第247話・鶉月とのこと



「ところで玉帝」


 光の幕に映されている玉帝ごと、孫五龍を見上げ、


「オレからひとつ、いや二、三個くらい聞きたいことがあるんだけど、いいですかね?」


 その問いかけに、玉帝は、あまりいやそうな顔を浮かべるようなそぶりをみせずに、うなずいてみせた。


「わたしがこたえられることだったら……なんでもこたえよう。こちらも一般プレイヤーを巻き込んでしまっているからね」


「それは……【意図的に応えられないという意味は含まれない】。それだけははっきりしとしてくれ。こっちもザンリにはかなりおかんむりなんでな」


「約束はしよう。だがシャミセンさんの言葉を返すようで失礼なことだとおもうが、わたしが応えられないものは答えることはできない……。そう判断させてもらうが、よろしいかな?」


 玉帝の確認にうなずいてみせる。


「逆にききますけど、ビコウのスリーサイズを一寸の間違いもなく言えます?」


 質問に質問を重ねているオレと玉帝の会話の中で、突然自分の名前が、しかもスリーサイズがどうこうという話が出てきたのに対して、


「ちょっと! どうしてそこでわたしの体型の話になるんですか? いくらなんでもそんな簡単に人に話なんかしませんよ!」


 と、ビコウが顔を、それこそ熟した赤茄子トマトのように顔を赤らめて、困惑した表情で悲鳴をあげた。


「もののたとえだたとえ」


「それでも、もうすこし話の内容がありますよね?」


 むぐぐと、ビコウはそのちいさな体躯を背伸びさせながら、オレをしたから睨みあげる。


「う、うむ。わたしもさすがに娘のスリーサイズは知らんな」


 玉帝は、手をあごに当て、眉をしかめる。


「フチンもそこで、この運任せの気狂いのザレゴトに反応しないでくれるぅ?」


 父親のボケなのか、天然なのかわからないが、まじめに悩んでいるところを、娘が涙目でツッコミを入れた。


「うし、じゃぁひとつめの質問ですけど――」


「無視ですかぁ! いくらのじのわたしでも怒りますよ」


 うん、さすがにオレもビコウのスリーサイズをどうこう聞いたのは悪いと思っている。

 だからといって、キーキーと山猿みたいに鳴くのはどうかと思う。

 野郎のじゃれあいなんてスルーするのが大人の対応だと思うぞ。


「んっ? いま聞き逃せないことを言ったような気が」


 ジンリンが、一瞬不機嫌な表情を浮かべるが、まぁ気にしないでおこう。



「まずセーフティー・ロング製のVRギアに搭載されているシステムプログラムを作ったのは社長と、夢都雅也で間違いはないんですか?」


「ただしくは多くのスタッフが手伝ってはくれているが、メインとなるのはわたしと雅也だな。だからその認識は間違っていない」


 メインプログラマーが社長と、夢都雅也という人物だとすれば、どういうシステムが組まれているのか、その危険性も熟知しているはずだ。

 そうなると、やはり夢都雅也の娘とおもわれるマミマミがなにかしらの方法でVRギアのメインシステムに関与できる方法を知っているという答えになるのかもしれない。

 最悪、そのシステムの中に、人間の脳に与える影響が書かれていて、悪意のある方法もあったという考えも否定ができなくなる。


「フチン、それについてはわたしからも聞きたいことがあるの――、人の記憶を……たとえば海馬に残されている簡易記憶を消すことは可能?」


 オレがきこうと思っていたことを、ビコウが玉帝に問いかける。

 もちろんそのことを口裏合わせしていたわけではないし、ビコウ自身がききたかったことだったのだろう。


「できなくはないが、そもそもわが社のVRギアはボクシングのヘッドギアにゴーグルをつけたような形をしているからな。海馬がある後頭部やうなじあたりに機械が触れないよう細心の注意をはらってデザイン設定をしている」


 玉帝の回答に妙な違和感を覚え、顔をしかめた。


「どういうことだ? オレやビコウ……セイエイも遭ったことのある短時間のあいだに起きたできごとを意図的に消去されている現状がある以上、海馬に影響を与えていると思っていたんだが」


 はてな、的が外れたというより、根本的に勘違いしていたってことか?


「でもたしかにVRギアのデザイン上、頭の後頭部までしかありませんからね。そもそも海馬があるあたりに触れるデザインにはなっていなかったわけですし」


 ビコウが肩をすくめ、片眉をしかめる。

 あれって熱とかで蒸せないようにと思っていたけど、玉帝の言葉からして、海馬に電波を送ることは可能だったということになる。


「ですが、玉帝は海馬に電波を送ることはできないと断言してますよ」


 ジンリンも、困惑した表情を浮かべている。


「だよなぁ……ということは、VRギアのシステムが関係しているのは全否定されているようなものだし」


 VRギアから発せられる電波を使って、海馬に残されている記憶だけを消すってのは、いくら科学技術が発達しているとはいえ、まぁムリにひとしいだろうし。


「たとえばのはなし、その数式プログラムを持ち運んで外から使ってみたりとか」


 オレの愚問ともいえる問いに、玉帝ならずとも、ビコウやジンリンもあきれた顔をみせた。んっ? なにかまずいことでもきいただろうか? ありえん話ではないだろ。


「そういう改造チートアプリなんて使ってみてください。そもそも最初のログイン時におこなわれるログインチェックで検問に引っかかりますし、よくてアカウント一時停止、最悪アカBANだからね」


「というか、それシャミセンさんが自分でなったやつじゃないですか」


 ジンリンとビコウが、苦々しい笑みでオレを見る。

 というか、それはオレに化けて悪さしていたらしいマミマミが悪いのであって、オレが責められるいわれはないぞ。



「そのプログラムでも引っかからないものだとしたら……考えられなくもないな」


 玉帝が、不意に言葉を発する。


「どういうこと?」


「うむ、こんな話があるんだがな、猛毒であるヒ素をごくごく、ミリグラムにも満たない微小の量を料理の中に入れて食べさせて、抗体ができるかどうかという実験があってな。入れられたことすら気付かないわけだから、からだが反応しないという話だ」


「それがいったい……」


「――っ! もしかして、外部からじゃなくて、プログラミング担当のスタッフが気付かない異物プログラミングが、メインスクリプトの中に入ってるってこと?」


 ビコウはわかったらしいが、さほどプログラミングに詳しくないオレは、首をかしげるしかできなかった。


「シャミセンさん、日本人がどうしてゼンマイやワラビをおひたしにして食べられるかわかります?」


「えっと、たしか重曹で灰汁を取っているからだっけか?」


 その灰汁の中にゼンマイやワラビに含まれている毒素をとっているって、前にばあちゃんに教えてもらったことがあるけど……。


「それがいま話していることとなんの関係が」


「わかりやすくいえば、そもそも今のプログラミングやスクリプトはその命令文を動かすための数式が組まれていて、たとえばbgといれると背景が表示されたり、moveと入れるとキャラが指定したぶんだけ動くといったことになるんです」


「えっと……ようするに、いまビコウが言ったことは、メインプログラミングにじゃなくて、それに組まれている簡略的な命令文を動かすためのプログラミングの中に入っている可能性もあるってことか」


 だとしたら、かなりの量だと思うぞ。


「もしかしたら、ザンリはこれをねらっていたってこともありえるな」


 先に面倒なプログラミングを組んでおいて、あとは簡単な命令でそれを動かせるなら、そもそもメインプログラムにそれが入っていたとしたら、そりゃ運営が気付けるわけもないしなぁ。



 ……気付けるわけがない?

 はて、なんか妙に引っかかる。

 そもそも今回の事件に、マミマミ……夢都真海や、その父親である夢都雅也が関わっていると思っていること事態が間違っている?

 第一、ザンリの正体が誰なのか、その不確定要素すら確信に至っていないというのに、あたかもマミマミがやっていると思わされてしまっているのかもしれない。

 疑わしいといえばケツバの言葉もだけど、彼女はオレに、VRギアを通してザンリがやっていたかもしれない、ギアから発せられる電波を使って、人を自由に動かすことも可能という方法を教えてくれた。

 もし彼女がザンリと関わっているとすれば、邪魔になるかもしれないオレを、その方法を使って事故とショウじ殺していた可能性だってあるわけだ。

 あぁだめだ。考えが袋小路になってて答えが定まらない。



「玉帝、VRギアのメインプログラミングをあなたと一緒にやった夢都雅也が不審な動きをしていたことは?」


「いや、それはなかったな。彼は日本人ともいえる人だったからな」


 はてな? 日本人ともいえるって、そもそもその人って日本人じゃないのか?


「あっと、日本人って生真面目というか、融通が利かないというか、時間に厳しいですし、お店で行列に長い時間並ぶのなんて日本くらいなものですからね。そういう部分があるのと、フチンが信頼しているスタッフの中でも期日にはしっかりと企画書や修正プログラムを出していたようですから」


 ビコウが苦笑を交えた表情で説明してくれた。

 つまり、玉帝からみて不審な行動はなかったということだろう。


「しかし、スクリプトの中に不審なものが入っている可能性もあるか……一度メンテナンスをしたほうが」


「あのおこがましいことなのは承知の上でお話をさせていただくと、もし今回の事件を企てている犯人が、シャミセンさまたちが思われている人物とは別の人間――ましてやスタッフの中にいるとすれば、メンテナンスをしたところでいたちごっこかと」


 ジンリンが、玉帝に忠告を出す。


「わたしも、特別なイベントを開始するための調整メンテナンスをするなら納得はいくだろうけど、急なメンテナンスはかえって悪手だと思う。そもそもまったくしらないプレイヤーだって普通にログインしてプレイしているわけだし」


「そういう場合はアナウンスをだな」


「そんなことをしたら、新しく実装されるイベントとかアイテムがあるって勘違いされるでしょ。星天遊戯は毎日不定期にメンテナンスをしているけど、ちょっと修正を加えるくらいだし、***が仕組んだ毒素プログラミングがメインプログラムの中に潜んでいる可能性がある以上、そのプログラミングを見つけるのにどれだけ時間がかかるのかわからないわけだし、最悪――メインプログラムを動かなくして、このゲームを終わらせる可能性もあるってことだよ」


 ビコウは、ジッと玉帝に、それこそ訴えるような視線を向けていた。



「あれ? メインプログラムとかなら普通はバックアップとかしてるんじゃ?」


 すこし疑問に思ったので、ビコウやジンリンにたずねてみる。

 サーバー攻撃とか、セキュリティーがしっかりしていても、侵入されるときは侵入されるってのがネットの世界だしなぁ。

 それくらいのことをネットゲームの会社が危惧していないとは思えんし。


「ある程度はね。でもメインどころかプレイヤーのアカウントデータとかも管理しているから、それとリンクしていると最悪そこからデータをサルベージできなくなりますから」


 ビコウが、不機嫌な表情でオレに説明する。

 ようするに、メインプログラムが無事だったとしても、今度はプレイヤーのアカウントデータが消失してしまう可能性もある。

 もちろん頻繁に起きるようなことではないかもしれないが、


「ビコウさんの話を噛み砕いて言うと、運営のミスでプレイヤーのアカウントが消える=なにも悪いことしてないのにアカBAN食らった=この運営クソじゃね? ってプレイヤーは思うわけよ」


「さほどプレイしていない人なら……とは言わないけど、廃人アカウントともなると訴えるくらいならまだしも、最悪警察沙汰になって会社ごとつぶれるって可能性もあるから」


 ビコウが玉帝を訴えている理由がなんとなくわかってきた。


「魔獣演舞がサービス終了したのって、それが原因か?」


「……正確に言えば、モンスターのデータがめちゃくちゃになったといったところですかね」


「***、どんなゲームでもそうだけど、難易度というのは、そのゲームが面白いかどうかに直結してくるんだよ。まだ始めたばかりの初心者が、いきなりレベルマックスのボスモンスターに勝てるとでも思う?」


「――ムリだな。負けイベントでもないかぎり、通常の戦闘でそれじゃぁ、そのゲームがつまらないってなるだろうし」


「そういうのって、言ってしまえばはっきりとした解答のない推理小説みたいなものですよ。それを原作にした漫画で補足したといっても、読者からすればあくまで原作小説の中で納得したい性分ですからね」


 ゲーマーもまたしかりということか。


「そういうことがおきないように、ことモンスターのバトルデバッグは普通の状態で調整ができないんですよ。レベル1からマックスの50。それに職業やステータス、それら色々上げるとキリがないので言いませんけどね」


 そう話すビコウは、ふかい、、、嘆息をはく。

 どちらかというと、深いというよりは、不快と表したほうがいいか。


「まだ病院にいたころは、時間があるんだから大丈夫だろう? ゲームできてうらやましい? そりゃゲームは好きだけど、限度ってものがあるでしょ? あれですよ、ケーキバイキングで好きなケーキを考えなしに取ってきて、時間制限内に食べきれないくらいだったら、吟味して吟味したものを選んで、一口ずつ味わいながら時間いっぱいまで楽しむのが一番いいですよ」


 そういえば、ビコウもオレと同じで、あんまり深夜帯はログインしてないんだよなぁ。


「話が脱線してきたけど、***、ひとつめの質問はこんなところでいい?」


 ジンリンが、怒りで肩を震わせだしたビコウから視線をそらしながら、オレにたずねてきた。


「うーん、まだ確信しているわけじゃないが、すくなくとも外部からの犯行ではないってことは確かってことか」


 星天遊戯の時だって、外部ではなくサーバーを使った方法だったからな。


「たしかなことは、何者かがプログラムを盗み取ったってことだろうな」


「あれ? そこは普通マミマミ――真海さんがやったとか思わないんですか?」


 オレが若干納得しかけたのを、ビコウが首をかしげるようにきいてきた。


「いや、最初はそう思ったんだけど、そもそも――」


 あれ? ちょっとまて?


「ビコウ、マミマミを倒したのって、五月だよな?」


「そうですけど?」


「そのプレイヤー――夢都真海が自室で死んでいたのは?」


「えっと、たしか【黒風洞】の隠し水脈で恋華にちょっかい出した時でしたから、たしか四月の……えっ?」


 ビコウは、それこそ見えるはずのない幽霊を見たような、青ざめた顔で頭を振るった。


「ちょっと待ってください? 夢都真海が亡くなったのは四月頃ですけど、NODのゲーム製作が本格的に動き出したのって、五月半ばころでしたよ」


「玉帝ッ! ゲームの企画が通ったのは?」


「ゲームの企画自体は開始する一年前には決まっている。ブラウザゲームのような絵を表示させるくらいの簡単なものなら、早くて一ヶ月、遅くても半年以上前には製作を開始しておるからな」


 玉帝も、オレやビコウがあわてていることを察したのだろう。


「だが、ことMMORPGとなれば、まずフィールドの設定やデザイン、モンスターのステータスなど調整するべきことは多々ある。さらにはテスト期間を何回もおこない、調整に調整を重ねてようやくサービス開始できるが……」


「それでも間に合わなかったら、メンテナンスをしたりしますけど、課金の売り上げが見込めなかったら問答無用でサービス終了なんてのはザラですから」


 好きなネットゲームがいきなりサービス終了するのって、そういう理由が一番多いんだろうな。


「あれ? でもそれならマミマミがNODにちょっかい出すことも……」


「いや、それはないと思いますよ。真海さんは星天遊戯のスタッフでしたし、そもそもプログラマーとして兼任するならまだしも、彼女は町やフィールドにあるオブジェクトのデザイン担当でしたから」


 あちらはあちらで、専属のスタッフを用意しているだろうし、そもそもメインプログラムを扱える立場のスタッフでもないってことか。

 そうなると、なんでマミマミがザンリなんて勘違いをしていたんだろうか?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る