第258話・履行とのこと


 ところで塔の中に入ることってできるの?

 と、そんなことを考えていると、


「さて、白娘子を倒したからなにかしらフラグがあるとは思っていましたが」


 ローロさんが肩をすくめる。


「まったく、なんの変化もありませんね」


 テンポウもローロさんの言葉に同意するかのように、それこそいぶかしげな視線でピルゴスの塔を見すえていた。


「クエストボスを倒したんだから、変化くらいあるよね?」


「もしかして、まだなにか条件があったとか?」


 コクランが困窮した顔つきで嘆息を突いていると、


「さぁ、それはどうかしらね」


 オレの隣で座っていたビコウが、スッと立ち上がる。


「そもそもあれって……、この中だとわたししかクリアできなかったんじゃないかしら」


「んっ? ビコウじゃないとクリアできない?」


 それってどういう……、


「いや、これも星天遊戯でのイベントに考えていたやつなんですけど、イベントクエストで饒鉢にょうばちというシンバルに近いアイテムを手に入れないと倒せないよう設定されていたんですよ」


 つまり、星天遊戯のイベントがNODにはいっていたってことか。


「そういえば、ハウルがNODで女性プレイヤーが川の水を飲んだら妊娠したみたいなこと言ってましたけど」


 なにかを思い出したかのように、テンポウが肩をすくめる。


「んっ? それってちょっとNODの掲示板で炎上してた話じゃない?」


 片眉をしかめながら、コクランはテンポウへと視線を向けた。


「なんでそこで私の顔を見るんですかね?」


 そんな視線に、テンポウはけげんな顔色で睨み返す。


「でも、たしか星天遊戯でも似たようなイベントやろうとしなかった?」


 コクランは視線をテンポウからビコウへと流れるように向けなおす。

 そんな視線に、ビコウはちいさくうなずいてみせた。


「さすがに不妊症のプレイヤーもいるし、そもそもゲームの中とはいえ男性も妊娠してしまうっていうのは、なんかこう倫理的に問題があるから没にしたのよ」


「それがどういうわけかNODでゲリライベントというかたちで始まってしまった」


 オレたちの説明を聞きながら、


「それで誰か被害にあったの?」


 と、コクランは口をとがらせながら訊いてきた。


「メイゲツがその被害に遭った」


「よし。今からそのイベントを発動した運営スタッフをぶん殴りに行こうか?」


 オレの言葉に、コクランは口角を、それこそ裂けるかのようにあげた。


「あぁ、フチンが言っていたけど、それを仕出かしたスタッフの行動がさすがに許容範囲を大きく外れすぎたから軽くお仕置きしたって話よ」


 そんな河伯コクランの表情に、「やれやれ」と、心猿ビコウは眉を歪ませる。

 そんなビコウの反応を見て、コクランも「それならしかたがないか」といった感じで、怒りを鞘に納めた。


「あれ、でもちょっと待ってください?」


 テンポウから物言いが出た。

 なんでせっかく怒りが収まったのに掘り起こすようなことをするかな?


「なんか気になることでも?」


 この子って、なんか爆弾を爆発させないと気がすまないのだろうか?

 そんなことを考えながら、テンポウをそれこそ睨むように見すえた。


「そもそもそれって星天遊戯の中の話でしたよね? 基本的にはビコウさんが考えて企画を出しているならなんとなくわかりますけど、だからってまったくベースの違うNODでそんなイベントを持ってくるとは思えませんけど」


「そういえばシャミセンさん、そのときのボスってどんなやつでした?」


 ビコウの問いかけに、


「エスカルピオっていうサソリ,,,のモンスターだったな」


 とこたえる。


「はて? 堕胎の薬を持っているのは別のキャラに設定していたはずなんですけど」


 ビコウが、オレのこたえに納得のいかない表情で首をかしげた。

 そういえば、そのイベントを考えていたのはビコウ本人だったわけだから、そのときとはもしかしてちょっと違っていたのか?


「わたしが案を出した時は、【女怪にょかい】というサソリの精でしたから、妊娠とかのイベントにはまったく関係ないんですよ」


 ビコウはそれを言ってから、


「サソリの精もちゃんとイベントとして考えていましたよ。地上にそれこそナスカの地上絵みたいな感じに、ほらパズルの本とかに載っている数字をたどっていくとひとつの絵になるみたいなそういうのを考えていたんです」


 と、それもあのふざけたイベントに入っていた内容を口にした。


「たしか如意真仙にょいしんせんだっけ? 堕胎の薬を持っていたのって」


 そんなことを考えていると、コクランが、片目をつむるようにビコウに問いかけた。


「正確に言うと、西梁女人国から真南三千里先にある解陽山かいようざん破児洞はじどう落胎泉らたいせんの水を飲むことがクリア条件だけどね。まぁ簡単に手に入れられないのが物語りなわけで」


 苦笑を交えながら説明していくビコウ。


「その如意真仙を倒さないと手に入れられなかったってわけか」


 ビコウは肯定するように首を縦に振った。


「まぁ、実際は倒すだけがクリアってわけじゃないのはどこのゲームでも一緒だと思いますし」


「しかし、アイテムを手に入れたのはサソリを倒してからだったものなぁ」


「さすがにそれとこれとは関係ないってことですかね」


 ちいさく長嘆をはきながら、ビコウは頭をかかえた。


「なんか心当たりでも?」


「――いや、前に恋華が言っていたことなんですけどね、【黑客ヘイク】という言葉に覚えはありませんかね?」


 ビコウからの問いかけに、オレはちいさくうなずいて見せた。

 たしか中国語でハッカーという意味だったはず。


「いちおうセイエイからどういう意味かという説明は聞いているけど、それがなにか関係あるのか?」


「……い、いや……、それがもしわたしの考えていることと相違そういないとしたら、うん、まぁあの人なら仕出かしてもおかしくないといいますか、なんといいますか」


 しどろもどろに、それこそ言い訳を考えているビコウ。


「なんだ? なんか思い当たることでもあるのか」


「っとですね……、ちょっとこっちもあきれているというか、人のパソコンを盗み見するのは家族の中だけにしてほしいって話なのに、なんでよりによって、それこそ同じ会社とはいえ当たり前のようにサルベージするかなぁって」


 徐々に涙目になっていくビコウを客観的に見ていたら、たぶん傍から見てオレがいじめているようにしか見えなくなってきた。


「あの、話がまったく見えてこないんですけど」


 しびれを切らしたのか、テンポウが困り顔で口を挟んだ。


「あぁ、まぁ要約するとね、そのイベントの主犯が――ムッカさんだったのよ」


 コクランが、苦々しい顔で頭をかかえた。



「――って、ムッカさんがなんでNODのゲームにちょっかい出してるんですか? あの人ってたしかボースさんのところのスタッフだから、星天遊戯のスタッフでもありましたよね?」


 テンポウはそのスタッフについてわかったようで、目を大きく見開き、呆気にとられているのだけども、オレにとってはなんのことだかさっぱりだ。


「えっと……どういうことなのか説明してくれるとうれしいんだけど」


「あっとですね、別にそれで怒っているってわけじゃないんですよ。イベントデータを消去しきれていなかったわたしや星天遊戯のスタッフにも越度おつどがあったと思えば怒るに怒れないんですけどね」


「そこは普通に怒って良い気がするんだけど」


「それができればここまで頭を抱えてなんかいませんってッ! ムッカ義兄にいさんが本気で怒ったら、ネットにつながっている個人のパソコンから恥ずかしい写真とか黒歴史とか人には言えない秘密があるデータをハッキングして、それこそ全世界に拡散するくらいのレベルで嫌がらせしてきますからぁっ!」


 感情がピークになったのか、興奮状態でオレに説明するビコウだったが、


「んっ? にいさん,,,,?」


 と、オレは別のところで疑問が出ていた。


「あぁ、ムッカさんってボースさんの弟みたいなのよ」


 オレの疑問に、コクランが答えてくれた。

 あぁ、だから腹違いの妹であるビコウも、必然的にお義兄さんになるのか。


「って言っても、パスワードを知らないと人のパソコンなんて見れないだろ?」


 それこそセキュリティーとかがあるから、パソコンに詳しい人がそんな簡単にハッキングなんてできんだろし。


「言っておきますけど、ムッカ義兄さんって五年前くらいに自作のノートパソコンを使って、中国の一流企業のパソコンをハッキングしたことで一回お縄になりかけましたけどね」


「規模が大きすぎないか?」


「まぁ、その企業が政治家と癒着していたとか、売り上げを誤魔化していたとか、裏広告で収益を得ていたとか――色々とあくどいことをしていたってことが表沙汰になった原因に一役買っていたので、セーフティー・ロングの管理下の元でお咎めなしになりましたけどね」


 その言葉に、オレはかわいた笑いをだすことしかできなかった。

 ビコウがその人と関わりたくないと、そんな風に嘆いていたのはそういう理由か。

 一流企業のパソコンがハッキングされるってことは、それだけのハッキングスキルを持っていると思ってもおかしくない。

 ということは、敵に回したくないというのもうなずけられる。


「だからフチンも減給だけでことを済ましたんですよ。本当だったら馘首クビにされてもおかしくないくらいNODのスタッフには迷惑をかけているんですから」


「あぁ、そのときのイベント中は、呪いにかかった女性プレイヤーからのクレーム同然のメッセージが、スタッフルームのパソコンがパンクするくらいに送られてきたみたいでしたからね」


 ジンリンが苦笑いを見せる。


「想像以上に悲惨なイベントだったみたいね」


 コクランの顔を引きつらせながら、肩をすくめた。

 話を聞くだけでも、ほんと悲惨なイベントだったよ。


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