第218話・僥倖奇禍とのこと


 ◇部位破損ペナルティーが発生しました。

  ・左腕[全快まで23:59:32]

  ・利き手破損のため、CWV値を50%減少します。



 腕が切断されたというのに、すごく簡単に説明するね。

 ただこういうことは起こり得ていたことだったのでそんなにおどろいてはいない。

 ここは慌てず騒がずに止血したほうが最善だろうな。


「魔法盤展開ッ!」


 右手に魔法盤をとりだし、ダイアルを回していく。


 【NIF】


 口に咥えたスタッフを切断面の方に向け、氷魔法をぶつける。

 ジワジワと痛みを感じているのだが、傷口が氷結してきたことで、流血によるじわりじわりと減ってきていたHTがピタリと止まった。

 左腕は完全に紫色にそまっている。

 この場合、ホントハウルがいなくてよかったと思う。

 あいつ、スプラッターものとか特に嫌いだからな。

 後で再会した時は、マントで左腕を隠しておこう。



「シャミセン、大丈夫?」


 オレの下になっていたセイエイが、オレの方に視線を向けながらたずねる。

「大丈夫ってわけじゃないけど、まぁ死んでないから大丈夫」


「それは別に心配してない。でもシャミセン左利き」


 あぁ今オレがどういうことになってるかはわかっているみたいだな。

 ただ悲鳴をあげないところを見る限りはほんと肝が座っている。


「星天の時、本気出したおねえちゃんから四肢破損なんて当たり前にされてた」


 さすがにそれは聞きたくなかった。


「HTが全壊しない限り、死にはしません。」


 うん、そうなんだろうけど、戦意喪失で終わるって設定はないのかね?



「んっ? シャミセンそろそろ退いて」


「あぁ、いやごめん」


 謝りながら下敷きになっていたセイエイから降りる。


「助けてくれたのに、なんで謝るの?」


 いつもどおりの声色。本人はさほど気にはしていないようだ。


「――魔法はいつもどおり使えるけど、さぁどうするかな」


 またあの鎌攻撃が来たらどうするかね。


「……シャミセンは魔法攻撃に専念して」


 いうや、セイエイは魔法盤を取り出し、


 【IXZIEDT】


 と、敏捷性YKN上昇の魔法文字を展開させる。


「ヤンイェン」


「みゃうぅ!」


 パッとセイエイから離れていたヤンイェンがセイエイの肩に乗る。


「みゃうぅうっ!」


 刹那ヤンイェンの瞳が青碧に染まった。



 ◇ヤンイェンの【僥倖奇禍】

  ・シャミセンのXDEが44%上昇しました。

  ・シャミセンのXDEは制限を受けています。

  ・セイエイのXDEが14%上昇しました。

  ・シャーフマハトのXDEが90%低下しました。

  ・ディーガーマハトのXEDが90%低下しました。



「シャミセンの幸運値XDEって規制が入ってるからあんまり意味がなかった?」


 なかったとも言えるけど、君は上昇してるんでしょうが。

 でも逆に考えろ、シャーフマハトたちのXDEがほとんど壊滅的ではないか。



 もしかしてヤンイェンの不幸体質って、テイマーに依存しているんじゃないだろうか?

 セイエイのステータスで幸運値はそんなに育てていなかったはずだ。

 それなのに味方に対しては幸運値がステータス以上に上昇しているし、敵に与えた不幸はオレの想像を凌駕している。

 もちろん、オレがそう思っているだけで、本質はもっと別のなにかがあるのかもしれないけど。


「な、なんですの? い、いきなりあの仔猫ちゃんの目が光って」


「そ、それよりなんでボクまで攻撃を受けてるのさ?」


 術を食らったモンスター二人が、けげんな声をあげる。そりゃ単純に姿を見せてるからだろ?


「シャーフマハトッ! 作戦はすみやかにですわ」


「わかってるよ。運が悪くなってもきみたちがボクに攻撃を与えることなんてできるわけがない」


 叫ぶやシャーフマハトは地面に溶け込む。


「……ヤンイェンッ! 【影縫シャドウ・パッチ】ッ!」


 ヤンイェンはセイエイの肩から飛び降り、地面の影に溶け込んだ。


「う、うわぁっ!」


 悲鳴を上げながら姿を表したシャーフマハトの身体に傷が入っている。

 もしかして、同じ状況だったから攻撃が通じたってことか。



「ナイスッ! ヤンイェンッ!」


「あれ? ヤンイェン怒ってる?」


 オレが褒めているかたわら、セイエイがけげんな顔色を浮かばせていた。


「なんでそう思ったの?」


「喉ゴロゴロ鳴らしてる」


 それすごく喜んでるんだけど?

 と言おうと思ったのだが、そういえばセイエイの家って猫飼ってないんだったな。なら知らないというのも無理はないか。


「絶好のチャンスッ!」


 この波に乗らないわけないだろ。



「魔法盤展開っ!」


 スタッフを口に咥え、右手で魔法盤のダイアルを回す。


【NIFCWZJF】


 スタッフの先から【氷嵐ICESTORM】が激しく吹き荒れる。


「くぅっ?」


 液体が凍るとどうなる? もちろん凝固されて個体となる。


「シャーフマハト?」


「魔法盤展開ッ!」


 オレが作った攻撃チャンスを狙えないほどセイエイはヘタレじゃない。


【CHNQR WANQ EDEDVN】


 ふたふりのククリを作り出し、その二本をシャーフマハト目がけて投擲した。



「くぅっ!」


 ひとつは金属がぶつかり合う音が響き、ひとつは身を抉る醜い音。

 ティーガーマハトが鎌で弾き落としたが、防ぎそこねたもう一本がその肩に突き刺さっている。


「自分のスキルに溺れないでくださいませ」


 いうや、大鎌に炎をまとわせ、シャーフマハトの氷を溶かしはじめる。


「――ッ! させない!」


 【WFJTFCW】


 セイエイとオレの魔法文字が重なる。

 ふたつの[大嵐TEMPEST]は重なり、颶風となって二匹のモンスターを上空へと吹き飛ばした。



「きゃぁあああああっ!」


 空中に放り投げられた二匹は体勢を整えようとする。


「魔法盤展開ッ!」


 【CTFFMFV WYXZQ】


 セイエイの両手に鉤爪が握られ、パッと飛び上がり、ティーガーマハトに向かって爪を立てた。


「てりゃややややややややややややっ!」


「っ、なにを思ったか、そんな猫みたいな攻撃通じませんわ」


 ティーガーマハトが大鎌でセイエイの攻撃を防ぐが、セイエイの攻撃速度が上昇しているのか、


「痛っ? やってくれますわねぇっ!」


 攻撃がとおり、苦痛を見せるティーガーマハトは鎌を振り上げ、セイエイに斬りかかった。

 右から降りかかった大鎌の刃を左拳で握った鉤爪で受け止めるや、その勢いを殺させず、身体を一回転させる。


「なっ?」


禍燕爪かえんそうぉっ!」


 空中で、それこそ独楽のように回りながら連撃を繰り返していく。


「きゃぁあああああっ!」


 大鎌は弾かれ、爪撃をまともに受けていくティーガーマハトのHTが一気に五割以上減っていく。


「覇ッ!」


 ピタリと回転を止めたセイエイは、両手を組んでティーガーマハトを地面にたたき落とした。



「キャハハハっ! こんな空中まで飛んで来て、落ちたらどうなるかわかってるのかい?」


 シャーフマハトが表情をゆるめるが、


 【YTZVW】


 と物を引き寄せる魔法文字を展開させ、セイエイをオレの方へと引き寄せる。


「シャミセンありがとう」


 そうなることが最初からわかっていたのだろうけど、オレが受け身取れなかったらどうしてたのやら。


「くぅ……、な、なかなかやりますわねぇ」


 ティーガーマハトのHTが壊滅していなかったのは運が良かったのか?

 逆に一撃で死ななかったから運が悪かったのか?


「すこしばかり貴方の生気を吸わせていただきますわ」


 【YTZVW】


 グイッと、身体が引っ張られ、ティーガーマハトとオレの唇が咫尺の吐息が届くほどに近づいた。



「んぐぅ?」


 なにか眠気というか疲れが……。


「んっ、ごちそうさまでした」


 倒れこんだオレと対照的に、ティーガーマハトはスッキリした表情で立ち上がる。

 もしかしてドレインスキル持ち?


「シャミセンッ!」


「させないよ」


 セイエイの四肢をいつの間にか個体から解放されたシャーフマハトが身動きを取れなくする。


「きゃははははぁ! どうしたんだい? さっき妙なスキルでボクたちの運を下げたんだろ? もしかしてアレかい? きみたちの運なんて一桁もないんじゃないかなぁ」


 いくらモンスターでも、女性がそんなはしたない笑い声を出すなよ。

 不快以上のなにものでもないから。


「それじゃぁそろそろ死んでくださいませ――」


 ティーガーマハトの大鎌の刃がオレの首にかかる。



「――――ッ!」


 一瞬、それこそ幻聴かなにか――、聞き覚えのある獣の咆哮が遠くから聞こえた。

 幻聴だろうとなんだろうと、握れりゃ藁をも掴むんだよ。



「ワンシアッ! [超音波]ァあああああああっ!」


 オレの叫びに共鳴するかのように、周りの木々が身体を振るさせるように木の葉を撒き散らしていく。


「な、なぁあああああああっ?」


「な、なにが? なにが起きてる?」


「い、痛いタイタイタイタイタイタイっ! なんですのこれ? まるで頭のなかで鐘が鳴り響いているみたいに」


「こ、こりゃぁたまらないね。ボクは地面に……」


 ワンシアの超音波におどろいたシャーフマハトとティーガーマハトだったが、我先にとシャーフマハトは地面に溶け込もうとする。


「ヤンイェンッ! 【影爪シャドー・ブレイク】ッ!」


 シャーフマハトが溶け込もうとした地の表面に仔猫の瞳が浮かび上がった。


「しまっ……うわぁあああああああっ!」


 飛び上がったヤンイェンがシャーフマハトの顔を引っ掻いていく。



「くぅそぉっ!」


 ティーガーマハトがオレの首を切りかかろうとするが、


「チルルッ! 【光魔弾】ッ!」


 横槍ならぬ、横魔弾が飛び出してきた。


「なぁっ? きゃぁああああああああっ!」


 それを防ぐことができず、また弱点属性だからか、オレから吸い取ったHTもむなしく、ティーガーマハトは光の炎によってその身を焦がして散った。



「……っ?」


 突然砂塵が吹き荒れ、オレとセイエイのあいだを遮った。


「セイエイッ!」


 そう呼びかけると、


「こっちは大丈夫ッ!」


 といつもの、淡々とした声が返ってきた。

 本人がそういうなら大丈夫だろう。

 まぁなにかあった時のためにも、


 【VFIZBFVR】


 回復くらいはしておこう。


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