第259話・叫天子とのこと



「ビコウ、ちょっといいか?」


 ビルゴスのイベントがこれ以上発展しないだろうと判断したらしく、ビコウが魔法盤を使って別の場所に移動しようとしていたところで声をかけた。


「どうかしましたか?」


「いや、ちょっとな……」


 さて、一応はビコウにもローロさんのことは説明しておいたほうがいいだろう。

 ただそれを判断するのはオレではなくジンリンなのだけど、


「ボクは***のやりかたに賛成するよ」


 と、オレの困り果てた視線に気付いてくれたジンリンがうなずいてみせた。


「明日、午前中大学を休むから」


 とビコウに伝えるや、


「それは別にわたしに言うことじゃない気がしますけど、なにかご用でも?」


 ビコウは目を点にする。当然といえば当然の反応か。


「ちょっと野暮用でな」


 ただ漣の墓がどこにあるのかわからないから、後でローロさんに聞いてみるか。

 本人が近くにいても、それはただのデータでしかないし、やっぱり本物はオレの目の前で飛び降り自殺をしている。

 そこは変えられない事実だ。


「わかりましたけど……理由を教えてくれませんか?」


 そういわれたが、オレはちいさく首を振った。


「こたえられないと?」


「詳しく言うとリアルの話になるし、こいつのこととも関係しているからな」


 ビコウ以外に、それこそローロさんに気付かれないよう細心の注意をはらいながら、ジンリンを指差した。


「――ッ、わかりました。ただそれってズル休みみたいなものだと思いますよ」


 ビコウは察してくれたのか、片目をつむり、それこそあきれ顔を浮かべた。


「ズル休みって……、同じ大学に通っているビコウに言ったんだけど」


「シャミセンさんが午前中休むということはいいですけど、それがなんでわたしに責任が生まれるんですかね? 大学の講師とかだったらまだわかりますけど、わたしも同じ学生ですよ?」


 それはもっともです。


「それに理由がそこの妖精と深い関係があるのなら、逆にわたしにも聞きたい事があるんですけど――」


 ビコウは視線をジンリンに向ける。


「ボ、ボクに……ですか?」


 ジンリンはそんな視線に困惑した目でこたえる。


「たぶんこのゲームもやっているみたいだから知ってると思うけど、あなたとおなじVRギアのテストプレイに参加していたニネミアっていうプレイヤーが――」


 ビコウは言葉を止める。ジンリンが心当たりがあるといった強張った表情を見せていたからだ。


「そのニネミアさんがどうかしたのか?」


「まぁこっちもこっちで色々と迷惑をかけられているので、色々と調べたんですよ」


「もしかして、あの人イジメとかしていたとか?」


「いやぜんぜん。あのたどたどしい言葉遣いからすればいじめられるほうじゃないですかね。まぁそれは横において、ニネミアさんがどうして*さんのことをわたしたちに言ったのか」


 それは、オレが漣と幼馴染であって、それを漣がニネミアさんに説明して――、


「いや、ちょっと待ってくれっ? なぁジンリン、お前がギアのテストプレイに参加していたとき、オレのことをニネミアさんに話したことがあったか?」


 オレは、おどろき戸惑った声で妖精を見やった。


「あ、あるわけないでしょ? そりゃぁ***のことは大好きだったけど、さすがにゲームの中でそんなことは言わないってっ!」


 ジンリンはオレ以上に困惑した顔色で言い返す。


「それに、もしリアルでニネミアと会っていたとしても、ボクが***を本名で言うわけないでしょ? それが原因でネットの中でもボクがいじめられた原因を作った***じゃないんだからッ!」


 本当のことだから強く言い返せないが、さすがにちょっと言いすぎな気がする。


「それでニネミアさんがどうかしたのか?」


 話題を変えようと、話をそちらへと起動を戻す。


「まぁあくまで推測ですけどね、今のジンリンの反応でなんとなくわかってきた気がします」


 なに? 自分で話をふっておいて、自分で特心を得ないでくれませんかね?


「あぁなんとなくボクもわかってきた気がします」


 ジンリンもジンリンでうむとうなずく。

 置いてきぼり。オレも一応……いや一応なのか?


「ふたりで納得せんで説明をしろ」


「妬かないの。まぁようするにニネミアがどうやってシャミセンさまのことを知ったのかってこと」


「そりゃぁお前がオレのことをニネミアさんに話したからだろ?」


 実際、ニネミアさん本人から直接オレのことを誰から聞いたのかってのを耳にしているし。

 と、そんな反応を見せるや、ビコウとジンリンは、ふたりして頭をかかえるようなそぶりを見せた。


「いやだから――そもそもジンリンはニネミアにシャミセンさんのことを話していない。これが本当だとすれば……ニネミアは別の形で、ジンリンが知らないところでシャミセンさんとジンリンさんの関係を知ったってことになるんですよ」


 ビコウが、それこそ理解できていないオレにあきれながらためいき混じりに説明した。


「はて? どういう……」


 自分でもまだわからないのかとツッコミたいくらいだった。

 それくらいまだ理解が追いつけていないのだ。


「まだわからないかなぁ。それじゃ原因を作ったキミだったらわかると思うけど、そもそもボクがネットの中でもイジメを受けるようになった大きな原因ってなんだったっけ?」


 刺々しいジンリンの口調に、オレは本当に自分がぶん殴りたくなった。

 ジンリン――漣がネットの中でいじめられる原因を作ったのは、オレがサイレント・ノーツの中で、漣のことを本名で書き込んでしまったことだ。

 それが、漣が中学の時――いや、正確に言えば小学校のときにいじめをしていたやつらの目にとまった。

 ネットの中は不特定多数だ。MMORPGも例外ではなく、本来は不特定多数の、それこそ地域も違えば国も違う。

 だがかなり低い確率で、自分が住んでいる地域が同じプレイヤーがいないとは断言できない。

 その中に――漣のことをいじめていたやつが、サイレント・ノーツをやっていたとしても結果は同じだ。


「それじゃ、ニネミアさんがオレがジンリンのことを本名で言っていたことを知っていたってことか?」


「いや、それとは違うと思うんだよ。それだと逆にボクのことを知ったってことになるでしょ? シャミセンさまの反応から察するに、ニネミアとはリアルで会ったことがある。しかも結構最近に」


 ジンリンの問いかけに、オレはうなずいてみせる。


「それでフチンにお願いして、ニネミアのアカウントデータを調べてみたんです。本来ゲームの関連グッズが当たった場合や、警察沙汰になるようなことがない以上、プレイヤーの個人情報は、たとえスタッフでも閲覧できないんですけど――ニネミアがシャミセンさんの実家の近くに住んでいることがわかったんです」


「それのどこが――」


「まだわかりませんか? その場所に建てられているのは一軒家。そうなるとニネミアは必然的に家族と住んでいるということになります。通っている小中学校もお二人と同じになるんじゃないんですか?」


 ビコウに言われ、オレは唖然とする。

 考えられなくもない。

 いや、もしニネミアさんがオレや漣をゲームの中以外で知るようなことがあったとすれば――。


「そもそもオレとジンリンの関係を知っていたってことか」


「ジンリンがシャミセンさんの目の前で飛び降り自殺をしたときのことを、シャミセンさんから聞いたのをテンポウから聞きましてね。シャミセンさんがしていたことは悪がきが好きな子にするような許容範囲がまだある嫌がらせ。でもその後にされたのは口にするのもいやになることでしたよね」


 チラリとテンポウのほうを見る。

 人が話すなと釘にさしておけばよかったと思ったが後の祭りだ。

 が、その相手がビコウでよかった。


「…………っ」


 テンポウはオレの視線に感付いたのか、一度だけオレを一瞥したが、視線から逃げるようにそっぽを向いた。


「あ、テンポウを責めるのはやめてあげてくださいね。たぶんあの子もシャミセンさんからそのことを聞いてから辛かったんだと思いますよ。わたしのこともありましたから」


 んっ? ビコウのことでテンポウがなんで辛い目に――。


「……、そういうことか。それだったら責めれないな」


 ビコウは、川で流されているダンボールに捨てられた犬を助けようと、自分の命すら惜しむことなく、川に飛び込み、その代償として今年の五月あたりまで体が動かない、意識だけの眠り姫になっていた。

 ビコウの一件や、漣がオレの目の前で飛び降り自殺をしたことが、テンポウのなかで間接的にリンクしていたのだろう。


「人の心理って、知り合いやその家族のことは関心を持っても、それ以外にはまったく関心を持たない。特に地震や災害が起きた地域に知り合いがいたら、もしそれに巻き込まれて二度と会えなくなってしまったらと思うと、それだけでゾッとしてしまうんですよ」


 その深層心理は相手が親しい人であればあるほど強くなるという。


「ニネミアさんがオレに接触してきたのは、ジンリンのことを知っていたからか――」


「まぁシャミセンさんの本名はめずらしいですからね。それもあいまっていたんじゃないかという推測ですけど」


「あくまで推測か……」


 自分の名前がめずらしいというのは認めるけど。


「だからって、オレが身バレするようなこと」


「人の本名を口走っておいて、よくそんなことがいえるね? だいたいキミのプレイヤーネームだって本名を知っていたらすぐにわかるようなやつじゃない」


 ジンリンが青筋をたてたような強張った笑みを浮かべる。

 うぅむ、オレのこともばれていたってことになるのか。


「ニネミアのことに関しては――」


「さすがにわたしにはNODのなかで自由に動けるというわけではないですからね。立場で言えばシャミセンさんとたいして代りませんよ」


「――だったら本人にメッセージを送ってみるか」


 直接会ったほうがいいでしょう。

 ニネミアさんにメッセージを送ろうと、フレンドリストを開いてみたが――。



 ◇[フレンドプレイヤー]

  ・セイエイ  〈ログアウト〉

  ・ビコウ   〈ログイン〉 【ビルゴス】

  ・ハウル   〈ログアウト〉

  ・メディウム 〈ログアウト〉

  ・テンポウ  〈現在このプレイヤーとTWを組んでいます〉

  ・メイゲツ  〈ログアウト〉

  ・セイフウ  〈ログアウト〉

  ・白水    〈ログアウト〉

  ・ローロ   〈現在このプレイヤーとTWを組んでいます〉

  ・レスファウル〈ログアウト〉

  ・シュエット 〈ログアウト〉

  ・ケツバ   〈ログアウト〉

  ・麗華    〈ログアウト〉

  ・コクラン  〈ログイン〉 【ビルゴス】



 リストの中に、ニネミアさんの項目がひとつもなかった。


「あ、あれ?」


「あぁやっぱりねぇ……***、最初にニネミアとパーティーを組んだとき、ペロ・ミトロヒアの一撃死で負けたの覚えてない?」


 ジンリンが、あきれいたした顔で嘆息をついた。


「覚えてるけど、てっきりフレンド登録しているとばかり」


「シャミセンさんって、こっちがフレンド登録をうながさないと忘れていそうですよね? 星天遊戯の時だって、わたしが声をかけなかったらたぶんしなかったと思いますし」


 んっ? いやたしか斑鳩にたいしてはオレからして――。


「あ、いや、あの時は名前が匿名にできる機能があったから、早々にオレとフレンドになって、機能が働かないようにしていたんだっけか」


 というよりは、斑鳩のレベルが40(笑)だったからなんだけど。


「掲示板で自分のレベルをさらしていたみたいだしなぁ。斑鳩のやつ」


「あははは、鉄門くんらしいね」


 サイレント・ノーツでも、斑鳩としてプレイしていたから、ジンリンも誰のことかすぐにわかったらしく、笑みを浮かべる。


「それにしてもどうするかなぁ」


 ニネミアさんと連絡が取れないんじゃ、正直どうすることもできないし。



「あぁっとシャミセンさん、すこしよろしいでしょうか?」


 ローロさんがオレに声をかけてきた。


「そろそろログアウトしようと思うのですが」


「それは別にかまいませんけど――っ?」


 オレがローロさんと別れようとした瞬間、ジンリンがオレの眼を殴った。


「あぎゃガぎゃっがぎゃがきゃがぎゃきゃひゃぎゃ?」


 そのあまりの衝撃に、のた打ち回るオレ。


「キミはばかなの? ほんとうにばかなの? ローロさんに聞こうとしていたことを忘れるとかホンとバカなの?」


 涙目で訴える妖精がオレに罵詈雑言の雨霰を吹き付ける。


「いやだって、そもそも本人がいるわけだし」


「それとこれとは話は別でしょ? そりゃぁボクだってこうやって***と一緒にプレイができるのはうれしいけど、やっぱり現実的に墓参りくらいはしてほしいよ! だいたいキミはボクのお墓がどこにあるか知ってるの? 少なくてもボクは知らないんだからね!」


 わかった。わかったから、人の眼球を殴った右拳をブンブンふり回すな。



「っと、たしか今日でしたよね? *の命日って」


「っ! えぇそうですけど」


「オレが行ってもご迷惑でしょうか?」


「いえ、迷惑だなんて。むしろあいつも喜ぶと思いますよ」


 ローロさんが明るい声でそういうが、その本人が目の前にいるんですけどね。


「あのローロさん……っ?」


 ビコウが何かを言おうとしたのを、ジンリンが彼女の目の前で止めるように浮揚した。


「それで差し出がましいことは承知の上なんですが、そのあいつのお墓がある場所を教えてくれませんかね? やっぱり手を合わせるくらいのことはしないと」


 そうお願いすると、ローロさんは少しばかり考えてから、


「別にかまいませんが、大学のほうは大丈夫なんですが?」


 と、困惑した顔で言い返してきた。


「まぁ、手を合わせるだけですし、そんなに時間もかからないでしょう」


「わかりました。それでは後でお墓があるお寺の住所を[線]のほうで送っておきます」


 了解しました。とうなずいておこう。

 それをいい終えると、ローロさんとパーティーを解除し、ローロさんは第一フィールドの拠点であるルア・ノーバへと飛んでいった。



「さてとオレたちもログアウトするか」


 すこしばかり腰を伸ばしてみると、


「そういえば、シャミセンって魔法文字は全部そろえているのかしら?」


 コクランからそういわれ、オレは首を横に振る。


「だったら、交換しない?」


 思いもよらない申し出に二つ返事で了解する。


「まぁ残りも少なくなってきたし、滅多なことで外れるなんてことはないでしょうけどね」


 そういえば、今もっていないのってなんだっけか。

 ステータスの魔法文字リストを見るかのう。



◇【使用可能魔法文字一覧】

 [A/Y][B/ ][C/I][D/M]

 [E/F][F/L][G/K][H/H]

 [I/N][J/O][K/E][L/X]

 [M/J][N/Q][O/Z][P/T]

 [Q/ ][R/V][S/C][T/W]

 [U/D][V/B][W/A][X/U]

 [Y/R][Z/ ]



 残り三文字。できれば『B』の魔法文字がほしいところ。

 やっぱりあれですよ。『B』があれば炎属性の魔法とか作りやすくなるじゃない?


「私からは【Z】の魔法文字を渡したいんだけど」


 コクランから提示されたのは、期待していたものではなかった。


「もらえるものはなんでもうれしいけど……」


 さて、【Z】の魔法文字はなんだっけか……。

 実を言うと、オレが覚えているうち、【Z】の魔法文字を持っているプレイヤーはいなかった。

 というよりは、そもそも【Z】が使える魔法なんてそんなに思い浮かばんし。


「パッと思い浮かぶのはフリーズFREEZEですかね」


 たしか対象を凍らせる魔法だっけか。アイスよりかは効果が強かったと思う。


「あとはまぁあくまでわたしの推測ですけどゾディアックとか使えそうですよね」


「――なにそれ?」


 どこその殺し屋家族ですか?


「黄道十二宮ーTHE SIGNS OF THE ZODIAC-のことじゃないかな。このゲームってサイレント・ノーツのシステムもあるから、あのゲームで使われていたイベントがそれだったからじゃないかな」


 ジンリンがそう説明する。

 それとこれとはまったく関係ない気がするけど。

 まぁ魔法文字が手に入れれば試してみる価値はあるか。


「それでどうするの?」


 じっと待っていたコクランが、早くしろと催促をうながしてきた。


「いやもらうけども……」


 さて魔法文字が思いうかばない。


「普通、数が少なくなると正解する確立も大きくなると思うんですけど」


「三分の一って中途半端になるのよね。ほら二分の一だったら五分五分だけど、三って割ると外れる確立のほうが大きくなってしまうわけだし」


 ビコウとテンポウの話し声を耳にしながら、ダイアルを回していく。

 もっていない魔法文字は『B』、【Q】、【Z】の三文字。その対象として候補に挙がっているのは、【G】、【S】、【P】の三文字だ。

 そのうち、『B』の魔法文字に関しては、以前白水さんが使っていたことから、【G】がその対象だということはわかっている。

 となれば、正解する確立は五分五分なわけで……。



「うし、決まった!」


「それじゃ、魔法文字の譲渡といきましょうか」


 コクランは魔法盤を取り出し、オレにくれる【Z】にダイアルを合わせる。

 それを受け取るオレは、魔法盤のダイアルを【S】にあわせた。



 ◇不思議な光は、互いに反発し、ふたたび会えぬメビウスの輪を彷徨い続ける。



 インフォメーションメッセージに意味深なことが表示される。


「もしかして失敗したんですか? シャミセンさんなのに?」


「っていうか、たしか白水さんが『B』の魔法文字を持っていることをしってましたよね? ということは、確率的に二分の一ですよ?」


「なんで中途半端に不正解のほうを選ぶかなぁ? キミってそういうところにも運が働くよね?」


「ま、まぁ外れる確立も二分の一なわけで」


 ビコウたちが慌てふためくが、逆に外れてよかったと思うのだけど。もしかしたら他に持っている人がいないとはいえないでしょ。

 ただなぁ、やっぱり正解できなかったのはすごい悔しい。

 さて、明日のこともあるし、今日はもうログアウトしよう。

 それでローロさんに漣が奉られている霊園の住所を教えてもらって墓参りに行くのだ。


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