第245話・失言とのこと


 さてと、すこし気になることがあるのだけど。


「セイエイ、大丈夫か?」


 セイエイに声をかけながら、彼女の顔色をうかがう。

 ジンリンから折られた左腕を抱えたままのセイエイは、なにごともなかったよう、いつもの眼を輝かせた表情を浮かべているが、ひたい、、、にはしずくがしたたり落ちていた。

 そのしずくは、ワンシアがスィームルグ状態のときに降らした雨風で濡れたものではなく、ジンリンから折られた左腕の、火傷しそうなほどに熱い痛みを我慢しながらの脂汗だということは、セイエイが口にしなくても、状況を知っている誰もが、セイエイのやせ我慢であることは見て取れた。


「……なに?」


 セイエイは片眉をしかめながら、オレに視線を向ける。

 その声は弱々しく、いつもの、無邪気な餓鬼こどもの覇気がない。

 痛みのことを口にしないところから見ると、やはり人に迷惑をかけたくないという性格は、根本的なものからきているから、それいじょうのことは触れないでおこう。

 下手に触れれば、セイエイの自制心プライドを傷つけかねない。


「というか、骨折とかって魔法で回復できないんですか?」


 セイフウが、オレの肩に腰を下ろしているジンリンを見ると、


「えっと、仕出かしたボクが言うのもなんだけど、骨折とかしている場合、傷の治り具合によっては時間経過でしか回復しないんだよね」


 その妖精は申し訳ないという顔を浮かべながら、頬をゆびでこすっていた。

 だったら最初からするなよ……と目線をジンリンに向けようとしたが、猟犬に悟られそうな気がして、とっさにとどめた。

 第三フィールドの特徴を先に教えてもらっていたオレは、これすらまだ優しいということだろうか。

 ジンリンはオレと一緒に行動している以上、セイエイやセイフウにもその危険性を教えたかったからだろうし、いまさらどうこういったところで後の祭だ。


「油断していたわたしが悪いから、ジンリンが悪いってわけじゃ……」


「そういうやさしさはいらんからな」


 セイエイが相手を赦そうとしたのを、オレは制した。

 前に里桜ちゃんの家が経営している喫茶店を手伝ったときに、叔母やその友人たちから着せ替え人形にされたことだって、セイエイは、本当はいやだったのに、文句のひとつも吐かなかった。


「一昨日の晩、ハウルに誘われてケツバのところで魔法の箒を手に入れたことだって、そもそも断ればよかっただろ?」


「それは――、おねえちゃんとかフチンにも怒られたけど、やっぱり早く手に入れたかったし」


 自分が悪いとわかっているからか、オレから視線をそらせながら、しどろもどろな発言をするセイエイ。

 てか言い訳しなさんな。ただその気持ちはわからんでもないけどな。


「じゃぁ聞くけど、シャミセン、時間限定の、たとえば夜中にしか出ないアイテムを手に入れないといけないクエストとかがあった場合、どうするの?」


 すこし不機嫌な表情で、セイエイはオレにそう訊ねてきた。

 クエストは依頼内容にもよるが、信頼値があるゲームだと、NPCやプレイヤーからポイントをもらえるようだ。

 信頼が高ければ、受けられるクエストのランクも上がるし、もらえる依頼料も多くなり、自分のお店を出しているプレイヤーから安く卸すことも可能になる。

 そういう特典があるからなのか、その信頼値をお金で買うようなプレイヤーも世の中にはいるのだけど、


『お金で信頼関係を築くようなプレイヤーは、そもそも信頼すらできませんからね』


 と、オレがまだ星天遊戯を始めて間もないころ、その信頼値について、食事の席で聞いたところ、美猴王から忠告を受けたことがあった。

 あれだな、【友達料】とかいって金をせしめるようなイジメがあるから、システム上、信頼値の売買は禁止されているようだ。

 そういう考えを、運営スタッフから聞かされている以上……、


「そもそも依頼内容を詳しく調べていないのが悪い」


 と返す以外に言葉がなかった。



「シャミセン、あんまりゲーム好きじゃない?」


 ものすごく残念そうな表情を浮かべるセイエイ。

 なんでそういう答えになる?

 もしかして、時間とか関係なしにクリアするとか言ってほしかったのかね?

 前にそういうことがあったけども、さすがにメリハリはつけるよ。

 あれ以来、クエスト内容を吟味する癖がでたからいいけど。


「あぁっと、そういうわけではないんだけどなぁ」


 オレは、あたまをかきながら、不機嫌な声を発した。

 オレとしては、夜中にゲームをするなといいたいんだよ。

 セイエイやセイフウは、まだ成長過程にいるんだから、夜遅くまで起きていると、宝玉のように綺麗な肌が荒れたり、体力が落ちたりとかしそうでなぁ。

 最近の子供の体力や、運動神経が落ちている要因って、ようするに十分な睡眠が取れていないからだと思う。


「いや、***って、すごいゲームは好きだよ。ボクが小学生のときとか、通っていた道場が休みのときは、よく花愛ちゃんや香憐ちゃんを誘って、***の家に遊びに行っていたくらいだから」


 オレの態度を見かねたのか、ジンリンが助け舟を出す。

 あぁ、そんなこともあったなぁ。

 といっても、実を言えば香憐がまだ喘息もちで、あまり外で遊べなかったのと、伯父さんたちやばあちゃんが仕事とかで家を留守にしていたから、オレの家に来てただけなんだが。

 ただ、ジンリンの発言に、セイエイとセイフウが目を点にしていた。


「えっと、ジンリンさんとシャミセンさんって知り合いなんですか?」


 その口火を切ったのは、セイフウだった。


「んっ? まぁちょっとした昔なじみでな」


 その問いかけに、しごくあいまいな言葉で返す。


「あぁっと、もしかして、いまのは失言だった?」


 不安そうに聞いてきたジンリンに視線を向けながら、


「そう思うならそうなんだろうよ。というか二人とも、ハウルや綾姫のリアルの名前を知っていたからいいけど、あまりリアルの名前を出すなよ」


 とひと睨みだけにしておこう。


「壁に耳あり、障子に目ありってな」


「うわぁ……知り合いの名前って、ふとしたことで出ちゃうんだよなぁ」


 と頭を抱えながらうずくまる妖精。反省ができるときはしておけ。

 後悔先に立たずとはよく言ったものだが。



「話を戻して、これからどうするかね?」


 オレとしては、レベル上げをしたいんだけども。


「わたしはログアウトする」


 セイエイが、それこそつまらなそうな表情を浮かながら告げた。

 本当ならもうすこしログインしていたかったのだろうけど、【骨折】というバッドステータスになっていると、思うようにからだが動かない。

 利き手である右手にスタッフを持ち、魔法盤は左手に添えながら回しているため、戦闘しようにもできないと思ったのだろう。


「すみません」


 そんなセイエイの態度を見てか、ジンリンが深々と頭を下げた。

 本人が赦しているから、オレはしつこく言わんけど、さすがに今回のことは、いくらセイエイでも怒っていい気がする。


「えっと、そうじゃなくて、宿題しないといけないだけだから」


 セイエイはあわてた表情で弁明する。


「セイフウは?」


「オレはまだだいじょぶ……とはいえないかもしれませんね」


 セイフウは片目をつむり、申し訳ないといった顔をした。


「なにかあったの?」


「さっきメイゲツからメールが来ていて、パパが食事に行くからログアウトしろって」


 そういえば、メイゲツは部活で遅くなるとか言ってたが、どうやら家に帰ってきているようだな。


「シャミセンのところ?」


 セイエイが以前、偶然みんなが集まった、オレやビコウがアルバイトしている居酒屋で食事をするのかと、セイフウにたずねた。


「さすがに行き先はわかりませんけどね」


 苦笑を浮かべながら、肩をすくめしたセイフウは、


「それじゃ、お二人とも」


 といって、魔法盤を取り出すや、転移の魔法文字を展開させると、光の粒子となって、空へと消えていった。


「シャミセン、わたしもログアウトするけど」


 ジッとジンリンを見つめるセイエイは、


「ジンリン……、さっきシャミセンが言ってたけど、わたしもジンリンのことはやさしい人だと思ってる」


 そう言い残し、魔法盤を取り出し、転移魔法の魔法文字を展開させ、セイフウ同様に、光の粒子となって、エメラルド・シティのほうへと飛んでいった。



「やさしい……か――」


 オレの肩に腰を下ろしているジンリンは、それこそ遠くを見るような目でつぶやく。


「あんなひどいことをしたのに……」


「センチメンタルになるのはいいがな、セイエイがああいうことを言うのは、お前を信頼しているからだと思うぞ」


 そもそもあのドーベルマンは、本当に信頼していないと人の話どころか、最悪相手を噛み殺すくらいだからな。


「それに、本気で殺そうとしたのなら、お前だったらそれくらい赤子の手をひねるくらい楽なんだろ?」


「できなくはないけどね」


 そこは否定してほしかった。


「まぁでもさ……ボクはいろんな意味でキミがうらやましいよ」


「はてな? なぜそうなる?」


 思い当たる節がなく、オレは首をかしげた。

 歌姫からうらやましがられるようなことなんて、頭の隅にもないんだけど。


「いやだってさ、【サイレント・ノーツ】のときもそうだったけど、ゲームは好きでも、腕前は下手の横好きだったじゃない」


 本当のことだから、ちがうと強くいえない。

 星天遊戯でもそうだけど、周りにビコウやセイエイがいるから、彼女たちの手を借りてゲームをしている部分もあるしなぁ。

 というか、先の二人だけでなくても、だれかとパーティーを組んだりしていたから、ソロでやっているなんてこともなかったような。


「だいたいその下手さのせいで、ボクや、斑鳩くんに迷惑かけたりしてたからね。まぁそもそもおさななじみとかじゃなかったら、とっくの昔に見捨てていたけど」


 聞きたくなかった。そこは正直聞きたくなかった。

 が、これだけでも、ジンリンの本音が聞けただけいいのかもしれん。


「それが、NODで久しぶりに会ったと思ったら、いろんな女性プレイヤーに囲まれてさ、なんなの? はたから見たらうらやましいよ、ほんと」


「それはオレがわるいわけではない気がするんだが」


 なんかオレに自分の正体が気付かれてからのサポートフェアリーは、もはやオレに対する礼儀など微塵も見せていなかった。


「というかさ、なんなの? あのビコウって人。セイエイさんのおねえさんだから、中学生,,,なんだろうけど、ちょっと胸大きすぎるよ」


 それはお前もと言いたいが……、あれ? なんでビコウが中学生なんて思っているのだろうか?


「えっと、お前たしか運営側の人間でもあるよな?」


 腕を組みながら、あきれた視線で、ご立腹な妖精を見据える。


「うん? そうだけど」


 オレの視線や問いかけの意図に疑問を持ったような、けげんなかおつきで、ジンリンは首をかしげた。


「だったら、VRギアのIDアカウントを登録しているプレイヤーの生年月日も調べられると思うんだけど」


「あぁ、そういう野暮なことはしない主義。相手のプライベートとか興味ないしね」


 そうだった。オレの記憶が正しければ、漣はことゲームとなれば知り合いや目上の人には礼儀ただしいのだけど、相手が弱かったり、PKともなれば、結構女王さまみたいな態度になるんだよなぁ。


「というかな、ビコウはオレやジンリンより年上だぞ」


 ジンリンはそれを耳にするや、


「えっと、さすがにそれはないんじゃないかなぁ? いやだってね、身長が……どうみても小学生くらいしかないし、てっきり小学生と思ってたんだけど」


 と、あわてふためきだした。

 うん、初対面の人はそんな風に思うよね。ビコウ本人も愚痴々とこぼしていたし。

 しかしまぁ、そういう反応はわからんでもないけども。

 オレだって、病院で本人から教えてもらうまで、たぶんジンリンと同じこと思っていたと思っていたしな。


「でもセイエイさんがおねえさんっていってたから、若くても中学生と思ってたんだけども」


 いや、今までの会話でだって、結構大学の話とかしていた気がするんだけども。

 さて、これからどうしようか――と、周囲を見渡した時だった。



「…………っ!」


 途端、背筋を凍らせるほどの殺気が、オレの全身を駆け巡った。

 ゆっくりと、その殺意が放たれている震源地にほうに視線を向けると、そこには身丈五尺ほどの、真紅色の法衣を羽織った少女が、オレやジンリンを、それこそ物言いたそうな笑みを浮かべながら立っていた。


「べつに、身長が低いことをいわれて、頭にこないわけじゃないですけどね」


 いつのまにオレのところへと来たのだろうか、ビコウが笑顔でオレやジンリンを睨んでいる。

 えっと、もともとはジンリンの失言なのに、なんでオレまで睨まれないかんのだろうか。


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