第219話・砂の塔とのこと
「ここはどこ?」
煌兄ちゃんの首元に落ちた血のような色をした液体や、自分の足首に変な手形がついたり、セイエイさんのおしりをなにかが触れ、それに血が付いているかもしれないという……私が嫌いなホラー要素満載のイベントが立て続けに起きてしまう。
それが怖くて逃げ出してしまい、煌兄ちゃんとセイエイさんと離れ離れになってしまった。
夢中で走っていたから、今自分がどこにいるのかを知ることすらままならない。
といっても自分が悪いので二人に文句は言えないんだよなぁ。
「わふぅっ!」
「キャッ?」
突然、暗闇の中から獣の遠吠えが聞こえ、思わず身体をすぼませてしまう。
「叫んで逃げられると思いましたが」
普段の、仔狐状態のワンシアが、クスクスと嗤いながら、私に近づいてきた。
「って、ワンシアかぁ……、ビックリさせないでよ」
「うしろから羽交い絞めにしたほうが良かったですかね」
ワンシアが袖で口元を隠したような笑い声で私をからかう。そっちのほうが怖いよ。
「しかし……だいぶ
「煌兄ちゃん怒ってた?」
「いいえ、これくらいで
呆れてはいるだろうなぁ。
でも怖いのは仕方ないもの。
出てきたのがワンシアじゃなかったら、多分腰を抜かして動くことができず、そのままモンスターに襲われて……だっただろうし。
「では
ワンシアにうながされ、私はうなずくと周りを見渡した。
夢中で走っていたせいか、森深くまで入り込んでしまい、入口に比べて木々が生い茂り、完全に月の光がなくなっている。
いちおう人が通れるほどの道があることは認識できてはいたけど、それが一本道ではなく四方六方八方とひろがっていた。
「どっちからきたんだっけ?」
夢中だったから来た道なんてほとんど覚えてない。
「ワンシア――」
煌兄ちゃんのテイムモンスターに頼ろうとした時だった。
「ハウルさま……チルルを召喚しておいてくださいませ」
その声は険しいものだった。
「どうかしたの?」
「なにか潜んでおります」
モンスターが周囲にいる?
「でも一匹くらいだったら――私とワンシアだけでも……」
「いちおう言っておきますが、気配は最低でも六体。それからお伝えにくいのですが」
「うん、もう怖いのは嫌だけど、言ってくれないほうがもっと怖いから全部包み隠さず言って」
「ならばお答え致します。その臭い……屍肉のような腐った臭いが致します」
やっぱり……。
多分ここって、迷いの森とか樹海とかそんなのじゃないかなぁ。
「魔法盤展開ッ!」
【CDJJZQ】
チルルを召喚させ、自分の足元に待機させる。
ワンシアは私とチルルのうしろを守る形で陣取っている。
こういうところは多分煌兄ちゃんからというよりは、自分で考えているんだろうな。
「来ますッ!」
ワンシアの叫びとともに、四方から四匹の骸骨兵が飛び出してきた。
「ッ! チルルッ! 【魔弾】」
一匹の骸骨兵目がけてチルルに魔弾をぶつけさせる。
「ぎぃががががが」
命中したけど、モンスターの情報がポップされない。
「どういうこと?」
「モンスター――ではないということでしょうか?」
ワンシアもその内の一匹に襲いかかり首もとを躊躇いもなく牙を向けていたのだろうけど、まるで手応えがなかったのだろう、いぶかしげな声で返事をした。
「ただ、妾もハウルさまも似たようなことは体験しているかと思われます」
「もしかして、星天でケンレンさんがやっていた【
あれもたしかモンスターの認識はされなかったはず。
「つまりそれをモンスターがしているってこと?」
そう思った刹那、周りに砂嵐が吹き荒れ、逃げ道が完全に塞がれた。
「カタカタカタカタ方カタカタカタカタ」
残りの二匹が歯を激しく叩き鳴らし、ボロボロの剣を振り下ろして来た。
「――ッ!」
剣の軌道を読み、避けようとしたが、
「きゃぁ?」
なにかが足を引っ掛けた?
「たたた……、今度はなにぃ――?」
地面にしりもちをつき、自分の足に引っかかった物を見る。
そこには肉のついた死体が足を掴んでおり、ギロリと恨めしそうに私を睨んでいた。
「あふぁはあぱはははひゃぁじゃはは」
「「わふぅ!」」
恐怖で悲鳴を上げるのを必死に耐えようとしていた私に、ワンシアとチルルが同時に吠えた。
「ひゃうぅ?」
「これはあくまでゲームですハウルさまッ! 心をしっかり持ってくださいませ。おそらくですがこの世界でも
たしかプレイヤーがなにかしら恐れを持っていたら、判断力やステータスが鈍くなるんだっけ?
そうは言っても、やっぱり怖いものは怖い。
「それに――もしここでハウルさまがたかだか作り物に慄いて戦意喪失になろうものなら……妾を貴方様のもとに送った
ジッと私を睨むワンシア。その目には殺気がこもっていた。
「…………ぅ」
「責めているわけではありませぬ。それにそのような権限妾にはございませぬゆえ。ですがもしこの状況で
それは脅しでもなんでもない声だった。
たぶんこの主第一の獣は、本当にそうなった場合、そうするだろう。
そう思わせるほどにはっきりとした澄んだ声だった。
怖いものは怖い。
でも……自分のせいで誰かが犠牲になって、それが取り返しの付かないものだとしたら、それを責められることのほうがもっと嫌だ。
よくおじいちゃんから言われたことがある。
『信頼』というのは壊れやすく脆いものであり、また壊れにくいものでもあると。
「もし私が本当にそうなった時は――よろしくね」
スッと体勢を整えるように立ち上がり、ぎこちない笑みを浮かべるように、ワンシアとチルルに応える。
「そうならないよう、最低限の努力をしてくださいませ」
「わふぅ!」
ワンシアとチルルがうなずくように応える。
「魔法盤展開ッ!」
【WFJTFCW】
今はこの状況に打破するのが先決だろう。
ワイズを上空に向け、大嵐で周りの砂嵐を吹き飛ばす。
そのついでに周りの骸骨も吹き飛んでくれれば万々歳だ。
「くぅ?」
遠くでなにか悲鳴のようなものが聞こえた。
「――! ワンシアッ! チルルッ!」
その声がした方に視線を向け、二匹に攻撃を命じる。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおッ」」
二匹がなにも命令していないのに『
「あれ? 私なにも命令なんて言ってないのに?」
けげんな顔を浮かべていると、
「主がなにを求めているのか、それを察するのは使い魔の役目でございます」
ワンシアはそれこそ茶飯事と言わんばかり。
ホントよくできたテイムモンスターだ。
「あうぅ」
チルルが自分も褒めてほしいと言った感じでしっぽを振っている。
「あはは、そうだね。チルルもありがとう」
チルルの頭を優しく撫でる。
「ほら、ワンシアも、ありがとう」
ワンシアの頭を、空いているもう片方の手で撫でる。
「くすぐっとうございます。ですがいやではありませぬ」
二匹とも目を細め、本当に気持ちよさそうだ。
【ヒルシュマハト】 Xb10/【闇】【地】
モンスターの情報がポップされ、位置を知らせるアイコンがグリーンとなり、そちらにモンスターが居ることがわかった。
「はぁはぁ……い、いったいなにごとですの?」
姿を見せたモンスターは褐色の肌をした女性だった。
二匹分の[
ショートボブに鹿の角……モンスターなのは間違いない。
エジプト王妃のような容姿をしており、扇情的な雰囲気があるのだけど、
「さすがにちょっとやり過ぎな気がする」
と女の私が呆れてしまうほどだった。
いちおうカラシリスのようなものを身にまとってはいるのだけど、その生地が透過度を50%くらいに設定されているのか、シースルーのようになっていて、胸元もそうだが、局部あたりも隠しきれていない。
褐色な肌は全身焼けたように健康的で、乳頭はピンクというよりは
というか胸が大きすぎるし、腰括れてる。
ムッチリとした感じが、なんともまぁグラマラスというよりは破廉恥というべきか。
これ全年齢向けゲームのはずだよね?
とりあえずショーツは履いているようだけど、苦し紛れのなにものでもない。
「しかしわたしの下僕さんたちはまだいますわよ」
ヒルシュマハトが宝玉が装飾されたスタッフを空に向けた。
「出てきてくださいましぃッ! 下僕さんたちぃ!」
その言葉から察するに、さっきの骸骨は目の前の破廉恥な女体モンスターのしわざだろう。
なんとも舌足らずな……と思ったけど、
「魔法盤展開ッ!」
出てくる前に術者を倒す。
回復させるモンスターがいたら? 当然そのモンスターを先に倒すのが鉄則じゃない?
【LNVFCWZJF】
弱点属性の魔法で攻撃を仕掛けると、
「あらあら、危ないですねぇ」
ヒルシュマハトは呼び出した骸骨を盾にして、身を防いだ。
骸骨は私の放った炎の渦に巻きこまれ、そのまま焼却されていく。
「――ッ!」
そのやり方がなんとも気に入らず、私は思わずヒルシュマハトを蔑視した。
「そんな目をしないでくださァイ。あなぁただってにたようなことをするでしょ? 自分の身を守るのは至極当然ですわ」
なんとも悪びれた様子のない言葉遣いを耳にして、私のなかのなにかが弾けて散った。
「ワンシア……もし煌兄ちゃんがこのバカみたいなのと同じようなことしたらどうする?」
「命令された瞬間噛み殺します。――王とは民を導き、そしてまた民を護るために自らが犠牲となる覚悟がなければいけません。あのような、下僕を道具の如き扱いをするような主人を、妾は識りませぬ」
うん、そういうだろうと思った。私も多分そうしてるだろう。
まぁ煌兄ちゃんがそんなばかなことしないだろうけど。
「あらあら、なにか言っておりますが、主の命を護るのは下僕の役目ではございませんかぁ?」
ヒルシュマハトの目がギラリと光る。
うん、なにか仕掛けてくるのだろうけど、それよりも、
「すくなるとも、私たちが知っているプレイヤーは、そんな野蛮なことはしないってこと」
もしするとすれば、多分自分から犠牲になるくらいだろうからね。
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