第265話・山梔子とのこと
「あ、あぁ……」
ビコウとジンリンが、肩を落とすように項垂れている。たぶん本人たちも、コクランが言った方法も頭の中にあって理屈も何もかもわかってはいたけど、いわれたくないと思っていたんだろうなぁ。
「だいたい、脳に微弱な電気を流して痛みをあたえているって設定もどうかと思うわけよ。もちろん臨場感をあたえるためなのはわかるけどね」
そんな二人に、追い討ちをかけるようにコクランが言う。
「で、でも……理屈はわかりますけど、なんで人の身体が動かせるみたいな結論になるんですか? ビコウさんじゃないけどB・M・Iを搭載している介護補助の機械だったらそもそも――」
テンポウが「はて」といわん表情で首をかしげた。
「あれって、脳波で動くんでしたっけ?」
「脳波や血流の流れで動くってのは、前にテンポウの実家で説明したわよね?(*地謡とのこと) ただそれでもどういう感じで動くかは個々によるから確実ってわけでもないのよ」
「んっ? どういうこと?」
「わかりやすくいうとね、たとえばわたしの身長に合わせた設定でシャミセンさんがそれを使った場合、手を握るだけの
ビコウの手とオレの手は比較的にオレのほうが大きい。
となれば、ビコウが手を握った場合に動かす量だと、オレは中途半端に握った形となるが、その逆では下手をすると指が貫通して怪我をするということか。
「あぁ、だからVRギアでMMORPGをやる時に身長とか設定できていたんですね」
ハウルが、納得したように手を叩いた。
たしかに自分の身長がモデリングに反映されているなら、だいたいは感覚でわかるからだろう。
意外に、人間の平衡感覚というものは素面状態ならば狂うことがないらしい。目をつぶって、目の前で合掌をするくらいわけがないのは、能が自分の腕の長さや、手との感覚がわかっているからだろう。
「人って言うのはある程度の歳になると成長が止まるとかいうけど、だからって体型とかは努力次第でいくらでも変わるでしょ? まぁわたしの場合はもはや身長に関してはこれ以上育ちませんけどね」
ビコウは「あはははぁはは」とひきつった
「そりゃぁね、身長をいけにえに胸が大きくなったとかはもういまさらのことだから気にしてませんけどね。さすがに高校どころか中学の三年間も背の順で一番前になってたからなぁ。それだけでも目立つのに体操着を着ている時とか、背屈とかで胸を張るたびに野郎どもがわたしの胸を凝視してたからねぇ……見られるくらいはいいんだけど授業くらいまじめにやれといいたい」
と肩を震わせた。
「おーい、チビサル、戻ってこーい」
部屋のペットに腰を下ろしながら、手で顔を覆っている心猿を、
「まぁそれはいいんですよ。たまに子供料金で遊園地に入れますから……――ってぇ?」
コクランがビコウの首が飛ぶほどに激しいツッコミを入れる。
「うん、心配した私がバカだったわ」
「いやツッコミを入れるとは思ったけどね、別にわたしが悪いわけじゃないわよ? チケット売り場の人が勝手に勘違いしているだけだから」
「でも本心は得したとか思ってるんじゃ?」
「当たり前でしょ? 安くなるならどんな手を使ってでも」
うん、わかった。お前の言い分はわかった。
「……ってシャミセン、なんでチビザルの頭を右手で撫でようとしてるのよ?」
スッと立ち上がり、ビコウの頭に右手を乗せようとしているオレに、コクランが首をかしげる。
ちらりと猟犬を見据えると、叔母の行動にあきれた表情を浮かべていた。
「というわけで、保護者の許可が出た。観念しろ」
むんずと、ビコウの頭をアイアンクローする。
「あがががが、いたいたいたいたいっ! はい調子乗ってましたっ! 普通は大人料金で払わないといけない電車とかバスの料金も子供料金で払ってましたたたたたたたたぁたたた」
これって、お仕置きすればするほど余罪を吐きそうだな。というか子供と大人って身長とかで決まるんだろうか?
「というか、普通は身長が低いのって悔しくなりません?」
「テンポウの場合は、ビコウとセイエイがおっぱい大きいからそっちのほうが悔しいでしょうに」
「あ、はははは……男の人がいるのにそんな話はしないほうがいいですよ」
コクランがからかえば、テンポウは視線を逸らす。
「テンポウ、『
それを聞いて、なるほど……とオレは思った。
人……特に女性というものは、相手のちょっとした身形や態度を羨ましいと思ううちは、まだまだ立派な人にはなれないという意味で言ったのだろう。
まぁそこで態度ではなく身形といったのは、見た目を
あれだな、自分もまだまだ佳人――いい女性ではないと心得ているわけか。
……はて、そういえば身形って服装を着た状態のことをさすのだけど。
ちらりとジンリンを見据えるや、
「たぶん服を着ている――うわべだけを見ているうちはってことじゃないかな?」
と、首をかしげるように答えた。
「ま、まだワンチャンありますからっ! 私まだもうちょっとだけ成長する可能性がありますからぁっ! なに終わったみたいな
もちろん、それで納得できるほど、十六歳の少女は大人の女性とは程遠い。
「あははは、言っとくけどねテンポウ、わたし身長が中学のころからまったく変わってないのよ。胸は大きくなるくせにね……それで止まっていないのかって言えばそうでもないし。――てか胸より身長のほうがほしいわよ」
テンポウが若干やけになったツッコミを入れれば、ビコウがのらりとそれを交わす。
なんかひさしぶりだな、こういう三人のやり取りを見るのは。
「シャミセン」
そんな三妖を冷静に見ていた(というよりはまったく興味がなかったようにも見受けられるが)セイエイが、
「どうかした?」
「さっきサクラからメールが来て、お風呂が湧いたって」
ログアウトしたいけど、できる空気じゃなさそうだから訊いてきたわけか。
「別にいいけど、というかごめんな、デスペナとかになって」
そう謝るや、
「それは別にいい。レベルも上がったから」
オレの肩へと視線を向けた。
「あ、あの……なんでボクを睨むような目を向けるかなぁ」
と、ジンリンが肩をすくめるように嘆息を吐く。
「自業自得だとおもうぞ?」
「自業自得ですよね?」
「自業自得だとおもうわよ」
「自業自得以外のなんだと」
オレ、ビコウ、コクラン、ハウルがいっせいにジンリンをからかう。
この中にテンポウがいなかったのは、彼女はまだジンリンが催したデスパレードの恐ろしさを知らないからだろう。
「そんな細かいことを言われてもなぁ。ボクてきにはそろそろレベルを全員20前半くらいにして第三フィールドに行って視野を広めてほしいと、心を鬼にして――」
「うし、魔法盤展開」
右手に魔法盤を取り出し、
「……***、なにをしようとしてるのかな?」
それを察したのか、ジンリンが青褪めた表情を向けた。
「んっ? ワンシアを召喚して、ちょっとひとつその性根を噛み砕いてもらおうかと」
「やめてぇ! いやほんと***ってほんとそういうところ変わらないよね? いや悪いことをしたら怒られるとかはわかるけども」
オレがしようとしたことがわかると、アレルギーで
「えっと、なんでそんなに怖がってるの?」
ハウルがガタガタとオレの目の前で肩を震わせているジンリンをいぶかしげな顔で見た。
「あぁ小学生のときに犬に手を咬まれてから、結構トラウマになってるみたいでな」
「それがわかってて、なんで人が嫌がることするかな?」
「シャミセンさんって、たまにそういう鬼みたいなことしますよね」
「んっ? 弱点がわかればそれを一点に攻め入るは兵法における正攻法だと思うんだけど? というか死んだいまだにトラウマになっている*が悪いわけでね」
テンポウがオレの行動にツッコミを入れたのをオレは言い返すようにこたえた。
「はて、死んだ?」
とコクランが首をかしげるように、オレを覗き込んできた。
「シャミセンさん」
「***っ!」
ビコウとジンリンがオレを憐憫とした視線で見つめる。
「死んでいるって、どういうことかな? シャミセン、あんた知っていることがあったら全部いいなさい。というか暴露しなさい。NODで起きているその事件となんかすごく関係しているんでしょうが!」
コクランが首を絞める勢いで詰め寄ってきた。
「わ、わかった! わかったから! わかったから首を絞めめめめめめめrrrrrr」
息ができなくなり、脳に酸素が行き届かなくなっていく。
痛感設定がある以上、わかっていたことだが、ゲームの中でも息ができなくなると苦しくなるのね。
「あ、綺麗なお花畑――あれ? たしかあなたは仏壇の上に飾ってある写真に
「わああぁっ! コクランそれ以上はダメだってっ! なんか変なこと口走りだしたからっ!」
「シャ、シャミセンさんっ! 気を確かにっ! っていうか戻ってきてぇ!」
「煌兄ちゃんっ! その先にいっちゃだめっ! っていうか戻ってこれなくなるからぁ! 人生にログアウトするからぁ!」
ビコウ、テンポウ、ハウルがオレを必死に呼び止めようとする。
あ、なんか綺麗な川が見えるなぁ。
うん、岸の向こうには天女の羽衣のように薄い襦袢を肩に引っ掛けただけの女性が手招きしてる。
身体がグイとなにかに引っ張られると、唇がなにかと当たった。
「――……っ? んっ?」
ぼんやりとした意識の中、オレは周りを見渡した。
ビコウとテンポウ、コクラン、ハウル、ジンリンが顔をうつむかせ、オレに視線を向けるが目をあわせようとしない。
特にビコウは顔を赤らめているし……。
セイエイはといえば、オレと同様に、なにが起きたのかわからないといった表情。
「な、なにかあったの?」
まだフラフラする頭を正気に戻しながら、彼女たちに問いかける。
「あ、いやですね? シャミセンさんが
そう説明するビコウは、口元を手で押さえる。
「なんか笑ってる?」
「わ、笑ってませんよ……うん。笑ってませんよ。いやとつぜんのことで自分でもなんであんなことしたかなぁって」
あたふたと言葉を弄するビコウは、これ以上なにか説明してくれるとは思えん。
「まぁ助けてもらったからいいか」
はて、殴られたのって頬っぺただっけ?
「なんか口だったような――」
うーん、もしかしたらオレの記憶違いかもしれんが、
「ま、まぁビコウさんが言っていることは本当ですよ」
「そ、そうそう。うん私たちも見てるからね。煌兄ちゃんを殴ったことには変わりないと思うよ」
テンポウとハウルがビコウがやったことに対して、弁護してるんだかどうだかわからない形でいってきた。だったらそうなんだろうなぁ。
「それより、いったいどういうことか教えてもらおうか?」
∵∵∵∵∵
「あわわわわわ」
口元を両手で隠すように覆っているビコウは、自分がシャミセンにしたことに対して、後悔よりも恥ずかしさのほうが勝っていたせいもあって、彼にどういった顔を見せればいいかわからずにいた。
――そりゃ、ぶん殴ったけどね? いや本当は頬を叩こうと思っただけなんだけどなぁ。
ビコウは、自分がシャミセンにしたことを思い出すや、表情がバグッたのではないかといわんばかりに、平然とした顔が取れなくなっていた。
結局ビコウがしたことは、殴ったことに代わり映えはしないだろう。
彼女はシャミセンの唇を殴る。自分の唇で、その唇を殴りつけた。
よくよく云えば、唇を盗んだ。
世間一般的に噛み砕けばキス《、、》をしたのである。
もちろん咄嗟にそういったことをしたわけではなく、息が行き渡らず、本当に死にそうになっていたシャミセンを助けるために、人工呼吸のようなことをしようとしただけだ。
なので、この場合のキスは彼女の中ではノーカン。人命救助をしようとしたのだから、ロマンティックなキスですらない。
ただ――、
『うわぁ、わたしシャミセンさんとキスしたんだ……』
と、冷静になればなるほど顔を赤らめ、顔の表情筋が落ち着きを取り戻せないでいた。
元の、シャミセンの顔をちゃんと見れるようになったのは、それから三分ほど経ってのことであった。
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