第246話・朝未明とのこと


「あれ?」


 自分の身長に対して、なにか文句を言ってくるのかと思ったが、当のキンシコウは、きょろきょろと、だれかをさがすような目で、オレの周りに目を配らせた。


「ところで、恋華は?」


 近くにセイエイがいないとわかるや、聞いてきた。

 というより、なんでオレの近くにいると思ったんだろうか?


「セイエイなら、今さっきログアウトしたけど?」


 そう説明すると、


「めずらしいですね、まだ八時前なのに」


 目を点にしたような顔で、ビコウは肩をすくめる。


「フレンドリストで確認はしないのか?」


「この時間と、誰かさんがバイトに行ってないなら、あの子の行き先を知ることなんて、お釈迦様から逃げようとする孫悟空を捕まえるくらいたやすいことですよ」


 たとえがわかりにくい。

 が、言われてみればたしかに、バイトのない日は、セイエイと一緒にいるときが多かったから、ビコウもそう思ってオレのところに来たんだろうな。


「お風呂だったら、今は兄が入ってますし」


「んっとな、宿題するって」


「宿題……、あの子起きてからやるタイプだから、それも考えにくいですし」


 セイエイの行動に納得いかないのか、ビコウはしかめっ面で腕を組むや、


「――もしかして、またあの子になにかしました?」


 険悪とした口調で、オレたちに聞いてきた。



「いや、さっきちょっと戦闘があってな、それはまぁ終わったからいいんだけど、ちょっとオレのサポートフェアリーから忠告があってね」


「はて、ジンリンがどうかしたんですか?」


 オレの説明に納得がいかず、ビコウはさらに眉をしかめる。

 たしかに、妖精状態のジンリンしか見ていないビコウからすれば、セイエイがなにをされたのか想像できないだろう。


「えっと、実は第三フィールドのことについて、今のままでは正直危ういと思いまして……、ちょっとシャミセンさまたちにお灸をと思いましてね」


「へぇ、それがなんでうちの恋華まで巻き込まれるのかしら?」


 ビコウが笑みを浮かべながらジンリンの話を聞いているが、どこをどう見ても怒っているとしか思えん。


「あっと、ですね……ボクがセイエイさんが油断したところを、彼女の左腕を折ったわけでしてね」


 その言葉を聴いたからか、


「あぁ、そんなこと……。どんな方法を使ったのかは知らないけど、ヒントを与えた分はいいんじゃないかしら」


 と、オレやジンリンが予想していた、怒りをあらわにしたようなものではなく、あっけらかんとした、なんとも納得の言ったような声だった。



「えっ……? あの……、ボク、セイエイさんの腕を折ったんですけど?」


 ビコウがそんな態度を見せてしまったからなのか、はなから怒られると覚悟していたジンリンは、そのあっけらかんとしたビコウに、困惑した声で聞き返した。


「それなら大丈夫。あの子、基本的にきょうつつの区別くらいはついてるから」


「説明になってないんだけど」


「要するに、恋華って、わたしや兄がゲーム会社のスタッフでもあると同時に、生まれたときから身近にゲームがあったから、そういうのにはほとんど態勢はあるんですよ。まぁこのゲームの痛感設定がデフォルトでマックスになっているみたいですけど、魔獣演舞のときとか、それこそ星天遊戯もそうですが、痛感設定をマックスにして、なんども腕の骨を折る痛感を味わってますから」


 そういえば、前にゴースト系のモンスターとか、問答無用で攻撃していたっけか。

 たしか髪が無限に伸びて、それでプレイヤーを捕まえる市松人形が、あまりにもリアルすぎて他のプレイヤーはSAN値をゴリゴリに持っていかれたにもかかわらず、今オレの目の前にいる美猴王と、その猟犬は、まったくいつもどおりに倒していた。


「ってことは、本人は気にしていないってことか」


 心配して損したとは思いたくないけど。

 また我慢して爆発しないか、そっちのほうが心配なんだがな。


「まぁ実際、遊園地のおばけ屋敷に行っても反応は対して変わらないと思いますよ。あの子にとって怖いものがなにかって言えば人間関係くらいなものでしょうから」


「あっと……」


「だから、ジンリンがやったことがあの子のためにもなっていたなら、わたしが怒るいわれはないと思うけどね」


 いまだに暗い顔をしているジンリンに、ビコウはためいき混じりに諭した。



「まぁ暗い話はここまでに……したいんですけど、そうはいかないんですよ」


 そういうや、ビコウは右のてのひらに、水浅葱の、ちょうどテニスボールくらいの大きさをしたクリスタルを取り出した。


「ちょっとうちの玉帝ぎょくていから、シャミセンさんと直接話したいことがあるらしいです」


「はて、玉帝?」


 いったい誰だろうか、ビコウの知り合いっぽいのはたしかだが、しかし玉帝とはまた大きく出たな。



 クリスタルは淡くかがやき、ゆっくりとビコウのてのひらから浮かび上がると、ちょうど、オレやビコウのあいだで止まった。

 クリスタルはゆっくりと回転すると、その速度は次第に速くなり、蝶のリンプンのような光が、映画館のスクリーンのように広がっていく。

 そして、その幕に映し出されたのは、白髪角刈りと強面が印象的な老人が、険しい表情でオレを見下ろしていた。



「……誰?」


 まったく知りもしない人から睨まれる覚えなどないのだが。


「誰……って、まぁだいたいはそういう反応しますけど――」


 ビコウが、頭を抱えながら愚痴をこぼすように言う。

 なにを言っている。知らん人間にそういう反応をするのは当然だと思うぞ。


「シャミセンさんはとにかく、そっちの妖精は気付いたみたいですよ」


 はて、ジンリンがどうかした?

 ちらりとそちらに一瞥してみると、


「なんで? え? なんで社長? なんで五龍社長出てきてるの? なに? なにこれ? なんで社長? シャチョウ=サンなんで?」


 と、姿を現した男性に対して困惑していた。



「社長……」


 うぅむ――と、腕を組み深々と思い出す。

 いや孫五龍社長のことは知ってるし、会社の公式サイトにも彼の写真が掲載されている。

 だからなのか、光の幕に映されている始皇帝のような格好をした老人と、そのイメージが重ならないのだ。


「もしかして、この人が孫五龍社長?」


 そうたずねるや、ビコウはちいさくうなずいてみせた。


「それならそうといえばいいのに、なんで玉帝なんてわかりにくい名前を」


「まぁ、一種のコードネームみたいなものですよ」


 ビコウやボースさん、コウマさんみたいに、彼らが運営スタッフだとプレイヤーにばれないためか。


「じゃな、いきなり社長として出るよりは、フラフラとゲームサーバーの中に入り込んで、プレイヤーを見るのも一興じゃろうて」


 玉帝の一言に、「あ、はぁ」としか返せなかった。



「さて本題に入ろう」


 ギィ……と、椅子がきしむ音が聞こえた。

 どうやら玉帝は、足を組んだ姿勢で椅子に座っており、両手をこまねくように、


ザンリ、、、による被害者が、第三フィールドで出たという報告が、管理しているスタッフから届いておってな、近々向かうであろうシャミセンさんや、愛娘と愛孫に知らせておこうと思っておりましてな」


 玉帝の言葉に、オレはけげんな表情を見せながら、


「くだんの魔女の名前が普通に使われてる件について」


 と聞き返した。


「運営権限として、わたしにはNGワード制限がないのでな。しかし……」


 玉帝は、ふぅとひとつためいきまじりの吐息をはくや、


「本来差別的な言葉を使わないよう、相手を傷つけないようにNGワードを入れていたのだが、一個人の名前や、特定のワードをNGには設定していないのだ」


 と答えた。


「掲示板でクエストとかの、攻略情報の提示を禁じているのは、攻略の楽しみを邪魔しないように……ってことなら納得だけど、キャラやプレイヤーの名前をNGにはしていないってことか」


 オレが、以前ザンリやエレン、漣のことをNODのゲーム掲示板で書き込んだのは、それを確認したかったからだ。

 そもそも名前だけならNGに引っかかるとは思えなかった。

 ためしに、誰かがラディッシュさんの名前を書き込んだ場合、ゲームのクエストと関係しているとすれば、NGワードとして伏せられていたはずだったからだ。

 だけど、それは見事に的をはずした。

 だが、ザンリやエレンがどんなクエストと関係しているのかは、いまだにわからなかった時期に書き込んだわけだが、それがゲームシステムに引っかかった。

 そして掲示板管理者の言葉に、『ゲームの内容に触れる』とあった。

 さすれば、【ザンリ】がNODこのゲームにおける盛大なネタバレになるのなら、NGになるのはうなずける。

 だが、そもそもいちプレイヤーでしかない【エレン】が、それこそ同名のNPCがいるとすれば、この浅はかな考えは脱却せざるをえないのだが、


「それならなんで、あいつの名前が伏せられるんだ?」


 という考えが逆に出てきてしまうのだ。



「玉帝、オレの知っている……いや、ジンリンの元の名前がどうしてNGになるのかはわかるんですかね?」


 その問いかけに、玉帝は「うむ……」と唸っては、


「それに関してはわからぬとしか云えませぬな。シャミセンさんがおっしゃっているプレイヤーを、弊社が開発したVRギアのテストプレイヤーとして呼んだことは間違っておりませんが、現在アカウント登録されているプレイヤーの本名の書き込みはNGワードとして処理されはしますが、登録されていない人物の名前までは対応されておりません」


 と答えた。


「あ、ちなみにわたしが恋華のことを普段どおりに言えるのは、いつものことなのでNGにはなりませんけど、ほかの人が使った場合はNGになりますよ」


 ビコウにそういわれ、


「……**――」


 と、ためしにつぶやいてみると、見事に【恋華】の部分がNGワードに引っかかり、雑音が入った。



「ビコウ、サイレント・ノーツもセーフティ・ロングが運営していたゲームだったよな?」


「VRMMORPGの開発運営チームとは別ですけど、同じ会社というかたちではそうなりますね」


 ビコウは肩をすくめ、


「そもそも、サイレント・ノーツのサービスが終了したのは、VRギアの発売と魔獣演舞のサービスが開始される一年前ですから……」


「おおむね、二年くらい前ってことになるのか」


 ビコウは、オレに言葉をさえぎられ、不満げな表情をみせたが、ちいさくうなずいてみせた。

 別のVRMMORPGをやっていたから、魔獣演舞のことは風の便りくらいに知っていても、ゲームアカウントはつくらなかった。

 だからなのか、ビコウたちのことは、星天遊戯を始めるまで知らなかったのだ。


「たしか発売と同時にサービスを開始していますから、ちょうど一月上旬あたりでしたね」


「重ねて言えば、[サイレント・ノーツ]が終了したのは、それより去年の、【九月二八日,,,,,】だったな」


 玉帝の言葉に、思わずジンリンを見据えた。

 そのジンリンも、なにか恐ろしいものを見たかのように、はてはなにか、黒々とした魔女の怨念に気付いたようなかおつきで、生唾を飲むように咽喉のどを鳴らしていた。



「九月二八日って……、このゲームがサービス開始した日とまったく同じじゃ?」


 ビコウも、それに気付くや、玉帝に問いただした。


「***っ! ケツバさんか麗華さんにメッセージを送って」


 あわてた表情で、オレにそうお願いするジンリン。

 オレもそれは思っていた。

 今、オレの知っている、いや連絡できる人間でサイレント・ノーツに関わっているのは、その二人しかいない。



 ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥



 ◇送り主:麗華

 ◇件 名:Re:サイレント・ノーツのことで

  ・たしかに、こちらでしらべたところ、SNのサービス提供を終了したのは九月二八日ですし、ゲームのウィキにもそう記されています。

  ・ですが、NODのスタッフがSNからの流れで集まったとしても、前のゲームが終了した同日にサービスを開始することはありえません。

  ・そもそもネットゲームというのは、運営も予想していないバグが出たりなどで、サービス開始日時を延長することも多々ありますから、以前運営していたゲームのサービス終了日とまったく同日になることはありえません。



 麗華さんから送られてきた、オレの質問に対しての否定的な返信メッセージの内容をみんなに伝える。


「それじゃ、ただの偶然?」


 ビコウやジンリン、そして玉帝ですら得心のいかない表情を浮かべるしかできないようだった。


「偶然にしては、あまりにもできすぎているけどな」


 これすら魔女ザンリがえがいた悪夢おもわくだとすれば、


「どんだけ恨みを持ってるんだ?」


 と頭を抱えることしかできなかった。


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