにデータだけの存在になっていた」


「まさかとは思うけど、神様にでもなったつもりかねぇ」


 コクランはそう口にしながら、ビコウを見据えた。


「……なに?」


 その視線を不審に思ったビコウが、訝しげな声で聞き返していた。


「いや、星天遊戯におけるあんたのステータスって、あれだったよね?」


「まぁ【閻々鏡えんえんきょう】っていうユニークスキルを持ってるから今は決闘以外でのデスペナはないというか、死ぬ前に逃げの一手として【解鎖法】とか【定身法】とか使ってるからなぁ。実際不死身ってわけじゃないし、わたしは星天遊戯に関しては死んだらアカウント消される誓約を科せられてるわけだし」


 ビコウの言葉に、オレはどうくちにすればいいかわからなかった。


「あ、これはあくまで星天遊戯で費やしてきた今までのプレイヤーアカウントが消されるだけで、VRギアのデータが消されるわけじゃないですよ。それにユニークスキルはベータテストに参加していたプレイヤーにつけられるやつですから」


 不安そうな顔を浮かべていたのだろう。

 オレを見据えながら、それこそ安心させるようにビコウはそう説明した。


「いやそうじゃなくてな、なんかこういままで積み重ねてきたことをちょっとしたことで崩れるってのは精神的にどうかなぁって」


「あははは、それこそ愚問ですよ。わたしはスタッフとして星天遊戯に参加をしていますけど、さっきコクランが言っていたとおりステータスに関してはちゃんと自分でレベルを上げた末での結果ですから。もちろん死なないことが大前提ですけど」


「まぁビコウさんのステータスが高いのって、シャミセンさんと一緒で深夜ログインはほとんどしていないから、人が学校に行っているときとかひそかにレベル上げとかしていたと思いますし」


 テンポウが両手を挙げるように肩をすくめる。


「あら? それはちょっと聞き捨てならないわね。平日とかはスタッフからお願いされてバトルデバッグとかしていたから、毎日ログインしていたとしても、実際フィールドに出てレベル上げとかをしてもせいぜい四時間くらいよ」


「それでマックスレベルだからなぁ。未だに本気のチビザルに勝ったためしがないわ」


 コクランはベッドに腰を下ろすと、うんと腕を伸ばした。


「それはいいけど……どうしたのよ? そんなに蒼白あおくなって」


 と、コクランはセイエイのほうを見るや、焦燥の顔色を浮かべていた。



「お、おねえちゃん……シャミシェェンッ」


 と、セイエイがそれこそ助けを求めるような眼で俺たちを見ていた。それこそ目じりに涙を浮かべるほどに。


「ど、どうかしたの?」


「さっきサクラからお風呂が沸いたってメールが来たよね? それを無視してみんなの話を聞いてたら、フチンから『いい加減風呂に入らないと、お前と星藍のVRギアのアカウントを剥奪するぞ』って、セーフティー・ロングの運営メッセージで来た」


 ちょ、ボースさん? さすがにそれはやりすぎだと思うんだけど。

 いや、お風呂に入れって言われて無視していたセイエイも悪いといえばそうなるんだろうけども。

 さすがにちょっと職権乱用すぎやしませんかね?


「わぁああああああっ! 恋華っ! あんたログアウトして急いでお風呂入ってきなさい。わたしもあとでちゃんと兄さんに遅れた理由をいって赦してくれるようにお願いするからぁ」


 慌てふためくビコウに促され、セイエイは急いでログアウトをしようとする。


「そういえば他のプレイヤーの部屋にいる状態でログアウトするとどうなるんかね?」


「特に制限はないかな。ログアウトしても次にログインするときはプレイヤーそれぞれのマイルームだしね」


 ジンリンはそう口にすると、


「シャ、シャミセンまた明日ね!」


 セイエイがそう別れを告げ、光の粒子となって消えた。


「そ、それじゃぁわたしも今日は早いけどログアウトしますね」


 それを追うようにビコウもログアウトしようとウィンドウを開く。


「あ、ごめんね二人とも」


 とテンポウとコクランに頭を下げる。


「あははは、まぁこういうこともありますよ」


「そうそう、今に始まったことじゃないからねぇ。まぁボースさんによろしくね」


 と、さほど気にしてはいないようで、テンポウとコクランは苦笑を浮かべるくらいしか反応を見せなかった。長い付き合いだからある程度気心の知れた間柄だろうしなぁ。

 フレンドリストを見てみると、セイエイとビコウの項目にそれぞれ<ログアウト>が表示された。


「い、いくらお風呂に入らないからって、VRギアのアカウントを削除するって脅迫は嘘じゃないかなぁ」


 ビコウとセイエイがいなくなった後、ジンリンが口幅くちはばったいことを言うので、


「それがボースさんにはそういう権限があるというか、セーフティーロングのスタッフだからプレイヤーのアカウントIDを削除するなんてこと容易にできる立場ではあるのよ」


 と、コクランが眉をしかめた。


「それこそビコウさんがまだ病院で身体が動かない状態で星天遊戯をはじめたときなんて、セイエイちゃんは学校の宿題とかしないでゲームをしていたからボースさんにちゃんと学校の勉強もしないとVRギアのアカウントを消すぞって言われてたみたいだからなぁ」


 テンポウは苦笑を浮かべる。


「それじゃ私たちも今日はおとなしくリアルのほうを頑張りましょうか」


「そうだね。ところでさぁテンポウ……物理の宿題終わった?」


 ハウルの言葉に、テンポウは顔をゆがませた。うん、それだけでまったく手につけていないということが見て取れる。


「それを言うならさぁ、ハウルはどうなのよ? 金属の温度変化とか計算できたっけ?」


 と、テンポウは愚痴を零しながら、ハウルとともに部屋から出て行った。

 そのあとにコクランも頭を下げ、


「まぁ深くは訊かないけど、やっぱり瘤は早々に取ったほうがいいかもね」


 そう言って部屋を出て行った。彼女なりの、励ましと取っていいだろう。


「しかし、どうするかなぁ……」


 今日はこれ以上プレイする気にならないから、ちょっと溜め込んでいたレポートを片付けますかね。

 しかも明日は夕方からバイトだからなぁ。昼間は大丈夫なんだけど、正直デスペナ中にログインする気にはならない。

 というわけで、明日はログインできそうにないな。

 そのことをジンリンに伝えようとすると……。


「あれ? 温度変化の計算って、そんなに難しかったけかなぁ」


 と首をかしげていた。そういや、漣って理数系は結構いい成績だったな。


「オレもあんまり理数系は得意ってわけじゃなかったし、計算式なんてほとんど覚えてないぞ?」


「そう? あれって例題として『100g10℃の金属を、150g18℃の水に入れると水の温度が28℃になるから、それを1gにつき何度上昇したか』とかそういう計算でしょ?」


 なにかスイッチが入ったのか、オレはジンリンの理数における講義を受ける羽目になった。


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