第257話・小雷音とのこと


「どういうことですかねぇ?」


 ビコウは、ジッとオレの肩で、それこそ心猿の視線から逃れるように目をそらしている妖精を睨んでいた。


「こういうのって、普通は教えてくれるものじゃないんですかね? みたところ、シャミセンさんたちも知らなかったみたいですし」


「知っていたらとうの昔に教えてますよ。というかボクが知っているのは初期に設定されたクエストまでで、最近アップデートされた部分とかはほとんど知らないって言っていいくらいなんですから」


 ビコウに食いかかった形で、ジンリンは言い返した。


「あっと、とりあえずどうして回復しているのかって話だよな?」


 白娘子のHTが見えない以上、もしかしたらダメージがないのかもしれん。


「なにかフラグみたいなものがあるってこと?」


「かもね。ただそれがなにかがわかれば苦労はしないけど」


「こうなったら、試せるだけ試しましょう」


 ローロさんの言葉に、オレたちはうなずいて見せた。



「***、ちょうど攻撃力減少のデバフが解除されているはずだよ」


 もうそんなに経ってた?


「魔法盤展開ッ!」


【KYXF】


 魔法文字を展開させ、スタッフから旋風を起こし、白娘子の大きなからだを空中に吹き飛ばす。


「ダメージゲージは変わらずか」


 というよりは、出てきていないので、まったくダメージがないってことなんだろうな。


「ただただ攻撃するだけじゃダメみたいですね」


「他になにか気になったことってない?」


「あるとすれば、うしろの塔の壁に虎の顔が描かれているくらいだからなぁ」


 虎の顔? と、ビコウとコクランが聳え立っている塔を一瞥した。


「白娘子……塔――もしかして」


 なにかに気付いたのか、ビコウは魔法盤を取り出すや、ダイアルをグルグルと回し始めた。


「使うやつを決めてから回したほうが」


 いくら魔法文字の展開時間が、一文字目を打ち込んでから始まるとはいえ、攻撃を食らわないわけでもなかろうに。


「あぁ、ちょっと黙っててくれませんかね? 白娘子ってたしか神通力を持った白蛇の精でしたよね」


「まぁ、ローロさんがそう言っていたけど」


「どうやって退治したか知ってます?」


 いや、そこまでは……と、首を横に振って見せた。

 それにたいして、ビコウはあきらかにあきれたといった顔で長嘆をはいた。



「いちおう説明しますけど、白娘子は退治されたのではなく、あくまで封印されたというのが正しいんですよ。今も中国にある雷峰塔の建造物の地中に白娘子が封印された鉢が埋められていて、『西湖の水が干上がり、銭塘江が逆流しないなら、雷峰塔は倒れ、白蛇がこの世にあらわれるだろう』という言い伝えがあるくらいなんです」


「ということは、倒せないってことか?」


 それって完全にクエストクリアできないんじゃ?


「いや、できるとは思いますよ。ほら、このゲームで前にふざけたクエストがあったじゃないですか。わたしが入れようと思ったけど、倫理的な理由で没にしたやつが」


「でもビコウ、おなじ大蛇でも、星天遊戯むこうで出てきたのは蟒蛇うわばみは朱に染まった大蛇よね? 白娘子はまったく関係ないんじゃ?」


 コクランが、肩をすくめながらビコウに問いかける。


「でもさ……、逆に考えてみたらどうかな。白娘子を封印したのが鉢ならさ、これって倒すこと自体が無理って話じゃない?」


「話が見えてこないんだけど」


「だからいま可能性があるとすればって思って考えているんですけど、普通のやつじゃ無理じゃないかなぁって」


 うぅむと、唸りながら、自身の魔法文字のダイアルを回しているビコウ。


「早くしてくれませんかね!」


「ごめん、時間稼ぎくらいはしてくれる?」


 はぁ……と、テンポウとコクランがためいき混じりになりながらも、


「了解しました。取って置きのやつをお願いしますよ」


「それで失敗したら、今度食事奢ってもらうからね。もしくはドロップアイテムの交換」


 と、二人は、魔法盤を取り出し、ダイアルを回した。


【CHNQNQK MNVE】


【FYVWH CYN】


 テンポウが魔法武器として練成したのは、光の粒子をまとったダークという短剣。

 コクランが魔法武器として練成したのは、三叉の短剣。


「……もしかしてサイ?」


 たしか琉球武術のひとつで、島津藩によって廃刀令がしかれていた琉球において、刀や槍に対抗するために作られた、斬るというよりは、突くことに特化した武器だったはず。

 コクランは、サイを持ち手ではなく、三叉の境目で握り、構えた。


「はっ!」


 駆け出し、狙いを白娘子の眼に目掛けて、サイの切っ先を突き刺した。



「しゃぁぁああああっ!」


 その痛みから逃れようと、白娘子は激しくからだを揺らす。

 対象が大きいせいか、周りにも地響きが起こり、みんなのバランスが崩れだしていく。


「んにゃろぉ!」


 振り下ろされないように、突き刺したサイから振り下ろされないようにしかめっづらのコクラン。


「テンポウォッ!」


「わかってますよぉっ! 好い加減、ダメージのひとつくらい効きなさいってのぉ」


 上空へと飛び上がっていたテンポウが、重力を利用して、白娘子の脳髄へとダークを突き刺した。


「しゃぁぁああああああああああああッ!」


 グワンと、視界の空と地面が反転。

 たとえるなら、地面が突然トランポリンになったかのように、大きく隆起したのだ。

 オレだけではなく、ビコウたち全員が空中に放り投げられる。


「うぐぅっ!」


 身動きどころか、受身もできず、地面に叩きつけられた。

 このゲームって、モンスターの攻撃以外にも、自然の摂理も働くから、これだけでもダメージを受ける場合がある。

 綺麗に受身を取れればダメージはほとんどないのだが、オレの場合はそういうタイミングとかはヘタクソなので失敗して食らってしまうのがオチだけども。


「――っ!」


「きゃぁっ!」


 白娘子にしがみついていたテンポウとコクランも、空中に放り投げられたのだが、見事に空中で体勢を整え、綺麗に着地した。


「…………っ」


「なんか言いたけだね」


 ジンリンがオレの顔を見て言った。

 ローロさんとビコウも同じ目にあったにもかかわらず、平然としている。

 どうやら二人も受身を成功したようで、失敗してダメージを食らったのはオレだけだ。

 そりゃぁ不貞腐れたくもなるよ。



「っていうか、どうやって倒すのこいつ」


 コクランがつばを吐くように愚痴をこぼす。

 言いたい気持ちはわかるけども、佳人がそういうこと言うと見た目が般若みたいで怖いから、あまり口にしないほうがいいぞ。

 倒す方法さえわかればなんだが、ビコウがそれに気付きそうで気付けない状態。


「ビコウ……」


「あぁっと、いや文字は出てるんですよ。展開させる魔法文字が。でもこれって認識されるのかなぁって」


「だったら試したらいいんじゃない?」


「そりゃぁ普通の戦闘とかだったら考えるより先に実行しますけどね、正直これでも倒せるのかなって思っているんですよ。シャミセンさんみたいに向こう見ずに戦闘をしているわけじゃ……」


 ビコウは「アッ」と、口を手で押さえた。

 たぶん自分の中で、失言だったと思ったのだろう。

 まぁ人間本当のことを言われると頭にくるとはいうけども、自分でも納得してしまっているから、別に怒るようなことじゃないんだよな。


「すみません、出来すぎたことを言ってしまって」


 素直にあやまれるあたりは話ができるんだと思うがね。

 世の中、自分の非を認めない人のほうが大半だと思うんだ。


「別にいいよ、本当のことだし。それでなにが出てこないんだ?」


 そう聞き返してみると、ビコウは苦笑を浮かべながら、


「えっと、なんか形は違うんですけどどうも自分の中で納得がいかないというか、さっきから攻撃をしてもダメージが入ってないみたいで――でももしかしてまたサルベージされたやつが持ってきているのかなって、**っていうアイテムがないと――んっ?」


 説明していくなか、不意にNGワードに引っかかったのか、そこだけが雑音で途切れた。

 運営は、あくまでクエストの情報を周囲に漏れないようにするためにしていたのだろうけど、逆に言えば、それはクエストの答えを教えているようなものだ。

 その証拠に、目の前の美猴王がまがまがしい笑みを浮かべていた。

 うん、これ完全に答えがわかったって顔だな。



「魔法盤展開ッ!」


 さっきまでの不機嫌な声色はどこへやら。

 ビコウは、いつもの、はつらつとしたほがらかな顔で魔法盤を取り出すや、ダイアルを回し始めた。


【QRZGYIHN】


 魔法文字が展開され、ビコウの手元に現れたのは、金属製の打楽器。いわゆるシンバルだ。

 それを両手にひとつずつ持たされているので、オーケストラ仕様ということだろう。

 まぁこういうのはプレイヤーが思ったやつが出てくるみたいだけど。


「えっと、それって役に立つの?」


 まったく役に立つとは思えないのだけど。


「立ちますよ。封印するという意味でなら」


 口角を上げているビコウは、勝機は我にありとちいさく笑った。



「二人ともっ! そこから離れて」


 ビコウの指示を耳にするや、テンポウとコクランはうしろへと跳び、白娘子から間合いを離した。


「よっとぉっ!」


 ビコウはふたつのシンバルを、白娘子目掛けて放り投げるが、そのふたつは、それこそぶつけるというよりははさむといった感じだ。


「しゃぁぁあああっ!」


 白娘子がからだをくねらせ、大きく飛び上がる。


「ビコウッ!」


「大きくなれッ!」


 ビコウの言葉とともに、ふたつのシンバルが大きくなった。

 その中心に、それこそ綺麗な形で白娘子が入るくらいの大きさだ。


「しゃぁぁぁあああああっ!」


 白娘子の口元に水の波動が見えた。


「ビコウさんっ!」


「閉じろぉおおおおおっ!」


 バンッ! と、ビコウは広げていた両手を前に閉じるような形で組むと、それに連動してか、ふたつのシンバルも、白娘子をはさむように閉じた。

 その一瞬前、白娘子が放った水の波動がビコウにぶつかった。



「くぅっ!」


 それをまともに食らってしまったビコウは、空中に放り投げるが、


「縮まれえぇええええッ!」


 組んでいる両拳を、それこそ釣り人のように振り上げた。

 シンバルは白娘子と同じくらいか、すこし大きかったが、次第にどんどん縮小されていく。


「しゃぁああああああぁぁぁぁぁぁぁ…………――――」


 それにともなってか、白娘子の叫び声も次第に途切れていき、最後には消えた。



 ◇クエスト【白娘子】クリア。

  ・クエストMVP:【ビコウ】

  ・参加プレイヤーに経験値【45】が受理されました。

  ・プレイヤーそれぞれに【340】Kが受理されました。

  ・ビコウが【ニョウバチ】の魔法武器を手に入れました。

  ・クエスト【答えを知らない花魄】が発生しました。



 クエストが成功したみたいで、リザルトがポップアップされた。


「た、倒したでいいんですかね?」


 テンポウやコクランが、それこそ意気消沈といわんばかりの表情でオレを見た。

 そう思いたい。というか正直動きたくない。

 思っていた以上に疲れたのか、オレは、ドサリと仰向けになって倒れた。


「もう今日はこれ以上動きたくないですよ」


 と、オレの隣に陣取っては、それこそ音を立てるようにして倒れこむ心猿。


「それにしても、よくあんな方法が思い浮かんだな」


「方法としては考えとしてはあったんですよ。ただ前にメイゲツが川の水を飲んで妊娠したイベントがあったことを思い出して、しかも目の前には倒せないはずの白娘子が出てきていた」


 ビコウはそこまで言うと、一度言葉を止めてから、ちいさく深呼吸をした。

 そのせいで、寝転がっても垂れていない形のよいふくよかな乳房が大きく揺れる。


「それで自分が提案したイベントの内容を思い出していたんです」


 そんな視線に気付いたのか、ビコウは、それこそいたずらっ子を見るような、怒っているとも、あきれているともとれる曖昧な眉目でオレを見すえた。

 とっさに視線をそらそうと思ったが、それは彼女の乳房を見ていたといっているようなものなので、あえて、彼女の目に視線を向ける。



「すみません」


 テンポウが、オレやビコウのところへと歩み寄るや、頭を下げた。


「……なんであやまるの?」


 ビコウは動くことすら億劫といわんばかりに、片目だけを薄くあけ、テンポウを見上げいた。


「だって、今回のクエストって、私がシャミセンさんだけを誘ったのに、なんか気付いたら他の人にも迷惑をかけたみたいで」


 あぁ、そういうことだったのか。

 ジンリンがどうして色々といってきたのかやっとわかった。

 というか、普通はオレが気付くべきことだったんだろうな。


「別にいいわよ。たまたま中途半端に起きて、機嫌が悪かったからNODにログインしたら、ちょうどコクランがログインしていたから、彼女を誘って第一フィールドになにかないかって彷徨していただけだし」


 ビコウは、ムクリと上半身だけ起こすと、


「それにさ、別にクリアできないように設定なんてしないわよ。ゲームっていうのは作った人がちゃんとクリアできるようにヒントを出さないとただの独りよがりよ」


 テンポウを見上げながら、ちいさく笑みを浮かべた。


「自分ひとりでなんでもできるならまだしも、なにもできないくせに自分だけで物事を抱え込もうとする人は多かれ少なかれ必ず失敗する。そうならないためにも誰かに頼ることも大事だってことよ……どこかの誰かさんみたいにね」


 チラリと、ビコウはオレに視線を向けた。


「あははは……」


 これに対して、オレは空笑いするしかなかった。


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